雪成はす子
2025-07-07 22:14:51
3503文字
Public 🐧🐬
 

七月七日

🐧🐬七夕記念
転生現パロ。🐧に会えない想いを短冊に託すシャチの話
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 七夕の日に笹に短冊を付ける行事の度に、俺はいつも同じ願いを書いていた。

『ぺんぎんにあいたい』

 たどたどしい字でそう綴った俺に、先生はにっこり笑って「シャチくんはペンギンが好きなの?」と聞く。勿論俺はその度に「うん、大好き!」って答えていたし、その後の夏休みには両親たちは決まって俺を水族館に連れて行った。
 水族館は大好きだったし、両親がいつも水族館に連れて行ってくれるのは勿論嬉しかった。
 イルカやアシカのショーを見たり、ふれあいビーチで亀の甲羅に触ったり、シャチのショーでは思いっきり水しぶきを上げてはしゃぎながらショーを見ていた。きらきらとしたショーと、躍動するシャチ。水族館に行く度に、俺はいつもわくわくしていた。

 ――でも、そこに俺の『ペンギン』はいなかった。

 水族館には決まって『ペンギン』はいた。でも、俺の知ってる『ペンギン』じゃなかった。
 俺の知ってる『ペンギン』は、いつも目深に防寒帽を被ってて、その所為か目元は良く見えなくて。
 いつも口をへの字に曲げているから表情が硬いと言われるけど、実は思った以上に表情は豊かだった。
 俺のひとつ上の幼馴染で、辛い時もずっと一緒にいてくれた、俺のかけがえのない相棒で。
 ――そして、俺の恋人だった人。



 いつしか俺は、短冊に『ペンギンにあいたい』とは書かなくなっていた。
 代わりにただ一言、『会いたい』とだけ書いた。
 俺の短冊を見た奴は口々に「誰に?」って聞くけれど、俺はそれを曖昧にはぐらかすだけに留めておいた。
「強いて挙げれば運命の相手ってやつ?」
「やだぁ、シャチくんってば意外とロマンチストなのね!」
「意外とって言うなよ~。いいだろ別に、夢ぐらい見たってさぁ」
 俺の短冊を見たネイリストの同僚に訊かれ、俺は咄嗟に出た言葉で誤魔化す。
「運命の相手ねえ~。シャチくんってそう言えば、結局またカノジョと別れたんだっけ」
「うん、まあその、色々あって」
「シャチくんってつくづく一人の相手と長続きしないのねぇ。でも、今回のカノジョも悪くなさそうだったじゃん」
「悪くはなかったっつーか、悪いのは俺だけッスね。カノジョの期待に添えられなかった俺が悪いんです」
「またそうやって自分を卑下する。ホント、自分に自信がない以外は充分優良物件だと思うんだけどねえ」
 はあ、と同僚がため息を吐く。俺は曖昧に笑って、タブレットの画面に入った通知を確認した。新たに入った予約を確認し、スケジュールを調整する。あと少ししたら俺指名のお客様が入店される予定だ。気持ちを切り替え、俺はバックヤードから出てカウンターに入った。



 店の掃除を終わらせ、店を出た頃にはもう辺りは暗くなっていた。昼間より少し温度が落ち着いたとはいえ、店を出た途端にむわっとした空気が押し寄せてきて思わず眉を顰める。見上げた真っ暗な空には満天の星空が広がっていて、手を伸ばせばすぐに届きそうだなんて錯覚する程だった。

 手を伸ばした所で、あの星空には永遠に届かない。そんな事はとうに分かり切っているのに。

 短冊に『ペンギン』の文字を書かなくなってからどれだけ経っただろう。小さな頃からずっと焦がれて、それでもずっと、一度たりとも会えた事はない。
 どれだけ手を伸ばしてもあの星空には届かないように、どれだけ望んでもペンギンには会えない。

