小話倉庫(深上)
2025-07-12 23:01:01
6468文字
Public 悠アキ/haruwise
 

師匠には敵わない(悠アキ/haruwise)

悠真が澄輝坪に遊びに来る話。適当観の皆との交流会。
※2.0までの内容と妄想をこねこねしてます。

 衛非地区にも澄輝坪にも何の思い入れもなかったはずなのに、アキラが懇意にしている人たちがいる、というだけで悠真にとっても特別な場所に変わった。少し長く取れた連休に、彼に誘われて向かったのは澄輝坪にある雲嶽山の道観だ。道中、彼の運転する車の助手席で適当観の名前の由来を聞いて、それは本当に適当だなあと笑ったものだ。
 辿り着いた目的地で車を降りて、雑多な街を見下ろす。ルミナスクエアや六分街にはない歴史を感じさせる建造物と長閑な雰囲気、そして奥に見えるラマニアンホロウ。心なしか、空気すら全く違うもののように感じられた。ここでは適当観にいる門下生たちが、地元住民や協会の依頼を受けてホロウ内の任務にあたっているらしい。TOPSにほとんど支配権を奪われていることもあり、H.A.N.D.の執行官や治安官という立場など焼け石に水でしかないだろう。そう思って、悠真は制服を家に置いてきた。完全に休日を満喫する観光客の気分である。
「なかなか面白い町じゃん。ロープウェーが高所と下の繁華街を繋いで……ああ、下の駅から出てるのは、あっちのホロウに繋がってるのか」
「輝磁の発掘が盛んでね。鉱員がTOPSの管理の下、ホロウの中で作業をしているよ」
「ヤヌスやスロノスだとつつかれそうなグレーな仕事だなあ。そこはTOPSがどうにかしてるのか。へぇー、組織の影響力の地域差をありありと感じるね」
「悠真、今日はただの観光客になるんじゃなかったのかい?」
 そうだった、と肩を竦めて思考を霧散させ、ロープウェーに乗り込む。多少揺れはするものの、ゆっくりと降りていく感覚が新鮮で、悠真はのんびりとその揺れに身を預ける。
 終点に辿り着いて地面に足をつけ、乗り場から少し歩くと立派な牌楼が見えてきた。観光客と思しきカップルが豪華な装飾が施されたその門の前で記念撮影をしているのを何の気もなしに見遣って、ん? と目を凝らす。カップル、ではなくその後ろから彼らを弾き飛ばすような勢いで、こちらに向かって走ってくる人物がいる。
「お弟子さあああん!」
「うわ、えっ、福福先輩?」
 だだだだ、と道着を身に纏ったシリオンの少女が駆けてきて、アキラの前に辿り着く。ぶつかる直前で器用に急停止すると、少女は目に涙を浮かべながらアキラを見上げてきた。
「よ、良かったぁ来てくれたあ! あのあの、適当観の運営でちょっとトラブルがですねえ……ボンプたちが過労働と充電不足で倒れて、そしたら一部のボンプが労働組合を結成して、労働環境の是正を求めるって適当観の真ん中でデモを……!」
「どこから突っ込めばいいのか分からないけれど、とりあえず先輩、いったん深呼吸しようか」
 ぽんぽん、とアキラが少女の頭の上で手のひらを跳ねさせると、少女はその言葉に従ってすーはーと胸を上下させた。手慣れた様子を見るにこれは日常茶飯事だ。アキラの少女に向ける眼差しは妹に向けるようでいて、その実愛玩動物に向けるものに近しい。頬は自然と緩んでいるし、可愛がっていることは想像に難くない。
 じとっとアキラに白い目を向けるも、彼と少女のやり取りはもはや身内の距離感で悠真は口を挟めない。仕方なく無言で少女を観察して、悠真は一つ思い違いに気付く。
「あんた、もしかしてトラのシリオン? てっきり猫なんだとばかり」
「あ、福福を馬鹿にしましたね!? 威風堂々、勇猛果敢! 適当観の大姉弟子とは、あたしのことですよ! ……って、どなたですか? お弟子さんのお知り合いですか?」
「ああ、休暇中の知り合いを連れてきたんだ。師匠の許可は取っているよ」
「そうだったんですね。えーっと、じゃあどうしましょう……お弟子さんはこの方の案内もあるでしょうし……でもボンプが……
