ふにょり
2016-07-10 18:28:13
21164文字
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Symphonia―Opening

FFT(ファイナルファンタジータクティクス)のSSです
ラムザさんたちと出会う直前のムスタディオのお話。少しシリアスです
オリキャラが結構出てくるので苦手な方はご注意下さい
ブレイブストーリー限定のイベント『聖石に群がる者ども』のシーンも使用しています

  ——ある街の中を、俺は走り続けていた。何かから逃れるように、必死に。
 ここで俺まで捕まったら、親父はどうなる?
 まだ枢機卿に助けも求められていないのに。
 絶対にここで捕まるわけにはいかない。
 早く、早く逃げないと……












   SymphoniaOpening










……!」
 はっと気が付いた時に目が合ったのは見慣れた天井だった。
 それは間違いなく自分の部屋のものだった。誰かに追われているわけでも、狙われているわけでもない。
 閉めた窓掛けからは朝を告げる日差しが自らのいる部屋に差し込んできている。自分がさっき見たあの緊迫した状況とは全く対照的と言ってもよいほどの、穏やかでのんびりした空気。
…………?」
 口の中で呟いて、彼は上体を起こして背伸びをした。
 無造作に伸びた前髪を鬱陶しそうに払いつつ寝台を出た時、近くにある机の上に置かれた便箋のある文字が目についた。
 手紙の最後に書かれた差出人の名前。“シャルロット”というサインに。
……
 そうだった。
 昨夜機械の設計図を探して部屋のものを整理していたらシャルからの手紙が出てきて、夜な夜な読みふけっていたんだった……
 青年は出しっぱなしになっていた便箋を折り畳んで封筒に入れ、他の手紙とまとめて棚に置いた。
 服を手早く着替え、手櫛で髪をまとめてかけてあった窓掛けを開ける。すると控えめだった朝日が一気に解放されて部屋の中を満たした。
 部屋を出てまずは汲み水で顔を洗って眠気を吹き飛ばす。
 朝の身支度が出来てさて朝食を作ろうと台所の扉の取っ手に手をかけた時、部屋の中から聞こえた音に思わず顔をしかめた。
 ぐしゃり、という何かが潰れる音と、それに驚いたような男の悲鳴。
……親父、またやってるのかよ」
 彼は扉を開けるなりおはようの挨拶もせず呆れたように言った。すると中にいた杖を片手についている中年の男も息子の存在に気付いた。
「おお、ムスタディオ。いやあ、なかなか難しくてなあ」
 彼の手元を見ると、ボウルの縁に潰れた黄身と白身に破裂したかのように粉々になった殻がぐちゃぐちゃに混ざりあった見るも無惨な姿の生卵がべっとりと張り付いている。
 卵を片手で割るなど相当手慣れた者でないと出来る芸当ではない。父ベスロディオは料理も出来なければ整理整頓も満足に出来ない、言ってしまえば関白亭主のような人間であるため、そんな人間が片手で卵を割ればどうなるかなど結果はとうに見えている。かと言って彼は足腰を悪くしており、杖をつかなければ歩くどころか立つことすらままならないため両手で割ることも出来なくなっている。
「卵を割るというのは力加減が難し……おおっと」
 不用意にボウルを持とうとしたせいで今度は危うくついた生卵が床に垂れ落ちそうになる。
 危なっかしい父の姿に、ムスタディオと呼ばれた青年は朝っぱらから早々頭が痛くなってきてこめかみを押さえざるを得なかった。
「飯は俺が作るから! 親父は手出すな!」

 ボウルを洗い、先程ベスロディオがあえなく失敗していた片手割りを難なくこなして棒で卵を溶く。
「毎日見とるが上手いもんだ」
 いつの間にか手元を覗き込んでいたベスロディオが呟く。塩コショウを加えながらムスタディオは鼻を鳴らした。
「なんで親父は毎朝毎朝飯作ろうとすんだよ! 片手しか使えないくせに! 卵が勿体ないからそんなことしなくていいっての!」
「何を言うとる。おまえがいつかここを出た時にわしが料理もろくに作れんかったら困るだろう」
「何言っているんだよ。俺がここを出るとかなんでそういう話になんの?」
「おまえがいつまでもここにいるとは思えんからな」
……はあ???」
 謎めいた台詞にムスタディオは手を止めて怪訝な顔で父を振り向いた。
 すると相手はああいや、手を振って言葉を濁す。口を滑らせたのだろうか?
 正直言ってこの家を、故郷のゴーグを出たいという願望は、全くないというわけではなかった。その理由はいつまでもこんな辺鄙な孤島に籠っているのは嫌だからとか、そういったいかにも彼の歳くらいの若者が考えそうな理由ではない。
 逢いたい人がいるのだ。たとえどんな災厄が頭上から降りかかってきても、この畏国が天変地異か何かで滅亡しても、それでも逢いたいと思う人がいる。
 その人に——彼女に逢いにガリオンヌに行ってみることも考えた。しかし彼女はゴーグを旅立つ際に必ず戻ってくると言った。自分も待っているからと約束した。だから、自分から逢いに行くのは約束を果たす内に入るのかはわからなかった。それに足が不自由な父を残して旅に出るなんて出来るわけがない。
「そうなるかもわからんってことだ」
「なんだそりゃ」
 口元に笑みをたたえながら火を起こしてフライパンを温め、油をひく。
「そんなすぐには出ていかないって。こんなに何にも出来ない親父を一人置いていくわけにはいかないからな」
「生意気を言いおって……
 フライパンに先程の卵を流し込んでは手早くかき混ぜ、ある程度固まってきたら端を剥がして卵同士を包んで、それから一気にフライパンを跳ねた。ふわふわした半熟の卵が宙を舞い、華麗にフライパンに吸い込まれるように着地した。形を整えてから皿をあてがいひっくり返すと、綺麗な焼き色に綺麗な半月形のオムレツが出来上がった。
「ほら、いいから親父は先に食ってろよ」
 オムレツが乗った皿をベスロディオに渡しながらムスタディオは笑って言った。


