Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
織音
2025-07-10 23:44:13
6190文字
Public
Clear cache
褪せた銀光で祈る
『渡せなかった後悔と銀光は、言葉と共に色褪せる』
永遠を誓えなかった指揮官の話。リーが亡くなってます。
始めの方に破損表現あります。苦手な方は注意。
指輪を付ける位置で意味が異なるのですが、右の薬指は「心の安定」という意味を持つらしく。
「
…
どうして僕は
……
いつも、遅すぎるんだろうね」
薄暗い、部屋の中。構造体の命が潰え、機体を安置される見慣れた場所で、レイヴン隊指揮官は涙一つ流せず立ち尽くしていた。
幾つもの嗚咽と涙の色が滲んだ声が聞こえる。
どこかの指揮官の涙と隊員の後悔、誰かが死を悼む言葉、「勝手に死ぬな」という言葉の裏に隠れた本心、誰かが交わし、果たされなかった約束の数々。
喪失と離別に塗り固められ、悲しみと痛みと悔恨が満ちた部屋の中央で、その右の手を握り締めたままひとりの構造体の亡骸の前から
…
一歩も動けずにいた。
目の前で眠っているのは、灰鴉の一翼。
硬くエクリュの色をした髪の先は焼け、青い左腕は引き千切られたようだった。血管にも似たケーブルには今も青い循環液が伝っている。塗装についた無数の傷が戦闘の過酷さを物語り、なにより
―
貫かれて風穴が空いた胸部装甲と背面のエネルギーコアが致命傷であり、絶命が一瞬だったことを教えてくれた。
『それでは、行ってきます。すぐに戻りますので』
複合兵装を携えて、他の人なら気が付けないであろう微かな笑みを浮かべていたリーが、壊れた機械人形となって帰ってくるなど一体誰が予想しただろう?
…
任務レベルは低いはずだった。保全エリア周辺の掃討任務で、単純に人手不足という理由からレイヴン隊からひとりだけ、任務への参加を要求されただけだった。
リーフは機体メンテナンスで待機状態、ルシアも新機体適応の初期段階により任務への参加は難しいと判断。偶然機体メンテナンス終了直後で任務の予定もないリーに、今回の任務任せることになった。
その後は
―
僕には知りようがない。
「
………
」
そっと、リーの口の端を濡らしていた青色を拭う。しかし人の指では綺麗に拭うことはできず、掠れた絵の具のように尾を引いて、彼のバイオニックスキンを彩るだけだった。
…
ああ、せめて顔くらい、綺麗にしてあげたかったな。
焼け焦げた髪も、引き千切られた左腕も、貫かれた胸部装甲も何もかも僕には直せない。
名前を呼ぼうと呼吸をして、躊躇った
…
躊躇ってしまった。
結局彼の名を呼ぶために吸い込んだ空気は誰の名も呼ばないまま、喪失と離別に満ちた部屋の中にひとつ静かな息が落ちるだけ。
指揮官が固く握り締めた右の手の、人の体温が移って温くなった銀光の輪には誰も、気付かなかった。
e58395e381afe4bd95e4b880e381a4e381a7e3818
de381aae38184e381bee381bee38081e596aae5a
4b1e6849fe381abe8baabe38292e69f93e38281e3
81a6e38184e3819fe38082
指揮官の手の中で最初にあの銀光が煌めいたのは、数カ月前のことだった。
突然、降って湧いた休日だった。
