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2025-07-12 22:56:05
3413文字
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オロイフワンドロ「ファストフード」

現パロ

 何だか気配が薄いなと思って振り返ると、イファと鉄紺色の頭との間は大分離れていた。おぉい、と声を掛けるとやっと開いた距離に気付いたらしく、長い脚がパタパタと小走りにやってくる。足を止める程の時間ではない。だがイファは、新しい友達を立ち止まって待ってやった。
「ごめん」
「別にいいけど。何か店にいいもんでもあったのか?」
「いや、普通に歩いてただけだ。都会の人は足が速い」
「そうか? 普通山育ちの方が健脚なんじゃないのか」
「真逆だ。故郷ではほんのちょっとの移動でも車に乗る。近所の自販機にジュースを買いに行くだけでも車を出すからな」
「流石に嘘だろ」
「まあちょっと嘘だ。1㎞離れた自販機にジュースだけ買いに行くくらいなら、5㎞離れたコンビニに行く」
 1㎞は近所ではないのでは? 冗談かと思ったが、長い前髪から覗く空色と桃色の瞳は至って真面目に見える。イファはまだ、このオロルンという転校生の性格がよく分からなかった。
 同級生たちより頭一つ以上抜けた長身に、襟を覆い隠す長い鉄紺色の髪、サイケデリックな色違いの鋭い瞳。ぱっと見はそれこそバンドでもやっていそうな妖しいいイケメンで、同クラスどころか上級生まで色めき立っていたものだ。
 だが蓋を開ければ、ネオンと爆音の喧しいハコを居城とするバンドマンどころか山の中の畑から採れた田舎の男の子である。妖しいイケメンに対する熱は既に落ち着き、今は見た目の内面のギャップを面白がる奴らにあれこれとちょっかいを掛けれているのだった。
「ところで、僕らどこに向かってるんだ、イファ」
 学校外でも人目を攫う長身は、ビル内に居並ぶ店をきょろりきょろりと見回している。遠くでこちらを見ながら黄色い声を上げる、他校の制服の女子になんて気付いてもいない様子だ。イファもわざわざ教えてはやらず、そののんびりとした足取りに合わせてゆったり歩みを進めながら返した。
「前に、学校帰りにファストフード店に入ってみたいって言ってただろ」
「言った」
 パッと白い顔がこちらを見て、そして力強く、かなり力強く頷かれる。勢いの良さに、思わずイファは笑った。
 コンビニまで5㎞はある田舎で暮らしていた少年は、買い食いというものに酷く憧れを持っているらしい。特に下校時に友達と連れ立ってファストフード店に寄るなんて行い、漫画や娯楽小説でしか見たことがないのだと熱を入れて語っていたものだ。
 勿論、物見高い友人たちはこぞってオロルンを連れ出そうとした。通学路からちょっと外れれば、ハンバーガーショップなんて系列問わず沢山ある。田舎少年の夢は簡単に叶いそうだったが。
 そこに口を出したのがイファである。彼は訊ねた。ファストフード店にあるのはしょっぱいものと脂っこい揚げ物くらいで野菜なんか大してないんだが、大丈夫か?と。
 オロルンは渋い顔をして、多分だめだ、としょんぼり答えた。特に最後が一番無理だったそうだ。採れたての野菜とばあちゃんの薄味の料理で育った口には、あの塩分油分はきつかろうと声を上げて正解だった。
「バンズじゃなくてレタスで包むものもあると言われたけど、それはハンバーガーじゃない気がする」
「まあなあ。ただ今から行くとこもハンバーガーを出してる訳じゃないんだ」
「そうなのか」
 今までと同じ端的な返事だが、少し尻尾の垂れた気配がある。イファも少し不安になった。気に入って貰えるといいなと思っていたが、結局的外れな厚意に終わるかもしれない。
 しかし幾らゆっくりとはいえ、背の高い男二人の足取りは目的地まで簡単に辿り着かせてしまう。
 ここだよ、と指さすのは主にサンドイッチを提供するファストフードの店だった。店頭のガラスケースにはレタスや玉葱、オリーブなどのカットされた野菜が居並ぶ。油気の強いパテや塩辛いフライではなく、たっぷりの野菜がこの店の強みなのだ。
 色違いの目が丸く見開かれ、新製品をカラフルに宣伝する映像を見上げる。
