ちゃんと纏めてから上げようと思って下げていましたが、隠の者のゼノにそういえば書いてたなと思って読み返してみたら、なかなかの隠の者だったのでこれは象牙の塔で書きたいと思ってちょっと手直ししました
珍しく話は出来た
ハレム終わったら書きたい
- 蜂蜜のいろ
人の好みは千差万別なので、ゼノはスタンリーが可愛いと言ってくるのを一々否定はしない。当初はベットの中が主だったが最近生活の色々なところで言われるのでスタンリーの審美眼は大分偏っているとは思っている。
ゼノの人生の中で賛美される事があるとすれば、それは頭脳だけだった。もちろんそれがゼノの価値なので感じるのは正当に評価されているとの感想のみだ。なのでスタンリーが目元を和らげて、柔らかな声で告げてくるそれを受け取っていいのか分からず座りが悪い。それとも恋人同士というのはこういうものなんだろうか。
「おはよう」
スタンリーより遅れてベットから出たゼノは、髪を拭きながら水を飲んでいるスタンリーに声を掛けた。もう朝のトレーニングは終わりシャワーも済ませたのだろう。
「おはよ。駅前のベーカリーで朝メシ買ってきたから食べようぜ」
朝日の中でニッと笑うスタンリーになんとも絵になるなとゼノは思った。美の評価にはある程度の一定の基準があり、スタンリーはその基準に当てはまっている。それだけ美しい男に可愛いと言われると恥ずかしくなるのでやめて欲しい。昨夜はもう羞恥で脳が溶けそうだった。ゼノから頭脳を取ったら取り柄がなくなる訳だが制止できない。手慣れた男に翻弄されて喘いだ挙句にみっともなく泣くばかりになってしまって内心忸怩たる思いだ。
「
…ローストビーフのサンドイッチだね、美味しそうだ。では僕はコーヒーを淹れよう」
「下の段にサーモンとクリームチーズのもあんぜ」
「
…おお、ありがとう」
以前好きだと言った気がする。覚えていてくれたのかと思うと嬉しくなった。スタンリーは友人だったころからそうだった。ゼノが言ったことを気にかけてくれる。
じんわりと頬が熱くなるのを誤魔化す様にキッチンに向かった。
コーヒー豆を手に取った時、スタンリーがそばに来てさりげなく、頬にキスをした。
小さなリップ音がしてから、ゼノはキスされたことに気付き驚いてスタンリーを見る。
「ほっぺ赤くて可愛い」
「
…………」
びっくりした。
きれいな顔が目を細めてゼノを覗き込んでくる。
「
…い、いきなりだと、びっくりするから
…」
「うん、ごめんな」
「
…コーヒー、淹れるからソファで待ってて」
ゼノはなるべく平静に聞こえるようにと声を出した。熱い顔は背けながら。
恋人が可愛い。
スタンリーは頭を抱えた。今までだって恋人、と言える相手は何人もいた。だが恋をしていたかというと、していなかったんだろう。蜂蜜塗れの手で胸の奥を鷲掴みにされて握り込まれるような、とろりと甘い痛みを伴った痺れ。今味わっているのが恋だというなら、成る程これは初恋だ。
ベッドの中、泣きそうな目を覗き込んで自分でいっぱいにしてしまいたい。そうして目が合って恥ずかしそうな表情を見ると溢れ出すように可愛いと囁いてしまう。痩せた身体は好みでは無かった筈なのに、喉奥がひりつくほど興奮する。戸惑いどうすればいいか分からないと逃げを打つ身体に優しくするべきだと分かっていても逃げ場がない程追い詰めてしまう。
嫌われて逃げられたらどうしたらいい、あの戸惑いを含んだ可愛い顔で見てくれなくなったらと思うと怖い。
朝起きて、くたりと深く眠っているゼノの髪を撫でる。初めて会った時の隙のない科学者を思い浮かべて、そのギャップすら可愛いなと思ったあたりでベッドを出た。多分、夢中になっているのはスタンリーの方だ。
日課のトレーニングを終えて、帰り道にゼノが好きなベーカリーで朝食を買う。
天気が良い。青い空に吹き抜く風。ゆっくりした後、少し外に出てもいい。ゼノの好きな本屋に行っても良いし、ただ散歩をしてもいい。出来れば手を繋ぎたい。
風に吹かれながら、スタンリーは恋人の元へ帰った。
- 初恋にあう
「初めまして。責任者のゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドだ」