***


 今日の朝食は先程作ったオムレツに黒パン、昨日の残り物の野菜炒めとソーセージ。
 決して豪勢ではないが、庶民の朝食にしてはかなり充実したメニューである。
 ムスタディオの父ベスロディオはこれでも有名な機械の技術者だ。五十年戦争では機械仕掛けの兵器を開発してライオネル城奪還に貢献した。元々腕が良いということもあり今でも技術者らをまとめるマイスターを勤めているため、決して贅沢は出来ないし、貴族程ではないにしろ彼らブナンザ親子はかなり安定した生活をすることが出来た。
(……こんな親父がな…………)
 ムスタディオは目の前で朝食を食べているベスロディオを見て皮肉めいた笑みを浮かべた。
 しかし、ここまで生活できるようになるのになにも自分たちの力だけでのしあがったわけではない。ある一つの貴族が手を差し伸べてくれたからだ。
「わしも自炊くらい出来るようにせねばな」
 黒パンをぽりぽりとかじりながら独り言をぶつぶつ言っている父の姿に、何故か脳裏に昨夜見た夢がよぎった。
 誰かに追われている夢だった。
 ゴーグではない街で必死に逃げる自分。
 そして、親父が……
 ただの夢で片付けるにはあまりにリアルすぎる夢。その証拠に、あの風景は少しも輪郭がぼやけていない。妙にはっきりし過ぎている。
(正夢にならないと良いんだが……)
 背中に冷たい汗が流れた時、あちらもこちらの視線に気付いた。
「なんだ。こっちをじろじろ見おって。気持ち悪い」
「なんだよ気持ち悪いって! それが毎日飯作ってやる息子に言う台詞かっ!!」
「何を言うとる。シャルロットちゃんみたいな可愛い女の子に見つめられるのとおまえみたいな野郎にガン見されるの、おまえならどちらが良い?」
………………
 この変態親父が……、と心の中で言い返す。勿論口で言ったら面倒なことになるから言わないけれど。
 しかし、もし何か一歩間違えていたら自分もこんなのになっているのかもしれないと思うとムスタディオはぞっとした。つくづく恐ろしい話である。
……それ、シャルの前で言うなよ」
 パンを手に取りながらぶっきらぼうに言う。
「わかっておる。おまえが言ってやれ」
「そういうことじゃなくって!」
 シャルロットというのは、二年程前までゴーグに住んでいた上流貴族の令嬢で、ムスタディオの幼馴染みである。彼とは一歳年下で、出会った時彼女は三才だった。彼女はムスタディオによく懐き、ムスタディオも彼女を妹のように可愛がった。
 そう、彼女こそが人生で初めて出来た友達で、一番逢いたい人だ。
「シャルロットちゃんと言えば、ここ最近手紙は来たのか?」
「来てねえよ」
 パンをちぎって食べながら答える。
「ここ一ヶ月なにも来てない」
「そうか……。傭兵になったのだとか? とても驚いたぞ。何も聞いとらんのか?」
「聞いてないって」
 ムスタディオは不意に食事の手を止めて窓の外を見た。
「今……どうしているんだろ、あいつ……
 ぼんやりと窓を見るその表情は、いつものムスタディオからは想像もつかないほど力抜けて見えた。彼女のことになると度々そうなる。その理由を、ベスロディオはわかっていた。
 からかおうかとも思ったが、あえてやめた。
「シャルロットちゃんはしっかりした子だ、ちゃんと元気にやっているだろう」
 ベスロディオは杖に体重を掛けるようにして席からゆっくりと立ち上がった。
「心配なのもわかるが、それであの子が今どうしているのかがわかるわけでもあるまい。考えすぎるなよ」
 それだけを言って、彼は作業場に入っていった。
 バタンという扉が閉まる音が聞こえて随分経ってから、
……わかってるよ」
と自分に言い聞かせるように呟いた。
 爽やかな朝を彩るような小鳥のさえずりが居間にまで入ってこだまする。
 彼以外他に誰もいなくなった居間は外から以外何の音もなかった。
 ムスタディオの母親はゴーグの娼婦だった。ベスロディオと出会ったのも彼が他の機工士仲間に無理矢理娼館に連れ込まれたかららしいというのだから、ほぼ偶然に近かった。
 母は雌鹿のように聡明で、花のように美しかったという。身体能力が高く木でも岩でも飛び越えてしまう程だった——ムスタディオの身体能力も母譲りのものだ——が、職業柄特有の病に倒れムスタディオが幼い頃彼の目の前で息を引き取った。
 その時ベスロディオはいなかった。
 彼は、知らぬ間に彼女が子を身籠った事実から逃げ出して行方知れずになっていた。
 余計なことを考えそうになり、首を振った。
 やがてムスタディオは席を立って空になった皿を重ねて台所へ運んでいった。


