Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
みずあめ
2025-07-11 18:45:45
4489文字
Public
brmy
Clear cache
吏恭
好き勝手書いてます
用事を終えて事務所を後にしようとしたちょうどその時、扉を開けて入ってきたその人に俺は一瞬だけ呼吸を止めた。
「お? 恭耶もいたか。みんなお疲れ様、はい差し入れ。恭耶はこれから仕事?」
「いえ、逢さんに借りていたものを返しに寄って、もう帰るところです。吏来さんは? 誰かと待ち合わせですか?」
「や、俺はたまたま近く通ったから寄っただけ。用事っていうか、みんなの顔を見に?」
「なるほど。それじゃあもし時間があるならどこかでお茶でもしていきませんか?」
「
……
ん、いいよ、そうしよっか」
吏来さんはいつも通りに微笑み、由鶴くんに差し入れだというカフェの紙袋を渡して中身の説明をした。じっと、その横顔を見つめる。彼のほんの少しの差異も見逃さないように。
「みんな残業せずに帰りなさいよ、頑張りすぎないこと。オーケー?」
「あはは、はい、ありがとうございます」
「逢、お返事は?」
「
……
はぁ、わかってます。今日は定時で全員帰らせますから」
「お前もね。由鶴、ちゃんと逢も連れて帰って」
「ふふ。わかりました、任せてください」
「よろしくな。お待たせ恭耶、行こうか」
「はい。それじゃ皆さん、また」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
扉を開けてくれる吏来さんの横を通って事務所を出てから振り返り、扉が閉まったところでため息を吐く彼に俺は思わず笑みを浮かべた。
「よかった、ちゃんと意識してくれているみたいですね」
「そりゃするでしょ。まさか今日いるとは思わなかった
……
。嬉しそうな顔しないの」
「嬉しいので」
にこっと笑うと吏来さんの手が伸びてきて俺の頬を優しくつまんだ。ふにっと引っ張られ、かけらも痛くもないお仕置きに余計に笑ってしまう。
数日前、俺は吏来さんに好きだと告げた。会話の流れで言う耳触りのいいだけの上辺の言葉ではなく、本当に心からあなたが好きだと。
吏来さんはたぶん、すごく驚いていた。俺の好意には気がついていたと思うけれど、俺がそれを口にするとは思っていなかったのだろう。俺たちは今の関係で十分に心地良く、お互いに他では替えのきかない存在だった。わざわざ好きだなんて言わなくても求めれば彼の隣は俺に与えられて、俺だって吏来さんに呼ばれれば他の誰に呼ばれた時より早く彼の元へ行った。
だけど、俺はもう一歩彼の心に踏み込みたくなってしまった。きっと今のままだって彼の肌に触れることは許されるけれど、そうじゃなく、ちゃんと彼に触れていい理由が欲しかった。
吏来さんは俺の告白に明確な返事をすることを避けた。保留などという時間をおいてそのままなかったことにする都合のいい断り文句を、俺は逆に利用させてもらうことにした。まだ振られていないのだから良い返事を引き出すことだって可能だろう。そもそも俺は最初からこの勝負に負けるつもりなんてなかったから。
彼にしては珍しく、吏来さんは俺との距離を測りかねているようだった。困った顔を隠しもしないのは俺への甘えだろうから構わない。早く好きだと言えばいいのにな、と思いながら俺はエレベーターのボタンを押した。
「俺といるのが嫌でしたら帰ってもいいですよ。お好きにどうぞ?」
「
……
行くよ。このまま避けていても何の発展もないだろう」
「良い方向に発展してくれると嬉しいですね」
「それは恭耶次第だろ」
「ふ、そうですか? 俺は吏来さん次第だと思うけどな」