 右往左往する少女を放ってはおけなかったのだろう。はあと息を吐いて悠真の方を向くと、アキラは申し訳なさそうな声音で告げる。
……悠真、すまない。そこの茶店で少し待っていてくれるかい?」
 アキラが差し示したのは「飲茶仙」という看板が掲げられたカフェのようだ。
「大丈夫。ついでにその辺をぶらぶらしてるから」
「飲茶仙は茶葉の種類が豊富だから、もしかしたら悠真の気に入るものもあるかもしれないよ」
 そう言い残すと、アキラは前を行くトラの少女について行く形で走って行ってしまった。慣れない土地で一人ぼっちにされたわけだが、こればかりは仕方がないと自分に言い聞かせる。まるで六分街にいるかのようだ。自分のテリトリーではない場所で、彼の新しい面を見つけるのは新鮮ではあるが、その分知らない彼がいるということで、それが少し寂しくもある。
 ぶらぶらすると言ってみたはいいものの、やはりアキラのガイドが欲しいなと思った悠真は、彼に薦められたカフェに足を向けた。幸いにも時間帯が良かったのか店は空いており、テーブル席も座れそうだった。
 注文をしようと店員と思われる女性のところに向かう途中で、ふわ、と仄かに良い香りが漂ってきた。お香だろうかと振り向くと、後ろに居た透き通るような白く長い髪の女性と目が合う。彼女のことは知っている。自分の所属している六課の課長とやりあってHIAの機材を壊したと聞いているからだ。いやしかし制服も着ていない自分のことなど分からないだろうとそっと視線を前に戻そうとしたが、そうは問屋が卸さない。
「お前さん、H.A.N.D.の虚狩りのところの弓使いじゃないか?」
 相手がこちらの存在を認めたことと、自分の得物まで知られていることで、驚きが二倍に膨れ上がって悠真は再び後ろを向く。
「アキラから聞いているぞ。お前さんが来るとな」
「儀玄さん、ですよね。あの、アキラくんはなんと……?」
「知り合いの六課の弓が得意な者を二、三日泊めたい、だそうだ」
 アキラくん! と心の中で叫ぶ。全部バラしてくれているじゃないか。別にやましいことはない……ないが、こういう新しい場所で自分を明け透けに晒すほど警戒心を弱めるつもりもなかったのに。
「折角だ、澄輝坪に来た記念に、私が茶でもてなしてやろう。紅豆、とっておきを頼む」
「はいはーい、お待ちあれ!」
 馴染みの客なのか、店員は儀玄の言葉を聞いて詳細も聞かずに店の中に入っていく。悠真が何も言わない間に状況は進み、儀玄は空いているテーブル席に着くと余った席に座るよう悠真を促した。今更断ることもできず、悠真は居心地の悪さを感じながらも彼女の前に座る。
「澄輝坪はどうだ。そう悪い町でもないだろう」
 予想に反して、儀玄の方から話を振ってくれた。寡黙というほどではなくどちらかといえば饒舌なようだが、表情に大きな変化は見られない。まるで雅と話しているようだ。いや、雅の方が表情は豊かだなと思考を巡らせたところで、思い浮かべたばかりの存在を話題に乗せられた。
「そういえば、お前さんのところの上司とは、一度甘味を共に食べたことがある。その時に話は聞いたぞ。自分は課員に恵まれているとな」
「課長が自分で引き抜いたんですけどね、僕らは。辞令には逆らえませんって」
 軽く返しながら、何をやっているんだあの人は、と赤くなりそうになる顔に力を込める。しかし相手はこちらの謙遜など見抜いていた。
「だが、彼女の求めに応じて研鑽を積んでいるのは自分の意志だろう。自分を褒めることも忘れないことだ」
 雅や柳といった上司やH.A.N.D.の教官を相手にする時とは異なる、自分のペースに持っていけない感覚を覚えて悠真は動揺する。常時落ち着いた大人の声音。まるで諭すような、しょうがないなと笑うような、静かな言い回し。
 お茶が運ばれてきて、儀玄自ら茶を淹れてくれる間も、その後の当たり障りない雑談に興じている間も、悠真はどうにも地に足がつかない感覚と戦っていた。
