じれ
2025-07-09 07:12:16
4261文字
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祈りをこめて

七夕の相心です。本当はクラスメイト全員出したかったけれど力不足。

 一体誰が最初に言い出したのだったか。
「七夕だし、みんなで願い事書こうよ!」
 明るいその声に元々ノリの良いタイプが多いA組のメンバーはあれよあれよと七夕の準備をし始める。笹はどこどこに生えていた、いっそ作れますわ!、短冊は学校にたんまりとある色画用紙を頂こう、くくり付ける糸は?などとわいわいとしているうちに、あっという間に必要なものは揃ってしまった。
 心操は相変わらず行動力の塊だなぁと、自分が手を出すまでも無く恐ろしい速さで全ての準備が整ってしまったので遠目からそれを眺めている。
 準備も何もしていない自分が今更加わるのは何だか気が引けてしまっていたのもある。もちろん自分以外にも手を出す必要は無いだろうと判断したのか「勝手にやってろ」とふんぞり返っていた男もいたが、なんだかんだ準備しているクラスメイトを観察して何かあれば助言する気でいたのは彼なりの優しさか。
「ねー!これ、どこに飾る⁉︎せっかくなら校舎の外とかに置いてさ、学校のみんながお願い事出来るようにしたくない?」
 芦戸の言葉に女子たちはきゃあ!と楽しそうな声をあげ、男子も湧き立つ。
「いーじゃん!盛大に飾りてー!」
「君達!まずはそれをこの教室から安全に外へ出すことが重要だ!校舎を傷つけることは御法度だぞ!」
 上鳴のはしゃぐ声に飯田の嗜める言葉。わぁわぁと盛り上がる様子を見て心操はふと気付く。
「あのさ、そもそもそういうのって一応学校の許可いるんじゃないの?」
 言ってから、しまったと思った。この場の楽しそうな雰囲気に水を差してしまったと思ったのだ。
 だけれど、そんな杞憂は必要無かった。
「確かにそうだね。うっかりしてた!僕ちょっと担任の先生に聞いてくるよ!」
 そう言った緑谷は晴れやかな笑顔をこちらに向けて颯爽と職員室へと向かった。
「いやー、俺たち勢いでガンガン進めちまうからよ!冷静な心操がいると助かるわ!」
「いや、
「俺も気付いてたけどな‼︎」
「んじゃあ、言えよーばくごー」
 カラカラと笑いながら切島にばすんと背中を叩かれ爆豪達のやり取りを眺める。
 本当に、明るいクラスだな。
 心操は心からそう思う。
 C組も決して暗かったわけではないし、自分に対しても分け隔てなく関わってくれた大切なクラスだけれど、心操のように二つのクラスを知っている身としてはその違いは少し面白かった。
 このクラスに編入して最後の夏。あと数ヶ月で、心操は、クラスのみんなはここを離れるのだ。
 
 無事に担任と校長からの認可も降りたことで、A組特製の巨大な七夕飾り(そう、信じられないくらいには巨大である)は校舎の正門前に飾られることとなった。せっかくなら学校関係者の皆が書けるようにと色とりどりの短冊は大量に作られて【ご自由にお使いください!】などとメッセージも添えられ、横にはもちろん油性ペンも設置されてカゴに入れられている。
 まずは、とA組の皆はペンと短冊を手にしてそれぞれ願い事を書いて飾りつけることにする。皆、思い思いの願いを書き同様に準備されていたこよりで笹にくくりつけていく。
「轟は何て書いたんだ?」
 心操は、自分の横でうんうん悩みながら書いていた轟に何となしに聞いてみる。問われた轟は己が飾りつけた風に揺れる短冊に目を向けながらぽつりと
「蕎麦、食いてえって書いた」
 そう呟いた。
 いつも食べてるのにか?と一瞬は思ったけれど、その横顔には様々な気持ちが込められているのが容易に察せられた。轟の家の内情のことは決して詳しく知っているわけではない。もちろん、あの父親や兄の話を知らないわけではない。だけれど全ては知らないし、自分が根掘り葉掘りと聞く必要もないと思っている。
そうか。叶うといいな」
「ああ」
 轟はしばらくの間、そうして短冊を眺めていた。
「お前は?」
「え?」
「心操は何を願ったんだ」
 轟からの問い。まぁ、そりゃ聞かれたんだし聞くよな、とも思う。
「大して面白くないよ」
「面白さなんて関係ないだろ。願いの形はいろいろだ」
「まァ、そう、だね。俺は【無病息災】って書いた。ヒーローって身体が資本だし。立派なヒーローになる、とか書こうかとも思ったけどそれは俺自身が叶えるべきことだからちょっと違うかなってさ」
「いいな。心操らしい気がする」
……ありがとう」
 なんというか、気恥ずかしい。だけれど、かっこつけでもなんでもない、本音だ。ヒーローになるとか、この個性を人のために使うとか、そういうのは全部自分の力で叶えたい。その為にここにいて、その為に自分を鍛えてくれた人がいるから。
 自分の力で夢を叶えて、あの人にいつか感謝を示したい。
「あー‼︎相澤先生ぇー!マイク先生も!先生たちも短冊書いてくださーーい!」
 心操が脳裏に思い描いていた人物の名が葉隠の良く通る声で叫ばれ、胸がどくんと高鳴ったのが嫌でも分かった。
「HI![#「!」は縦中横]お前らたのしそーなことしてんじゃん!」
たく、騒がしいとは思ってたがやっぱりお前らか」
「えへへー!ちゃんと許可貰った上でやってまーす!」
「担任も校長も甘過ぎる」
「シビィーー!でもお前だって担任やってりゃ許可してたろ!」
「うるせぇ」
 そう、相澤はもうこのクラスの担任ではない。二年次では特例で持ち上がりでそのまま担任継続ではあったが、三年次進級の際に今の担任へと変わったのだ。
 クラスの皆は口には出さずとも、確かに寂しかった。けれども会えないわけではない。相澤と過ごした濃密な時間が、絆が消えるわけではない。
「先生方お二人とも、よろしければどうぞ」
 笑顔の八百万の手から短冊とペンを渡されれば断ることも出来ない。ましてや許可も得ている合法的なお祭りなようなものだ。
 山田はサンキュー!と自慢の声量で感謝を述べ、相澤はやれやれと肩をすくめながらとそれを受け取った。
 それぞれが、さらさらと何かを書き付けて笹にくくりつけられていく。
 その様子を眺めていた心操はふとした事に気付き、そして心が落ち着かなくなる。覗き見をするつもりは無かった。相澤が書き付けた字は案外大きくて、読み易くて。
「相澤先生の願い事、心操となんか似てるな」
 横で同じように見ていた轟が思わず、といった形でポツリと言葉をこぼす。
 その声は横にいた心操にしか聞こえなかった。
「すごいな。師弟関係、ってやつだからか?」
「どう、なんだろうね……
【世界平和】、他者から見れば何気無く書いた、思いつきの言葉のようだけれど、きっと、そうではないと心操は思った。あの人は本当に心からそう願っているのだと。恐らくその気持ちはずっとずっと深くて大きな愛故に願われた想いだ。
(叶うといいですね。いえ、俺たちがきっと叶えてみせます)
 自身の短冊を眺める相澤の背を、心操はそう強く願いながら見つめていた。
 
