きなこ
2025-07-05 22:58:40
4761文字
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【ワグボク】ワグナス殿が塩対応な件について〜ケース2〜

ワグボク。
実はできてるワグナスとボクオーンの、七英雄の記憶5のあたりの話。
ケース1とは別時空の二人のお話。(続きものじゃないよ)
ノエル視点。

きなこは考えた。
ワグナス殿、なんかボクオーンちゃんに冷たくない?と。(以下略。詳細はケース1参照)
大体がきなこの妄想。

「彼はボクオーン。策略家で、作戦についての意見をもらっている」
 ワグナスに紹介された男は、ノエル達のような屈強な戦士と比べると、華奢で小柄だった。
「よろしくお願いいたします、ノエル殿」
 丁寧な口調で挨拶をされ、握手を交わす。その手のひらも随分と薄い。
 彼は綺麗な顔をしていた。肩まで伸びた赤い前髪が左目を隠し、どこか妖艶な雰囲気をまとっている。しかし、まるで値踏みをするようにノエルに向けられる視線は不躾で、あまり良い印象は抱けなかった。
 ただ、ワグナスが頼りにするだけのことはあった。
 ワグナスとノエルが立てた作戦に対し、ボクオーンは次々と穴を見つけて、改善案を提案してきた。その姿は見事だった。
 作戦の見直しが終わると、礼と親睦を兼ねて食事をともにした。
 その頃には、ボクオーンが第一印象ほど悪い人間ではないことが分かってきた。
 ワグナスとボクオーンは気が合うようで、政治の話や最近の流行、ワインの評価などで盛り上がっている。――貴族としての嗜みなのだろうか。ノエルにはついていけない内容だった。
 ノエルは食事の場を先に辞し、近くにとってある宿へと戻った。
 ワグナスはもう少し酒を飲んでいくそうだ。彼と同じ部屋だったため、ノエルは鍵を開けたまま、先に就寝することにした。


 朝日のまぶしさが、瞼の向こう側に広がる。
 薄いカーテンを通して差し込んだ光が、鋭くノエルの顔を照らしていた。
 じっとりと滲む汗を腕で拭い、前髪に張り付く髪を鬱陶しげに掻き上げながら体を起こす。
「ワグナス、窓を開けてもいいか?」
 声をかけながら横を見やって、ノエルは動きを止めた。
 隣のベッドはもぬけの殻であった。それどころか、綺麗に整えられたままで使われた形跡すらない。
 ――まさか、酔い潰れて道端で倒れているのではないだろうな。
 不安を覚え、ノエルは貴重品と愛用の剣を手にして部屋を出た。
 ボクオーンが在室しているかを確かめるために、隣室の扉の前に立つ。鍵はかかっているようだった。
「ボクオーン、俺だ。ノエルだ。朝早くにすまない」
 他の宿泊客の迷惑にならない程度の音量で呼びかけながら、扉を叩いた。
 しばらくして扉が開く。
 気だるそうな様子のボクオーンがノエルを仰いだ。昨日は神経質そうで鋭かった瞳が、どこかぼんやりとしている。――朝は弱いのだろうか。
「どうされました?」
 問いかけてきた声は掠れていた。
「ああ、すまない。ワグナスを知らないか? 部屋に戻っていないようなので……
 ボクオーンは「ああ」と小さく漏らして、部屋の奥を振り返った。
 身長が頭ひとつ分違うため、ノエルの視界を遮るものは何もない。そのため部屋の中の様子がよく見えた。
 ボクオーン用に借りている部屋は、ノエルの部屋と造りが一緒だった。ただ、開きっぱなしのカーテンから、朝日が燦々と降り注いでいることが唯一の違いだ。
「ワグナス殿ならこちらで休んでいますよ。……ワグナス殿、ノエル殿が迎えにきました」
 呼びかけながらボクオーンは奥へと戻っていく。
 ワグナスが無事だったことに安堵して、ノエルはそっと胸を撫で下ろした。
 ぎしりとベッドが軋み、ワグナスが体を起こす。
 その姿を見て、ノエルは思わず目を見開いた。ワグナスは服を身に纏っておらず、その細身ながらも鍛えられた身体が露になっていたからだ。
 ドクンと鼓動が跳ねる。
 秘め事を覗き見してしまったような後ろめたに駆られ、ノエルは慌てて視線を逸らした。
 ――いやしかし、着替えがなかっただけかもしれない。
 昨日着ていた服を汚してしまったが、部屋の鍵が閉まっていると思って、着替えを取りに来られなかったのだろう。きっとそうだ。そうであってくれ。
 ワグナスは昨晩の酒が残っているのか、こめかみに手を当てて、何度か頭を振っていた。その動きはどこか緩慢だ。
「水を飲みますか?」
……ああ、もらおう」
 気安いやり取りは、慣れた雰囲気がある。
 喉を潤したワグナスは、その灰色の瞳をノエルに向けた。寝不足なようで、半分しか開いていない。
「すまない。今着替えるから待っていてくれ」
 そう言って立ち上がるワグナスを見て、ノエルは心底後悔をした。
 なぜ彼の無事を確認してすぐに立ち去らなかったのだ。自分に怒りを向ける。
 だって、ワグナスは生まれたままの姿を晒していたのだから――
 男同士とはいえ、少しは恥じらってくれと言いたい。隠してくれ、色んな意味で。
 背中に冷たい汗が伝っていく。
 ボクオーンがさりげなく移動したので、ノエルの視界から裸体は隠された。
 全裸であることに驚いた様子はないので、一夜の過ちというわけでもないのだろう。ワグナスの着替えの世話をするボクオーンも手慣れたものだ。
 視線を逸らせたまま、ノエルは気まずさを悟らせぬよう、表情を無にした。
 やがて着替えを終えたワグナスとともに、ノエルは部屋へと戻った。
 ワグナスは何も言わなかった。だからノエルも何も問いはしなかった。
 ――今朝見たことは全て忘れよう。
 ノエルは、固く心に決めた。

