有🍙
2025-07-13 01:19:30
8291文字
Public VGGN|クロズマ
 

[クロズマ] 騎士たちはかく語りき<前篇>

両片想いでもだもだしている高2のクロズマ 
東海林くんから相談を受けるタイヨウくんと、新導くんから話を聞いてほしいと持ち掛けられる綺場くんのおはなし……のタイヨウくんパートです
【読了目安:約15分】

 
騎士たちはかく語りき<前篇>




 ランチタイムのピークを過ぎたファストフード店は、それでも週末なりの混雑をみせていた。明日川タイヨウはほどよく奥まった窓際の席を確保し、残りすくないフライドポテトをつまみあげながら店内を見渡した。勉強をしているらしき学生、家族連れや友人どうし、あるいは恋人どうし。皆各々の話題や喫食やすべきことにいそしんでおり、だれもが他人のことなど気にも留めていないだろう。
 今日の待ちあわせの相手が、みずからすすんですらすらと話をしてくれるとは思っていない。これくらい周囲がざわついているほうが話しやすかったりするのかな、などと考えているうちにトレーの上のジャンクなごちそうはすっかり腹におさまってしまった。氷が溶けて味の薄まったオレンジジュースを残すのみとなったとき、カウンターで注文をしているらしい待ち人の姿が目に入った。陣取った席の場所をチャットメッセージで既に伝えていたせいか、彼はほどなくタイヨウに気づき、軽く手をあげてみせた。
「わりぃな、待たせたか」
「いえ、僕のほうが誘ったので。時間ぴったりですよ」
 注文を済ませた東海林カズマは、番号札を手にしてかろやかにタイヨウの正面の席に腰掛けた。その挙動は、これからデリケートな話題を持ち出してくるのであろう人のそれとは思えないほどいつもどおりだった。
 昨日はあんなに切羽詰まった感じだったんだけどな……


  **


 クロノのための勉強会は不定期だが恒例となっており、タイヨウも昨日二号店に立ち寄って賑やかしやり励ましたりした。その帰途のことである。
 カズマとふたりきりになりたわいもないことを喋り、もうすぐ各々の家への道が分かれる直前、彼が「なあ、ちょっと聞いてもいいか」と言い出した。立ち止まって話を聞く体勢になったタイヨウに対してカズマはたいへん歯切れがわるく、言い淀んだすえにひねり出したのであろうせりふが「あいつのことなんだけどよ……」だったのである。
 どこのあいつですかとからかいのひとつも言ってやりたいところだったが、すぐにぴんときた。直前までだれの話をしていたか。勉強の出来やそれに対する愚痴ばかりだったとはいえ、カズマさんはずっとクロノさんのことばかり話してたじゃないか。
「クロノさん、ですか……?」
 確認のため尋ねるとカズマは首肯し、そのまま顔をうつむけてしまった。あれ、今カズマさん変な顔してたな、と思った。困っているような、怒っているような――いやそれ以前に顔と言わず耳と言わず茹だったようにまっかっかだった! そういう顔をだれかもしてたような……だれだっけ……あっ、そうだ、カムイさんが「女神」さんとおしゃべりしているときみたいな……え? あれ? それってつまり……つまり!
 ――こんな立ち話で済ませていいわけがない!
 タイヨウはたいへんな威勢でカズマの両肩を掴んだ。覗き込んだその顔が未だ紅潮していたのは、夕陽のせいだけではなかっただろう。
「カズマさん! 明日! 明日じっくり聞かせてもらっていいですか! お昼の二時! 場所は……


