みずあめ
2025-07-08 23:18:26
2760文字
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久々綾

現パロ。いちゃ。

週に何度か、放課後の教室に一人残って先輩を待つことがある。寮までの少しの距離でも一緒にいたいって、先輩がそう言い出した時には面倒臭い人だなぁと思ったけれど、何度かデートとも言えないほどの短い時間を二人きりで過ごすうちに、まあ悪くない、結構楽しい、明日は先輩と帰る日だって、それはどんどん僕の日常を侵食していった。
今日も久々知先輩を待つため、僕はみんなが帰った静かな教室で自分の席に座っていた。明日までの課題を今のうちにやっちゃおうかなぁと、考えるだけで筆箱すら出さずに机に体を倒す。
今日は数学の授業で先輩が苦手だって言ってたなんとかの定理を習いましたよ、昼休みに購買で会いましたね、お腹いっぱいで午後の授業はちょっとだけ寝ちゃいました。先輩と話したいことを頭の中でたくさん考えて、早く会いたいなぁと思ってしまう。好きって不思議だ。先輩のことを考えるだけでもっと好きになっていく。
チャイムが鳴って、どこかの教室の扉が開いた。心臓がいつもより早く鳴っている気がして僕は目を瞑った。僕の心臓がトクトクとテンポを早めるのは、久々知先輩のことを考えている時ばかりだった。ただでさえ年下だからこどもっぽく見られないようにきちんと考えて行動したいのに、あの人の前でだけ思考はとろけてダメになる。
近づいてくる足音に気がつき、腕に埋めて隠した口元でこっそり笑った。だけどそのすぐ後に話し声が聞こえて途端に心が萎んでく。先輩の声と楽しそうに話すその声には心当たりがあった。さっきまでの楽しかった気持ちはカケラほどに小さくなって、僕はのろのろと体を起こした。
「喜八郎、お待たせ」
「やっほ喜八郎〜」
……お疲れ様です」
「? もう帰れる?」
「はい」
カバンを持って立ち上がり、教室の入り口のところで待つ久々知先輩と尾浜先輩のところまで不貞腐れた表情を誤魔化すことなくたらたらと歩く。不思議そうに首を傾げる久々知先輩の隣で見透かしたように笑う尾浜先輩を睨み上げた。
「お邪魔かな?」
……
「え、そんなことないよ。喜八郎、これから勘右衛門と課題やろうって話してて、だから一緒に帰ってもいい?」
……どうぞ」
「ありがとう」
にこっと笑う久々知先輩にため息を吐きそうになるのをギリギリで堪えた。だけど先を歩く先輩たちの後ろを歩いていると、これって僕いなくてもよくない?って思っちゃって。
下駄箱で靴を履き替えて校舎を出た後、僕は寮へ帰るためには左に曲がらなきゃいけない角で立ち止まった。話しながら歩く先輩たちはそれに気がつくことなく先へ進んで行ってしまう。
……買いたいものがあるのを思い出したので、僕はここで。さようなら」
「え?」
「あ?」
「喜八郎? 待ってよ」
僕はふいっと顔を逸らし、先輩の声を無視して右に曲がり下を向いたまま走った。嵐みたいにぐちゃぐちゃに荒れた頭の中のことでいっぱいいっぱいで、足音が追いかけてきてることなんて全く気がついていなかった僕は、ぐいっと強く腕を引かれて弾かれたように顔を上げた。目が合った久々知先輩が驚いたように目を丸くして、それから僕の腕を掴む力をそっと緩めた。
「ごめん、痛くなかった?」
……なんで」
「うん?」
……尾浜先輩はいいんですか」
「あ、置いてきちゃった。喜八郎が急に走り出すからびっくりして……。ま、後で連絡すれば大丈夫だよ。それより、どうしたの? ……本当に急いで買わなきゃいけないものがある、とかじゃないよね? 俺、なんか嫌なことしちゃった?」
…………忘れました」
「え?」
「もう、いいです。買いたいものは……クレープかな」
「クレープ? 食べたかったの?」
「うん。だから食べに行きます。先輩は、どうしますか?」
「行くよ。行くに決まってるだろ」
「デートだ」
……うん、デート。だから手繋いでもいい?」
首を傾げてそう言って久々知先輩が差し出した手に思わず飛びついてしまう。こどもっぽかったかもと後悔して離そうとしても、僕がぎゅっと掴んだ手は先輩に同じだけの力で握り返されていて、簡単には解けなかった。
行こ、と言って歩き出す先輩に手を引かれ、僕はその隣に並んだ。萎んでいた心は先輩の隣でふわふわと柔らかく膨らんでいく。
……久々知先輩」
「うん? なぁに?」
「一緒に帰るの、僕はデートみたいだって思ってて」
……うん」
「だから、……二人だけがいいです。どこにも寄り道をしないでまっすぐ寮に帰るだけでも、先輩と一緒にいられる時は二人っきりがいい」
……うん、俺も、そうしたいと思ってた。教えてくれてありがとう。気が付かなくてごめんな?」
ううん、と言って俯いていた顔を上げれば、僕のことを見ていた久々知先輩と目が合った。先輩は僕なんかと比べ物にならないくらい真面目な人だし、たぶん僕が思ってるより僕のことを好きなんだ。どんな小さなことでもくだらないって笑ったりしないことを知っている。
「今度、ちゃんとデートもしたい」
「わ、そうだね、しよう! もー、ごめん喜八郎、俺から誘わないとだったよな?」
「別にどっちからでもいいですよ。夏休みは、先輩忙しいですか?」
「大丈夫だよ、後で予定確認して行けそうな日決めよっか。どこに行きたい?」
……先輩と一緒なら、どこでも?」
……ぎゅーってしていい?」
「外ですよ」
「一瞬だけ」
……どうぞ」
「ありがとう」
ぎゅうっと先輩にキツく抱きしめられて、僕も先輩のことをそっと抱きしめた。先輩の肩にくっつけた口元がゆるゆると我慢できずに弧を描く。一瞬って言ったのにたっぷり十秒くらい僕のことを抱きしめて、離れた後の先輩は赤い顔でふにゃふにゃと笑ってた。
「へへ、ありがとう喜八郎」
……先輩も、僕のこと好き?」
「え? うん、もちろん、大好きだよ? ……先輩も、ってことは?」
……早くしないと門限に間に合わなくなっちゃう。急ぎましょう」
「ふ、あはは、待ってよ喜八郎」
先に早足で歩き出したって、いつのまにか僕の手をしっかり握っている先輩はすぐに隣に並んでしまう。チラッと見上げた先輩とまた目が合った。ふいっと顔を逸らした時の気分が、学校を出た時のそれと全然違った。ふふっと笑う久々知先輩の手が僕の頬をつんとつつく。
「好きだよ、喜八郎。喜八郎は?」
……次のデートで教えてあげます」
「じゃあ明日も一緒に帰ろ」
…………いいですよ」
「やった。約束な」
クレープを食べる前から、甘いものを食べた時みたいに幸せだった。明日、僕が好きって言ったら久々知先輩もまた好きだって言ってくれるかな。僕は先輩と一緒に帰るために学校に行ってる日があるくらい、先輩のこと大好きだよ。