「あ、あれ、お師匠さま? どうしてこんなところで、お弟子さんのお客さまとお茶してるんですか?」
 聞き覚えのある声がして振り向くと、先ほども会ったトラの少女がきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「適当観の客を、主自らがもてなして何が悪い。福福こそ、どうした?」
「も~、あたしはお師匠さまを探してたんですよ~。今はお弟子さんが来てくれたからどうにか収まりそうですけど……あ、そうだった。ええと、お客人さん、アキラさんから伝言です! もう少しかかりそうだから、もしもう見るものがなければ一度適当観に来て欲しい、とのことです!」
 一息にそう言い切ると、少女は再び来た道を戻っていった。トラというよりもイノシシのようだ、と茫然と見送ると、儀玄が徐ろに席を立った。
「ふむ、ならば共に行くか。案内しよう」
 悠真は焦って最後に残ったお茶をぐいっと一気に飲み干すと、儀玄を見上げて口を開く。
「あの」
 遠慮がちに出した声に応じるように、儀玄が悠真を見る。裏側まで見透かされそうな視線に耐えながら、悠真はその目を見返す。
「あなたにとって、弟子……って、どんな存在ですか」
 聞くつもりのなかった問いを口にしたことに自分で動揺しつつ、けれど答えを知りたい気持ちが勝る。見下ろす儀玄の顔は、まるで凪いだ海のように静かで、けれどどこか優しさが滲んでいた。
「私についてきてくれる弟子たちは、私にとって何にも代えがたい、宝だ」
 そう言い切った儀玄に、悠真は知らず瞼を震わせた。その顔が、声が、どことなくかつての己の師匠に重なる。お前の人生を生きろ――そう強く、しかし優しく言い残してくれた師匠に。
 どこの師匠も同じなのかもしれない。少なくとも、儀玄は弟子を見捨てたり悪用したりするような人物ではないだろう。その背中を見つめながらついて行くと、彼女は前を向いたままで少しからかうような口調になる。
「ああ、そうだ。道観は弟子入りしない者にも開放しているし、何を咎める場所でもないのだが……あまり見せつけてくれるなよ」
「え、な……何を?」
 思わず足を止めた悠真を振り返って、相変わらずの無表情で儀玄は告げる。
「お前さん、アキラと恋仲だろう」
 アキラくん!! と再び心の中で絶叫するも、肩を揺さぶりたい相手はここにはいない。一度深呼吸をして少し冷静になって考えると、恋愛に割と淡泊なアキラが嬉々として漏らすとは思えなくてぶつぶつと呟く。
……いや、さすがに言ってない、言ってないよね……?」
「言わずとも分かる。勘だ。お前さんを泊めたいと言ってきたアキラを見ていれば、大体はな」
「儀玄さん、そういうの鋭い人なんですか……?」
「いや? だがそう怯えるものでもないだろう。相手に寄り添いたいと思う心はいつの時代も、どこに居ても自由だからな」
 少しだけ、儀玄の口元が緩んだように思えて、悠真は目を見開く。しかしすぐに無表情に戻り、儀玄は再び適当観への道を歩き出す。
「他の人には言わないでくださいね……
「お前さんがそれを望むなら、分かった。約束しよう」
 相手が振り向きもせずそう言い放ったのは、顔を赤く染め上げている悠真への配慮だと思うことにした。


 ボンプたちによる抗議デモは、アキラの弁論と、デモを行った者たちの末路を語り聞かせた悠真の機転によりどうにか両者矛を収める形に落ち着いた。派遣ボンプを増やし、労働時間の均等化を図り、充電時間の優先的な確保を約束したところでようやく安堵したのか、それとも単なる充電不足に陥ったのか、最後にはデモ隊もすっかり大人しくなっていた。
 パンダの料理人の運んできた豪勢な夕食に舌鼓を打ったり、見様見真似で道観の修業に付き合ってみたり、眼鏡がよく似合うふさふさ尻尾のシリオンにアキラよりも筋がいいと褒められたりと、夜も更けるまで適当観は賑やかだった。
