Momosei808
2025-07-06 00:35:51
5402文字
Public SD(リョ花)
 

水辺の純情

ワンライ:リョ花×プールサイド

『リョーちんへ
 明日、日曜朝10時、ここで待つ。

 桜木花道』


……ハ?????」

土曜の部活終わりに、唐突に渡された手紙を開いて、リョータは目を丸くした。
いつもなら一緒に帰宅する花道がそそくさと部室を退散しようとするのを見て、そう言う日もあるか、と思ってからの、コレである。
部室を出て行く寸前、リョータの傍を通りがかった花道は、リョータに折られたコピー用紙を渡してきた。
何だコレ、と思いつつ、着替えを終えて、部室の外の薄黒い廊下の照明に照らされながら文面を確認したところ、冒頭の文章が目に飛び込んだのである。


(何だコレ、果たし状かよ!? オレ、あいつに何かしたか……???)

暫しの間、リョータは思考を巡らせたが、花道に果し合いを決意させるほどの仲たがいをした記憶は無い。
頭に幾つもの?を浮かべたまま手紙をよくよく見ると、花道の筆跡で、簡素な地図が下に付け加えられていた。

『ココに集合!』
この文言とともに記されていた地図の場所を思い浮かべて、リョータは独り言ちた。

……どーいうコトだよ?」


*******

そして次の日、日曜日。
本日バスケ部の部活は、午後一時から開始する。
なので、午前中はフリータイムとも言えるのだが。
「あいつ、こんな日曜に、何でこんなトコに呼び出してんだよ……

リョータは、苛立ちながら待ち合わせ場所の門扉を見た。
そこには、「F沢市民プール」の看板が掲げられている。
そう、昨日の帰り際に、リョータが花道に呼び出されたのは市民プールである。
市の住人なら老若男女誰でも使用可能で、使用料も大人300円で中学生までの子供が150円、高校生は200円という安価な場所だ。
梅雨も徐々に開けてきて、日々暑さを増す最近では、プールを使用する人も増えているらしい。
その日はあいにくの曇りだったが、屋内形式のプールでは天候は余り関係無い。
なので、そこそこの人出があった。


「わりー、リョーちん! 遅くなった」
「おせーぞ、花道!」
少しして、呼び出した張本人が10分ほど遅刻して現れた。
花道は、小学生の頃のプールバッグに色々とタオルだのを詰め込んでいるようだった。
大きな図体の持ち主に見合ってない、キャラものがプリントされたバッグの素朴さに、リョータは必死で笑いを堪えた。
得意の何でもない顔をして花道を見上げると、当の本人はもじもじとしていた。
リョータは、見慣れない花道の様子におや、と思いつつ声をかけた。
「昨日、突然手紙渡したと思ったら、こんなところに呼び出してよー……。どーしたよ?」
……えーと」
「まあ、湘北ウチだと体育で水泳やんねーしな。泳ぎに行きたくなるのは分かるけどよ。でも、今日誘ったの、オレだけだよな? どうして……

リョータが言いかけたところ、花道が、ギッッ、とキツい目でリョータを睨みつけた。
いや、これは睨んだ、というより、真剣極まりない表情だ。
その眼差しに圧倒されるリョータを尻目に、花道はリョータに正面切って言ってきた。


「なあ、頼む! オレに泳ぎを教えてくれ、リョーちん!!!」


明朗なその声で、市民プールの入り口に生えていた広葉樹から、何羽かの鳥が飛び去った。

*******


「よし、花道。さっきの要領で顔、つけてみな」
「おっし、行くぞ、リョーちん!」
「おう、行ってこい!!」

リョータは、目の前の花道に激を飛ばした。
今、花道は市民プールの中の、水深が一番深いプールで、ビート板に頼って泳ごうとしている。
水深が170センチのそこは、初心者が入るには深すぎるのだが、花道本人の身長(=189.2㎝)からすると訳も無い深さだ。
更に言うと、もっと水深の浅いプールだと、花道よりも小さい子供たちや、スポーツに興じるシニア年齢の人でごった返しており、
そういった人々の目を避けるという意味でも、この最深プールはうってつけだった。

花道は、市民プールから借りた水泳帽をかぶり、深いプールの壁際に立っている。
黄色の帽子は、よく見ると赤い髪がちくちくとはみ出していて、それを先ほど見つけたリョータは努めて何でもない顔をしようと心掛けた。
青い壁のプールの中で、花道のピンクの肌色はよく映える。
そんなことを思いながらリョータが花道の様子を見守っていると、花道はすう、と深呼吸した。
意を決したような表情で、ビート板を水面に翳し、何とか水面に顔をつける。

