線の先に未来

あえて、有線イヤホン

 流行りの歌を知らない松田さんに、イヤホンを片方貸した。動画サイトをスクロールして、「これがおすすめ」と流してみる。反抗期の落ち着いた子どもが、親に自分の趣味をちょっとは共有できるようになって見てもらっている、みたいな感覚だ。松田さんは「ん」と返事をしたあと、大きい手で僕のイヤホンを耳に当てる。
 有線イヤホンはダサいか否か。僕はダサさより機能性を取った。無線のももちろん持っているし、普段はそっちを使っている。けれど有線だと、僕のように外出が控えめな人間からしても、耳から落として無くす心配がないし、眠るときについ付けっぱなしで耳を痛める、ということもない。
 しばらく聞き込んだ松田さんが、尖らせた唇をわずかに開いた。これは難色、というやつか。
「じゃあこっちは?」
 すぐに画面を切り替えて、違うアーティストの曲にする。松田さんの好きそうなのはこっちだろう、と実はわかっていた。わかっていてあえて、苦手そうなのを先に流した。
「こっちの方が好きやな」
「へえ、曲が? それとも声が?」
「曲やな」
 そこは盲点だった。てっきりこのアーティストの声の方が、松田さん好みかと思っていた。僕はふーんと相づちを打ちながら、曲の終盤を待って似たジャンルを探す。
「この人、まだ活動しとんのや」
 松田さんが僕に寄って、画面を指差した。僕の一回り年上の彼が懐かしむのは、今聞いていた曲のすぐ下に表示された洋楽アーティストのサムネイルだ。MVが奇抜で、また再ブレイクしたのだ。
「洋楽聞くの?」
「よく借りて聞いとった。俺らんときはプレーヤーで、こうやってしとった」
 こうやって、というのはイヤホンのことだ。当時は無線のイヤホンがない。有線でつながる行為は、松田さんにとって学生時代は当たりまえだった。それはなんとなく予想がついていたが、こう口に出されると、僕の知らない松田さんの姿がじわじわと滲んできて、僕の気持ちにモヤをかけ、蓋を被せてくる。
「聞く?」
「ん。……あー、声変わっとらんな。懐かしいわ」
 こうして誰かと曲を共有するとき、線の先が相手につながっているような気がするのも悪くない、と思っていたのに。松田さんは今、僕と共有しているというより、一人でに歩き出した松田さんの思い出と並走してしまって、僕を置いてけぼりにしている。途端にこのつながっている線が、虚しく感じられた。
 けれど。
「お前ならこっちの方が好きそうやな」
 そう言って、マウスをずらして別のURLを開く。グラムロックが流れ出し、ずいぶん古いなと思っていれば、古いわりに曲調に新鮮さが光っていた。現代でこれを作りましたと言われても、遜色ないほどの。
「いいね、これ」
「やろ?」
 少し得意げな松田さんの横顔に、僕は松田さんの思い出の並走に僕も呼ばれ、一緒に歩くで、と言われているような気がした。横に並んで曲を聞きながら、僕は互いの身長差でイヤホンの線が揺れるのを見つめる。
 ──僕らの赤い糸、なんてものがあるのだとしたら、それは別の人たちにそれぞれつながっているだろう。僕の糸はぶっつり切れているのが想像できる。松田さんの糸はまだきっと、つながれる可能性を秘めているのに、本人が決して手繰り寄せようとしない。
 僕らを今つなげているのは人工の白い線だ、頼りない。けれどこれは僕が人生をかけて、ようやく掴んだ線だ。なくした赤い糸を僕がどうにか拾い集め、赤い色がなくなるほど編んでより強固にして、差し出し、松田さんはそれを受け取ってくれた。今から半年まえのことだ。この家へ入る最初の一歩を、僕は今も覚えている。
 イヤホンは松田さんのおすすめを次々と流してくる。松田さんは、
「これもええで」
 と曲が終わるたびに僕の様子を見つつ、MVを選択する。「そうなの?」なんて言いながら、僕は彼の過去に寄り添う。