「空軍から派遣された、スタンリー・スナイダーです。初めまして」
空軍との合同のプロジェクト責任者として紹介されたゼノの最初の印象は、その地位に相応しくない若さだった。握手をして、互いに自己紹介をした。隙のない所作に研究者にしては珍しいと思ったのを覚えている。
それから何度かの打ち合わせの後に食事に誘ったのは、畑違いの彼との会話が思いのほか楽しかったからだ。
二人で会っている時間は食事も会話も楽しく、笑うゼノは感じが良かった。くだけた話し方になる程親しくなり、そのまま次の約束を取り付けて何度も一緒に食事した。いつの間にか、金曜日の夜は一緒に食事に行く事が習慣のようになってきていた。
ある日、夜の街を並んで歩いている時にゼノが言った。
「あ、まだマーケットがやってるね。すまないけど少し寄ってもいいかな?」
「いいよ。ミルクでも切らした?」
マーケットに入ってカゴを持って進むゼノが答える。
「トマトとパプリカを買いたくてね」
「生鮮食品じゃん。あんた料理すんの?」
「週末に一度だけ。多めに作って何日かかけて消費するんだ。栄養失調防止に」
「は?どういう事?」
「そのままだよ。昔仕事に熱中して食事を忘れてね。具合が悪く医務室に行ったら栄養失調だったんだよ。それから週末は食べるようにしている。でも外に出たくないから自炊となったんだ。もう何年も作ってるしレシピ通りだから美味しく作れるよ」
「
…あんたさ、身体は資本だぜ?週末はって平日もちゃんと食えよ、スナックバーは食事じゃねえぞ」
「でも、最近は金曜日にも君と食事してるから少し体重が増えたんだ」
小さく笑ってスタンリーを見るゼノが可愛い。可愛いって何だよと思いながらもスタンリーは言った。
「ゼノ、その料理俺も食べてみたい。いつでもいいから招待してくんないかな」
「
…え?
…うちにくるのかい?」
「ゼノが招待してくれんなら」
「
…いいのかい?」
「俺がリクエストしてんだけど」
「
………」
信じられないものを見るような目をしたままゼノがフリーズしている。それからゆっくり、頬がピンク色に染まっていった。
「
…いつでも、きみがいい時に」
染まった頬が可愛かった。いつもより数段辿々しい口調が可愛かった。
「
…ありがとう。来週行っても、いい?」
「ああ。
…君は肉が好きだから、肉料理にするね」
そう言って笑った顔に生まれて初めて、胸を撃ち抜かれるような痺れを味わった。
あの衝撃が何だったのか決めかねているうちに、また金曜日が来た。明日ゼノの家に行く予定なので今日の予定はない。ここのところずっと金曜日はゼノと一緒だったので時間がある。その時間でスタンリーは明日ゼノの家に持っていく手土産を買おうとしていた。
真っ先に花屋へ向かって我に帰る。男性の家に行くのに花はないだろう。踵を返そうとして店先で灯りに照らされて仄かに光るような白い花が目を止まった。花屋のデコレーションの仕方なんだろう、色別に別れて置かれている白い花々が集められた場所の前で足を止める。スタンリーは花に詳しくない。女性に花を贈るときは全て花屋に任せてきた。それでも、この白い花々は彼に似合いそうだと思った。
「何かお探しかしら?」
定員が声を掛けてきた。
「花束が欲しいんだ。明日渡したいんだけど保つようにできる?これとこれを入れて」
「オーケィ、大丈夫な様に作るわ。他にご希望は?ベイビーズブレスは入れても?」
「入れてくれ。あと大きめの百合も何本か」
「百合ね。ベイビーズブレスのカラーは何色にする?」
頬を染めた、あの顔を思い出す。
「
……薄いピンクで」
「了解よ。少し待っててね」
十分くらい、と言われそのくらいならと近くの喫煙所で煙草を吸って待った。
何やってんだ、花なんてどんな顔して渡すんだ。そうだ、肉料理を作ると言っていた、やっぱり赤ワインとつまみにしよう。つらつらとそんな事を考えながら煙草を吸い終え花屋に戻る。
「こんな感じにしたわ。パッションフラワーにカサブランカをベイビーズブレスでまとめたの。根元には吸水したスポンジが入ってるから逆さにはしないでね」
「きれいだな、ありがとう」
渡された花束を見て礼を言った。白い大輪の百合とくすんだ薄いピンクのベイビーズブレス。彼に似ている。
