井見
2025-07-07 19:52:22
1819文字
Public ライドウ二次
 

返り血

任務でモブを殺そうとしている気がするワンショット

 君は返り血なんか浴びない、僕は思わずそう言った。輝かしきは十四代目、葛葉ライドウの名を継ぐ彼の〝召喚師サマナー〟は「そんなことはない」と鈴の響くような声で否定する。悪魔の血どころか人の血も、この葛葉の外套はたらふく吸っている、などと言う。
 有り得ない、僕の外套はもっと血に濡れて重く、汚く、臭くて、ぼろ切れだ。こんなものを纏って、何方が汚れから身を守っているのか知れない。しかし洗っても干しても綺麗になりようがないのだから仕方がない、手を出せば出すほど外套はほつれて無様になるばかり。だが君のはどうだ、君を守護する黒布は皺一つ無く滑らかに、裏の藤色は白黒の君を艶やかに染め上げる。まるで君の一挙一動の邪魔をしない。僕の外套は僕を押し潰すのに、君の外套は軽やかに君の体を包み込み、君を支え、君と共にある。そんな美しい外套を纏っている君は、外套にこびり着いた泥を落としたことなど無い筈だ。外套に染み込んでいる筈の、何処にあるかもわからない、しかしつんと鼻をつく誰かの体液を、これでも絞ったことなど無い筈だ。だって君は地面に情けなく倒れたことも無ければ、返り血一滴も浴びたことも無いからだ。そうに違いない。そうでなくちゃいけない。
 悪魔を引き裂く光を描く、君の輝くような刀には肉の一片もこびりつくことはない、絵から浮き出たような君の真白の手は武器を握るだけ、地面に触れることすらない、悪魔を拐かす君の相貌には血の一雫も触れやしない、悪魔は君を汚せない。君は僕とは違う。僕はいつも血溜まりを作って、仲魔の死体をくぐり、己の血で顔を洗うのに。
 だから、そう、だから君は、そんな汚いものを見るような目で僕を見る。
 君の戦う姿を見ているだけだった、手出しできようもなかった。僕の管を握る手は震えていた。僕よりもずっと若く、むしろ幼いと言ってもいい、そんな君が何より栄誉ある名の一つを己とし、踊るように刀を振るう様を、僕はただ見ていた。座っていた。縮こまっていた。初めて悪魔を見た幼子のように、畏れるだけだった!
 気づけば悪魔は皆死んでいた。悪魔の嬌声も喚声も、銃の発砲音だって、全て君のための音楽でしかなかった。さぞ僕の悲鳴も調和ハーモニーを奏でたことだろう。残ったのは僕一人、後は悪魔と僕で一生懸命作った血溜まり。そして勿論、君のすべやかな面のような頬には血の一滴ひとつ見当たらない。
 そうでなけりゃならない。
「君は、返り血なんか、……浴びない」
 僕はもう一度言う。
 だから早く、その絹の手についてしまった血を拭ってくれ。それはおかしい、あってはいけない、
「そんなことはない」
 しかし君はまた鳥の囀り。同じ会話を繰り返す。
 君は血を拭いもせずに、銃をぎりと握りしめる。
「貴方の返り血を浴びたくはない」
 そうだろう。僕もそうだ。有り得なちゃいけないことなんだ。
「君の、その手を、拭いてくれ」
 真っ白い手に赤い血の一滴。僕の血だ。悪魔はもういない。血を流すなら君か僕しかいない。君の筈がない。君が銃を握る手に力を込めるせいで、それはゆっくりと垂れていく。僕の両手を撃ち抜くなんて甘い真似をするからだ。確かにこれで僕は悪魔も召喚できないし、武器も握れない。そもそも痛みは鮮烈で、立ち上がる気力もない。
 だが真っ先にこの脳めがけて撃ち込んでいれば、そんな無駄な、僕の卑しい、君の足元にも及ばない、ちょっと尋常の人から一歩踏み外しただけの弱々しい血が、君を汚すことはなかっただろうに。君に返り血がついている、これはおかしい、おかしいだろ、だからおかしいのは僕じゃない、君の方なんだ。
 なら早く正気に戻ってくれ。その汚いものが付いた美しい手を拭いてくれ。ちゃんとただしいことをしてくれ。自分はお前と違うと言って。そんな目で僕を見てないで、早く、
「君、ヤタガラスへは‪──」
「駄目だ」
 駄目だ駄目だ駄目だ。何を言うつもりなんだ、十四代目葛葉ライドウ。君への命令は僕の排除だ、ならばそれを成し遂げなきゃいけない、君は葛葉ライドウなんだから。君が綺麗なのはその名のせいだ、僕が醜いのもその名のせいで、俺が悪魔の血を浴人間の血を飲ん自分の血を吐くのもその名のせいなんだ。
 だのに、君は手を拭いてくれない。君は銃を構える。拭いてくれよ、どうして拭いてくれないんだよ。僕の血が君の手をつたって、ぽたりと地面に落ちる。
 



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