シオウ
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But wait ・・・cat?

お誕生日プレゼントの代わりに真琴くんの言いなりになるナナハル

この日を心待ちにしていたのが伝わってくる。
海風もすっかり冷たくなる季節だが、寒さに弱いはずの真琴の足取りは軽い。

「ねぇ、ハル早く!電車来ちゃうよ」

11月17日。
小さな駅までの道を先立って歩く真琴の背中、後ろを歩く遙は憂鬱と諦めの入り混じった表情を浮かべる。
今日一日は真琴の言いなりになる運命だ。
幼なじみとして毎年お互いの誕生日を祝い、気が付けば送り合ったプレゼントが部屋から溢れんばかりだった二人は、今年から方式を変えることにした。

『誕生日はお願いを聞く日にする』

形には残らないが心に残るこの方式。
遙の誕生日には家の雨どいの修理の助手を真琴に頼んだ。
こんな地味なこと、と非難されたが、これこそ身長と力のある真琴にしか頼めないことだった。

そして今日、迎えた真琴の誕生日の願い事。

『買い物に付き合うこと』
『意見を求められたら必ず答えること』

これもいつものことで、わざわざ誕生日の願いにするような事ではないと思えるが、
この『意見を求められたら答える』が重要なのだろう。
遙はいつも買い物中の真琴が何を聞いても生返事でのらりくらりとしていたからだ。

日曜の午前。
街に向かう電車の中は混みあっている。
座席に座る真琴はリュックを膝の上でぎゅうっと抱えてにっこりと笑った。

「今日は街のデパートで、洋服とバッグと……あ、あと靴も見る!それから気になってたお店のケーキ買って、ハルの家で二人で食べるんだからね」

小さな頃から変わらない笑顔と……変わらない関係。
自分達が『幼なじみで親友』という枠など、とっくに超えていることはお互いにわかっているはずだ。

……全部、俺に買わせるつもりか」

「もー、そんなワケないだろ!人聞きの悪い……


……けれど、だからといってどうすればいいのか。
まだこの気持ちを何と表現すればいいのかもわからない。
何か決定的な出来事でも起きない限り、二人の関係はこの先も変わらない様に思えた。
そんな遙のもやもやとした心中を知る由もなく、真琴はこの後に待つ夢の様な時間に思いを馳せ、瞳を輝かせていた。




一通りお目当てを見て周った最後のフロアで、色とりどりの美しい小さな瓶を前に真琴が立ち止まる。

「香水かあ……。ちょっと興味あるなぁ」

「学生にはまだ早いだろ。校則違反だ」

意見を言う、ということは必ずしも賛同を意味しない。
遙は真琴が合成香料の不自然な匂いに侵されてはたまらないと、バッサリ切り捨てる。

「ハル、変なトコで真面目だよね。休みの日につけるなら……

「駄目だ。蘭と蓮までお兄ちゃんの真似して不良になるぞ」

遙の必死な抵抗に真琴は「お父さんみたい」と吹き出し、大笑いしてから手近にあった瓶を手に取って、少しいじけた様に話しだす。

「中学の時にね、尚先輩と夏也先輩から同じ匂いがするのに気付いてさ。聞いてみたら、同じ香水つけてるって言ってて……オレもハルとそういうの、とか。なんか憧れてたのになあ」

「部長と尚先輩が?中学生のくせにそんなことしてたのか……

「ふふっ!今のオレ達より大人な感じするよね!」

……あの二人。
まさに『匂わせ』ということか。察するに余りある。
先を行く人々というのはどこまでも先を行っているものだと感心する。
それなのに俺達は……、と遙は何だか情けない気持ちになった。
真琴が意味を理解して憧れているとは思えない。
仲良しの証、くらいの感覚だろう。

「ほら、そろそろケーキ屋行くぞ」

「もう、ハルはせっかちなんだから……

不満気な真琴の腕を引いて次の目的地へと促す。
デパートの地下フロアで、ひときわ目立つ華やかな一画。
ジュエリーショップさながらの佇まいの店内に入ると、まさに宝石の様なケーキがショーケースの中で輝いている。

「凄いねハル……

女性客の多さからか、真琴は小さな声を出したきり動けずにいる。

「ほら、今日の主役だろ。堂々と選べ」

軽く背中を押してやると真琴は力強く頷いた。

「うん!……ハルはどれにする?」

どれでもいい、という言葉を飲み込んでショーケースに近づく。

「あまり甘くないの……このチーズケーキでいい」

真琴も隣に並ぶと、近くの店員をちらりと確認してからそれとなく喋り出す。

「えっと、オレはネットで見て気になるケーキが3つあってね……
「あれと、これと……、全部ある!誕生日だし、3つとも買っちゃおうかな」
「だって、ハルとも半分こするし、余ったら蘭と蓮に……

何やら言い訳のような独り言を呟く真琴に、遙の素直な言葉が浴びせかけられる。

「余る……?むしろ3個で足りるのか?」
「5個は平気で食べるだろ。ワンホール買った方がいいんじゃないか」
「お金なら俺が出してやるから、いつもみたいにたくさん食べろよ」