何が起こったかと言えば、休暇を取れという上からのお達しがセリカによって始業間もないレイヴン隊執務室に届けられた。
戦況はしばらく落ち着いている。レイヴン隊が急いで処理を必要とする事務作業も案件もなく、機体の調整をするにも丁度良いだろうと判断したらしい。
指揮官としても、レイヴン隊の三人に機体メンテの時間は用意したかったし、大手を振って休めるような機会なんて貴重だからと半分即答に近い状態で三人を送り出した。
…
しかし三人を送り出し、手持ち無沙汰になった指揮官が何をし始めるかなど想像に難くないだろう。全てを見透かしたように、セリカはデスクの上に置いてあった戦術端末を堂々と奪ってひらひらと手を振った。
「そうそう、指揮官も本日は休暇、と議長から言付かっています。戦術端末は執務室に置いて、早く帰るか出掛けるかしてくださいね」
「早く帰るか出掛けるかって
…
」
「まあまあ良いじゃないですか!休暇もしばらく取っていませんでしたし、どうせ数ヶ月はまともにお金も使ってないんでしょう?」
完璧に図星だった。何回かレイヴン隊の三人の為にとお金は使ったはずだが
…
そういえば自分の為の出費は、と指折り数えてあまりの無頓着さに悲しくなったのはここだけの話である。
「それでは貴重な休暇を楽しんでくださいね!」
と言われたのがたった三十分前。銀色のメタルフレームの伊達眼鏡と黒いキャスケット帽。大きめなサイズの上着でバッチリ変装した指揮官は商業エリアのベンチで暇を持て余していた。
「
……
何処に行くかな
…
」
セリカに楽しんでくださいと執務室を追い出された後、一度自室に戻ったもののあまりの暇さに結局商業エリアへと出てきてしまったのだ。こんな時ほど趣味らしい趣味がないことを呪ったことはない。
「行くところもないのに
…
やっぱり帰ろうか
…
」
自分の瞳の色と酷く似たメタルフレームの眼鏡を指で撫でる。この変装用の服たちはつい先月、『貴方は変装しなければ、まともに外も出られないでしょう』とリーに贈られたものだった。今日初めて着てみたが、まあ着心地が良い。できれば変装用ではなく、私服にしたいくらいには。
『
……
可能でしたら
…
また今度、着ているところを見せて頂ければ』
ぼんやりと、リーの声が頭を過る。
また今度、リーを誘って商業エリアに来ようか。それならこの服を着ているところだって見れるし、少しくらい休暇らしいことも出来るのではなかろうか。この間の休暇はほとんど眠っていたようなものだし。
…
どういう訳かリーが僕の端末のアラームを全て切っていたせいで昼まで眠っていた、という事実を付け加えておくが。
よし、次の休暇はふたりで過ごそう。しかしその前に、『今』どう過ごすかを考えなければならなかった。
誰一人、自分という存在に目を向けることなく通り過ぎていく雑踏を遠目に眺める。得意では無かったが、こう誰に追われる心配も無い平穏さの中なら商業エリアの喧騒も悪くはない。そう思っていれば、ふとあるアイデアが頭に浮かんだ。
折角商業エリアにいるのだから、リーに服のお礼を買って帰ろうか。このまま帰ってしまうかベンチに座りっぱなしよりは良いだろう。そうだ、そうしよう。
突然降って湧いたこの休日と同じくらいの唐突さで決まった目的に、僕の足取りは幾らか軽くなった。
とはいえ、どんなものを贈ればリーは喜ぶだろう?
