ちゃび
2025-07-08 02:23:31
3760文字
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メネフィナの家の孤児と崖っぷち亭の自機の話

一般人と自機ヒカセンの話。
シロ、アドキラーのお得意様をクラフターで納品している自機です。

最近ずっと、シロ姉の顔色がいい。
それも、オレが孤児院に来てから見た中でも一番、元気そうに見えるし、理由も分かっている。
柔らかいフラットブレッドを毎日食べているからだ。

前までは、食事の時間にシロ姉の飯がある時とない時があった。
飯がある時は、キッチンを見るとカチカチのフラットブレッド入りの湯の器が置いてあって、時間になったらシロ姉が自分で席に運んで、かつてはフラットブレッドだったブヨブヨのそれをスプーンで食べる。
オレはカチカチのフラットブレッドが本当に柔らかくふやけるのか心配で、何度もキッチンに様子を見に行っては、水分を吸って少しずつ膨らんでいく物体に目を光らせていた。

そんなある日、シロ姉が湯に浸していない、いや、浸さなくてもよいフラットブレッドを一口大にちぎっていたので、どうしたのかと声をかけると、商売を手伝ってくれる腕利きの職人との仕事がうまくいって、いいことがあったのだという。
ケビたち子供もそばにいたからシロ姉は「いいこと」とぼかしたが、収入が増えたのだ。

オレ位の歳のやつは、シロ姉が自分の食べ物を切り詰めている理由が、この孤児院――メネフィナの家の運営資金が安定していないからだと知っていたから、ここに来る前に狩りや討伐をしていたやつは獣を獲りに行くことを、靴や武器磨きをしていたやつは稼ぎに行くと名乗りをあげた。
でも、そのたびシロ姉に「心配させてごめんね。でも、大丈夫だよ」と笑って言われると無理も言えず、早く大人になって、シロ姉を助けるんだと言い合いながら下の子たちの面倒を見るばかりだった。
それだからオレたちは、シロ姉が普通のフラットブレッドを食べているのが嬉しくて、その腕利きの職人についてめいめい尋ねた。

どうやらその職人は冒険者で、必要な量を、相談した以上の質で、決まった期日までに納品してくれるのだという。
それは「とっても凄くてありがたいこと」と、シロ姉。
職人は孤児院には顔を出さず、崖っぷち亭で打ち合わせや納品をして帰るから、オレたちはシロ姉の話でしか姿を想像できなかった。
ちなみに、オレと同じでエレゼン族で、男。

シロ姉のフラットブレッドが柔らかくなってしばらく経った夜、上階の崖っぷち亭からいつもに増して賑やかな物音がして、聞こえてくる音楽に皆が浮足立っていると、シロ姉がオレたち全員を酒場へ呼んだ。
チビたちの手を引きながら階段を昇るにつれどんどん大きくなる音楽と歓声は、階上へ上がると耳にも目にも溢れるばかりに眩しくて、茫然としながら大人に促されるまま空いた席についた。

大勢の冒険者たちが歌って踊るなか、全員に配られた甘酸っぱい味の飲み物は、果実のシロップと水を混ぜたものだと金ピカのポーキーの店主が教えてくれた。
ついでに、テーブルに乗っている食べ物は何でも食べて良いとも。
金ピカ店主が教えてくれたところによると、今夜の食事も吟遊詩人へのチップも、ひとりの冒険者の奢りらしい。

「なんともまあ、ここまでの宴会になる予定ではなかったのだがなぁ。この男のおかげで明日分の食材が空になりそうだ!」

笑いながら(顔は見えないが、フハハと言っていたので多分笑っていた)、店主はすぐ近くに座っているオレンジ色の上着姿のエレゼン族を指さした。
そのエレゼン族の男は、リクエストを受けた詩人が次々に奏でていく音楽の歌詞解説をクロやケビとチビたちに延々せがまれていたが店主に水を向けられ、話を中断して振り向いた。

服装や髪型から優男かと思っていたら、こちらへ向けた顔の正面には意外にも大きな傷跡が主張している。
面食らっているオレを、男の瞳が捉えるのが分かった。
どうしよう、と思う間もなくその男は口を開いて、

「怖くない?」

と、ニコニコしながら近くのハムの皿を差し出してくれたが、たくし上げた袖からのぞく腕も傷だらけだった。
オレは、怖くないですと慌てて取り繕って、

「あの、冒険者なんですか」

と、聞くと、男は「うん」と頷いた。
そのやり取りを聞くや否や、男の陰からクロがひょこっと顔を出す。

「オミローちゃんはねぇ、いつもたくさん冒険のお話を聞かせてくれるの!」

続いてケビまでぴょこんと飛び出して、

「それに、色んなものを作ってシロおねえちゃんを助けてくれて、優しいんだよ!」

と目を輝かせる。
冒険者で、ものづくりをしてシロ姉を助ける、エレゼンの、男?