料金を払い近くの酒屋で赤ワインと燻製チーズを買い帰路に着いた。花は渡そう。笑って渡せば洒落の範疇に入るだろう。あの花はきっとゼノに似合う。
ゼノと食事をしていた時、家族から電話が入った事があった。断りを入れて出るとクリスマス休暇の件で、まだ仕事の予定が分からないと告げ友人と食事中だからと電話を切った。顔を上げるとゼノが驚いた顔でこちらを見ていた。
「どうした?」
「
…友人って言われたのは初めてだ」
「は?仕事仲間ではあるけど友人だろ?」
「
…嬉しいな。
…僕は面白味のない人間でね、友人はいないんだ」
「じゃあ俺が第一号だな」
「
…嬉しいな」
そう言って含羞むように目を伏せたのが印象的だった。テーブルの上の手をポンと叩く。
「記念日じゃん」
そう言ってニッと笑うとフィスト・バンプ用に拳を軽く握った。互いに握った拳を合わせる、男同士でよくある友好のジェスチャーだ。
そこに手をそっと重ねられた。遠慮がちな触れ方で、柔らかく先ほど叩いたお返しのつもりか、軽く。
「ありがとう」
小さく笑った顔が可愛くて、目が離せなかった。
−−−そんな風にゼノは友人間の慣習に疎い。フィスト・バンプ自体は知っていても自分がやった事がないので行動に結びつかないようだ。そんなゼノなのでまあ花くらい受け入れてくれるだろう。
次の日の昼、ランチに招かれたスタンリーは時間通りにゼノの家を訪れた。チャイムを押すと気配が近付いてきて、開錠の音と共に扉が開いた。
「ようこそ、スタンリー」
笑顔のゼノに出迎えられる。いつものかっちりとしたシャツではなく、柔らかそうなコットンシャツを着ている。
「お招きありがと。これ土産」
花束を渡すとゼノは目を丸くした。花束を抱えたまま動かない。
「
…あー、あんたのイメージで作ってもらったんだ。ほら、初めてお邪魔するから記念に?」
いや無理があるだろうこの言い訳は、とスタンリーは内心冷や汗をかく。
それも花に顔を埋めるようにして礼を告げてきたゼノに帳消しになった。
「きれいだね、
…スタンリー、ありがとう」
頬が花と同じ色に染まっている。スタンリーは天を仰いだ。手にワインを持っていて良かった。抱き締めるところだった。
−−スタンリー・スナイダーは美貌の男だ。
生まれ持った才覚もあり、勉学もスポーツも射撃も人並み以上の結果を残した。家族と友人に恵まれ、難関と言われる空軍士官学校を卒業した。当たり前のように誘われた女性と付き合い別れてきた。何人もの好みの女性と、長かったり短かったりした期間を付き合い、仕事が忙しくなるのと同時に遊ぶのをやめた。それ以来数年特別な相手はいない。もとより色恋沙汰にそこまで興味もなかった。
それが今、訳の分からない高揚に振り回されている。仕事で出会った航空宇宙学で高名な科学者に。有能だが尊大で不遜と揶揄されていた彼は柔らかく笑う博識な、スタンリーと同い年の青年だった。
彼に出会い親しくなり確かに、スタンリーの世界は何かが変わったのだ。
食卓の横に花を飾ったゼノは嬉しそうに流し見ながら、料理を用意した。凝った何品もの料理にスタンリーは驚いた。
「これ全部ゼノが?」
「ああ、口に合うといいが
…」
生クリームがかけられたビーフシチュー、蒸し野菜が添えられたローストポークにかかったソースは濃いオレンジ色だ。サラダボウルも色とりどりで美味しそうだった。
「パンは焼けなくてね。近所のベーカリーのなんだけど」
「いや、充分凄えよ。美味そう、早く食べたいね」
「座って寛いでいてくれ。飲み物は?」
「ビールある?ゼノも飲むだろ?コップ出していい?」
「あ、ああ、コップはそこの扉の中」
「了解。その前にパン切るか。ナイフどこ?」
「スタン、座ってていいのに」
「一緒にやりたいじゃん。ダメ?」
ゼノを見ると戸惑いと嬉しさの合間ったような顔をしている。目が合うと少し笑って、スタンに触れるくらい側に寄り胸元から奥へ手を伸ばした。奥の引き出しからケースの付いたナイフを取り出す。
「パン用ナイフだ。頼んでも?」
「もちろん」
