紫輝
2025-07-12 09:36:07
2515文字
Public リとヌと御仔の話
 

仲直りは冷たい紅茶で

リとヌと御仔と5.6イベ二ー三幕幕間のアレ。ヌ様少なからず悲しい思いをしたと思っていて…そんなとうさまの悲しみに共鳴した御仔に叱られるパパの話です。御仔あまり負の感情は抱かないけどご両親関連は例外なの二人の仔~!って感じで滾りますよね(独自設定

 優しい両親と両親を取り巻く温かな交友関係、両親が日々職務に邁進している成果により安全と安心が保たれた穏やかな環境に身を置くレヴィに、『苦手なもの』はあれど『嫌いなもの』は多くない。唯一、と言ってもいいそれの片方の気配を感じてレヴィは顔を上げた。触角がビリビリする。両手をきゅうと握り、ドアをじっと見つめ、ほんの少し迷って、レヴィはドアの取っ手に手をかけた。
 開け放ったドアの向こうには大好きな両親がいる。最近、パパはよく昼間にとうさまの所へやってきていた。『怖い話』をしているのをレヴィは知っているので、いつもならお話が終わったあと、とうさまかパパがおいでと呼んでくれるのを隣の部屋で待っている。けれど今日はそれを待ってはいられなかった。何故ならレヴィの『嫌いなもの』――とうさまの「かなしい」を感じたからだ。目の前には二人しかいない。信じられないし、もしかしたら叱られてしまうかもしれない。それでもじっとはしていられなくて、レヴィはとうさまの前に立ち塞がるようにして両親の間に入り込み、パパを見上げる。
「パパ、とうさまかなしいにしたの?」
 う、と呻いたパパに信じたくなかったことが本当だったことを理解して、レヴィはきゅっと眉を寄せた。
 レヴィは仲良しの二人しか知らない。いつも一緒で、いつもにこにこの二人しか。パパがとうさまを大好きなことも、とうさまがパパを大好きなことも知っている。世界で一番とうさまのことが大事なはずのパパがどうしてとうさまを「かなしい」にしたのかわからなくて、わからないけれどもレヴィも悲しくて、レヴィは口を開く。
「とうさまかなしいにするひと、パパでもきらいだもん!」
 思い切り叫んだ喉が、ひく、と引きつった。目がうるうるとして、頬がひんやりとする。胸がぎゅうと痛くて、共鳴したのか、と驚いたように呟いて肩に触れたとうさまの手を両手で握る。
 大好きなパパに嫌いと言うのは、びっくりするくらい辛くて悲しくて痛いことだった。けれどレヴィはパパととうさまを「いたい」「かなしい」にする存在が嫌いだ。だからパパがとうさまを「かなしい」にしたのなら、そんなパパは嫌いだ。
「きらいだもん……
 ぐす、と鼻をすすり、とうさまの手を握って、顔をくしゃくしゃにしたレヴィに、パパは泣きそうな顔で膝をつく。
ごめんな、レヴィ。パパが悪かった」
 泣かないでくれとレヴィを見つめるアクアマリンがゆらゆらと揺れていた。なんだかパパも痛そうで、だけど今一番痛いのはきっと。
「ぼくじゃないの。とうさまにごめんねして」
そうだよな」
 首を振ったレヴィにうなずいてパパは立ち上がる。パパのアクアマリンととうさまのアメジストが見つめ合って。
「すまなかった、ヌヴィレットさん。あんたを悲しませちまった」
 配慮に欠けた発言を詫びるよ。
 ごめんねの後に続いたパパの言葉の意味は難しくてよく分からなかったけれど、とうさまの「かなしい」が溶けるように消えたのはわかった。レヴィが捕まえていないほうのとうさまの手が、優しく頭を撫でてくれる。
「君自身を貶める先の発言に対する不快感とそれを上回る悲しみは消えないが、私のために怒ってくれたこの仔に免じて今回は赦そう」
 以後慎むように。
 とうさまの声を聞きながら二人の顔をじっと見上げる。とうさまがする難しい言葉遣いからは、二人が仲直りできたのかレヴィにはわからない。
「とうさまに許してもらったよ、レヴィ」
 二度レヴィの前に膝をついたパパは、今度はほっとしたように、少しだけ困ったように笑っていた。どうやら仲直りできたらしい。ということはつまり、とうさまを「かなしい」にしたパパはもういないということだ。
「ごめんなちゃいぼく、ぼくね、パパのことだいすきだからね」
 ぎゅ、と広い胸に抱きついてぐすぐすと肩を震わせるレヴィの背を、大きな手がぽんぽんと撫でてくれる。
「大丈夫、わかってるさ。叱ってくれてありがとうな、レヴィ」
「赦す、とは言ったが。――相応の代価を求める」
 もうしないよ、と囁く低い声にうんと答えたところでとうさまの声がして、二人顔を上げた。パパが真剣な顔でうなずく。
「なんなりと申しつけてくれ。俺にできることなら」
 もしかしてまだ仲直りできていなかったのだろうか。少しだけ不安になったレヴィの前でとうさまが持ち出したのはガラスのティーセットだった。
「氷出しの紅茶とやらを飲んでみたい。君の氷で」
 茶葉にはアイスティー向きと謳われているものを用意してみた――とうさまの言葉にぱちりと瞬いたパパが小さく笑う。
「そんなことでいいなら喜んで。てっきりどこぞの水を汲んでこいとか言われるのかと思ったよ」
「君を一人で『どこぞ』へ送り出すなど、私にもレヴィにも益がないことはしない」
「ぐ……
 パパが笑顔をしかめたが、これは『大丈夫』なものだとレヴィは知っている。パパの「とうさまが大好きな気持ち」が大きくなりすぎるとこうなるのだ。ちなみにとうさまがこんな風に言葉を失っているのも何度か見たことがある。つまり二人が仲良しである証拠だ。
「それじゃあ、氷を用意しよう。水をもらえるかい?」
「うむ」
「ぼくも!」
 気を取り直したように首を傾げるパパに答えたとうさまがその手を掲げるのにレヴィは声を上げる。レヴィも水の龍王であるとうさまの仔なのだ。お水くらい出せる。じゃあお願いしよう、ととろりと笑う二人の間で、とうさまのように手を――レヴィが水を作るにはまだ両手が必要なので両手だ――上に向けた。
 そうして家族で作った氷で淹れたお茶はいつもよりいい香りがして、水のようにすっきりとして、けれど甘くて、冷たいのにじんわりと胸が温かくなる不思議なお茶だった。まるでパパの紅茶ととうさまのスープを一緒に飲んだみたいだ。美味しいねと笑ったレヴィに、これは幸せの味だな、と鏡写しのように笑顔を浮かべて教えてくれたとうさまが『幸せの過剰摂取』でふわふわのぽやぽやになりソファから立ち上がれなくなることを、このときのレヴィはまだ知らなかった。