***


「おー、ムスタディオ。こっちだこっちだ」
 坑道に着くなり恰幅の良い中年の男がムスタディオを見つけるなり丸太のような腕を大きく振った。
「おはよう、ノガのおっさん。今日はやけに張り切ってるね」
「あったり前だろう、新しい坑道ができたンだからな!」
 ノガという名前のこの男は、ベスロディオが若い頃からの機工士仲間であり、彼を娼館に連れ込んだ張本人だ。豪快で面倒見の良い彼は新人の機工士たちをよく励まし、ムスタディオやシャルロットのことも幼い時から可愛がってくれた。
「さて、いったい何が見つかるやら」
 わくわくを抑えきれないのか、ノガはスキップ混じりで坑道へ歩き始めた。その丸い体はまるでボールが跳ねているように見える。
 新しい発見があると沸き上がる好奇心でいてもたってもいられなくなる。機工士とはそういう生き物だ。日々この街の地下に埋まっている機械や飛空艇を見つけ出しては復元しようとあれこれいじり始める。下手をすれば飲み食いもろくにしないで一日中これをやるのである。
 そんな中、つい最近新たな坑道へ続く道が掘り起こされ開通した。今日は機工士たちが発掘に向かう日なのである。
「そうそう、昨日の五十六番坑道で見つかった飛空艇の一部なンだが、ベスロディオに調べておいてくれと頼ンでくれないか?」
「言われなくてもそのつもりみたいだぞ。今日も朝飯食ったらすぐに作業場に引っ込んじまったし」
「はは、あいつらしいな」
「ま、後で来るだろ。親父だって今日を楽しみにしていたんだから」
 これにノガはそういう手筈だしな、と頷いた。
……にしても、あいつも勿体無いな。折角おまえと機械を発掘できる数少ない機会だってのに」
「親父とは前からやってるだろ」
 首をひねるムスタディオ。だが彼はいやいやと頭を振った。
「俺もそうだが、ベスロディオももう歳だ。それにおまえもいつかはゴーグを出ていくかもしれン」
 その言葉に若者は渋い顔をする。
「おじさんまでそんなこと言うのかい? 今朝家出る前にも親父から似たようなことを言われたんだけど」
「あいつはあいつなりにおまえのことを考えているンだろ。おまえももう十八だ。いつまでも自分の介護のために大切な時を無駄にして欲しくないって思っているンだ」
「大切な時?」
「丁度おまえくらいの歳が人生で一番大切な時期だ。体力もあるから色んなことができる。女の子とも付き合えるし。まぁ、おまえにはシャルロットちゃんがいるから尚更だな」
 ひひひ、と意地の悪い笑いをこぼすノガの言葉にムスタディオは赤くなった。
 唇に溶けたマシュマロのような柔らかく甘い彼女の感覚を、思い出してしまったから。
「い……今あいつのことは関係ないだろっ」
「なンだなンだ? 照れてンのか??」
「違うっての!」
「隠すな隠すな、おまえの気持ちはずうーっと前から知ってンだ。なんなら手助けしてやろうか?」
「うるせー! 余計なお世話だ!!」
 朝っぱらからいいようにいじられ、まだ何の作業もしていないのにぐったりと疲れるムスタディオであった。
 あの幼馴染みは紛れもなくムスタディオの初恋の相手で、かといって付き合っていたわけではない。想いは……伝えたと言うにはあまりに微妙であったわけだし。
 自分で自分がわかりやすい方だとはあまり思っていないが、彼女のことになるといつも調子が狂ったりどぎまぎしてしまうからかベスロディオやノガ、彼女の姉たち、しまいには当時彼女の家の当主だった父親にまで筒抜けだった。特に彼からは結婚するのなら賛成だとか、妊娠させても駆け落ちしても大丈夫だからとか当時のムスタディオにはあまりに刺激の強いことを言われて危うくバーサクになるところだった。
 そんなシャルロットの父親シリルは、五十年戦争で戦死してしまったのだが。
 そんなこんなで喋っている内に地下坑道に着いてしまった。
「とにかくだ」
 すねる相手を宥めるように話題を切り替えた。
「今は目の前のことだ。何が出るか楽しみだな!」
 はっはっはっと豪快な笑い声を上げてノガはずかずかと新たな坑道に入っていった。
 残されたムスタディオは、
……話逸らしやがったよ……、あのおっさん……
 自分以外誰にも聞こえない独り言を呟いて、彼の後を追いかけようと一歩を踏み出したその時だった。
……?」
 ぞく、と突然背筋に寒気と言って良いのか、なんとも言えない何かが駆け抜けた。
 視線というにはあまりに曖昧で、気のせいにするにはあまりにはっきりしすぎている不思議な力。
 ノガはそれに気付いていないのかどんどん道を進んでいってしまう。無視しようかとも一瞬考えたが、さっき感じたあの正体が気になって仕方なかった。
 ムスタディオは道を逸れて心当たりのある壁に駆け寄った。見た目はただの土で出来た壁。何か埋まっているようには見えない。手を当ててみても何も感じない。やはり気のせいだったのか。けど、確かに何か感じたんだけどな……
 試しに壁をノックするように叩くと、こんこんと内側で反響する空虚な音が聞こえた。
 まさか、と今度はその壁を思いきり蹴飛ばしてみると、敢えなく土壁はもろく崩れ去り、大きな空洞が口を開けた。
「マジかよ……
 こんな話聞いていない。自分は初めてここに来たが、誰も気づかなかったのだろうか。
 これなら何か埋まっていても不思議ではないだろう。瓦礫をどけて手を突っ込んでみる。元々坑道は薄暗いため、こんな空洞が現れたところで目で見て何があるかなんていくら視力があってもわかるわけがない。
 手探りで壁の中を漁っていると、手袋越しにもわかるほど恐ろしいくらいに滑らかな感覚が手に当たった。掴んで出してみると、手のひらほどの大きな金色の石が出てきた。中心には黄道十二星座の一つ、金牛宮の紋章が刻まれている。石の形も、一対の牛の角のように見える。
「なんだ、これ……
 機械ではないようだが、どう見ても普通の石でもない。クリスタルの類いだろうか。恐らく先程の不思議な何かの根源はこれだろう。
 この石はいったい……
「おおい、ムスタディオ!」
 向こうからノガの声が聞こえ、ムスタディオははっと反射的に持っている石を影に隠した。何故かはわからないけれど、見られてはいけないような気がしたのだ。
「どうしたンだ? 突然いなくなるなよ、びっくりしただろ」
「あ、ああ……。ごめん。なんでもないよ」
 ぎこちなく笑顔を繕いながら立ち上がった。あの不思議な石は懐に隠して。
 ノガは手招きした。
「ちょっとこっち来いよ。面白いものがあるぞ」
「面白いもの?」
「機械の残骸だよ。山のように転がってやがる。他の炭坑夫たちにも来てもらったンだが、原動力になりそうなモンがまったく見つからねぇンだ」
「動かせないのか?」
「ああ。どうやら魔法かなンかで動くものっぽいな」
 ノガについていってみると、確かに文字通り飛空艇の一部らしき機械の欠片が山のように沢山散らばっており、多くの炭坑や鉱山で働く機工士や炭坑夫たちが調べてまわっていた。
 その内の一人、モンクの姿をした戦士がこちらに気付いて駆け寄ってきた。ムスタディオと同じ鉱山で働く同僚だ。
「おー! ムスタディオじゃねえか!」
「フランク! おまえも来ていたのか」
「ああ、ベスロディオのおっちゃんも来てるぞ」
……誰がおっちゃんだ」
 二人の間に割って入るようにベスロディオがやってきてはいかにも不機嫌そうな顔をしてフランクを見た。
「でへへ……、聞こえてましたか」
「来るの早いな……
 呆れる息子に父は当然だとばかりに目を輝かせた。
「こんなに凄い量の機械が発見されたのだからな、いてもたってもいられんわ!」
 その興奮のしようはまるで無邪気な子供のようだ。機械に情熱を注ぐ機工士は好奇心に駆られた時こんな顔をする。無論、それはムスタディオも例外ではない。
 ベスロディオは本当にいつも杖が必要なのかと思うほどに軽い足取りで機械の山へと飛んでいってしまった。
 自分の子供より機械の方が大事らしい。
 そんなベスロディオの後にノガが続く。
「やっぱプロは違うぜ」
 フランクも笑ってそう言ってから中年二人の後を追いかけた。ムスタディオも肩を竦めてからついて行こうとしたが、すぐにその足は止まった。
……!?」
 何故なら懐が——否、先程見つけた不思議な石が光り輝き始めたからだ。服の上から手を当ててみる。熱い。
「うわ!? なんだあ!?」
 機工士たちの声にはっと声を顔を上げると、ついさっきまで全く動く気配すらなかった機械の残骸たちが突然、不気味なうなり声を上げ始めた。更にはガタガタと震え出すもの、取り付けられた部品の一部がくるくると回転し出すもの、ちかちかと怪しく発光を始めるものも。原動力を失って死んだ筈の機械たちが息を吹き返したのだ。
 ……それこそまるで、死者が生き返ったかのように。
「な……んで…………
 ゾンビのように蘇る機械たちを前にムスタディオは青ざめて後ずさった。
「ムスタディオ、どうしたんだそれは!?」
 父の声に驚いて彼を見る。彼だけではない。そこにいた誰もが驚いた顔でムスタディオを見ていた。
 あの石がこんなに強く光り輝いているのだ、端から見ればムスタディオの身体自身が光っているように見えるだろう。そして機械が呻いている原因が彼にあることなど考えなくとも見当はつく。
「こ、これは……
 疑いと好奇心に満ちた視線から守るようにさらに後ろへ下がって石が入った懐を手で隠す。石はそれを待っていたかのように光を収めた。するとやはり機械も沈黙した。
 しかしノガは何かに気付いたのか
「そこ! 早く下りろッ!」
 と鋭い指示を飛ばす。山の上にいる炭坑夫たちが慌てて下りるとすぐに彼らがいた場所が崩れた。だが今、そんなことに構っていられる状況ではない。
 ベスロディオは杖をついてゆっくりと己の子に近づく。責める様子でもないが、無表情なその顔にムスタディオはまた更に後ろに下がる。
……何を見つけたんだ?」
…………
 青年は父を見、それからぞろぞろと彼の後ろに集まった機工士たちや炭坑夫たちを見た。
 父になら、ベスロディオになら見せてもいいかもしれない。親父はこれでも名高いマイスターなのだし、自分よりこういったことに詳しい。きっとこの石の正体もわかるかもしれない。それになにより、身内だということが信用に足りうる大きな理由だった。
 だが、先程ノガにこの石を隠してしまったように他の者に見られても良いという気には、やはり何故だかなれなかった。
 ベスロディオもそのことを察したのか、後ろにいる者たちを見回した。
……すまんが、わしとムスタディオの二人だけにしてくれんか」
 その言葉に反論しようと口を開きかける者も数人いたが、ベスロディオは有無を言わさぬ鋭い目配せをした。
「いいから、早くここを出ろ」
……わかったよ」
 フランクの頷きを皮切りに皆何も言わず、ちらちらとムスタディオに目をやりながら坑道を出ていった。
 足音が遠ざかって聞こえなくなったところで、ベスロディオはムスタディオを見た。
……これでわしとおまえだけになった。これでいいか?」
……ああ」
 ムスタディオは頷き、何も言わずに石を出す。それを見た時、父の表情が一変した。
「!! ……ムスタディオ、これをどこで見つけた!?」
「ここに来るまでの通路の外れに埋まっていた。まだ掘削が進んでいないところだったよ」
………………
 ベスロディオはその石を取り上げると食い入るようにこれを見つめていた。
……! 親父、これが何かわかるのか!?」
 食い入るように聞く息子に、父親はただ、彼を見た。
「解析しないことには何とも言えん。……だが…………、わしの考えていることが本当だとしたら、これはとんでもないものだ」
「どういうことだ……?」
「少なくとも人目に触れてはならぬものだ。悪用すれば、畏国が滅びかねん」
「なッ……!?」
 思いもよらない言葉にムスタディオはどう反応すれば良いのかわからなかった。
「とにかくだ。確証が出るまで、この石のことについては誰に聞かれようが決して話すな」
 怖いくらいに真剣なベスロディオの眼差しに、ムスタディオはただ頷くことしか出来なかった。
「わかった……
 この時、彼ら親子は気付かなかった。出入り口の通路の影で、黒い光を帯びた瞳が彼らを、否、その石を見ていたことを……