告白をされた吏来さんより、告白をした俺の方が余裕があるようだ。やってきたエレベーターに乗り込み、扉が閉まって小さな箱の中に二人きりになってから、吏来さんはぽつりと「本当に困ってるんだけど
……
」と呟いた。顔を上げれば目が合って、彼の手が俺の髪をくしゃっと撫でる。
「可愛い後輩なんだよ」
「
……
もっと可愛がってみては?」
「
……
簡単に言ってくれるね」
エレベーターを降りてビルを出た後、俺たちはいつものカフェに向かってどちらからともなく歩き出した。歩幅が違うのに自然と隣を歩けるのは吏来さんが俺に合わせてくれているからだと知っている。
俺は、どれだけこの人を困らせられるだろう。嫌われるなんて少しも思わない傲慢さを、吏来さんが俺に与えたのだから最後まで責任を持ってほしい。だって、あなたも俺のことが好きでしょう。
「あと何日かかりますかね」
「ん? なにが?」
「吏来さんが俺の告白に良い返事をくれるまで」
「
……
俺はこのままおまえのことを振ってもいいんだけど?」
「振るんですか?」
「振られるとは少しも思ってなさそうだな」
「思ってませんよ」
「どうして」
「俺に聞くんですか?」
自分の気持ちは、自分が一番分かっているのでは? 顔を覗き込むと吏来さんは目を見張り、それからすぐにふいっと視線を逸らした。逃げるなんてらしくない。
話しているうちに到着したカフェに入り、空いていた窓際の席に向かい合って腰掛ける。注文を済ませた後、俺は吏来さんのことを見てふっと笑い声を溢した。
「珍しい顔ですね。ご機嫌ナナメですか?」
「
……
おまえはずいぶん楽しそうだな」
「好きな人とのデートですから」
「デート?」
「二人で出かけたらデートでは?」
「どうかな。相手との関係性と心の持ちようだと思うけど」
「うん、だから俺にとってはデートですよ。吏来さんは、どうですか?」
「
……
今まさにおまえのことを嫌いになりそうだ」
「あはは、つまりまだ好きだってことかな。それで、その好きについて、もっと深く話を聞きたいんですけど」
「嫌いだって言わなかった?」
「嫌いになりそう、とは。もう嫌いになりましたか?」
「
……
」
「あぁ、まだ嫌われてないようでよかった」
飲み物が運ばれてきたことで一度会話が止まり、いただきますと呟いた吏来さんは丁寧な所作でコーヒーカップを持ち上げた。俺も香りのいい紅茶を飲んでほっと息を吐く。
俺の好意にあなたは気がついていたでしょう。同じように、俺だってあなたの好意に気がついていますよ。頷けばいいだけの問いに抗い続けている理由だって分かっているから、急かすことはしないけれど。
「このままじゃ嫌なの?」
「きっとほとんど変わらないと思いますよ」
「それならこのままで良くない?」
「名前をつけたくなったんですよ」
「名前?」
「仕事仲間、同僚、先輩後輩、友人、知人
……
今まで出会った人をラベル分けするなら適当なポジションがすぐに言える。だけど、あなたにはそのどれもしっくり来ないんです」
「
……
尊敬する先輩じゃなかった?」
「もちろん。でも先輩にキスをしたいとは思わないでしょう」
「っ、
……
おまえ、急にぶっ込んでくるなよ
……
」
「そういう質問をされたので」
「はいはい、俺が悪かった」
カップをテーブルに置いて溢したコーヒーをおしぼりで拭き、吏来さんは椅子に深く座り背もたれに寄りかかった。片手で口元を覆ってしまったせいでその表情がよく見えなくなる。でも、ちゃん考えてくれていることはその視線だけでも十分に分かった。
「
……
俺は、おまえに可愛い後輩でいてほしい」
「俺が用意された枠に大人しく収まっているような人間じゃないことはあなたもよくご存知では?」
「ふ、ほんと、そうだよな
……
。
……
怖いんだよ」
「
……
」
「大切なものを作るのは怖い。みんなのことを同じように好きでいたい」