やりとりが聞こえたのか、店員が小さく笑った。

「お決まりでしたらどうぞ!……お幾つでも承りますよ」

真琴は無言のまま耳まで赤くなっていく。

遙の分も合わせて4つのケーキを手にして店を出ると、案の定、ダメ出しが響いた。

「もう!店員さんに笑われちゃっただろ……ハルの馬鹿!」

「今日はちゃんと意見を言う約束だったからな」

「そうだけど……!」

駅に着き、電車に乗る頃には怒りも収まったようで、真琴は小さな箱を顔の前に掲げて満足気な表情を浮かべている。

「ふふ……ケーキにはやっぱりコーヒーかなぁ。ハルが作ってくれる牛乳たっぷりのカフェオレ飲みたい!」

「はいはい……

仰せのままに、と心の中で呟いて、遙は笑った。




畳の居間に木のテーブル。
今ひとつ映えないが、遙が気を利かせて持ってきた大皿の上にチョコレートのケーキが3つ並ぶ。

「これはね、オレンジピールとブランデー入りで、こっちは苺とラズベリー。それからこのチョコレートソースは……

「ブランデーって……酒だろ。大丈夫なのか?」

「ふふっ!香りづけみたいなものだよ。きっと」

いただきます、と真琴が笑顔でフォークを握る。
大きめの一口を頬張って下がり眉がさらに下がった。

「美味しい~!オレンジピールのほろ苦さと、お酒の風味が凄くて……
「大人の甘さって感じ!こっちは苺が甘酸っぱくて……

頼んでもいない食レポを披露する真琴から、ふんわりとアルコールの香りが漂ってくる。
遙は微かな不安を感じつつ、目の前のチーズケーキを口に運んだ。
爽やかな酸味と鼻に抜ける……レモンリキュール。
まさか全てアルコール入りという訳ではないだろうが……

「ね、ハルのチーズケーキも少し食べてみたい」

「いいけど……

皿を差し出すと、真琴は大胆に半分ほどかっさらった。

「おいしい!爽やか!……しっとり?なめらか?」

真琴の笑顔が張り付いたままなのが恐ろしい。

「おい……真琴、お前やっぱり」

「ハル!本当に今日はありがと!」

これは駄目だと思った。
酔うと人はやたらに感謝の言葉を口にするものだ。
すっかり頬が赤く染まった真琴がぼーっとこちらを見つめてくる。

「真琴、水飲んだほうがいいぞ」

熱っぽい瞳にどぎまぎした遙が立ち上がろうとすると、か細い声があがる。

「ハル、あのね、今日の最後のお願い……

「ああ。何でもいいけど、とにかく水……

「ここじゃ恥ずかしいから……ハルの部屋に行きたい」

遙は硬直する。
何か、決定的なことが起きてしまうのだろうか。
……今夜、今から。

部屋に入ると、すぐにベッドに座った真琴に引っ張られ、隣に腰をおろす。

「あのね……オレ、ハルのこと、ずっと……

潤んだ瞳に切なげな表情。
どうする?まだ、心の準備が……

「ハルのことずっと、猫みたいだなって思ってて……!」

……は?」

「あっ、今日は怒っちゃ駄目だからね!」

先程までの熱が一気に引いて、今度は違う熱さが沸きあがってきた。
これがずっと言えなかったことなのか。
アルコールの影響で随分と開放的になったものだ。
真琴が正気に戻ったら、或いは誕生日が終わったら、タダでは済まさないと怒りをこらえる。

「だってハルの丸い頭とか、綺麗でおっきな目とか……猫が人間になったらハルにそっくりだと思う!仕草とか、性格も猫っぽいし」

遙は心頭滅却の最中で真琴の話が入ってこない。

「それでね、つまりハルの……頭、撫でてもいい?」
「いつも我慢してたんだ……こんなこと言ったらハル、絶対怒るし……
「でも、今日の最後のお願いだから……!」

ぴくっ、とあるはずのない頭の上の両耳が動いた気がした。
真琴が身体に触れたいと言うのなら断ることはできない。

……好きにすればいいだろ。誕生日だし」

ふぃっ、と顔を背けた遙に「やっぱり猫みたい」と真琴が笑った。

温かな手が優しく髪を撫でる感触に戸惑う。
真琴にこんな風に触られるのは初めてのことだ。
顔を覗き込まれて息が止まる。

「ハルの目、ホントに猫の目そっくりで綺麗」

動揺を悟られないように見つめ返す。

……俺は人間だ」

「ふふっ!……オレさ、猫が大好きで」

そんなことは知っている。
今更改めて語ることでもないだろう。

「でも……飼いたいってあんまり思わないんだ。だって猫の自由なところが好きだから」
「独り占めしたいけど……家の中に閉じ込めたらやっぱり可哀想」


真琴が一瞬、悲しげに見えた。
猫と認定されたからには、今の話を比喩と捉えるべきなのか。
真琴が伝えたがっているメッセージだと受け止めて、答えを返そうか迷った……が。

「それにね、猫って凄いヤキモチ焼きだから!石段にいるシロちゃんも、他の猫を触った後だとなんか怒ってるんだよ」
「オレはたくさんの猫に囲まれていたいから、一匹には決められないなぁ」

……ただの酔っ払いの戯言だったようだ。
怒りと欲求不満が頂点に達しそうになったので、そろそろ仕返しに頬っぺたでもつねってやろうと思ったところで不意に抱きしめられる。
あまりの驚きに身動きひとつできず、声すら出ない。

「でもハルのことは時々、独り占めしたくなる……

真琴の声は震えていた。
きっと顔を見られないように、と苦肉の策だったのだろう。

「そんなこと思っちゃう自分が、嫌で……
「ハルの……そばに、いるのが……

言葉の続きを言わせたくなかった。
身体が勝手に動いて、気付いた時には真琴に口付けていた。

……っ、ハル……!?」

さっきまで濡れていた瞳が、今は動揺で揺れている。
ほんの僅かな時の間で。
怒ったと思ったら笑っていて、目を離せば泣き出して、次の瞬間には。

「欲しいなら全部やる……だから、俺も真琴が欲しい」

一番近く。
手を伸ばせばすぐに触れられる距離に。
この先もずっと。
けれど、それが叶うかはわからない。

チョコレートの様な甘ったるさを、ほんの少しの苦味が引き立てる。
真琴の食べたケーキの味が、遙にもわかった気がした。