***


 次の日の朝、いつものように起きてきたムスタディオはベスロディオが家にいないことにすぐに気付いた。
 昨日、坑道から帰ってきた後ベスロディオはろくに食事もとらず作業場にこもって家にある設計図やら機械の本やらを片っ端から引き集めてなにやら調べていた。どうやら、それだけでは足りずあの石を持ってよい資料を持っている家に向かっているのかもしれない。
 朝食の準備を始めた時、玄関からこんこんとノックする音が外から聞こえた。ベスロディオなら鍵も持っているため自分で入ってこられる。ということは来客か。
「はーい、どちらさま?」
 言いながら扉を開けると、そこには神妙な面持ちのフランクが立っていた。
「フランク? どうしたんだ? こんな朝早くから珍しいなあ」
 笑って言うムスタディオとは対照的に、フランクは硬い表情を一切緩めなかった。
……ムスタディオ、今日は仕事を休め。いや、この家から一歩も外に出るな」
「え?」
 突然言われた言葉の意味がわからず、ムスタディオは困惑した。
「ベスロディオさんが何も言わずに帰ったから、おまえやおっちゃんに問い詰めようって言い出す奴らがいるんだよ」
「なんだ、そんなことか。大丈夫だって。別に何ともないから」
 ムスタディオは笑ったが、フランクは苛立たしげに首を振った。
「機工士たちのことだけじゃないッ! 中心街に怪しい奴らが何人もうろついてる」
「怪しい奴ら?」
「俺が思うにバート商会の奴らだ」
「バート商会だと? なんで……
 いや、その理由は紛れもなくあの石のことだろう。しかし、あの時は誰にも見られていない筈。そんなことであの組織が動くのだろうか?
 バート商会はライオネルの南部に位置する貿易都市ウォージリスを拠点に活動する貿易商の組織だ。バート・ルードヴィッヒを会長とし、売り上げた利益を孤児院に寄付するなど人道的な活動をする裏で阿片の密輸、奴隷の売買などをも行う犯罪組織でもある。
「本当に奴らだとしたら、おまえやおっちゃんを見つけるなり捕まえようとするかもしれない。だから、今日は外に出ずに大人しくしていろ。親父さんにもそう伝えてくれ」
「ちょ、ちょっと待て!」
 去ろうとするフランクを慌てて呼び止める。
「親父は今家にいないんだ! 多分、あれのことを調べに……
「なんだと!?」
 フランクは目を丸くする。
「探しに行かねーと……!」
 即座に外に飛び出さんとするムスタディオをフランクが止める。
「待った! さっきも言ったがあいつらの狙いにおまえが入っているとしたら不用意に探すのは危険すぎる!」
「だけど、俺より親父の方が捕まりやすい! 放っておけるわけないだろッ!」
「なら俺が探しに行く! 見つけたらすぐに連れてくるからおまえは行くな! それと戸締まりもしっかりしとけ! 窓から顔も出すなよ!」
 フランクはムスタディオを家に押し戻すようにしてから中心街の方へ駆けて行った。
 扉を閉めて鍵をかけながらムスタディオは驚きと不安と心配のあまり頭が混乱していた。
 だが何も出来ない。
 ベスロディオの無事を祈る他には……


