ナスカ
2025-07-06 18:30:00
4328文字
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カラミティアンドアストロジャー⑩

前回の続きです。

人気がないことを確認すると、ガノンは宙に浮きつつ空気にもたれかかり、足と腕を組んだ。
「小娘、我のことを散々女神だのなんだと言っておったが、今更どういうことだ?」
「よりハッキリと姿が見えるようになっただけです。……貴方こそ、叔父様にずっとくっついて、何をされるおつもりなのですか?」
腰に手を当てて咎める顔をしているが、全く怖さは感じない。封印の姫巫女とされるこの小娘だが、その力は微塵も感じ取れなかった。アストルには悪いが、彼女が正真正銘の無才である可能性は十分にある。記憶こそ曖昧だが、ガノンはこれまで何度も『封印の力』を目の当たりにしてきた。感知できないはずがない。
「我は、お前の叔父を殺すためにここにいるのだ」
ゼルダが息を息を呑む様子に「早まるな、話はまだ続く」と但し書きを告げる。
「これはアレと交わした正式な契約だ。アストルが絶望した時、我が奴を殺す。それが、アレの望みでもあるのだ」
「そんな……
ゼルダの深い落胆に、ガノンはどこか胸がスッとした。どれだけお前が慕おうが、どれだけかわいがってもらっていようが、アストルはお前ではない誰かによって命を握られているのだと、突きつけた気分になる。
「どうして叔父様はそんなことを?」
「本来ならば奴はもう死んでおる。我の復活を食い止めるため、実質的に『身代わり』としてな」
ゼルダは再度ショックを受け、閉口してしまった。責を感じているのだろう。アストルが厄災の贄になりかけたのは、自分がいつまでも封印の力に目覚められないから。そしてその結果、いつまでもこの厄災は叔父について回っている。
「だがただ贄として殺すだけでは面白くなかろう? ならば少々生かして、絶望のどん底に陥った時に殺してやろうと持ちかけたのだ」
「ッ、叔父様は、貴方のおもちゃではありません!」
面白がる風に言うと、ゼルダは毅然として怒りを露わにした。この姪っ子は、余程叔父のことが気に入っているらしい。彼女にとってアストルは、自分が一等辛い時期に寄り添ってくれた相手であることは確かではあるが。
「だが王家に代わり、瘴気の問題を解決してくれるテイの良い存在でも無いぞ」
「それは……
ゼルダの口ごもる様子に、言ってやったとガノンは得意気になる。何年生きているかもわからない自分が、たった十七歳のお姫様を封殺しているのも如何なものかと思ったが、『ハイラルの姫』には散々煮え湯を飲まされてきた。このくらいしないと割に合わないだろう。
「とにかく、我とアストルの関係は一方的なものではない。それだけは理解していただきたいものだな、姫君よ」
……わかりました。叔父様が了承しているなら……私からはもう何も言いません。失礼致しました」
深々と頭を下げた後、ゼルダはキョロキョロと辺りを見回す。それも何かを警戒しているように……翡翠色の大きな瞳を上下左右に忙しなく動かしていた。
「なんだ、どうかしたか?」
「嫌な気配がするんです。いえ、勿論貴方のことでは無いですよ。もっとひどく邪悪で、利己的な……そんな気配が……
これでいてまだ封印の力に目覚めていないというのだから驚きだ。もしかすると、とっくに力は開花しているのに、本人の思い込みによって顕現していないだけなのでは無かろうか。
「貴方も、感じませんか?」
……アストルの側に?」
「そんな気が、するのです」
地底には、瘴気にまみれた魔物たちの他にも奇妙な存在が大量に見受けられた。青白くぼんやりとした人魂……死せる者たちの魂『ポゥ』だ。あまりの量を誇るポゥによって、より強大な存在の気配が掻き消されている。その可能性は否めない。それが今までは遠くにいて、ここにきて距離を詰めてきたのだとしたら?
「アストルッ……!!」
ガノンは壁をすり抜けて、アストルの仕事部屋へ急いだ。