そして、そのまま壁を蹴って、拙いながらも泳ぎ始めた。


「うぉっっ???」

リョータは、花道のバタ足のあげる水飛沫に、思わず声を上げた。
花道の泳ぎ方は、初心者も良いところだ。
バタ足は水面を叩くばかりで、あまり推進力として働いていない。
最初の壁面キックでそこそこの距離は稼いだが、そこから先は肺活量の続く限りしか続けない筈だ。
花道は、息継ぎがまだ出来ないのだから。

……っ、ぶっはーーーーーーーーー!!!」

少しして、花道は水面から顔を上げて、プールの只中で立ち上がった。
距離にして十メートルと少し。
初心者で、これだけ進むのでもなかなかのものだが、まだ全然泳ぎのフォームがなっていない。
とは言え、このプールに来た当初は、顔を水につけて泳ぐのにも躊躇っていたので、短時間でも十分な成長と言える。

時計が11時15分を過ぎたのを確認して、リョータは立ち上がった花道に声をかけた。

「花道! 一旦休憩すっぞ! 上がって来い!!」
「えぇッ?? リョーちん、オレ、まだやれるぞ??」
「バカ、てめー水泳って思ったより体力使うんだぞ? 今日は午後から部活あんだろ、休憩挟んで体力温存しようぜ」

リョータの言葉に、花道は渋々と言った表情でプールから上がった。
ざばり、と大きな水飛沫を上げて上がってくるその姿を、リョータは隠れてしげしげと眺めた。
恐らく量販店で買ったと思しき、無地の紺色の、ぶかぶかとした短パン型の水着が、肌に貼り付いている。
日本人としては規格外に長い手足は、見ようによっては水泳に向いているのかもしれない。
それでも、その筋肉の形は、やはり高く跳ぶのに最適化しているように、リョータの瞳には写っていた。

(水着姿、って……、新鮮だよなぁ。ウチの高校、水泳の授業無えもんな。こいつの水着姿なんて、知ってるのオレだけだろ。いや、コイツの友達の軍団は知ってやがるのか?)

そんなことをつらつらと考えていたら、花道は水中では感じなかった身体の重さを感じてか、プールサイドにどさり、と転がった。
「ふへーーー……、けっこう疲れるモンだな……
しみじみと語って、プールサイドで大の字になった花道の隣に、リョータも座る。
ちなみに、リョータ自身も水着に着替え済みである。
趣味の余りよろしくない派手めな青色の水面模様に、黄色の稲妻が走ったような派手めの柄だ。
先ほど花道と一緒にプールに入って、軽いバタ足のレクチャーをしていたぐらいであとは水から上がっており、肌は殆ど乾いていた。

リョータは、花道の隣に腰を下ろしながら話しかけた。
「お前さ、小・中って、水泳の授業あっただろ? どうしてた?」
「ぬ……、人間だれしも、苦手なコトはあるモンだぞ」
「あーそりゃ分かってるから。にしても、今まで水泳の授業大変だったんじゃねーかと思って。単純なギモンだけど」
リョータの言葉に、花道は大の字になった状態から身を起こした。
長い脚を抱えて体育座りをしながら、ぽつぽつと話し出す。
「小坊の頃は、泳げねーから、って、プールの端っこの列に集められて、先公に習ってたぞ」
「ふーん、じゃあ、中学は?」
……中学入ってからは、周りの奴らに目ぇつけられて、喧嘩売られて……。弱点を見せたくなくて、水泳の授業はサボるようにしてた。三年間」
「はぁ??? マジかよ。先公が五月蠅かったんじゃねーの?」
「それはそうだな。んでも、ムカつく野郎どもに弱み見せたら、あぶねーと思ったし、先公も、オレにビビッてあんま何も言わなかったな」
明け透けに話す花道は、見ようによっては昔の武勇伝をひけらかす不良だ。
だが、花道の人となりを充分知っているリョータは、彼の広い背中を優しく撫でた。
「そーかぁ……。んで、そんなお前が、何で泳ぎを教えてほしくなるんだよ」
逞しい肩に手をかけて、至近距離で顔を覗き込む。
すると、花道の顔がみるみる赤く染まっていった。