***


 日が高くなってもベスロディオもフランクも帰ってこない。
 料理をして、とりあえず先に食べてから作業途中の機械の設計図を見直して……。とりあえずいつもの通りに過ごしても落ちつけなかった。
 銃のメンテナンスを終えても何も起こらない。
「遅いな……
 もうどれだけの時間が経っただろう。ムスタディオはメンテナンスが終わって器具や銃をそのままに自室の寝台の上に寝転がって空に浮かぶ日の高さを見た。間もなく正午の時間だ。
 まさか親父やフランクに何かあったのでは。
  ——少なくとも人目に触れてはならぬものだ。悪用すれば、畏国が滅びかねん
 昨日のベスロディオの言葉が頭の中に蘇る。
 普通あんな石ころ一つで国が滅ぶかもなんて言われてもなかなか信じられる話ではないが、動けない筈の機械が一斉に動き出したのを見てしまえば冗談だとは思えなくなる。
 あの石が、父の言う通りの力を持っていたとすれば。それを狙う者がいるのだとすれば。まさか一昨日見た夢と何か関係が……
 何の根拠もないが、そうとしか考えられない。いてもたってもいられなくなり、ムスタディオは体を起こした。
 やっぱり俺だけここに隠れているわけにはいかない。危険かもしれないけれど、俺も二人を探しに行こう。
 銃を腰のホルダーに装着した時、玄関から鍵が開く音が聞こえた。バタンと閉まる音がやけに乱暴だ。すぐに廊下に出ると、扉を背にもたれて崩れ落ちるように玄関にしゃがむ父の姿があった。彼の杖を持つ手とは逆の手には、あの金の石が。
 瞬時にムスタディオが駆けつける。
「親父、どうしたんだ!?」
「ムスタディオ、鍵を締めろ! 早く!」
 ベスロディオの言いつけの通り玄関の鍵をかけ、ムスタディオは父親の傍で腰を下ろした。
「何かあったのか? やっぱりその石が……
「ああ、やはりこの石は『聖石』だったのだよ」
「聖石?」
「ゾディアックブレイブの伝説に出てくるクリスタルだ。おまえも知っているだろう」
「あ、ああ……
 ゾディアックブレイブとは畏国で古来から伝わる不思議な力を秘める黄道十二宮のクリスタルを持った勇者たちが魔神を追い返し、世界に平和を取り戻す物語だ。畏国で暮らす者ならば誰もが幼い頃から聞かされる。しかし、その話はあくまで伝説であり、聖石そのものも実在するものとは思っていなかった。
「けど、それが本当にあの聖石だっていうのか!?」
「間違いない。聖石は強大な魔力を秘めているとされている。その証拠に大量の機械が一斉に動き出しただろう?」
「そうだけど……!」
「具体的にこの石にどんな力があるのかはわしにもわからん。だが少なくとも、古代の高位技術が使われた機械を動かす程の力だ。誰かに渡すわけにはいかん。だが……、何故かこの石のことがバート商会にバレていたようだ。聖石を寄越せと言われ、断ったら傭兵を使い追ってきたのだ」
……!」
 やはりフランクの言っていた通り、バート商会がゴーグにやってきていたのか。そしてその狙いは、やはり聖石。
「バート商会の奴ら……会長のルードヴィッヒも聖石の力を解明しようとするだろう。いやそれどころか、解明すればこれを使い兵器にするかもしれん。そんなことになれば……
 ベスロディオは言葉を切った。
 言われなくてもわかる。そんなことになれば、ゴーグはあっという間に壊滅するだろう。いや、それだけで済むかどうか……
 その時、背後の扉に何かが激しくぶつかる音が聞こえ二人は飛び上がった。
「まずい! ここを嗅ぎ付けおった!」
 音を聞くと明らかに人の体によるものだけではない。武器を使って突破しようとしているようだ。ここまでの手を使うということは、バート商会の者たちもそれほどまでにこの石が欲しいということなのだろう。
「ここじゃダメだ! すぐに突破されるぞ!」
「作業場だ! あそこなら抜け出せる裏口もある。そこへ逃げよう!」
 ムスタディオはその言葉に頷いてベスロディオに肩を貸し、一先ず駆け足でその場を離れた。足腰の悪いベスロディオがついていきやすいように少し速度を落として。

 作業場に着くなりかんぬきを差し、普段大きな機械を置いて作業する広間に降りた。そしてベスロディオは息子を裏口の前に立たせ、覚悟を決めた表情で聖石を握らせた。
「いいか、ムスタディオ。これを持って逃げるんだ!」
渡された聖石を受け取りながら、ムスタディオは戸惑った。
まさか親父は、一人でここに残るつもりなのでは……
「逃げろって言ったっていったいどこに……!?」
ベスロディオが答える間もなく扉が強く叩かれた。どうやら玄関は突破されてしまったらしい。
「ここにいるのはわかっているんだッ! さっさとドアを開けろッ!!」
若い男の怒鳴り声が聞こえる。ルードヴィッヒの雇った傭兵の声だろう。
ムスタディオは父の腕を引っ張った。
「親父ッ! いいから、一緒に逃げるんだッ!」
しかしベスロディオはその手を乱暴に振り払った。
「この足では逃げることができんッ! さあ、行くんだッ!!」
「親父だけ残して逃げるなんてできるわけないだろッ!!」
あくまでもムスタディオは食い下がる。
傭兵がいるのならば、当然武器を持っている。捕らえられたら殺されるかもわからない。もしここで唯一の肉親を失ったら……。ムスタディオは恐ろしくなった。
 しかしベスロディオの意志は変わらないようだった。
「その聖石は国一つを滅ぼすほどの強大な力が秘められているという! そんなモノをやつらに、ルードヴィッヒに渡すことはできん! どこか安全なところに隠すんだッ! そして、ドラクロワ枢機卿に助けを求めろッ! 枢機卿ならきっと助けてくれるッ!!」
ベスロディオがそう言い聞かせた時、扉は開けられ、二人の傭兵の男と、身なりの良いルードヴィッヒらしき男が入ってきた。
ルードヴィッヒは冷たい眼差しで親子を見下ろした。
「手間をかけさせたな……。さあ、『聖石』を渡すんだ!」
ベスロディオはムスタディオを振り向き
「行けッ! ムスタディオ!!」
それだけを言ってバート商会の連中へと顔を戻す。
一歩下がり、扉を一瞬振り向きながらも、ムスタディオは迷った。
ここで逃げたら、間違いなく親父は無事では済まされないだろう。だが、もし自分まで捕まってしまえば、聖石が悪用される。それに銃を持ってはいるものの一端の機工士でしかない自分がこの状況を打開できる力などない。自分は無力だった。
 ……シャル……、俺、強くなれなかったよ。親父一人助けてやることもできない……
こうしている間にも、傭兵が包囲の輪を縮めている。
「早く行くんだッ!!」
ベスロディオが苛立たしげに叫ぶ。今度はもう、こちらを振り向いてはくれなかった。
もう否を言う余裕などどこにもなかった。
 ぐっと目を瞑り、父に背を向ける。
ごめん……。そう心の中で呟いて、ムスタディオは裏口へ走り出した。
「その小僧を追えッ!! 逃がすなッ!」
聖石はムスタディオが持っていることを勘づいたのかルードヴィッヒは傭兵をけしかける。二人の傭兵はムスタディオの背を追う。
……頼んだぞ。」
ベスロディオはもう姿の見えない実の息子に祈るように呟いた。