 
 ⬜︎
 
 
「懐かしいな」
「え?」
 相澤の唐突な言葉に心操は思わずきょとんとする。ほら、あれ、と指差された方へ目を向けばなるほど。今いる商店街のアーケードにはささやかながら七夕飾りが施されていた。誰でも願い事が書けるようで、家族連れや友人同士などがちらほらと足を止めては、小さな短冊に願い事を書き込んでいる様子が見て取れる。
「そういえばやりましたよね、俺たちが三年の時に」
「バカみてーにでかい笹が校舎前に鎮座してて何事かと思ったよ」
 まぁA組の奴らだろうなとは思ったけどな。そうくつくつとその様子を思い出して笑う姿はあの頃よりもずっと柔和で穏やかだった。
「せっかくだから俺たちも書きましょうか」
 そう心操が提案すると、相澤は二つ返事で了承する。カラフルな短冊用紙の中から適当なものを選んでペンを握り、心操は暫し考える。
 立派な、かどうかは自己評価は難しいけれど目標としていたヒーローにもなった。
 この個性を人の為に、というのならば今や海外からも求められるほどになったのだからある意味そうなのかもしれない。
 自分から願いを書こうと提案しておいてはみたが、いざ目の前にするとなかなか良い言葉が浮かばないなと唸っていれば、横の相澤はとっくに書き終えたらしい。
「わ、消太さん書くの早い」
「こういうのは率直に書けばいいんだよ」
「んんん、つい昨日まで向こうにいたからか頭の中で日本語とフランス語が混ぜこぜになってます
「ははは。おいおいそんなんで大丈夫か」
 まぁ、リラックスしてるってことか、と楽しそうに笑いながら相澤は心操の手元を注視している。そう見られては書き難いと文句を言えば「添削してやろうと思って」などと教師の顔をしてくるものだから、それが面白く無くて「……今日一日、先生って呼びますけど良いんですか」と問えば、さすがに嫌だったのが手元を見ることはやめて、心操の横顔を眺める事にしたようだった。
 そんなこんなをして、頭に浮かんだ言葉を心操が書き連ね、それを伏せる。
「何を書いたか、せーので見せ合いましょうよ」
 心操のこんないたずらっ子のような表情に思わず見惚れる相澤だったが、それを口にしたら照れて顔を背けてしまうだろうなは分かっているので目に焼き付ける。
「いいよ」
「じゃ、せーの」
 ぱっと二人が表にした短冊にはたった四文字。
【家内安全】
「え、」
「あ」
 一緒だぁ、と子供のような声を漏らす心操に相澤が声を出して笑ってしまう。
「ーーっ、わ、笑わないでよ!」
「人使、お前可愛すぎだろ」
 わしわしとその綺麗な髪を乱すようにして頭を撫でてやれば、いやいやと抵抗される。本気の拒否ではないのは分かっているから相澤もやめない。頃合いをはかって撫でる手を止めて、手櫛で簡単にその綺麗な髪を整えてやれば満更でもない顔をしているのだから愛おしいとしか思えないのだ。
今回も怪我無く無事に帰ってきてくれてありがとうね」
消太さんも、いつも待っててくれてありがとうございます」
 世界平和ももちろん大切だけれど、その平和を維持する為に奔走する存在を知っている。その存在の中に、誰よりも愛おしい、家族になった存在がいる。
 
 今日も明日もその先の未来もこの大切な存在と、平和で幸せに過ごせますように。
 
 笹にくくりつけられた願いを込めた短冊を二人はずっと眺めていた。