荻谷
2025-07-08 03:11:22
5263文字
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ハートの魔法をかけて

「君はどう思ってるの?」の続きです!大吾さん視点

堂島大吾の両親は共に名の通る俳優である。
 幼い頃から芸能界に慣れ親しんできた大吾も当然芸能の道を志すようになった訳だが、彼が選んだのは俳優ではなく、アイドルの道だった。
 アイドルにはなりたくてなったわけではない。ただ、親を見返してやりたい。それだけだった。
 少しでも成功すれば「親の七光り」だと陰口を叩かれ、何をしても色眼鏡で見られる。そんな日々には、もう嫌気が差していた。
 親と全く関わりのないアイドルという世界に自分の身一つで飛び込み、一旗上げてやろうと、いうのが彼の覚悟だった。
 アイドルの世界を舐めていたわけでも、軽い気持ちで挑んだわけでもない。それでも最初は、理想と現実とのギャップに悩まされることが多かった。周囲の熱意に押され、ファンと触れ合ううちに、次第に自分自身もアイドルの世界に、のめり込んでいった。反骨精神から始めた仕事も、今では大吾の生き甲斐となっている。
 最初は小さなライブハウスから始まったこのグループも、徐々に規模が大きくなり、今ではたくさんのファンがついた。自分でいうのもなんだが、グループとしても、個人でも人気がある方だと思う。
 ファンに優劣をつけるつもりはないし、自分を応援してくれるファンは全員家族同然に大切な存在である。ただ、目立つ人というのは、いるもので。
 ずらりと並んでいた人が徐々に減っていき、そろそろ特典会も終わりに差し掛かった頃、全身俺色に染まった男が再び現れた。
「峯ー!さっきぶり!」
 名前を呼ぶと、それだけで頬を赤らめ、嬉しそうに笑う。片手が埋まるほど沢山の特典券をスタッフに渡し、手短かつ細かく指示を出してから、隣に座った。
「ポーズは?」
「いつものでお願いします」
 パシャ、パシャ、と連続でシャッターが切られていく中、ふと悪戯心が湧いて、峯の顔を見つめてみたくなった。パーテーション越しに手を重ね、にっこりと目を細めて笑いかけると、面白いくらいに狼狽える。カメラに合わせてポーズを変えながらも、視線は逸らさない。左右にきょろきょろと動く黒目が面白く、喉奥で小さな笑い声を漏らす。
 撮影が終わると、照れた顔を覆い隠すように額に手を添えた峯が口を開いた。
「急に見つめないでください」
「だって見つめあいチェキって撮ったことなかっただろ?」
 ふと視線を落とすと、峯の服がいつもと違うことに気が付いた。普段身に付けている公式のメンバーTシャツではなく、シンプルな青のシャツを身につけている。シンプルなデザインのそれは、自前のもののように見えた。
「いつもと服違う?」
 何気なく問い掛けると峯は、きらりと目の色を変えた。
「はい。今日は一度帰る時間が無く、私服で」
「私服も青なのか。嬉しい。似合ってる」
「ありがとうございます。でも、大吾さんほど青が似合う人間はこの世にいません。先日のMスタでの新衣装もとてもお似合いでした。普段と違って――
 いつものごとく、紡がれる褒め言葉の数々を受け取る。
 こんなにも熱烈な思いを毎回告げられるのは少し恥ずかしくもあるが、褒められるのは純粋に嬉しい。峯の前にスタッフの腕が伸び、体を押す。
「お時間でーす」
「最後の決めポーズも本当に素晴らしくて、直接大吾さんに撃ち抜かれたのかと錯覚してしまいました」
 峯は一回の剥がしで帰ることの方が少ない。特典会にきてくれる大抵のファンがそうだ。だから特に気にする事はない。
「お時間です」
 二、三度スタッフの呆れた声がして、峯はようやく席を立った。
「今日もありがとう!また待ってるな」
「はい、また来週のリリイベで」
 大量のチェキを抱え、ほくほくとした顔で帰っていく峯を見送り、特典会終了のアナウンスが流れる。残っているファンに一礼してから大吾は控え室に戻った。
 先に帰っていた春日に「お疲れ」と短く声を掛けてから隣に座る。
「お疲れ様です!今日もあの大きい人と沢山撮ってましたね」
 途中から加入してきた彼だったが、愛嬌の塊のような性格であっという間にグループに馴染んだ。むしろ今では一番気楽に会話をできる存在でもある。