「タコスだ」
「ん、好きなのか? じゃあそれにするか」
「ぼ、僕はよく分からない。イファと同じのでいい」
 鈍感に見えるくらいに泰然とした長身が、途端怯えたようにイファの背にちょっと隠れる。口の端をムズムズさせながら、新作のタコスセットを頼むべくカウンターへと進んだ。
 たっぷりの野菜とタコミートを挟まれたパンが手早く紙に包まれ、サイドメニューとドリンクと一緒にトレーに乗せて提供される。その様をキラキラした目でじっと見つめるオロルンを、イファは横目で盗み見していた。
 わくわくした足取りを連れてボックス席に足を向け、向かいにちょこんと座った転校生に包み紙を渡してやる。恐る恐るそれを開き、しかし現れた断面に齧り付く口は大きかった。
 薄い唇の端を少し汚して膨らむ頬を見ながら、ドリンクとサイドをテーブルに移してやる。程なくごくんと飲み下したオロルンに、ドキドキしながら問いかけた。
「どうだ?」
「美味しい」
 けしてお世辞ではないだろう。その証拠に大きな口は、再びサンドイッチにがぶりと食いついている。
「そうか、良かった」
 素っ気無く返しながら、サンドイッチを齧って緩む口を誤魔化した。タコミートは、イファの口には少し辛い。こういうのが好きなのか、と心の隅に書きつけながらドリンクに口をつける。
 その所為で酷く咽込む羽目になった。
「イファは、僕に下心を持っているのかな」
「ッ、げほっ、ごほっ! な、なんらって⁉」
 鼻にまでせり上がりかけた炭酸水の所為で涙が出て来た。うっすらぼやける視界の先で、田舎からやっていた転校生は、ようやく口の端のソースに気付いたのか舌でぺろりとそれを拭う。
「ばあちゃんが言ってたんだ。シンセツにしてくれる人の中には、僕に下心を持っている人もいるんだって」
 思わず目が泳いだ。オロルンのばあちゃんは正しい。イファは、この妖しげな見た目の朴訥な少年に、確かに下心を持っている。
 だけど、まさかこんなに早くバレるなんて。何とか誤魔化せないかと口を開こうとするが、タコスの辛味と炭酸飲料の刺激が未だに鼻と喉を痛めつけている。紙ナプキンで垂れそうになった鼻水を押さえている間に、オロルンは更に論拠を口にした。
「友達に何度か街を案内して貰ったけど、この店の名前はどこにも見当たらなかった。多分だけど、限られた場所にしか出店していないんじゃないか」
 ナプキンの下で、ケンと咳き込む。
 その通り。このチェーン店は全国展開こそしているが、有名なファストフード店に比べたら出店数が格段に少ない。
 きっと同じ学校の連中は、野菜が売りのこの店が市内にあることすら知らないだろう。遊びに繰り出すにも少し離れた場所にあるのだ。けれど、イファは、
「普通のファストフードが苦手な僕の為に、わざわざどこにあるのか調べてくれたんじゃないのか。そして、他の誰も誘わず、僕だけを連れてきた」
 ぐう、と喉が鳴る。その通りだった。
「そうだったら嬉しいんだけどな」
 革靴に、とん、と何かが当たって止まる。間違いなくオロルンの靴だ。分厚い革に隔てられて体温なんて分かる訳もないのに、何故だか酷くそわそわした。
……こーゆー店を見つけて貰いたいからだろ」
 向かいの顔が見られない。気のない風に聞こえることを願って出した声は、まるで探偵に証拠を掴まれた犯人みたいに硬くてわざとらしい音を立てる。
「そうかもしれない」
 対するオロルンの笑い声は、軽やかで、なのに少しだけ妖し気に響いた。何人も誑かしてきたような声色。ドキリと跳ねる心臓が悔しくて、一人で注文も出来ない癖にと未だ湿り気の抜けない目を上げて睨む。
 と、凄まじいしかめっ面が目に入った。顔の中央に皺を寄せ集めたような表情。
 その片手には、半分齧られたサイドのポテトが抓まれている。
…………しょっぱい」
「あぁほら、ジュース飲め。余計な塩はこそいで落せ。無理そうだったら食ってやるから」
 あれこれ言い付けながら紙ナプキンの束を渡せば、「ありがとう」としょぼしょぼした声が返って来る。先ほどの、誑かされそうな色気は皆無だった。
 イファはまだ、このオロルンという転校生の性格がよく分からない。
 だが、厄介な奴に惚れてしまったことは、間違いのない事実だった。