スズ
2025-07-10 12:51:20
3853文字
Public あつおさ
 

チューニングのお仕事

侑にマーキングされることで自分は侑のものだと主張するのは当然で、さらに「侑は俺のや」も主張するタイプの治の話。

◆あつおさワンドロライお題「香水」で投稿したものです



「へぇ。宮侑選手が愛用してる香水、コレやったんやなぁ」
「なんやねん、藪から棒に。……あー、その雑誌な。もう発売したんや。時間空いてて忘れとった」
 湯を張っといてくれた風呂から出て、髪拭きながらリビングに出てきたら、ソファに座る治がわざとらしく言ってくるから、なんや珍しいなとその手元を見る。
 その手には、この家にはなかったはずのファッション雑誌。でも雑誌名には見覚えがある。少し前に撮影を受けた雑誌だ。発行時期はちょっと先という話までは覚えてたけど、具体的な発売日はすっかり忘れていた。たぶん会社のデスクとかには広報の子が置いてくれてたのかもしれんけど、昨日一昨日と練習だけの日だったもんで、俺はその雑誌をまだ見れてなかった。
 男性ファッション誌でスポーツ選手をモデルにした特集のときにお呼ばれしたやつ。あまり長くないインタビューの中で、愛用の香水について提示しなきゃならなかったのを、治の言葉で思い出す。
「今日、常連さんのJKたちが『宮選手、この雑誌でここの香水つけとるって書いてて、これほんまです!?』てリークしてくれたで」
「女子高生の情報網、エグい速っ」
「これから買いに行くんですー言うてたで。 どんな香りなん?て聞いたら、なんか木っぽい香りの、ええとこの香水やって。いやぁー知らんかったなぁ。ツムからそんな匂いしてたかなぁ。俺が知らんってことは、よそで着けとんのかなぁ」
「そ、そんなわけあるかいっ!」
「あ。独り言なんで、気にせんどって」
「ぁあ!? 独り言デカすぎやろッ!」
 今日は俺が一人暮らししてる部屋に、治が泊まりに来る日だった。
 おにぎり宮の定休日は明日で、俺は練習があるけど昼過ぎてからで朝ゆっくりできる。そういう日を見計らっては、俺たちはどっちかの家にしけこむことにしてる。
 朝まで一緒にいられるのは、久しぶりだ。
 だから俺はわかりやすくご機嫌に帰宅したけど、治は反対に出迎えてくれたときから、ちょびっとだけ機嫌がよろしくないなとは思った。なんかあるんやろなって。
 けど本当にあかんときとは、こんなんと違う。もっと人殺してきたんか?みたいな怒りを、でも静かに湛えてる。わかりやすく。
 だから、今日は治が自分から言い出すまで待ったほうがいいのか。聞いてもらえるのを待ってるのか。さて、どっちかなぁなんて思ってひとまず風呂に入れというから言われた通りに入って出てきたら、これだ。
 少し深めに一息、吐く。
 それから俺はTシャツの肩からかけたタオルで髪を拭きながら、治の隣に腰掛ける。ぴとりと隙間なく。でも特に猫みたいに手で押しのけてきたりはしないから、やっぱりさほど何かに怒ってるとか、そういうわけでもなさそう。ふむふむ。
 そんならと。こてんと、治の肩に頭を乗せてみる。俺と同じシャンプーの匂いが鼻まで届く。治は勝手に風呂に入ってシャンプー使うし、勝手に俺の部屋着を着るけど、これはいつものこと。服の貸し借りなんて今に始まったことじゃない。
 ただ、治はそれでも自分のは自分のって割とこだわる方だったから、なかなか自分の部屋着だの服だのを俺の家に置かんなあって、最初は「なんでやねん」って思ってた。はよ、お前の私物で、俺んちを縄張りにすりゃええのに。したくないんか、コイツ。俺はこれ見よがしに、お前の家に俺のモン置いてっとんのに、なんて。
 けど、今は逆だ。むしろ持ってこなくていいのにって思ってる。
 だって治は、俺の服着て、俺のもんに包まれて俺の家で過ごしたい魂胆なんだって、わかってしまったから。いやもう、そんなカワイイことしてくれとんのに、水差すなんてできるわけないやんか。
 にしても治は、やっぱり引っ付く俺のことは邪険にはしないし退けやとも言わないから、俺はそのまま治の手元にある雑誌を取る。すると治はすんなり貸してくれた。
 どれどれ? ぺらぺらとめくって、自分のページを見つけて、このときに着せてもらったオーバーサイズのマウンテンコートが割と気に入ってそれを言ったら買わせてもらったのを思い出す。こういう仕事、めんどいなあって思ってたけど、服屋にいかんでもプロが俺に似合いそうな服寄越してくれて、買い取らせてくれたりするのはええよな、なんて最近はちょっと味を占めてたり、占めてなかったり。
「こん時、どうしてもなんか答えなあかんくて。ちょうど翔陽くんのモデルやってる友達クンが、CMやった香水の話してたの思い出してな。適当にそれ答えただけやねんけど」
「巷じゃ〝宮侑がつけてる香水〟てファンの子らはもう買いに走ってて、なんでも寝る前につけて寝とるらしいで」
「ほーん。お前んとこの常連さんが言うんなら、きっとそうなんやろうな」
……
……
 雑誌はその辺に置いて、治の手をとって一本一本を絡めていく。したら治は、こてんって、治の肩に乗る俺のつむじの上に頭を重ねてきたから、機嫌が悪いっていうのも、またちょっとだけ違うんよなぁとなった。
 俺にしかできない、俺にしか許されてない、俺だけができるチューニング。
 怒ってるわけでも、機嫌を悪くしてるわけでもないけど、でもやっぱりどっかオモロくはなさそう。
「俺もその香水、買うかな」
「はぁ!? なんでお前があのモデルくんの香水つけんねん!」
「いきなりなんで怒っとんねん」
「そんなん、サムが他の男の香りさせんのが嫌やからに決まっとるやろがいっ……!!」
「他の男の香りって。モデルくんやって仕事やろ。お前みたいに、実際はつけとらんて」
「俺がその香水つけとらんって、サムだけが知っとるのに、じゃあなんで買うん」
「やって宮侑の女どもは、お前がつけとる香りなんや〜思うて、すやすや今日も寝とんねんで。なんや楽しそうでええやんか」
 はー。なるほど。
 チューニングが、ようやくどんぴしゃりと合う。
 実際のところ、俺には決まった香水なんてものはなく、普段なにもつけてない。時々もらいもののサンプルをつけてみるとか、香りのついたオイルをつけるとか、そういうのはあるけど。
 だから赤の他人どもが、たとえ嘘であっても自分を差し置いて、宮侑の香りやって燥げるのが、もしかしたら。
「はぁ〜〜……
「なんやねんツム。これ見よがしにどデカいため息ついて……、うおっ」
 肩に乗せてた頭をそのままずらして、ごろんと治の膝の上に乗せる。
 俺が横になると、流石に足の先っぽが出てしまうソファは、右も左もわからず初めて一人暮らしし出したときに買ったままだから、ふたり座るにはちょうどいいけど気持ちよくは寝転べない。
 足を折り畳んで横になり、すっかり膝枕をしてもらう体勢になっても、治はやめろやとは言わなかった。代わりにその手は俺の下りてる前髪をそっと撫でたり、梳いたりしだすから、俺は治を見上げて二度目の大きな息を吐く。
「はぁーー……、かわええ……
「はぁ? なんなん」
「なぁなぁ。今度でかけたとき、サムの好きな匂いする香水えらびにいこ」
「別に、自分の香水がほしいわけやないし」
「ちゃうて。俺がつけんの」
「お前かてつけへんやんか」
「選んでくれたら、家ん中だけでつける」
「なんで。誰にも会わんのにそんなん、なんの意味が……
「うん。サム以外には、会われへんなぁ」