  **


……もう食ったのかよ」
 呆れと揶揄の入り混じった声も、いつものカズマのそれだった。彼はタイヨウのトレーを指先でとんとんとつつき、片方の口角だけをあげた。
「はい。小腹がすいてたので」
「小腹……?」
 タイヨウが注文したのはごく普通のセットメニューで、今日はドリンクとポテトを大きいサイズに変更していないしバーガーも追加していない。軽食の範囲のはずだ。
……いや、まあ……もうちょい食いてえっつーんなら遠慮すんなよ。もともとおごってやるつもりだったからな」
「本当ですか! 夏期限定塩だれレモチキバーガーとトリプルトロピカルシェイクとあつあつレッドナゲット、気になってたんです!」
「そのあつあつナントカってからいやつじゃなかったか?」
「えへ、今日はカズマさんがいるから大丈夫かなって」
「おー、じゃああとで買ってきてやる」
「やったぁ!」
「食い盛りにもほどがあんだろ……よく太んねえな」
「身長はかなり伸びてるんですけどね」
 自分の頭の上にてのひらをかざしていると、ふとカズマが口許を緩めた。
「そういや『会うたびタイヨウの背が伸びてる……』って新導が……」 
 その名前を口にした途端カズマは言葉に詰まった。それどころか昨日の帰り道のようにみるみる顔じゅうを紅潮させて黙り込んでしまったのである。
 自分で話を振っておいてそれはないでしょうカズマさん! などとは言えず、どうしよう、なんて声かけよう、と眉を寄せたそのとき。
「お待たせいたしましたぁ! アイスカフェモカお待ちのお客様ぁ!」
 高らかな声とともにカズマが注文していたドリンクが店員からサーブされ、彼は番号札を渡すべく顔をあげた。相変わらず茹だっていてちょっといたたまれないくらいだ。しかし店員は「はぁいありがとうございまぁす! ごゆっくりどうぞぉ!」と見事なスマイルで踵を返した。屋外はそれなりに暑かったはずなので冷たいドリンクを注文した客が茹だっていようがどうとも思わないのだろう。きびきびした動きで去るその後ろ姿がカウンターのむこうに消えるまで見届けてから、タイヨウはおもむろに口をひらいた。
「クロノさんが……なんて?」
 トレーを自分の前に引き寄せるカズマの手が一瞬びくついたのを見逃すタイヨウではない。
「ああ、いや……『あっさり身長抜かされて、おれたちいつか手荷物みてえに小脇にかかえられたりすんじゃねえか』って……ばかみてえにびくびくしてて……
「えーなんですかそれ」
 クロノのあさっての方向への懸念に思わず吹き出してしまったが、カズマは笑っていないどころか頬杖をついたてのひらで必死に顔の半分を隠そうとしていた。まあ、かわいそうなくらいにまっかな頬は隠しきれていなかったけれど。
「えっと……カズマさん、頼んだのそれだけ? ですか?」
 タイヨウのものとおなじ大きさのトレーに載っているのはストローがささったドリンクのカップ、そしてガムシロップのポーションがふたつのみだった。
「ああ……あんま腹へってねえし」
「恋わずらいですか?」
 ほんの軽口である。しかし今度こそカズマの息の根が止まった。トレーのふちに両手をかけたまま目を瞠り、不自然な体勢で固まってしまいほんとうに身じろぎもしない。
 ああ……本気でわずらってるんだろうなあ、しかもかなり重症なやつ……
 固まったままのカズマをしみじみと眺めていると、彼は油の切れた機械のような、ぎぎぎ、と音がしそうなぎこちなさで動きだした。
……べっ、べつに、そういうんじゃねえ」