***


 裏口はスラム街の方面に続いている。元々貿易目的でしかゴーグを訪れないバート商会はスラム街になんて普通入り込まない。そんな者たちを撒くのに入り組んだ構造になっているスラム街は格好の場所である。そこに逃げ込めるまでが勝負。頼りは自分の脚力だ。
 ちらと後ろを見る。誰も追ってきていない。
 たしかルードヴィッヒの連れてきた傭兵の中には弓を使う者もいた。後ろをとられれば射たれるだろう。足に当たれば逃げることもままならない。

 どうやらムスタディオの足の速さの方が勝ったようだ。
 どうにかスラム街にたどり着いたが、さすがに体力の限界を感じて細い裏路地に入り込む。
 荒い息をつきながら銃を出した。今朝のメンテナンスの際警戒のために銃弾は充填してある。
 壁を背に慎重に通りを覗いた時、傭兵たちが走ってくるのが見え、慌てて首を引っ込めた。
 隠れていることを悟られないように口を空いた手で塞いで息を殺す。緊迫した空気に心臓の音が耳にまで聞こえるほどだった。
 足音が遠ざかる。どうやらやり過ごせたらしい。
 様子を伺いながら路地を出ると、丁度遠くに傭兵の背中が見えた。その隙に通りを横切る。
 聖石を隠す場所として良いところは心当たりはあった。相当ゴーグに土地勘がないとわからない場所。ひとまずそこに隠せば見つかりはしないだろう。
 警戒しつつ確実にその足を早めた。
 目的地まであともう少しというところまで来たとき、前方から人の気配を感じてムスタディオは足を止めた。追っ手とは限らないため持っている銃を半ば隠し、しかしすぐに構えられるようにすることも忘れなかった。
  ——来る……
 ぐっと銃を持つ手に力がこもった時、現れた人物に目を見張った。
 現れたのは……
……ノガのおじさん……?」
 であった。
 よく見慣れた恰幅の良い体。なんだ、と構えを解こうとしたが、彼を包む雰囲気がどこか異様だった。
……ムスタディオ、『聖石』を渡してくれ」
「え……
「おまえが持っているのはわかっている。聖石を渡せ。」
 思わず耳を疑った。何故ノガが聖石のことを……
 聞いたこともないほどに暗く沈んだ声。
「な……、ど…………して……
 知っているのか、と言おうとしても驚愕のあまり声が喉の奥で引っかかりうまく言えない。
「ベスロディオを助けたいのだろう?」
 構わずノガは続ける。
「おまえが大人しく聖石を渡せば、ルードヴィッヒ会長にあいつを解放するよう頼んでみよう」
……!!?」
 ムスタディオは息を飲んだ。
 まさか。
 まさか……
 信じたくなかった。だが、そうとしか思えない。
「ま……、まさか……、バート商会に聖石のことを漏らしたのって……!?」
「漏らした、とは人聞きが悪いな」
 ノガは冷たい笑みを浮かべた。
「俺は俺の役目を果たしたまでだ」
「どういうことだよ……!? だって……だってあんたは……
「バート商会所属、ルードヴィッヒ会長直属の幹部だ」
「!!!!」
 もはや言葉すら出てこなかった。
 怒りや悲しみや絶望すらも突き抜けた驚き。それが今のムスタディオの心を支配した。
「会長は聖石をお探しでね」
 ノガは別人のように非情な笑顔のまま続けた。
「おまえが生まれる少し前だったかな。ゴーグのゴミクズの中にもしかしたら聖石の一つや二つあるかもしれないからと、聖石探しの命を受けてゴーグの機工士として潜り込んだンだ。……まさか、本当にあったとは思わなかったよ」
「俺を……俺たちを騙していたのか!? スパイを遂行するために? それじゃあ、親父と友達だってのも嘘なのかッ!?」
「実際ベスロディオとは三十年来のダチだったさ。だから機工士という仮面を被れたンだからな。そしておまえはそンな俺の友達の息子。よりにもよっておまえが聖石を見つけてくるとは、強い運命を感じるよ」
…………
 ムスタディオは唇を噛んだ。
 迂闊だった。父に言われた通り聖石のことは誰にも話さなかったし、頑固なベスロディオも決してこのようなことに口を割る人間ではない。たとえ相手が部下だったとしても、親友だったとしても。ということは昨日、坑道で父に聖石を渡したところを見られた以外に考えられない。
「さあ、話がわかったら聖石を渡してくれ。でないと、俺はおまえを殺さなければならなくなる」
 ノガは懐からナイフを取り出しムスタディオに突きつけた。恐怖に背筋が凍る。紛れもない死が、そこにあるのだから。
 かといって彼に銃を向けるわけにもいかず、彼が一歩近づく度、こちらは一歩下がった。頼むからやめてくれと、こんなことは望んでいないと嘆願する思いでふるふると首を振るしかない。
「嫌だ……
「ムスタディオッ!!」
 怒鳴り声に身体が弾けるようにびくりと反応した。ノガが体格に比例しないほどの目にもとまらぬ早歩きでこちらに近づこうとする。
「来るなッ!!」
 気が付けば銃口を向けていた。昨日まで仲間だった筈の人間に。父の共である筈の男に。自分が今何をしているのかすら最早わからなかった。
 銃を構える若き機工士にノガは足を止める。
……撃てるのか?」
……
 わからなかった。
 銃を持つ手が震える。それを押さえるように空いた片手で震える銃を押さえつけた。
「撃てるのなら撃ってみろ。おまえにその覚悟があるンならな。……おっと、腕や足を狙おうだなんて甘い考えは棄てるンだな。俺はこれでも人を殺してきた経験があるンだぜ」
……俺は……、あんたを殺したくない……
「それはこちらも同じだよ。だが、聖石を奪えという会長のご命令なんだ。俺もこンな手は使いたくねぇンだ。おまえさえ大人しく渡してくれれば誰も傷つかずに済むンだぞ。早く渡せ。……さあッ!!」
 ノガはナイフを持っていない手を伸ばす。ムスタディオは一瞬そこへ視線を落とし、しかしまたノガを見た。否、睨みつけたと言うべきだろう。
「断るッ!!」
 たとえ相手がノガだったとしても、この石を誰かに渡すわけにはいかない。ベスロディオが自らに託してくれた希望を裏切ることなんて、できない。
 迷いを断ち切ったムスタディオの答えにノガは一瞬息を飲み、それから諦めたように溜め息をついた。しかし、その中に安堵なのか、ほっとしたような笑みがほんの少しだけ覗いたような気がしたが気のせいだったのだろうか。
……そうか。残念だよ、ムスタディオ」
「頼む、ここを通してくれ……。お願いだから……
 今この銃の引き金を引けば、ノガは死ぬ。人を殺すということ。この手を血に染めるということ。銃を持つ時にいつかはこうなるだろうということは覚悟していたが、いざその時が来ると、恐怖が心に冷たく突き刺さる。
「それはできン話だ。通してほしけりゃ、この俺を殺すンだなッ!」
 腰を低くし、先程よりもさらに速い速度でこちらに迫ってきた。動きが全く違う。本気で殺しにくる殺意がムスタディオに襲いかかってきた。
 斬りつけられる、と思った時思わず目を瞑った。
 そして、半ば無意識に指にかけた引き金を引いた時、ロマンダ銃が持ち主を守るため火を噴いた。

