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ゆうひです
2025-07-12 00:00:59
2935文字
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小説
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★風♾降 レモネード
小説。できてる二人。誰とも付き合ったことないふるやさんとかざみの元恋人の話。エロはないです
ガコン、という音が二回、夜の庁舎に響いた。自分の分の緑茶と、風見に渡すためのレモネードを自販機から取り出す。
「ありがとうございます」
もう夜も遅いが、まだここで仕事をしていた風見の顔を見るついでに飲み物を奢るという体で休憩ブースまで連れ出した。風見の机の上にはコーヒーの缶が五本並んでいたので、今日はもうカフェインは禁止だ。
さきほど風見が僕の財布をやけに見ていたので何かと尋ねた。
「ああ、そろそろ財布が古くなってきたので買い換えようかと」
と風見は言う。確かなんの変哲もない黒の二つ折りの革財布を使っていたと思うが、言われてみればまあまあエイジングされていた気もする。
「最近はキャッシュレスも進んでいるし、人によって財布の使い方も変わってきたよな。ちなみに、今の財布はどれくらい使ってるんだ?」
「うーん、三年──じゃなくて四年くらいになりますかね」
「価格はいくらくらいのものだ?」
三十路ともなればそれなりのものを持った方がいいという向きもある。僕は風見がそういうことをどの程度気にするかを知ろうと、何の気なしに、話の流れで訊いただけだった。
「えっ
……
と、貰い物なので。調べたらわかると思いますけど」
──ああ。
一瞬、風見の目が泳いだ。なるほど、その反応で察してしまった。きっとそれは昔の恋人にもらったものなのだろう。
「そうか。物や思い出を大事にするのはいいことだ」
嘘ではなくそう思っている。僕が面白くないだけで。風見もまた僕に気づかれたことに気づいたようで、何か気まずそうな空気を纏っている。
とりあえず座ろうか、と自販機の横にあるベンチに誘導した。二人してペットボトルの蓋を開けて、それぞれの飲み物を一口飲んだ。
プレゼントの品を何年もちゃんと長く使っているくらいだから、贈り主とはきっとそこまでひどい別れ方をしたわけでもないのだろう。どうしたってそういう考えが頭から離れないので、直球で話題にすることにした。
「それで、その贈り主と別れた理由は?」
「多忙で
……
あまりに予定が合わなくて、自然とそういう流れになったと言いますか」
「よく聞く話ではあるな。今の財布を貰ったのはどういうタイミングで?」
「ええと、クリスマスプレゼント
……
でしたけど、その時もクリスマス当日には会えなくて、二十八日だったかに──で、そのあとまた一ヶ月くらい会えなくて」
結局別れちゃいましたね、と風見は苦笑しながら話してくれた。なんでもない、よくある話なんだろう。普通の恋人同士だったら別れるようなことなのだろう。今まで見聞きしてきた世間の恋愛事情的にはそうらしい。僕には経験がないが。
そう、僕にはこれまで好きな人と付き合った経験はない──風見が初めてだ。好きな人がいたことはある。でも付き合えなかった。恋愛的に好きではない人に交際を申し込まれたことはあるが、僕の心情として自分が好きではない人と付き合うことはできなかった。そんな僕の人生で、自分が好きになった人──風見が自分を好きでいてくれて、自分と付き合ってくれているという現状が奇跡的で幸せなことなのだ。目の前の幸運を享受するべきで、相手の過去を気にするなどということは全くもって時間の無駄、嫉妬など何の生産性もない行為でしかない。そう思うのに僕の口はこの話題から離れようとしない。
「どうすれば君は振られずに済んだんだろうな」
「そりゃあ、まず仕事を辞めるべきだったんでしょうね」
事もなげにそんなことを言う。
「まあ、仕事を放り投げてもいいと思えるくらいの相手じゃなかったって事です。それほどまでには入れ込んでいなかったというか。普通にいい人でしたけどね。お陰様で降谷さんに会えて今こうなってるわけですから、それでいいんです」
はい、これで満足ですか。と言われた気がした。少しむかつく。風見が年上の、人生の経験者ぶっている。
「僕は君に形に残る贈り物はできない。少なくとも今は。きっと君の次の恋人に余計な気苦労はかけずに済むな」
拗ねているのが声色に出ているのが自分でもわかる。格好悪い。
「ええ? 前にヨーコさんのグッズいっぱい送ってくれたじゃないですか」
「あれは上司として仕事に付き合わせた埋め合わせの品だからノーカウントだ」
あれは恋人としての贈り物じゃない。服をおさがりであげてるのだって、思うところがないわけではないが色気はない。本当だったら僕だって風見に、常に身につけておけるような贈り物をしたい。ペアの指輪やら腕時計やら、きっと定番はそのあたりだろう。
「どちらにせよ、降谷さんからは形に残らないものも死ぬほどもらってますよ」
「たとえば?」
「今みたいな寂しそうな顔とかです」
なんだそれ、とまた格好のつかない声が出る。お前に俺の何がわかるっていうんだ。全部だだ漏れだっていうのか。そうであって欲しくない。
「自分の人生を現在進行形で無茶苦茶にしている人が、自分のせいでそんなふうになってるのはちょっと気分いいですから」
「いい意味には聞こえないが」
「可愛いって言ったら降谷さん怒るじゃないですか」
「怒らないよ」
いや、実際のところ可愛いと言われてもあまり嬉しくないのは本当だ。嬉しくないが、僕を見る少し眠そうな風見の視線は嬉しいのだ。
「あとほら、今みたいに二人で並んで休憩してるだけの時間が、いつかいい思い出になったりとか」
「君、じじむさいぞ。遠い未来の話なんてするな」
風見は僕の小言を聞き流しながら透き通ったレモネードを飲む。これ美味しいですよ。降谷さん飲んだことあります? なかったら一口どうぞ。勧められたのでありがたく受け取って一口飲んだ。きっとこれは今の時期しか置かれていない期間限定の商品だろう。レモンピールの苦味が思ったより強いが、そのあとを追って蜂蜜の甘味がやってくる。夏の暑さに疲れた体には染みる味だ。
「降谷さんがぼくの人生を無茶苦茶にしているっていうのはですね、たとえば降谷さんが『警察をやめて新しく探偵事務所を開くから、お前も警察をやめて助手として着いてこい』って言ったら、ぼくはきっと着いていくと思います。そういう感じです」
成り行きで作った架空の人物設定を本当のことにする予定は、いまのところない。しかしこれが、風見なりの愛の言葉だということはわかる。自分でも意味がわからないくらい嬉しい気持ちが胸に湧き上がってきて、僕は言葉に詰まってしまった。勝手に拗ねては簡単に浮かれている自分を俯瞰で見れば、信じられないほど幼稚な恋愛をしている。風見ときたら僕の機嫌を取るのも一苦労だな、と頭の隅で冷静な自分が呆れている。
でも僕はこれが初めてなんだからしょうがないじゃないか。
周囲に人影がないことを確認して、僕は風見に体を寄せた。
「キスしていいか」
「えっ今ですか」
君に口説かれたからしたくなったと伝えると、はいはい、といった様子で風見は僕の提案を受け入れた。僕ばかり浮かれているようで悔しい気もするが、風見が僕の手を握ってくれたので気分は良い。
別に初めてのキスではないけれど、それはレモンの味がした。
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