「あっ!!」

思わず声をあげた。

「あの、あんたが、シロ姉の──メネフィナの家を、助けてくれてる職人ってこと?」

職人は、突然飛び上がったオレに目を丸くしたが、すぐに顔をほころばせた。

職人の名前はオミロー・フワフワさんというそうだ。
ただでさえ職人として助けてくれているのに、オレたちにまでこんな大盤振る舞いする人。

もしかして、シロ姉に気があるのかもな。
シロ姉は美人だし、優しいし、頑張り屋だから、モテるのは当然だ。
でも、大人になったらシロ姉を助けようと思っていたのに、こんなに気前がよくて腕もいい人が相手じゃ、オレにはとても敵わない。
古傷だらけだし、きっと狩りにだって慣れている。
オレはずっとシロ姉に守られてばかりで、これからもシロ姉に柔らかいフラットブレッドをあげることはできなくて……

「あの、なんか好きな曲とか、ある?」

落ちこんだところへの唐突な質問に不意をつかれてオレがうろたえていると、フワフワさんは配膳係から新しいエールを受け取って立ち上がり、手招きをした。
行ってくるがよい、と店主に背中を押され後ろをついていくと、この空間を盛り上げている吟遊詩人の前に到着して、質問の意味を理解した。
オレにリクエストさせてくれるってことか。

「君の好きな曲は?」

詩人に差し入れのエールを渡して革袋にギルを入れるフワフワさんに促されて、一歩前に出る。
積もり積もった革袋いっぱいのギルとエールでご機嫌の詩人が目を細めて耳を揺らす。
シロ姉たちと同じミコッテ族だ。

「前途有望な若者に、心づくしの歌を贈ろうじゃないか。おれはこう見えて歳を食ってるからね、たいていの歌はわかるんだ。ポプリにしたっていいよ、おまえさんの好きな歌ぜぇんぶ繋げてやろうさね。さ、お好みは?」

「その、タイトルが分からな――

「歌詞は覚えてるところあるかな? メロディだけでもいいよ、ちょおっと口ずさんでくれたらね」

せっかちな詩人に気おされながらも記憶をたどる。
歌ってもらえるなら、昔、最初の母さんが好きで歌ってた、あの歌……

覚えているフレーズをハミングすると、要領得たりとの顔で詩人が指を鳴らした。

「なかなか渋い選曲だ! それはかなり前に流行った恋の歌……。悲恋の歌なのに、あまりにも人気すぎて結婚祝いの宴でも引っ張りだこだったんだよ」

今のだけで曲が分かるの、と感心するフワフワさんと同じ気持ちで話を聞きつつ他に歌が思いつかないことを伝えると、おまかせでアレンジしてくれることになった。

「それじゃ、皆様お耳を拝借! こんな逞しい冒険者の皆さんなら切ない恋のひとつやふたつもあるでしょう。あの日の二人に想いを馳せてみちゃどうでしょうか」

小さな皆さんは想像してみてね──と、詩人はウインクすると、楽器を爪弾き歌い始めた。

母さんの声でしか聞いたことがなかった歌。
想像よりも情熱的で、宴で人気だったのも分かる気がした。
何度も繰り返される「待っててね、待っててね、必ず迎えに行くからね」という歌詞は、「待っててね」しか覚えていなかった。
印象的なフレーズだから、母さんもここしか覚えていなかったのかも。
隣のフワフワさんも聞いているうちに覚えたのか、曲がそこに差しかかると、待っててね~、と口ずさんでいた。

曲が終わった、と思うと同時に同じメロディがとんでもなく陽気な調子で早弾きされて、周囲の冒険者たちがまた大騒ぎになった。

頭上に影を感じて振り向くと、動きまわる大人たちの巨大な身体にぶつからないようフワフワさんが庇ってくれていた。
俺はいつもは盾役なんだ、と笑っている彼に礼を言って、せわしない曲を耳にしながら思わず聞く。

「オレも、大人になったら、貴方みたいにメネフィナの家を守れるようになりますか」

きょとんとするフワフワさんの顔を見て、子供だと思われているのかな、という嫌な想像をしてしまう。
ところが、彼の口からでた答えは、

「君はもう大人じゃないの。これ、注文しておいた君の分のエールなんだけど」

だった。

そのまま、エールが入っているというジョッキをよこしてきたので「オレはまだ酒は飲めないんです」と年齢を伝えると、フワフワさんはまた驚いた顔でそのジョッキに自ら口をつけひと口すすって、

「君は落ち着いているから大人かと思った。やっぱり、背が伸びる前のエレゼンって歳が分からないね」

と、言って残りを一気に飲み干した。

オレは、フワフワさんもエレゼンなのになあ、と思いながら、上下する彼の喉ぼとけを見上げる。
そういえば、こんなに夜ふかしをするのは、ここに来てから初めてだ。