 ゴーグのスラム街に、銃声が響き渡った。

……!!」
 自らが発射した声にはっと驚いて目を開ける。
 時間がその足を緩めた。
 男の首から鮮血が吹き出す。
 ナイフが地面に転がる。
 ノガが仰向けに倒れる。
 青年が目を見張って銃を下ろす。
「おじさんッ!!」
 彼の悲痛な絶叫をきっかけに、時間はまたいつもの早さで歩み始めた。
「まだ……俺のことを……そう呼ぶか…………この馬鹿野郎が……
 その掠れた声は、昨日まで聞いたあのどっしりとした優しい声だった。
 ムスタディオは彼のもとに駆け寄って腰を下ろす。涙があふれそうになるが、ここはぐっと堪えた。
「おじさん…………ごめん…………。」
「何故……謝る必要がある……? ……おまえは……ベスロディオの願いを……無駄にしたくなかったのだろう…………?」
 今にも消え入りそうな、弱々しい笑みは心の底からの表情のようだった。自分を撃ったことに対する恨みなど、微塵も感じない。
…………
 親父をおいて逃げるしかなかった挙げ句、ノガをも撃った。自分の無力さへの自己嫌悪に押しつぶされそうになり、ムスタディオは肩を震わせた。ノガの身体はぴくりとも動かない。弾丸は彼の神経をも寸断してしまっていたようだった。
「そんな顔をするな……男だろ……
 優しい声音に、それでも青年は激しく首を横に振った。
「俺……、俺は……あんたを撃っちまったのに……!」
「俺も……、おまえを殺そうとした……。ベスロディオに……合わせる顔がないよ……
 声はよりか細く、小さくなっていった。
……俺の……、腰の袋に入っているものを……
「え……?」
「早くしろ……
 言われた通り腰のベルトに取り付けられた袋に手を突っ込んで取り出してみると、そこには聖石によく似た石が出てきた。
「これ……聖石……!?」
 色も滑らかさも大きさも形もそっくりだ。ただし、金牛宮の紋章は掘られていない。
「聖石の……レプリカだ……。まだ未完成だがな……
 ノガはふっと微笑った。
「持って行け……。もし捕まったら……、これを使って逃げろ……。もっとも……、完成させないと……意味がないがな……
「おじさん……まさか……
 ノガはムスタディオの考えを読んだのか、自らの思いを悟られんとするかのように顔を歪ませた。
「そんなわけないだろう……勘違いするな……
 そう言ったとき、ノガが激しく咳き込んだ。その口から血が吹き上がる。
「おじさん、もう喋らないでくれ!」
…………ムスタディオ……、シリルさんは……おまえは……、俺たち凡人からは……計り知れないほどの……………大きな……、力と……使命を持っていると……言っていた……
「おじさん……もう……
「とんでもなく……過酷な使命だと……。だが必ず……、その使命を果たせ……!」
 ノガの瞳が力強く光った。
…………
「生きろよ……ムスタディオ…………。生きて……、ベスロディオを……助けてやってくれ……。頼んだ、ぞ……
 彼の表情は、確かに穏やかだった。たとえバート商会の一員だったとしても、彼への友としての感情は消えてはいないようだった。その言葉に、嘘はないと見えた。
……ああ……
 強く頷くムスタディオを見て、ノガは安心したように微笑んだ。
「さあ……、もう行け……。さっきの銃声で……傭兵共が来るかもしれないぞ……。」
「でも……
「行け……!」
 慰めてやりたい。こいつが小さい頃にそうしてやったように、頭を撫でてやりたかったが、それももう叶わない。
 ムスタディオは立ち上がった。青灰色の瞳は涙で潤み、大きく揺れている。
……ごめん…………
 これだけ言って、走り去った。これ以上何か言えば、それこそ涙があふれて、動けなくなってしまいそうだったから。
 遠ざかって行く友の息子の背を見届けてから、ノガは地面に横たえたままゴーグの空を仰いだ。
 春が深まった、どこまでも高く、どこまでも青い空。
……ごめん……じゃなくて……、ありがとう……だろ、が……
 空に唯一の友であった男の顔が浮かぶ。
 ベスロディオ、おまえの息子はもう、俺たちが守ってやる必要はないみたいだぞ……
 その顔が、空が、ぼやけていく。眠い。眠気に耐えられない。
 もう、もう休んでいいか……? もう疲れたよ……
  ——もう根を上げたのか? しょうがない奴だな。さっさと休んでこい。そうしたらすぐに作業を続けるぞ。なんとしてでも今日中に組み立てんとな
 相変わらずせっかちだな……。全然変わっていない。わかった。わかったよ……。それじゃあ、少しだけ……
 ノガはふっと笑って、目を閉じた。