✽✽

「何故ゲルド族の方がここに? 調査隊員か?」
「えぇ、一応ね。ある方の特命を受けて、貴方に会いに来たのよ」
アストルは、ガノンに良く似たその女性を見上げた。ゲルド族はそれはそれは長駆で、ハイリア人男性よりも遥かな高身長を誇る。現に彼女も、アストルの背を凌駕していた。そして砂漠という過酷な環境で生きる彼女たちは武芸に秀で、身体つきからもそれを察することができる。薄っぺらで細身のアストルなど、年頃のゲルドの娘ひとりで簡単にのせてしまうはずだ。眼の前にいる彼女ならば、それこそ一秒経たずで決着が着くだろう。
「では少し手伝ってもらっていいか? 書き終わっていないホロスコープがまだあってな」
……いいわよ」
アストルは少し椅子を左に動かし、そのゲルド族が座れる場所を確保した。彼女はアストルの横に木箱を持ってくると、そこに座ってホロスコープ表を軽く睨んだ。どこか怯えているようにも見える目に、アストルは彼女の天文知識が薄いことを悟る。
「わからんのか?」
「こんなこと、したこともないわ」
「そうか、では教えてやる。……まず、これが黄道十二宮だ」
アストルは一番外側にある円の縁を指し示す。
「続いて、ここには惑星の位置を書き込む。テキトーに書けば良いわけではないぞ。これは……そうだな、この人の分だから……
もう一つ内側の円の中に、アストルは惑星記号を書き込んでいった。
「人によって違うのかしら?」
「当たり前だ。ホロスコープは各人の生まれた瞬間に決まる。ならば各々違って、当たり前だろう?」
「ふぅん……
「で、これが十二室……まあ、ハウスとも呼ぶ。ここは……
アストルは、気づいていなかった。彼女はホロスコープ表など見ていない。アストルの線の細い首や、手袋越しに浮き上がる手の甲の筋、耳の付け根……無防備な状態だからこそ近くで見れる……身体のラインを観察しては目を細めていた。
「貴方、もしかして人の運命を弄ぶのが好きなのかしら?」
「は……?」
「なら嬉しいわ、だって私と同じだもの」
彼女はスルリとアストルの手の甲に、自分の手を重ねた。白くて筋張ったアストルの指の間に、泥パックのように心地よい彼女のなめらかな指が滑り込んでいく。
「星を見て、人の運命を知り、そしてそれを……真実だと思い込ませて、視野狭窄に陥らせる」
「何、言って……
「あぁ、素敵ね。そうやって人々の絶望する顔を見て愉悦に浸る。私もそうなのよ、絶望する顔が大好き」
アストルは自分のうなじに冷たいものが押し当てられているのを感じた。間違いなく、刃物だ。無理やり口を開かされて死を捩じ込まれようとしているのに、何故かアストルは妙に冷静だった。
「だからとても残念なの、貴方を殺さなきゃいけないのがね」
「私を殺して、何の利益が?」
「そうねぇ、私に利益があるというよりかは……貴方の活躍を邪魔に思っている人がいる、っていうことかしら」
グ、とアストルは手を握った。ここで自分は死ぬのだろうか。明確な、瘴気の原因もわからぬまま。ゼルダに仔細を報告できぬまま。母の故郷と思われるあの村に帰れぬまま。
……ガノンの手に、かけられることなく。
「待て!」
切羽詰まった声と共に、壁を通り抜けてガノンが突っ込んできた。ガノンはゲルドの女に正面衝突して、団子状になり、ゴロンゴロンと床を転がっていく。彼女が離れたと同時に冷静さを取り外されたアストルは、立ち上がって距離を取った。
「なっ、あっ……、ガノン?」
「アストル! 無事か!?」
鼓膜を刺激したガノンの大声は、脳髄に突き刺さり、そのあまりの重さで胸にドスンと落ちていく。その衝撃で、床にべちゃりと座り込んだ。
ガノンは彼女を床に追い詰めていた。そして槍を横にして両手で構え、彼女のナイフを押さえつけている。しかしそれは鍔迫り合いといった様相で、彼女は巨体のガノンに負けていない。
「あら……貴方、何処かで見たことあるわね…………あぁそう!思い出したわ! 男でありながら、ゲルド王の座から追放された可哀想な人!」
「お前はッ……!」
ガノンの目に冷たいものが走るのをアストルは見た。ゲルド王? 彼が? ではそれを知る彼女は、一体いつの人間なのか。ガノンは少なくとも一万年前には厄災として王国中でその悪名を馳せていた。彼女も厄災に相当する存在なのでは無かろうか。
「ふふっ、そう。面白いじゃない。なら今度こそ決着をつけるべきね」
「ッ……
ガノンは彼女に競り負けた。麗しいゲルドの女は、怪力を誇るガノンを弾き、ほぼピンヒールの足で優雅に立ち直す。
「けど、そんなに急いでいては本調子も出ないでしょうし……またあとでにしてあげる」
「貴様ッ……!」
余裕たっぷりな彼女と、床に座り込んだままのガノン。どちらが優位にいるかは、火を見るより明らかだった。彼女は長く伸びたまつ毛の下にある瞳にアストルを映すと、本気の好意を浮かべて微笑んだ。
……サヴァサーヴァ、ハイリアのヴォーイ」
声も気配もあっという間に消えて、アストルは呆然とした。果たして彼女は本当に存在していたのだろうか。
「クソッ……我としたことが、或れに後れを取るなど……!」
「ガノン落ち着け。なんだ、どうした、今の女は一体……
座り込んだ状態でギャンギャン喚くガノンだが、いつもアストルに笑われて突っかかる時とは勢いが違う。過去の傷を無理やり隠すような必死さが、アストルは気にかかって仕方なかった。
「アイツは……我と同じ名を持つ者だ」
……どういうことだ?」
「そして女と言っていたが、或れは男でもある」
「はぁ?」
アストルの脳内はこんがらがるばかり。ますますわけがわからない。容姿が似ていることは似ていたが、名前まで同じとなれば更に混乱するし、そこに『女でありながら男』と言われても困ってしまう。
……そうだ、我は一族を統べる王だった。だが我は……裏切られたのだ。あぁ、何故忘れていたのか……!」
ドンッ、とガノンが握りこぶしで床を叩く。苛立ちやら、悲しみやら、悔しさやら、おおよそ普段なら滲ませすらしない感情が、彼の全身からダバダバと溢れかえっている。
「おいガノンどうした、らしくないぞ」
……わかっておる」
「教えてはくれまいか。お前に何があった」
情けなく小さな呻き声に、アストルは手を差し伸べたい想いに駆り立てられた。この厄災が何に裏切られ、絶望し、こんな姿になっても未だこの世に居残り続けているのか。
「悩み苦しむ者を救うのが、占い師の使命だ」
ガノンはアストルを横目でチラと見る。絶望などしそうにない星の瞳が、こちらを至極真剣に捉えていた。


続く