「ハルコさんが……
「ぁん?」

突然、花道の口から漏れ出た、彼の思い人の名前。
それに、思わず剣呑な声を上げたが、気づかないように花道が言葉を続ける。


「一昨日、ハルコさんから誘われたんだ。今度、近くに新しいプールが出来るでしょ、って。そこに、今度みんなで行ってみないか、って。ハルコさんが、誘ってくれて」
「新しいプール……、あー、スパリゾートみてーなところだろ。江の島近くの。温泉とか、レジャープールが幾つもあるって噂の」
「多分ソコだ。んで、来週の日曜、丁度部活も休みじゃねーか。だから、夏だし折角だから、友達みんな誘って行きましょうって、言ってくれた」
………ふーーーーーん」

成程、とリョータは思った。
カナヅチの花道をここまで駆り立てる原動力は何なのか、と思ったら、合点が行った。
要は、片思いの女子から、グループデートのようなものに誘われて。
その際に、自分が泳げない、みっともない姿を晒したくなくて。

こうして、こっそり泳ぎの教えを乞うことを考えたのだろう。


(何だよソレ。結局オレは花道の恋の片棒担がされてんのかよ!? クソッ)

思わず心の中で悪態を吐いた。
花道が自分を頼ってくれたのは、喜ばしい。
元々自分に素直に教えを乞うていた、可愛い後輩だ。
沖縄育ちで海での泳ぎも得意な自分に頼んでくれたのは、リョータ自身地味に嬉しかった。

とは言えやはり。

(何だろう、面白くねーーーーー。何でなんだ、この気持ち)

モヤモヤとしたものを抱えたまま、リョータが黙りこくっていると、花道はすっくとプールサイドで立ち上がった。
「ぃよっし! 休憩終わり!! リョーちん、この天才の上達ぶりを見ていろよ!」
「せめて息継ぎ出来るようになってから大口叩けよ!!」

こうして花道の泳ぎの練習が再開されて、二人の男子高校生のギャアギャアと騒ぐ声が、施設内によく響いていた。


*******

そして今、昼の十二時過ぎである。
彼らの本分であるバスケ部の練習開始時間も近いので、今日のプールでの練習は切り上げて、二人は市民プールと湘北高校の間にある、町中華の店内に居た。
安いラーメンを二人分注文し、床がべたべたとする中華屋のテーブルに向かい合って座る。
店内の端に備え付けられたテレビからは、日曜正午のバラエティ番組が流れていた。
「はーーー……
結局、あれから花道は、息継ぎなしなら15メートルは粗削りながらも泳げるようになった。
そして、粗方花道の水泳が形になったのを見計らい、リョータ自身もプールで泳いだ。
最終的には、二人揃ってプールで散々泳ぎまくり、だいぶ体力が削られることになってしまった。

リョータは、注文したラーメンが来るのを待つ間、無為にコップに注がれた水を飲んでいた。
身体じゅうが怠い。
水泳という全身運動をしたのもさることながら、水泳の後に服を着た後の、何とも言えない感覚。
風呂上がりのそれとも違う感覚を得て、リョータは脱力しきっていた。

すると、向かいに座っていた花道が話しかけてきた。

「リョーちん、やっぱり泳ぎ上手かったな。オレの目は確かだった」
「あーー、そうかよ。どうも」
「リョーちん、前、海で散々泳いだことある、つってたもんなぁ」
「あーーーーー……、そうだっけ?」
いつ、どのタイミングで口走ったかは覚えていない。
もしかして、花道と出会って間もない頃か──と意識を飛ばしかけた瞬間、花道が言葉を続けた。

「オレがこうしてイロイロ教えてくれ、っつーのも、二人だけで遊びてーって思うのも、リョーちんだけだからな」

………ハ????」


耳に飛び込んで来た花道の言葉。
それを咀嚼し終えるよりも前に、町中華の店主が「おまちどう」と言って、二人分のラーメンをテーブルに運んで来た。
「よっしゃ、食おうぜリョーちん。腹減った」
……おう……


やがてズルズルとラーメンを啜り出した花道を前に固まったリョータが目の前の丼に口をつけたのは、花道がラーメンを半分以上食べてからだったという。


《終》


*******

(おまけ)

それから一週間後の日曜日

「チクショー!! 何でだよ!!!」
「仕方ねーだろ、台風が接近したんだから。約束してたの、屋外のプールだろ? そりゃ閉まるっつーの」
「せっかくハルコさんがプールに誘ってくれたのに……、全部おじゃんだ……
「まぁ、少しでも泳げるようになったのは収穫だろ」
「ううう……。リョーちん!! こうなったら、夏の大会終わったら、二人でプールでも海でも行くぞ!!!」
「お、良いじゃん、行こうぜ」