「いつもあんなに長く何話してんすか?」
「何を話してるって言ってもな……
 春日の言葉に大吾は汗を拭く手を止め、峯との思い出を回想した。他のよく来てくれるファンと交わすような雑談を、峯とはしたことがないような気がする。
「ずっと褒められてるかな」
「え!羨ましい。でもそんな人珍しいっすね!」
 確かに峯は珍しいファンだ。
 午前中だろうと、地方だろうと、ライブがある場所には必ず駆け付け、毎回大量にチェキを撮って帰る。しかし、必要以上の接触や、認知を求めてくることもない。身形も悪くないし、清潔感もある。羽振りの良い仕事をしているのだろうとは思うが、それ以上に何か考えたことはなかった。
 峯とはいちばん長い時間を共に過ごしてきた絆の深いファンなのに、年齢だとか、好きなものだとか、住んでいる場所だとか、そんな些細なことすら知らない。けれど、彼の声と熱と眼差しだけは、誰よりも覚えている。
「俺、峯のことなんも知らねぇかも」
 大吾が、ぽつりと呟いたところでバタンと大きな音を立てて扉が開いた。続けて後ろから騒々しい声がする。ちらりと目を向けると、また真島が桐生に絡み暴れていた。大吾は溜息を吐き、ずきずきと痛む頭を押さえた。
 
 ♢
 
 大吾の意識を浮上させたのは、カーテンの隙間から漏れる陽光だった。
 まだはっきりしない意識の中携帯を手に取り、時間を確認する。時刻は一二時を過ぎたところだった。普段なら大遅刻であるが、今日はいつぶりかのオフである。
 目覚ましを掛けずに起床することの、なんと気分の良いことか。
 大吾はベッドの上で横になったまま伸びをし、それから携帯を開いた。
 多忙な時は喉から手が出るほど休みが欲しいのに、いざ暇になると、何をしたらいいものか。なかなか思い浮かばない。
 脳内に漠然と浮かぶタスクを整理しながら、何気なくSNSを開く。タイムラインの一番上に、自身が所属するグループの投稿が流れてきた。
『本日より駅構内に広告設置中!』
 そういえば今日はニューシングルの発売日である。今まで何度もこういった企画をしてもらったことはあるが、実際に見に行ったことはなかった。今日はなんの予定も無いことだし、見に行ってみることにしよう。大吾はゆっくりと体を起こし、準備を始めた。
 家を出る頃には、陽は沈みかけ、昼間に比べると幾分か涼しくなっていた。
 電車に乗るのは随分と久しぶりだったが、たまには悪くない。サングラスにマスクをつけ、深々と帽子を被り、変装も完璧である。
 地下鉄の改札を抜け、少し歩くと大きなスクリーンに掲載された広告を見つけた。新曲に乗せ、メンバーごとに順に映像が切り替わっていく様はまさしく圧巻である。
 足を止め、広告の写真を熱心に撮影している人の中には身知った顔もちらほらと見受けられた。ライブやテレビへの出演がない日でも自分を思ってくれるファンの存在に心が癒される。
 遠巻きからその様子を眺めていると、群れる人々の中に一際目立つ男の姿が目に入った。すっと通った鼻筋に、涼し気な目元。丁寧に撫で付けられた前髪から垂れた一房の髪。ずらりと並んだ男たちと比べても、頭ひとつ背が高い峯のことは街中でもすぐに見つけられた。いつもの青一色とは打って変わり、落ち着いた色のスーツに身を包んでいる。
 よく手入れされたブランド品の鞄からやうやうしく、アクリルスタンドを取り出し、カメラを構えた。峯が今手にしているアクリルスタンドは確か、デビュー当時に出した流通の少ない希少なものである。まだ撮影になれていなくて、カメラマンに指定された今なら絶対にしないような可愛いポーズを取っていたはずだ。驚きや嬉しさよりも恥ずかしさが勝る。
 真剣な顔をした峯は、アクリルスタンドを片手に、カメラの画角を調整しながら、映像が切り替わるタイミングを待っている。大吾の映像に切り替わった瞬間シャッターを連続して切った。次のメンバーに映像が切り替わると、撮った写真を確認し、次は大吾のぬいぐるみを取り出す。画面を何度も確認しながら、再び映像が切り替わるのを待っていた。
 普段SNSにあげてくれている写真の数々はこんな風に撮影されているのか、と興味深く峯の姿を眺める。そんな中、ふと大吾の頭に、ある一つの疑問が浮かんだ。
