自覚と無自覚

利→→→→(←?)こま
書き殴り。
利がこまに懸想しています。



 これが恋だと自覚したのは、出会ってずいぶん経ってからだ。
 こんなに胸がざわつくものだとは思いもよらず、それが万人に訪れるものなのか、あの危なっかしいへっぽこが相手だからなのか見当もつかない。
 思いを告げてどうしようという気もなかったが、誰にでも愛想のいい彼が憎たらしくもあり、自分ばかりが彼の挙動に心をかき乱されているのがもどかしかった。
 悔しいというのが、表現としては最も近い。
 だから、彼を笑わせたり怒らせたりすると私は胸が空くような気持ちになるのだ。



 忍術学園の門前にたどり着き、扉を叩いて名前を告げる。
 「はぁーい」と小松田くんがのんびりした返事をして出てくるときに、ちょっとからかってやろうと屋根に飛び上がって様子をみてみた。すると彼は辺りを見回して「あれぇ?」と不思議そうにしている。
 侵入者の居場所は分かるのに、殺気がなければすぐ近くにいる者の気配も感じ取れないのは心底不思議だが、それが小松田くんだ。
 きょろきょろと外に向かって人影を探す彼を尻目に門の内側へ降り立ち、声をかけてやる。
「小松田くん、こっちこっち」
「へぁ? あっ、利吉さぁん」
 小松田くんが学園の方を振り返って、気の抜けた声を出す。
「もぉ、からかわないでくださいよぉ」
「悪い悪い。つい、ね」
 差し出された入門票にサインしながら、満たされたような気持ちになる。君を見ると少し困らせてやりたくなるんだとは口にしないが、日頃ありえない失敗に巻き込まれていることへの仕返しなんだし、挨拶代わりにこれくらいいいだろう。
「ところでこれみやこで見つけたんだけど」
と言って小さな包みを差し出す。
 彼は気づいているか分からないが、実は毎回ちょっとした物を手土産にしている。
「わぁ、ありがとうございます」
「落雁、好き?」
「大好きです! 大事に食べますねぇ」
 へにゃりと笑う、この顔が見られたらと思ってのことだ。

 父に言伝ことづてがあるので立ち寄ったというのが表向きの用だが、自分の仕事もしっかり片付けてきたので学園に数日滞在して骨休めをさせてもらうことにした。帰りには洗濯物の山を受け取って実家に戻ることになるだろう。
 食堂のおばちゃんの食事も楽しみだし、敵襲を警戒せずに眠れるというのもありがたい。忍術学園の塀の内側は、私にとって平和そのものだ。
 荷物を客間に置いて、方々に挨拶をすませたらすぐにやることがなくなってしまった。先生方や生徒たちは授業中だから、教員長屋も食堂も静まりかえっている。
 暇つぶしに図書室へ行ったり、庭をぶらぶらと散歩したりしていると、遠くに見える倉庫の扉が開いていた。
 誰かが、というか小松田くんが鍵を閉め忘れたのかと思って近づいてみると、中で彼が作業しているのが見えた。どうやら物品の整理整頓をしているようだが、遠目にも手際があまりよくない。何をどこに移動させたいのか動きを見ていてもよく分からないし、手前に大きな物を置いたり重そうな物を棚の上に置こうとしたりと、ちょっと何を考えているのか疑ってしまう。
 どうしても目が離せなくて、倉庫の入り口まで来てしまった。
 小松田くんがはしごに登って、瓦の余ったようなのが入った箱をわざわざ棚の上に置こうとしているのを見て、さすがにイライラして見ていられず「ねぇ君さぁ、」と声をかけたら、
「うわぁ!」
と彼がびっくりして声を上げた。
 私の気配に気づいていなかったのか。ずっと見ていたのに。
 驚いた拍子にはしごの上の彼がぐらりと体勢を崩し、瓦と一緒に棚から落ちてきた。
 周りに私しかいないのだから助けてやるしかない。重たい小松田くんを抱きとめ、瓦も割らずに箱へ収めて事なきを得る。
「利吉さんがいてくださってよかったですぅ」
「普通は周りに誰もいなくても無事なように仕事するんだよ、このへっぽこが!」
 本当にヒヤヒヤさせられるのでたまらない。
 忍者なのだからこれくらいは朝飯前なのだが、小松田くんが大げさに喜んで礼を言うのでそれ以上強くも言えず、片腕で抱きかかえた彼を黙って下ろすと倉庫を後にした。
 彼は誰にでもああやってニコニコしながら頼って甘えるのだ。
 分かっている。
 彼を少し助けたくらいで、何も変わりやしないことくらい。
 あの鈍感事務員に私の気持ちを気づかせようなんて願っていない。ただ、彼の言動に振り回されるのはもうやめたいと思うのに、いつまでも抱きとめた時の感触や彼の表情が蘇るのを止められず、自分に呆れてため息が出た。