 返ってきた声も上擦っている。取り繕うようにストローに口をつけて眉を寄せたのも、ガムシロップを入れる前のカフェモカが彼には苦かったせいばかりではなさそうだ。
「そういえば、カフェモカって……
 言いかけると、カズマがシロップのポーションに指をかけながら視線だけをこちらによこした。
「ミルクの入ったコーヒーのなかでもあまいやつ、でしたよね。チョコレートシロップが入ってるんでしたっけ? カフェオレとかカフェラテとかは基本無糖で」
「へえ、よくそんなこと知ってんな」
……って、クロノさんが言ってました」
 ぱきん!
 かすかな破裂音とともにカズマの手のなかでポーションの蓋がはじけて中身がささやかに散った。トレーとテーブルにいくつかの透明のみずたまが飛び、シロップの大半はカズマの手指にとろりと纏わりつき、手にしたままのポーション容器は指の力でつまみ潰されており、カズマは茫然と、ただ茫然とそれを見おろしていた。……え、これ、もしかして、僕がわるい……
 だってほんとうにクロノさんが言ってたんですよ! 「なんかカズマがコーヒーにこだわりだしたからおれも調べちまったぜ!」って! あと「今度うちに来たらあまいやつ作ってやりてえんだよなあ」とか! ……まあ、多少意地のわるい話の振り方だったとは……思ってます、ごめんなさいカズマさん。
 タイヨウはトレーの上のウェットナプキンを開封してカズマに手渡した。わりい、とカズマはひとことだけ発して手指を拭い、深く息を吐きながら消耗したように背もたれに体をあずけた。それきりなんとなく窓の外に目を遣っているカズマを見るにつけ、タイヨウは心配が募ってしまうのだ。
 話題に出すだけでこの調子なら、カズマさん、クロノさんと学校どころかクラスも一緒なのに毎日どうやって過ごしてるんだろう……どこかに「親友モード」と「名前を出すだけで気恥ずかしいモード」が切り替わるスイッチでもあるとか……
 タイヨウはひそやかにかぶりを振った。いつもどおりに見えたカズマは、すくなくとも本調子ではない。いや、間違いなく、落ちるとか患うとかいう類の病だ。早く話を聞かなくちゃ――ただ、その前にこちらとしても確認しておきたいことがある。
「えっと、僕からカズマさんに訊きたいことが、ふたつあります」
……なんだよ」
「どうして僕に話そうと思ったんですか?」
 一瞬だけタイヨウのほうに戻った視線が、また窓の外へと流れてゆく。
「あいつのことよく知ってて……そんで、俺の話聞いてもひかねえ奴……っつったら、おまえしかいねえだろ」
……ありがとうございます」
 ぶすくれた小声で、頬杖をつきながら。
 それでも最強のひねくれものから一定の信頼を得ているらしいことは光栄で、素直にうれしく思った。だからこそ、もうひとつの質問はその信頼に瑕をつけることになりはしないかとタイヨウは危ぶんだ。しかしカズマはあきらかに次の問いに構えており、視線でちくちくと刺してくる。
 変な意味にとらないでくださいね、と前置きをしてタイヨウは言葉を継いだ。
「カズマさん、本当に悩んでます?」
……ぁあ?」
「だから変な意味じゃないんですって!」
 相手を怯ませるに充分な目遣いで睨めつけられてつい声が大きくなる。カズマは頬杖を解き、ふん、と鼻を鳴らしながら腕組みをした。変な意味じゃないならどういう意味だ、と言いたげな視線があまりにも痛い。
「あの、カズマさんって、なんでも自分で決められる人だと僕は思ってるんですけど……だとしたら、クロノさんのことも自分ひとりで決めることだってできたはずですよね。向きあうにしても、……諦めるにしても」
