銀河帝国と旧自由惑星同盟の軍服が並ぶと、ちょうど親友の瞳の色になる。そのことにミッターマイヤーが気がついたのは、イゼルローン共和政府軍総司令官ユリアン・ミンツが、案内役とおぼしき帝国軍兵士と歩いているのを見かけたときだった。
シヴァ星域会戦で、ユリアン・ミンツは帝国軍総旗艦ブリュンヒルトに決死の覚悟で乗りこんだ。齢十九の少年は文字通り血路を開いて、皇帝ラインハルトの前に辿りつき、対等な会見の座につく資格を手にした。現在、銀河帝国とイゼルローン共和政府の間で、交渉が行われている最中である。聞くところによれば、共和政府はイゼルローン要塞を放棄する代わりに、ハイネセンを含むバーラト星系での帝国内自治権を認められるという。
最後の戦いが終わったのだ。これまで旧自由惑星同盟の志を継いで戦ってきたイゼルローン軍は、役目を果たして解体されるだろう。こうして銀河には、ただ一人の皇帝が統帥する、ただ一つの軍隊のみが存在することになる。
今、一つの時代が終わろうとしていた。ミッターマイヤーの人生でもっとも輝かしかった黄金と流血のときが、はるか彼方に遠のいていく。
ミッターマイヤーにとって青と黒といえば、自由惑星同盟と銀河帝国の軍服ではなく、親友の瞳の色であった。
「卿の瞳のようだな……」
親友と街歩きに出た休日、銀のイヤーカフを目にしたミッターマイヤーが、ふと漏らした。青と黒という石の組みあわせは、アクセサリーとしてはめずらしく思われた。しかし同時に、彼にとっては馴染み深くもあった。意外と親しみの共存が、このような感想を生んだ。
自分が何を口走ったか理解した瞬間、ミッターマイヤーはおのれの発言を悔いた。数々の女性を虜にしてきたロイエンタールの金銀妖瞳が、本人にとっては禍いであると知っていたからだ。ミッターマイヤーは既婚者である――彼がジュエリーショップのショーウィンドウの前で立ち止まったのも、妻にふさわしい贈り物がないか気になったからだった――けれども、ロイエンタールは独身で、漁色家だ。はでな女遊びは自傷だった。
親友の黒い目に関する精神的外傷に、ミッターマイヤーは心を痛めている。だがその秘密を明かされたとき、忘れてくれと言われ、忘れたふりをしてしまったミッターマイヤーには、親友をそっとしておくほかなかった。この問題について、彼は無力なのだ。にもかかわらず、彼は「そっとする」という簡単なマナーさえ、危うく破りかけた。
このとき、足を止めたミッターマイヤーに付きあって、ロイエンタールもガラスの向こうのジュエリーを何とはなしに眺めていた。実のところ、彼はミッターマイヤーよりも早くそのイヤーカフの存在に気づき、無視していた。だが、蜂蜜色の髪の友人の横顔と、つぶやきと、一瞬の表情筋のこわばりを見て、ロイエンタールの気分が変わった。彼は即座に店の扉をくぐると、追いかけてくる親友の気配を背中で感じながら、そのイヤーカフを購入した。
店を出てすぐにイヤーカフを身につけたロイエンタールが、髪をかきあげた。深みのあるシルバーリングが、白い耳の縁をはさんでいた。嵌めこまれた青と黒の石が、ひかえめにまたたく。
「どうだ?」
尋ねられたミッターマイヤーは、言葉が出てこなかった。何と答えたのか、よく覚えていない。おそらく、「いいんじゃないか」のような、ぞんざいな返事をしたのだろう。「奥方に贈り物をするのに、気の利いた褒め言葉の一つも浮かばぬようでは、困りものだな」と、からかわれたことはたしかだった。
以来、プライベートで会うロイエンタールは、しばしばその金銀妖瞳のようなイヤーカフを身につけていた。率直に言えば、その瞳とイヤーカフを見つめるとき、ミッターマイヤーは美しいと思ったのだが、わざわざ言葉にして伝えるのもおかしかったので、とうとう何も言わずじまいだった。
こんなことを、昔はいちいち思い出しなどしなかった。まだ若いミッターマイヤーにとって、思い出とは積みかさねていくものであり、振り返るものではなかった。今はもう、顧みることしかできない。記憶は褪せてゆくばかりで、些細な切れ端でもこんなふうに必死で掴まなければ、永久に失われてしまいそうだった。おそろしく、寂しかった。
ミッターマイヤーの周囲の人々は容赦なく去っていく。第二次ランテマリオ会戦のあと、彼に死ぬなと命じた皇帝ラインハルトも、天上からの招待状を受けとったようである。伝説の終焉は、間近に迫っていた。
あらたな時代が来る。ユリアン・ミンツは近いうち、あの青い軍服を脱ぐだろう。ミッターマイヤーもまた、黒地に銀の装飾があしらわれた華麗な軍服を脱ぐことになるかもしれない。単なる軍人向きの自分などより、はるかに政治向きの男をミッターマイヤーは知っていたが、その彼はもはやこの世にない。
あの金銀妖瞳をふたたび見ることは叶わないのだ。彼の息子の瞳は、大気圏の最上層の空の色。イヤーカフのときは妙な気の遣い方をしていたくせに、自分の子供は赤と黄の瞳を持っているかもしれんなどと言って――あれが最後の握手の日となった――やはり気にしていたのではないか。瞳の色も。子供のことも。だが、おれがどんな思いであの子の瞳を覗きこむか、お前は知らないだろう。
軍服は黒に、瞳は青に。単色になってしまった世界で、ミッターマイヤーはロイエンタールの青と黒の金銀妖瞳を恋しく思う。
もし自分がこの軍服を脱ぎ、別の道を進むときが来たら、その前に手つかずだったロイエンタールの遺品の整理をしようと、ミッターマイヤーは考えている。個人的な形見として、あのイヤーカフをもらうつもりだった。親友を思い出させてくれるものとして、あれ以上にふさわしいものはない。剣に生き、剣に斃れた友の、守成の才能にあやかることは、きっと悪くないはずだ。
あのイヤーカフの青と黒の金銀妖瞳を通して、ロイエンタールに平和の時代を見せてやりたい。そして、こう言ってやるのだ。ほら、今こそお前の力が求められているではないか。お前は死ぬべきではなかった。ヴァルハラで美酒の杯を片手に高みの見物などしている場合ではないぞ、これからが忙しいのだ。
だからそばにいて、おれの歩むさきを見守っていてほしい。
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