 学園に泊まればよく眠れると思っていたことは撤回する。
 たまにあるのだが、小松田くんが夜客間に布団を持ってやってきて、忍者のお仕事の話を聞かせてほしいとせがんでくるのだ。
 心臓に悪いので夜はあまり来ないでほしいのだが、吉野先生にも許可をもらっていると食い下がられて、毎回添い寝しながら彼が寝つくまでたわいもない話をするはめになる。
 話を聞かせろと言ってきて自分が先に寝落ちするとか、告げてはいないが自分にただならぬ感情を抱いている奴を前に無防備な寝姿をさらすとか、色々ありえないと思うけれど呑気な彼のことだから仕方がない。
 結局まったく眠れず朝を迎えて食堂へ向かうと、昨夜よだれを垂らして寝こけていた奴が美味そうに飯を食っている。
 あれほど近くで眠っていたのに、手には入らない。
 少しイラッとしながら向かいの席に座り、「よく眠れた?」と尋ねれば
「もちろんです!」
と無駄に元気いっぱいな返事をする。私と違って彼は朝に強い。
 朝早く起きねばならない仕事だからこそ、夜遅くまで目を開けていられないのだと分かっている。それを責めるつもりはない。
 ただ、それなら昼間とか、こういう食事時に話せばいいのではないかと思う。私だって夜中じゅう悶々として過ごすのはひどく健康に悪い。
 そんなことを考えながらふと小松田くんを見ると、頬に米粒をつけたまま食事を終えようとしていたので「ついてるよ」と言って米を取ってやった。
 すると、途端に小松田くんが俯いて固まってしまった。嫌がるとは思っていなかったのだが、少々子ども扱いしすぎただろうか。
 普段よく喋る彼も、さすがに会話が弾まずすぐに立ち去ってしまった。怒ったところはほとんど見かけないけれど、こういうときは無言になるのかと少し反省した。

 その晩。
 小松田くんが寝巻き姿でまた客間に現れた。
 いつもならニコニコしながら布団を抱えてやってくるのに、にこりともせず彼にしては真剣な、というか憮然としたような態度で布団も持っていない。
 今朝の文句でも言いに来たの? とぶっきらぼうに尋ねると、彼は黙って襖を閉め、私の隣までやってきて正座した。
 
「あの」
「何?」
……ひょっとして利吉さん、僕のこと好きなんですか?」
「は? なんで」
 どこでバレた、とは聞けないものの、今までまったく気づくそぶりすらなかった彼がどうして突然分かったのか。
「前からもしかしたらとは思ってたんですけど」
と前置きをして、小松田くんは続けた。
「学園にじゃなくて僕におみやげを下さるの、利吉さんくらいですし。
 お礼を言ったら、利吉さんの方が何かもらったみたいな良いお顔をされるので。
 僕の勘違いかなと思ったんですけど、その、今朝。
 顔についてるご飯粒取って食べるのなんて、僕お兄ちゃんにしかされたことないです。そういうのって普通、家族とか大事な人にしかしませんよね。僕だって、それくらい分かります」
……
 それは、まったくの無意識だった。
「利吉さんにとって、僕って特別なのかなと思って」
 ときどき彼はとても鋭いことを言う。
「それか僕の勘違いで、他の人にもするのかもしれないですけど」
「そんなわけないだろ」
 反射的に否定するが、これでは私が小松田くんを特別扱いしていると白状しているようなものだった。こんな形で思いが相手に伝わってしまうなんて格好がつかないが、彼が気づいているのだからもう仕方ない。
「悪かったね、君が困るようなことして」
……
「もう君には近づかないから安心して」
「あの、違うんです」
 小松田くんは自分の寝巻きの膝のあたりを握りしめて、思い詰めたような顔でこちらを見る。彼の普段見せない真剣な表情に、胸のあたりがしくりと痛む。
「利吉さんは、僕にとっても特別なので」
 私を見つめる彼の、幼さが残る頬の輪郭を眺めながら、ああ丸っこいなと場違いな感想を抱く。
「びっくりしましたけど、嬉しかったんです」
 そう聞いて初めて、小松田くんがなぜ今夜ここへ来たのか理解した。
 彼の膝に乗っている柔らかな手を自分の手で包むと、風呂上がりだからか私の手より数段温かかった。
「布団持ってこなかったの、わざと?」
と尋ねると、それにはとぼけた調子で「ほへ?」と答えるので本当にどこまで分かってやっているのかとため息が出る。
 とはいえ、やっと思いが通じたのだ。
「自分を好いてる男のところに身一つで来るなんて、君も度胸があるね」
 焦ることはないと自分に言い聞かせながらも彼の手を強く握りしめる。
「ふぇ、そんなつもりじゃ……
「わかってるよ、何もしない」
 急に慌てふためく小松田くんに思わず笑ってしまう。
「でも、話すことがたくさんある。悪いけど今日は先に寝ないでくれ」
 そして、肩を抱いて丸い頬に優しく触れた。