スタンリーはナイフを受け取り皿の上でバケットを切り分けながら大きく息を吸った。体温を感じる程側にあった、彼の頬にキスしたいと思った。自分の中に吹く風に誤魔化しようもなく名前が付いていくのを感じる。
「スパークリングワインも冷えてるよ」
「いいね、そっちにしよう。贅沢なランチで最高じゃん」
「君のお土産のワインも冷やしとくよ。良いワインをありがとう」
その顔が可愛くて、スタンリーはまた天を仰いだ。
その後に味わったゼノの手料理は、文句なしに美味しかった。
週末の食事会は一度では終わらなかった。
金曜日の食材の買い出しに付き合うようになり、メニューのリクエストを聞かれたり、ベーカリーに料理に合わせた色んな種類のパンを買いに行ったり、ゼノの好きなスパークリングワインやエールビールを贈ったり。
いつの間にか、一緒に過ごす週末が当たり前のようになっていた。
「ゼノ、リビングの隅でいい、泊まらしてくんね
…?」
「飲み過ぎだね。構わないけど一応客間があるから、僕の本と実験道具の横で寝るといい」
一度酔って帰るのが面倒になって泊まってから、土曜の夜は帰るのをやめた。早々に着替えとトレーニングウェアを持ち込んで、朝はトレーニング後朝食を用意して待つと、寝起きでいつもよりラフなゼノが嬉しそうにおはよう、と言うのが可愛かった。
幾つか季節が移ろうこの頃には、スタンリーも自分の中の葛藤の答えが解っていた。一緒に過ごす時間が長くなり、二人で映画を観ながらソファで眠そうに、でもまだ起きていたいねと笑うゼノを、抱き締めて深いキスをして暴きたいと思った時に、あの胸を撃ち抜かれるような甘い痺れの正体を理解した。
欲しいと思ったものは手に入れてきた。鍛錬も努力も必要とあれば厭わないし、その成果は出してきた。
外見に恵まれたらしく、女性にはいつも親しくされてきた。モテることはどうでもいいが、好みの女性と目を合わせ声を掛け食事に誘い、深い仲になるのは気分次第で出来る事だった。何人か恋人と呼ぶ相手もいたが、最初は軽い気持ちで声を掛けたことは事実だった。
でもゼノには、同じような事はしたくはなかった。あの柔らかい笑顔を曇らせる事はしたくなかったし、大切な友人でもあったからだ。ゼノは会話が楽しく一緒にいて居心地の良い友人だった。無くしたくない。
かといい、今までやってきたような方法で彼を振り向かせることは出来なかった。スマートで遊び慣れてると言われたスタンリーの誘い方では。まず気付いて貰えなかった。
目を合わせ逸らさない。相手が笑ったら微笑み返して顔を寄せ、今気づいたかのように魅力的なところを褒める。今まで殆ど無意識でしてきた事だったのに。
目を合わせると首を傾げられた。飲み物足りないかい?次はビールにしようかグラスも冷やしてあるんだと得意げに言われた可愛いな畜生。
数回の失敗を経て、匂わせて手を取るような誘い方が通じないと知って、もう少し直接的な口説き方にスライドさせた。
ゼノって可愛いとかよく言われない?と、なんとか可愛いと思ってる事を伝えたくてそう言うと、車道で引かれた蛙を見たような目を返された。別の日、意を決して話の流れのように肩を抱くと身体を強張らせて黙ってしまった。小さな声で、揶揄わないでくれ、と呟かれた。
その拒絶の中に怒りだけではなく僅かな悲しみのようなものが混じっているのに気付いて、とてもじゃないが同じ事は出来なくなった。
友人としての距離は少しづつ近くなっていく。彼はとんでもなく優秀でストイックだが、私生活では緩やかだった。会話も幅広い見識があり楽しく、週末にだけ作る料理はレシピ通りに丁寧で、でもスタンリーの好きな味にする為ほんの少しのアレンジを加えて仕上げられていた。食べる度に美味しくなっていくと思っていた理由が分かった時には、もう一筋の傷も付けたくないと思うような大切な存在になっていた。
細かい傷跡が多い男だった。若くして敵が多い椅子に座り矢面に立ってきた分多くの悪意を浴びてきて、それでも立っていられるような強さがあった。
そんな男が初めての友人であるスタンリーに見せる、無防備で柔らかい遠慮がちな笑顔に、気付けば引き返すことができない程に、恋をしていた。
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