 日頃熱心に自分を応援してくれている謎多き男、峯の日常とはどのようなものなのだろう。
 人のプライベートを探るのは趣味が悪いと思いつつも、ふつふつと湧き上がる好奇心に大吾は抗えなかった。柱の影に身を隠し、写真撮影を続けている峯の姿を観察する。
 所持しているグッズと広告を一通り撮影し終えた峯は、どこかへと歩き始めた。一定の距離を保ちながら、その後をつける。
 地上に上がり、繁華街を少し抜けた先にある一軒の店に入った。白を基調とした洗練された見た目の店舗は、流行りに疎い大吾でも聞いたことがあるような有名なカフェだった。
 少し間を置いて、大吾も続けて入店する。
 店内は多くの人で溢れていた。皆一様に色とりどりのケーキと共に、アクリルスタンドやぬいぐるみと写真を撮っている。
 どうやらここは、所謂推し活に特化した店のようだった。明らかに場違いな自分に肩身が狭い思いをする。峯と対角線上に位置する座席に案内された大吾は、周囲に気付かれないようこそこそとメニューを見た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「カフェオレを一つ」
「かしこまりました」
 手短に注文を終えた大吾は本日の尾行相手を探す。
 すぐに窓際のソファー席に峯の姿を見つけた。どこにいても目立つ男だ。彼を初めて見つけた時も、沸き立つ観客の中で一人退屈そうな顔をしていたから、よく目立っていたのを覚えている。
 届いたコーヒーを飲みながら、時折峯の様子を確認する。
 しばらくして、峯の元に青い小さなケーキが届いた。大吾のグッズをいそいそと取り出し、カメラを向ける。携帯やグッズの位置を細かく調整しながら、撮影しては消して、撮影しては消してを繰り返していた。
 若い女性客が大半を占める店内で、一生懸命写真を撮る峯の姿はなんだか可愛らしい。
 写真撮影を終えたらしく、ようやくフォークを手に取った。
 ケーキを食べている姿を横目に、携帯を開く。SNSで自分の名前を検索すると、すぐに峯の投稿を見つけた。シングルの発売を祝う文面に先程撮っていたケーキの写真が添えられている。メニューにない豪華な装飾の施された青のケーキは特注のようだった。峯の投稿にいいねを押し、エゴサーチを続ける。
 ふと顔をあげると、峯が携帯を注視していた。画面に穴が開きそうなほど鋭い視線の下で、口元は喜びを抑えきれないでいる。SNSの反応一つでこんなに喜んでくれるなんて、知らなかった。これからはファンのSNSもこまめにチェックしようと自戒する。
 会話を交わしながら、ケーキをつつく周囲の女性客を置いて、あっという間にケーキを完食した峯は、しばらくぼうっとコーヒーを嗜んでいた。
 不意に彼の携帯が小さく震える。億劫な手つきで画面を開き、内容を確認すると一層眉間の皺を深めた。ノートパソコンを取り出し、真剣な眼差しでキーボードを叩く。それからどこかへと電話をかけた。断片的に聞こえてくる単語はどれも専門用語のようで、一般的な会社勤めすらしたことがない大吾には理解が難しい。
 普段と違う峯の一面に、どこか見蕩れている自分がいた。己をすり減らしながら働く日々の中で、自分の存在が彼の癒しになっているのだと思うと、身が引き締まる。
 これ以上彼の後をつけるのも申し訳ない。
 峯の日常を垣間見ることに罪悪感を感じた大吾は、残っていたコーヒーを一息に飲み干し、素早く会計を済ませた。それから、帽子を深く被り直し、駅へと向かう。
 再び広告の前に戻ると、夕方よりも随分人が減っていた。構内を歩く人の姿も今は見えない。変装を解き、インカメラを起動する。
 画角を整えてから、口元に手を添え、精一杯の可愛い顔を作り、シャッターを切った。
 写真を見返して、やはりらしくないなと苦く笑う。しかし、このポーズは夕方、峯が持っていたアクリルスタンドで、数年前の自分が取っていたポーズと同じポーズだ。ささやかなファンサービスを、彼は受け取ってくれるだろうか。
『広告を見に行ってきた。早速見に来てくれてる奴もいて嬉しかったぜ。いつもありがとう!毎日お仕事お疲れ様』
 一度全体を読み返し、最後の一文を消した。それから軽く肌を整える程度の加工を施した自撮りと共に投稿ボタンを押す。
 通知欄に瞬時に浮かんだ見慣れたアイコンに、大吾は一人そっと微笑んだ。