「本当に助かったよ、悠真。もう少しでボンプの第三勢力が出てくるところだった」
「あの子たち、戦争でも始めるつもりだったのかな」
 この道観におけるアキラの自室に招かれて腰を落ち着ける。ビデオ屋の二階とは違う匂いに少しそわそわしてしまう。忘れずに持ってきていた薬を飲んでから、ぐるりと部屋の中を見回す。趣はあるが、ここがアキラの部屋という実感は薄い。少しお高いホテルだと思う方がしっくりくる。
「この部屋はベッドが一つしかなくてね。一緒に寝るしかないわけだけど」
「アキラくんと寝られるならどこでも嬉しいんだけど、一つだけ。儀玄さんに「あまり見せつけてくれるな」と言われています」
 彼の軽いお誘いを理性を総動員して突っぱねると、アキラはむうと唇を尖らせた。
「師匠、いつの間に根回しを……いや待てよ、僕は君との関係については一言も言っていないはずだよ?」
「あんたがあの人に僕のことを話す時に、勘が働いたそうだよ」
「ああ……さすが師匠だ」
 自らの師を褒め称える言葉をひねり出しながらも、アキラの顔は引き攣っている。この適当観では隠し事はできなさそうだ、と悠真は肩を竦めながらも、ベッド脇に座るアキラに抱き着いてそのままベッドに押し倒した。
「言ったそばから、君は……
「添い寝するくらいならいいでしょ? だってベッドは一つしかないわけだし」
……確かに」
 顔を合わせて、悪いことを隠すように静かに笑い合う。
「しかし、あんたが僕のことを話す時って結構気持ちが溢れてるんだね。儀玄さんにバレるほど。いいことを聞いたなあ」
「からかうのはやめてくれ、誰にも話せなくなる……
 赤くした顔を隠すように背中を向けるアキラを、何この可愛い恋人、と悠真はぎゅうっと後ろから抱き締めていた。

 *

 けたたましく鳴り響く悠真のスマホに二人して飛び起きた。早朝の呼び出し音に、悠真は苦い顔をしながらもすぐに出る。超級エーテリアスが出たとかで六課は本部で待機するように、とのことらしい。何のために休みを取ったんだとぶつくさ言いながらも、悠真はさっと身支度を済ませ、苦虫を嚙み潰した顔でアキラを見た。
「ごめん、アキラくん……折角今日は町を案内してくれることになってたのに」
「気にしないでくれ。H.A.N.D.本部まで送って行こうか?」
「近くまで迎えが来てるらしいから、大丈夫。ここに来ることは伝えてあったし……あー、やだなー」
 ぼやきながらも入り口まで足を進める悠真について行く。扉を開けたところで、悠真はくるりと振り向いた。
「アキラくん、まだ部屋着でしょ。ここまででいいよ」
「え、でも」
 片手で扉を押さえたまま悠真は顔を近付けると、続くはずだったアキラの言葉を物理的に奪った。一瞬重なった唇に目を丸くするアキラと対照的に、悠真は柔らかく笑う。
「これで充分。じゃあ、またあっちでね」
 言うや否や、悠真は走って行ってしまう。その姿が見えなくなっても、アキラはそこに立ち尽くしていた。
 ぎい、と斜め前の扉が開く。そこから現れた人物は、茫然と立ったままのアキラを視界に収めると、ふむ、と思案気に目を細めた。
……見せつけてくれるな、と言ったはずなんだがな?」
 瞬間、アキラはバンッ! と扉を閉めていた。師匠にはバレていたから構わない――そんな訳あるか。キスシーンを見られて恥ずかしくならないわけがない。
 ずるずるとそのまま扉を背にしゃがみ込む。きゅう、と心臓が痛む。どんな顔でこの後師匠に会えばいいのだ。関係性を知られていることよりも、その場面を見られたことの方が何倍も羞恥が込み上げてくる。いっそ開き直った方が傷にはならないだろうか。
「悠真め……
 覚えてろよ、と勝てるはずもないのに拳を握り締める。
 その日のアキラは修行にかなり熱が入っていて、まるで威嚇中の猫の如き気迫を感じたという――そこから色んな憶測が飛び交い、他の弟子たちの間で密やかに囁かれていたことは、最後までアキラの耳には入ってこなかった。