 せやから、お前しか知らん、俺のホントの匂いの出来上がりや。

 なんて付け加えると、俺の言わんとすることをすぐに察した治が、俺を見下ろす目を少しだけ丸めた。
 膝枕してもらったまま見上げる俺は、ビンゴや、なんて会心の出来に思わずニンマリして。
「どや。いい線いっとるやろ」
 ふふんと、得意げにして、恋人つなぎしてる手のまま、治の手の甲をつつつと撫でてみる。すると治はすぐに丸めてた目をふにゃんと薄めて、目尻を下げてくれた。
「まあ……、ツムにしては上出来やな」
「ツムにしてはってなんやねん……! こういうときは素直に褒めてええんやで〜」
 俺は〝サムは俺のモン〟って意識がどうも強いらしい。(昔はてんでわかってなかったけど。だってサムが俺のモンなんてこと、意識せずとも当然のことだった)
 ということは、同じ遺伝子の治だって、五十歩百歩。どんぐりの背比べ。治は治で、俺のものを身に着けて、俺の巣に居座り、今度は香りも欲しいという。そうして自分に俺のマーキングを施すことで、俺の所有権を主張してるわけなので。
「なんや、ツム。褒められたいんか?」
「そりゃもう。手放しで、たっぷり」
「ん……。〝準備〟、できとるけど、ここがええの? それともベッド?」
「どっちも♡」
「調子のんな」
 べしんっ、と軽く額を叩かれて、俺の膝枕は俺をソファに転がして立ち上がってしまう。
 ほんならベッド行こか、なんて治の腰を抱いてベッドに行こうと立ち上がろうとしたら、それより先に、治が俺をソファに座らせてきた。
 何かと思えば。
……お前は明日休みとちゃうから、ほどほどにせえよ」
 と少し頬を赤らめると、俺の上にまたがって、着ていた俺のスウェットのズボンを、ゆっくりとずり下げてくれたから。

(ほどほどなんて、人によりけりやけどなぁ)

 満面の悪い笑みして、心の中でぼやきながら。
 俺の両肩に手をかけてしなだれかかってくる治の、そのスウェットの上をめくり上げて、俺は自分の頭を潜り込ませて舌を出す。