「
……
お言葉ですが、吏来さん」
「
……
なに」
「あなたはもう、俺のことが大切でしょう?」
吏来さんは俺の言葉にハッとした表情で固まった。最初から、落とす必要なんてない人だった。告白の返事を保留にされた時にはどうしてだろうと不思議でたまらなかった。
俺は吏来さんのことが特別に好きで、吏来さんは俺のことを他の誰より大切にしたいと思ってる。それをお互い分かっているのに、付き合わない理由がない。
いくら大切なものを作るのが怖くたって、もう大切に思っているものまで怖がって遠ざけても意味がない。そんなの、もう諦めて、大切にするしかないんだから。
「
……
なんで俺なの」
「さぁ。どうしてでしょう。たまたま相性が良かったのかもしれませんね」
「そこはもっとこうさぁ、なにかしら情熱的なことを」
「そんなもの俺に求められても。それじゃあ、見本をどうぞ? どうして俺なんですか?」
「
……
、
……
おまえのことなんて好きじゃないよ」
「あははっ」
惚れっぽくて誰でも簡単に好きになる人が、俺のことだけ好きじゃないと言うのなら、それはきっと世界中で一番の特別だろう。笑い声を上げた俺を吏来さんはジトッと見つめ、ため息を吐いてコーヒーカップに手を伸ばす。俺はその手がコーヒーカップを掴む前に手首を握り、顔を上げた吏来さんと至近距離で目を合わせた。
「好きです、吏来さん。俺と付き合ってくれませんか?」
「
……
一生俺の前からいなくならないって誓える?」
「プロポーズですか?」
「恭耶」
「いいですよ。もちろん。その代わり、あなたも何があっても俺から逃げないでくださいね」
「
……
好きだよ、恭耶」
「はい、知ってます」
「はぁ
……
俺の負けです。おまえには敵わないな」
ようやく気持ちを認めた吏来さんに俺は心の中で大きく息を吐いた。掴んでいた手を離し、姿勢を元に戻す。まだ湯気の立つ紅茶を一口飲んで置き、顔を前に向けると吏来さんがじっと俺を見つめていた。首を傾げ、言葉を促す。
「いいや、可愛いなと思って」
「
……
よく嫌いだなんて言えましたね?」
「嫌いとは言ってないだろ」
「同じようなことを言っていたでしょう。俺のことを大好きだって顔をしながら正反対のことを言っていた」
「
……
あんまり顔に出ないタイプなんだけどな」
「目がいいので」
「ああ、そうね
……
」
吏来さんは、ははと力なく笑い、その瞳にまた俺を映した。好きだと、言葉なんて必要ないくらいに彼の瞳が言っていた。
「
……
じゃあ正式にこれはデートということで」
「確かに。んー、恭耶まだ時間ある?」
「はい?」
「初デートがカフェだけじゃ物足りなくない? どっか行こうよ、二人で」
「
……
、
……
はい」
「ん?」
「いや、あまりにも自然なので、さっきみたいにぐだぐだと駄々をこねる吏来さんももうちょっと見たかったなと」
「はは、残念でした。いつまでも情けないところ見せられないだろ、好きな子にはかっこよく思われたいからね」
「
……
かっこいいですよ、あなたはいつでも」
「ふ、光栄です」
カップの中身が同時に空になり、吏来さんが伝票を取った。先に立ち上がった吏来さんを見上げると彼はふわりと目元を和らげて俺の頭を優しく撫でてくる。さっきと同じなのに、全然違う。
「ほら、行くよ」
「はい」
もう触れるための理由なんて必要ない。俺は店を出てすぐに吏来さんの手をつんと指先でつついた。吏来さんは嬉しそうに笑って俺の手を掴んだ。
これが、ずっと欲しかった。隣を見て目を細めれば吏来さんは驚いたように目を見開いて、それから俺の真似をするみたいに目を細めて笑った。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内