 でも、それでも手を伸ばす事を止められない。
 アイツを、忘れたくない。

 なあ、もし、たったひとつだけ願いが叶うなら。


 きらきらと輝く眩い光。闇の女神に呑まれる事なく光る恒星の群れ。

 届かないってのは分かってる。もう何度願って、それでも一度も叶わなかった願い。


「会いたい……


 手を伸ばせば伸ばすほど、アイツの温もりが遠のいていくのに。
 それでも、俺は――



「オイッ! 危ねえぞ!!」



 不意にがしっと腕を掴まれ、ぐいっと体を引っ張られる。
 俺は何が起こったのかも分からずに、体のバランスを崩してぐらりと傾いた。けれど背後にいた人物に凭れた形になった事で、どうにか転ばずに済んだようだ。
 目の前には、まるで崖のような石段があった。どうやら俺は、気付かないまま危うく落ちてしまう所だったらしい。呆然としたまま固まる俺の耳に、背後の男の声が響く。
「ったく、ぼんやり歩いてんじゃねえっての。前方不注意にも程があるだろ。ほら、ちゃんと立て!!」
 男に促され、俺はよろけながらも体制を立て直す。改めて男と向き合い、お礼を言おうとして――俺は固まった。
 目深に被った帽子。への字に曲がった口元。街灯に照らされたキャップの奥の瞳は、俺の記憶の中にある――まるで深海を思わせるような、深い青色の瞳。
「ペ……!!」
 思わず言おうとした名前を、けれど寸ででぐっと堪えた。
 目の前の男は、紛れもなく俺の記憶の中にある『ペンギン』と同じだ。
 けれど記憶まではそうはいかない。かつて会ったクリオネやウニに記憶が無かったように、ペンギンもまた記憶が無いのかもしれない。
 あるいはただ単に他人の空似の可能性もある。むしろその可能性の方が高いだろう――そう結論付け、俺は改めて男に礼を言おうと顔を上げた。

……シャチ……?」

 その言葉が聞こえたのは、まさにその時だ。男は驚愕、と言った眼差しを向けながら俺を見ている。ぱちぱちと瞬きをしていると、不意に腕を伸ばされてサングラスを外された。
「っ! なにすっ――!!」
……ああ、やっぱりシャチだ」
 そう言ってふわりと笑う、その顔は俺の中の記憶にあるものと完全に一致する。
 いつもそうやって笑って、俺の頭を撫でてくれていた。
 いつも仏頂面だったけれど、俺の前でだけは柔らかく笑ってくれていた。
 あの頃と変わらない、ペンギンの――笑顔。
「ペン、ギン……!!」
……良かった。お前も記憶あったんだな。会えて嬉しいよ、シャチ」
 俺の腕を引いて、俺をペンギンの腕の中に閉じ込める。大きくて、力強くて、暖かい手。
 いつだって、この手に包まれていた。
 いつだって、この手に守られてきた。
 いつだって。
「うっ……うえっ、おれも……俺も、ずっとペンギンに会いたかった……
「泣くなって。ずっと会えなくてごめんな、シャチ。……はは、泣き虫な所、全然変わってねえんだな」
 苦笑しながら俺の頬を拭ってくれるその手も、記憶の中にあるものと全く同じで俺はまた泣いた。
 ずっと会いたかった。
 ずっと、ペンギンに会いたかった。
 でも、ずっと会えなくて――諦めた振りをして誤魔化してきたけど、一縷の望みだけは捨てたくなかった。
 ただ一言だけ、『会いたい』って言葉だけを短冊に込めて、それだけをあの光の川に流していた。
 いつか――いつか届けばいい、そんな願いを込めて。
 『会いたい』の言葉だけを、何度も――何度も。



 ぽんぽんとペンギンが背中を叩く。その手もまた、憶えている。
「シャチ、できればこれからゆっくり話がしたいけど、この後時間ある?」
「うん……明日、休みだから」
「そっか。俺も明日シフト無いんだ。なら、俺んちすぐそこだし、このまま俺んちに来いよ」
……いいの?」
「いいから言ってんだろ。ほら、行こうぜ?」
 ペンギンに手を引かれ、俺はペンギンに付いて歩く。
 こうやってペンギンに手を引かれるのも、遠い遠い記憶の中にあった。何処までも真っ白な雪の中を、死に物狂いで走った過去の幻影。未来なんて何処にもなくて、ただただ地獄から抜け出す為だけに走ったあの日の記憶。
 けれどこれはあの日とは違う。俺たちの未来へと続く明るい道。真っ白な闇を闇雲に進むのではなく、ぬばたまの闇の中に走る光の川を抜けて続く新たな道。
 遠回りして、足踏みして、やっと巡り合えた俺たち。
 新たな未来へと続く道に、俺の心はずっと高鳴りっぱなしだった。
 目の前にペンギンがいる。こんな――これ以上の幸運なんて、きっと無い。



 ずっと会いたかった。
 ずっと、ずっとペンギンに会いたくて、俺はいつも神様にお願いを託してきた。

 ――けれど神様、俺はどうやらとても強欲らしいです。
 ずっと会いたくて会いたくて――やっと出会えて願いは叶ったのに、俺はもう次の願いで頭がいっぱいです。

 ねえ、神様。
 願わくば――この手をもう、二度と離さないで。

 俺から、もう二度と、ペンギンを奪わないで下さい。