  永遠に。


***


……クソッ!!」
 町外れの大木のもとにまでやってきて、その幹を拳で殴りつけた。しかし木はびくともしない。代わりに打ちつけた拳が酷く痛んだが、そんなことは何の弔いにもならない。
「なんで……、なんでこんな……!!」
 ベスロディオが囚われたこと、ノガをその手にかけたこと。仕方ないなどと言う言葉では済まされない。全ては自分のせいだ。
 あの時、自分が聖石を見つけなかったなら。そのまま道を素通りしていたなら、ベスロディオはバート商会に囚われることも、ノガが死ぬこともなかっただろう。このまま、このまま何事もなくいられただろう。
 果たして自分にベスロディオを救えるのか。自信などある筈もなかった。様々なものを背負い込まされて、その重みと悲しみに耐えかねて、気が狂ってしまいそうで、ムスタディオは殴りつけた格好のまま地面に崩れ落ちるようにして声もなく泣いた。その時頭の中に浮かんでいたのは、無論一人の少女だった。
 彼女に、シャルに会いたい。この涙を受け止めてほしい。もし傍にいてくれたなら、どんなに救われただろう。どんなに勇気が沸いただろう。どんなに支えになっただろう。
「シャル……
 たまらずその名を呟いた時、後ろからふわりと抱きしめるように温かい何かがムスタディオを包み込んだ。
  ——あなたにしかない経験、あなただけが感じた感情……、それを、否定しようとしないで。どんなことがあっても、何があっても、あなたの代わりはいない。そんなあなたが成し遂げるからこそ、できることがあると思うの。あなたにしかできないことがあるんだよ
  ——……もっと、自分を信じて
……!」
 ムスタディオがはっと後ろを振り向いたが、誰もいなかった。
 たしかにあの声はシャルロットのものだった。初めて依頼を成功させたとき、一緒に付き添って来てくれた彼女に言われたものだった。あの温もり、勇気と癒しをくれるあの言葉。彼女はそこにいるわけがない筈なのに、本当にそこにいて抱きしめてくれたようだった。いったいあれがなんだったのかはわからないが、打ちひしがれた心を照らすように、胸に温かいものが灯ったのもまた確かだった。
 おかげで落ち着きを取り戻すことが出来、ムスタディオは立ち上がった。
 ありがとう、シャル。自分を信じて頑張ってみるよ。
 脳裏にいた彼女は、ほっとしたように微笑んだ気がした。
 残った涙をぐいと袖で拭い、再び歩き出した。
 枢機卿に助けを求めろと父は言った。しかし、ドラクロワ枢機卿はゴーグを含むライオネル地方の領主でもある。名高いマイスターのベスロディオならともかく、一端の機工士でしかないムスタディオにわざわざ会ってくれるとは思えなかった。自分が枢機卿に会うには、何かしら仲介が必要である。
 そこで真っ先に考えたのは、シャルロットの姉であるシンシアだった。地域が違うため問題を直接解決するのは無理な話だが、ムスタディオを弟のように可愛がってくれた上に、上流貴族イノヴァーシュ家当主の彼女なら枢機卿に会う手筈を整えてくれるかもしれない。
 だが何より問題なのは距離と時間である。というのも、彼女がいるのはガリオンヌの貿易都市ドーターであり、ここから陸路では七日もかかる。
 ゴーグにはミュロンド寺院行きの定期船が出ており、そこに乗ればドーターの隣町、ガリランドに二日でいけるが残念ながら神の実在を信じていない(つまり無神論者である)ムスタディオを船に乗せてくれる確率は限りなく低い。そもそも緊急時であるためそこまでの持ち合わせはない。
 つまり陸路で行く他ないわけだが、果たしてその間バート商会から逃げ切れるか、水や食料はどうするのか、そしてベスロディオは無事でいてくれるかなど問題は山積している。しかし、他に頼れるものはない。元々国の権力などとは全く次元の違う世界で暮らしている機工士は貴族とも無縁と言っても良い。貴族からしてみても機工士はガラクタを必死こいて組み立てているおかしな連中としか映らないだろう。その垣根を越えて唯一機工師と融和を計ったのがイノヴァーシュ家だったのだから、彼女らに頼む他ないだろう。
  ——だが、もっと早く、もっと確実に枢機卿に会えるきっかけさえあれば。
 そこばかりは運だ。とりあえずまずは聖石を隠してドーターに向かおう。

 こうしてムスタディオのドーターへの旅が始まったのだった。


***


  ——三日後。
「見えた! あれがザランダか」
 バリアスの丘に立つ木の影から、山の上にそびえ立つ空中都市を見上げた。
 先程この丘にバート商会の傭兵たちが自分を待ち伏せしているのが見えてしまい、どうにかやりすごしたところだった。
 昨日辿り着いたライオネル城の城下町でここ数日の食料と水は確保できた。後はあの街を通過すればライオネルから出ることになる。そしてゼイレキレの滝とアラグアイの森を通れば貿易都市ドーターだ。さすがにガリオンヌにまで行ってしまえばバート商会といえどもそう簡単には追って来れない筈である。
 ザランダでも待ち伏せされている可能性は当然あるだろう。明日無事に街を出られるかが今後を左右すると言っても良い。
 ムスタディオはあたりに人や魔物がいないことを確認してから、慎重に丘を進んで行った。


 その先の城塞都市ザランダで彼がオヴェリア王女を連れたラムザら一行と出会うのは、その次の日のことだった……


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ちょっぴりシリアス?な本編登場前のムスタディオのお話でした!
実は何年も前からこの話は書いていましてこれは二回目のリメイクです。色々書き足していたらかなり長くなっちゃいました……
ゴーグ戦終了後のあの聖石のニセモノってどっから来たの?どうしてライオネル城通過してザランダにまで来たの?などなど個人的にプレイしてて疑問に思ったことを補ってみました(滝汗)。
タウロスは結局誰から発見されたのかが攻略本などでバラバラだったため、ムスタだったら面白いのになって思い彼に発見させました
シャルの台詞は別に書いた長編小説から引っ張ってきたものです。
それにしてもこの話男しか出てきていない……