いつもは精密工具キットや軍用チョコレート。たまに些細な贈り物をしているが、こうやってお返しに贈り物、というのは中々ない。消耗品の方が使えば無くなるし、あまり気負いすぎなくて良いのだろうか
…
。
やたらと広く、落ち着かないショッピングモールで様々な店を見て回った。
服、食品、雑貨を中心に見ながら二時間ほど彷徨い歩いた。幾つか候補は出来たし、悪くはないが
…
どれも何かが違う。
あと見ていないのはアクセサリー類だろうかと、何気なくアクセサリーの類が置いてある雑貨店を見ていた時、一つの指輪が目に入った。
―
その指輪は銀色の細いリングに、控えめながら青色の装飾が施されていた。
シンプルで主張しすぎない。しかし何処か存在感のある綺麗な青色。
…
確か黄金時代よりも前から、極東と呼ばれる地域には青色を表す言葉が多くあったらしい。その言葉の中でこの青を言い表すなら
…
晴天の澄んだ青空のような
…
天色、そんな言葉だろうか。
リーに似合いそう、そう思った時には既に手に取っていた。
「どう、しよう
…
これ
…
」
そして、落日に照らされた自室の中でその銀光の輪を眺めひとり悩んでいた。
そもそも、リーの指のサイズだって分からないのに。いや、フリーサイズと書いてあったし、着けられないという問題はないはず。
…
構造体も着けられるかは正直定かではないが。
「嫌、がられる
…
かなぁ
……
」
アクセサリーの類を贈るのは初めてだった。しかもその贈る物が指輪だなんて、リーはどんな反応をするだろうか。
「なんて言って、渡せば良いの
………
」
単に服のお礼、と言って渡すには難しい物を選んでしまったような気がする。
…
指輪を贈るという場面の一般的なイメージのせいだろうか。
愛を誓う、そんな意図を今回は持ち合わせていないけれど
―
この指輪が『永遠』を誓う銀光になるというのなら、僕はそれでも構わなかった。
しかし、永遠を誓って、その後は?
愛し愛されたとして、その後はどうなるのだろう。如何なる出来事にも、いつの日か必ず終わりは来る。
それはこの世界に存在する以上誰一人として例外ではない。
「
…
やっぱり逃げ道くらい
…
用意しておいたほうが良いのかな
…
」
肉の殻を纏い生きる生物学上の『人間』としての人生を終えた構造体の命は、いつか終わりが来るとしても適切なメンテナンスさえあれば永遠に等しい。場合によっては『死』という本来生まれた瞬間に約束された終わりさえも拒絶できるだろう。だが、人間である僕の命は『有限』と確定しているのだ。これはどれほど足掻こうと引き延ばしようも拒絶のしようもない、不変の事実。覆せない、寿命の差。
―
必ず、僕はリーを置いて逝く。リーが戦場で命を落とすことが無ければ。
これから先、数百年の時を越えて生き続けるかもしれないのだ。そんな彼を、いつまでも僕ひとりの傍に留めてしまうのは些か酷に思えた。
…
いつか来る別れの日。その日を境に生じる感情の全てを、リーに背負って欲しいと言えるほど我儘にはなれない。『特別』と呼べる存在ほど、失ったという喪失感は重く鋭く心を貫く。
「
……
まだ
…
もう少し
…
このまま
…
」
まだ、もう少しだけこのままでいよう。きっとこんな思考も覆せない寿命差も何もかも差し置いて、この銀光を渡せる『いつか』が来るかもしれない。
だから
…
その日までは。その日までは明かさないまま静かに秘めていよう。誰一人知ることのない、秘め事として。
e59091e38191e38289e3828ce3828be6849be381
a8e7b582e3828fe3828ae381abe680afe38188e38
28be88786e79785e88085e381abe38081e8aab0e
3818be38292e6849be38199e3828be8b387e6a0b
ce381aae38293e381a6e38182e381a3e3819fe381
aee381a0e3828de38186e3818be38082
「ひとりで悩んで勝手に躊躇って
…
馬鹿みたいだね
……
いいや、馬鹿か。僕は」
ねぇ、そうでしょう?リー。
そう言う声には自嘲的な色が僅かに混ざっていた。しかしその言葉に返事が返されることはない。
構造体だからか、もうそこに宿っていた拍動は失われたというのに、人工物である皮膚の血色は良かった。今も尚その心臓を模したパーツが拍動を続けていると見紛うほどに。
「
…
まさか、君のほうが早くいなくなってしまうなんて
…
思ってもみなかったな
…
」
此処に来てから
…
いや、彼の訃報を聞かされてからずっと握り締められていた右の手が開かれる。
手の中にあるのはあの日から僅かに褪せた銀光。そしてその銀光と共に在る、控えめながら確かな天色。
「こんなことなら
…
君に渡しておけば良かった
…
」
今はもう、遅すぎる後悔が喉の奥が乾くような感覚と共に込み上げた。
「
…
ちゃんと
…
言えば良かった」
愛してるって、ちゃんと言葉にすれば良かった。
「
………
分かって、た、本当は、明日が、当たり前じゃないこと、くらい」
それならば、何故伝えられなかった?