…………
「それでも僕に話してくれようとしたってことはつまり、カズマさんのなかで答えはもう出てて、背中を押してほしいってことなのかな、って」
…………
「それは、悩んでる、とは言いませんよね?」
 カズマは無言だった。表情は険しいが怒っているというより思索に沈んでいるようだった。
 たっぷりと、時間が止まっているのか進んでいるのかあやふやになるような沈黙のすえに彼は、わざとらしいくらいに大きく息を吐き、腕組みを解いた。
……そうかもしんねえ」
 絞り出したような声色はしかし、どこかはれやかでもあった。ふと思い出したように残りひとつとなったガムシロップを手にとったかと思えば今度は慎重に開封してカフェモカに注ぎ、勢いよく混ぜ、思いきりよくストローを吸いあげてふたたび息をつく。そしておもむろにテーブルに片肘を乗りあげて声を寄せてきた。
「なあタイヨウ……どう思う?」
「え? あー……うじうじしてるなあって思ってますけど」
「俺のことじゃねえ!」
 あ、うじうじしてる自覚、あるんだ……
「カズマさんらしくないってことですよ」
「俺らしくねえ、ってなんなんだよ……
「そもそも『どう』って、なにがですか?」
「あ? わかんねーのかよ」
「わかりません」
 カズマはまた頬杖をつく。その意図はもうあきらかだ。そう、赤面を隠したいのである。
……まあその、アレだ、いわゆる……勝算、的な……
 うわぁ……いまさらなに言ってるんだろうこの人……
 ころがり出そうになった言葉を噛みころし、タイヨウはその口にストローを咥えた。冷たいだけの味の薄い液体が、呑み込んだ言葉とともに胃の腑に流れ落ちてゆく。本音が出ちゃいそうだった……あぶなかった……
 つまり、クロノとの関係が恋愛的な意味でうまくいくかどうか、『勝算』はあると思うか、ということだ。
「えっと……ご自分ではどう思います?」
「自分で自分は見えねえんだよ、だから訊いてんだろ」
 たしかにそうなのだろう。自分で自分は見えない。もし見えているならば、あるいは多少なりとも自身を客観視できていたならば、クロノとの間に、ある種独特の空気感が漂っていることに自分で気づけているだろう。そしてそれは、周囲のだれも口にはしないが、だれもが明白に感じとっているものでもあった。
 昨日の勉強会のときなどはクロノがテーブルの上からころがしてしまった消しゴムをカズマも追い、床から拾いあげようとしたふたりの手が触れあい、燃え盛る炎にでも触れたようにふたり同時にその手をひっこめるというベタなイベント……ああいや、実にういういしいやりとりが発生していたのである。正直なところタイヨウは困惑した。一体なにを見せられているのか。あまずっぱい共感性羞恥が広がってゆくなか、あろうことか彼らは耳まで真っ赤にし、互いを視界に入れぬよう顔をそむけあいながら「あ、わ、わりい……」「お、おう……」などという会話を繰り広げていたのである。
 ここまでの空気を醸し出しておきながら、この期におよんで「勝算があると思うか」などというお門違いも甚だしい疑問を呈していることがもう、ほんとうにもう、意味がわからない! 自分で自分は見えないにもほどがある!
 しかしこんなことを口にして、最強のひねくれものに意固地になられることは避けたかった。そもそもタイヨウの大好きなふたりが、互いを大切に思いあっていること自体はすばらしいことなのだ。できることならこの先もずっと、寄り添って笑いあっていてくれるなら、こんなにうれしいことはない。