何故、どうして、と繰り返される自問の果て、僕は遂に気付いてしまった。
―
僕は、怖かっただけだ。
恋人という関係以上に、リーを『特別』にして失うのが怖かっただけ。自分は人間で、置いて逝ってしまうからと尤もらしい理由を付けて伝えなかっただけ。
それがどうだ?結局、伝えられなかったと後悔している。
逃げていたのは、僕だった。
『指揮官』
記憶の中で、僕を呼ぶ声がこだまする。
柔らかに頰を撫でるあの指先の幻。どうしようもないほど愛してしまったあの眼差しが、今も尚僕を見ている。
「やめて
…
」
そんなに、そんなに優しく僕を呼ばないで。優しく
…
僕を、見ないで。君を好きだと言いながら目を逸らし逃げ続けていた、臆病者を。
「ごめん
…
逃げて、しまって
…
」
この言葉も想いも、もう二度と届かないのに。
「君のこと、ちゃんと好きだったのに」
愛してる。嘘じゃなかった。ちゃんと、ちゃんとリーのことを愛している。好きだった。何もかも、君の全部。
誓いたかった、ただ君一人に。僕の未来も全部君にあげるよって、君だけに言いたかった。
「僕、は
………
」
僕は、君となら苦しい夜をやり過ごせたの。
「君が、いてくれたら
…
僕は、それで良かったのに」
それが間違いだとしても。ただ息をして空白に耐えるような夜を、君の声が、指が、眼差しが、体温が『悪くない』ものに変えてくれたの。
…
それ、なのに。
震える手で循環液で汚れたリーの手を取り、自らの頬に近付ける。掠れた絵の具のような青色で頬が彩られるのにも構わず、そこにある温度に縋ろうとした。
―
機械的な見た目に反して、人間のそれに似たあたたかな温度を宿していた手は機械本来の冷たさだけが在った。今までそこに在った熱が、中枢部によって引き起こされた熱異常だったと錯覚するほどに。
その温度に、壊れていく。感情を堰き止めていた理性が。
「
……
リー
…
」
声は震えていた。リーの手に縋り付いたまま膝から崩れ落ちる。指輪が無機質な床の上で、硬質な悲鳴を上げたことにも気が付けないまま。
指の隙間をすり抜けるように消えていった最愛の、遠い日の影だけが揺れている。
無限に続く未来まで、貴方の傍で約束を果たしてみせますと。単に隊員として指揮官としての関係だけではなく、一人の人間として愛してくれた彼に
…
渡せなかった。伝えられなかった。全て間に合わなかったなんて。
「
……
リー
………
っ」
はい、とあの真っ直ぐな返事が返ってくることはもう、二度とない。
ただ失われたという事実に伴う痛みが、心を蝕んでいくだけ。
そんな暗く沈んだ視界の端で、褪せた銀光が煌めいた。
床に落ちた、循環液で僅かに濡れた指輪だった。いつの間に落としたのだろうと手を伸ばして、はたと気付く。
指輪の天色は、彼の命を維持していた色と同じ色をしていた。
―
ああ
…
だから、この色に惹かれたのか。
震える指先で指輪を掴み、そっと包むように握る。
引き千切られ、失われた左の腕。リーに『永遠』を誓うことはもう叶わなくなった。
それならば、ともう一度ちゃんとリーに向き直る。
今回は、逃げない。今更口にしたって届かない言葉に意味なんて無い。秘め続けいつしか色褪せた言葉に味気など無いだろう
…
それでも。
君に永遠を誓えなくとも、せめて『安寧』を祈らせてほしい。
「
…
ずっと、愛してたよ。リー」
そしてどうか、君が静かに眠れますように。そう願いながら、リーの右薬指に銀光をはめた。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内