 ――だからこそちゃんと、この人の背中を押してあげたいんだ。

……でも、自分で自分は見えないとしても、カズマさんの気持ちはカズマさんにしかわからないですよね。その気持ちを言葉に変換できるのも、それをクロノさんに伝えることができるのも、カズマさんしかいないんです。だから……
 タイヨウは腹を括った。背中を押したい。この気持ちにうそもいつわりもない。しかし自分は圧倒的に、いわゆる恋愛経験がたりないしセオリーもわからない。ただ、このふたりのことならよく知っている。知っているからこそ言えることだってある……たぶん! だから押すしかない。この人の背中を。押して押して押して、どつきまわす……

「いいですかカズマさん、クロノさんに伝えたいことはいろいろあるかもしれませんが、まわりくどい言い方はしないほうがいいです。ちゃんと伝わらない可能性があるので」
「あ? でもあいつ、国語は得意だろ」
「そういう問題じゃないんです!」
 勢い込んでテーブルに体を乗り出すとつい声も大きくなった。
「お、おう……?」
「変にかっこつけるのもなしですよ。誤解の余地がないようストレートに、どストレートに伝えてください」
……具体的には?」
「『好きだ』!」
 がたん! と椅子が鳴った。カズマが頬杖の肘をテーブルの端から落っことし、半端に崩れた体勢のまま、信じられないものを見たような顔でこちらを凝視していた。
「だってそういうことですよね?」
「いや、そっ、そうだけどよ……
 カズマは居住まいを正そうとして失敗したらしく、シャツの襟ぐりを微妙によれさせたままでまた頬杖をつき、視線を窓の外へ向けてしまった。
「なあ……それって、そこまではっきり言わねえとだめなもんなのか……?」
「だめです! クロノさんは人の気持ちを理解しようとしてくれる人ですけど、それはちゃんと伝わってこそです! これに関しては空気を読めとか察しろとかはだめですよ! 素直に! 素直にです!」
「素直に、ってなあ……
「まっすぐな言葉がいちばん伝わるんですよ」
「そりゃあ、そうだろうな……
「むずかしいですかね……?」
 カズマは頬杖のまま、冷たいドリンク容器の表面に浮いた水滴に指の腹をゆっくりと滑らせながら曖昧に唸るだけで返答に窮している。この「素直に」というのが最強のひねくれものにとって最もむずかしいことなのだろうとタイヨウにも察しがつく。でも――
「むずかしいけど、不可能ではないですよね?」
 水滴をもてあそぶ指の動きがぴたりと止まった。視線がまた窓の外へと泳ぐ。あれ、と思った。今日これまで彼が見せた、羞恥から、あるいは自分の気持ちから逃げを打つようなひとみではなかったのだ。
 ここではなく今でもない場所と時間を見渡すように細められる、意思のつよい双眸。濃い青の空、漂う雲を散らしながら盛夏に向かう陽射し、熱く、濃厚な、あの夏の――
 ふと、記憶のとある領域が刺激される感覚があった。
 去年の今頃までのタイヨウは、そしてカズマも、敢えて括るなら「何者か」になりたかったのだ。
 自分は道を誤りかけたし今も『何者か』を目指す道半ばではあるけれど、それでも考えること、前を向くこと、歩み続けること――そう、目標を掲げて努力をすることだけは厭わなかった。
 このままじゃだめだ、このままじゃいやだ、今の自分から先に進みたい、変わりたい、変えたい、そう思ったときにすべきこと、それは――

「なにかを変えたいときっつーのはよ……

 ひどくおだやかな声にタイヨウの意識がふわりと現実に着地した。
「結局、自分から行動しねえとだめなんだよな」
 それはあの夏に、いやというほど思い知ったことでもあっただろう。
 目の前のカズマは未だ頬杖のまま、しかしその佇まいはもう窓のむこうに逃げているようには見えない。真摯なひとみは、まっすぐに現実を見据えているに違いない。
 ふふ、と思わず笑いがもれた。そうですね、と応えると、カズマは頬杖を解き、目を伏せて笑った。
……ま、やるだけやってみるわ」
 口の端だけをあげる笑い方は、やっぱりいつもの彼らしいそれだ。
「すぐですよ! すぐに行動してください! 今度でいいやとかやっぱり明日にするとかなしです!」
「わーかったっつーの!」
 辟易したような声を出しながらもその表情はあかるく、こころなしか希望に満ちている気もする。おそらく、もう大丈夫なのだろう。恋わずらいでようすがおかしいほうがイレギュラーな状態であり、そもそも彼は、何者にもなれず腐っていた頃とも違い、決めたことはやり遂げようとするし、そのための行動だってみずから起こすことができるのだ。買いかぶっているわけでもなんでもない。現実として彼がそういう男だということを、タイヨウは知っている。
「ところでカズマさん」
 かしゃかしゃとカフェモカの氷を鳴らすカズマに、タイヨウはにこやかに要求をする。
「バーガーのおかわり、いいですか?」
 一瞬の沈黙ののち、ふは、とカズマは吹き出しながらタイヨウの頭に手を伸ばし、ぐらぐらと首まで揺らす勢いで髪をかきまわしてきた。
「いいぜ、ちゃーんと腹いっぱい食わしてやんねーとな。なぁ中学生?」
「ちょっ、僕は中学せ、あ、あれ……?」
 しまったと思ったときにはもう、カズマは今日いちばんのいい笑顔で席を立つところだった。
 ――またやられた!
 そう思うがくやしくはない。タイヨウの希望の品をオーダーしにカウンターへ向かう背に、もう迷いや逡巡は見えなかった。いつものように――いや、常にもまして、凛として見えるのだ。

 ――僕が、あの背中を押したんだ。

 タイヨウはその背と自分のてのひらとを交互に見遣る。誇らしさをてのひらいっぱいに握り込むと、きらきらしたもので胸がいっぱいになった。うれしい知らせが聞けるのはいつになるだろう。気が早すぎるだろうが自分でも気持ちわるいくらい顔がほころんでしまう。

 僕が押して押して押しまくったんです!
 ぜーったい! うまくいきますからね!




  <後編>につづく 


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