 しかし、そのノエルの決意を嘲笑うように、二月も経たないうちにそれは起こった。

 ターム討伐の作戦を重ね、ついにクイーンを討つ段となったある日。
 酒場で会議をしていた最中、彼は突然現れた。
「無理でしょうね」
 ワグナスの策を一蹴するような一言と共に、ボクオーンが。
 ノエルは息を呑む。一体いつからそこにいたというのか。
 初対面であるスービエとダンターグは、突然話に割り込んできた男に、警戒心を剥き出しにしている。
 整った顔立ち、きっちり整えられた爪。黒を基調としながらも装飾過多な服装、そして妖艶なメイクと表情。明らかに自分たちとは住む世界が違うように見える。
 極め付けはあの不敵な含み笑いだ。胡散臭いこと、この上ない。
 彼が悪い人物ではないと知っているノエルでも、この現れ方はどうだろうかと思った。
 ボクオーンの進路をダンターグが槍で遮るのを見て、慌ててノエルは「槍を収めろ」と言って止めた。
「彼はボクオーン、私の知人だ」
 さらにワグナスが紹介したことで、二人は矛を収めてくれたようだ。
 ああ、そうだろうとも。広義で言えば知人で合っている。「彼は私の恋人です」と言える空気でもない。――恋人なのかどうかは知らないが。
 ボクオーンもそこで空気を読んで、しおらしくしてくれれば良いものの、ワグナスにじっとりとした視線を投げて、咎めるように言った。
「タームの巣穴への奇襲作戦。なぜ私に声を掛けないのですか?」
 ――どうするんだ、ワグナスよ。彼は怒っているようだぞ。
 横目でワグナスの様子を伺うと、目が合った。
 ――なぜこちらを見ているんだ、ワグナスっ!
 頬が引き攣るのを感じた。腕を組む手が汗ばんでくる。
 そんなすがるような顔をされても困る。自分でなんとかしろ。痴話喧嘩に巻き込むな。
 しかしワグナスは、眉間に皺を刻んだまま沈黙を貫いている。
 ワグナスはちらちらとボクオーンの様子を伺っているが、視線が重なると分かりやすくそらしてしまう。
 ――バレバレじゃないかっ。スービエもダンターグも気付いてしまうぞ。
 冷静になれば勘づかれたところでノエルは痛くも痒くもない。だが、どうにかしなければならないと、使命感に駆られてしまった。
「君はこういうことには興味がないだろうから……
 ノエルが取りなすように言うと、ワグナスが頷く。
 ――頷いている場合ではないだろう。自分でどうにかしてくれと、切実に思う。
 ボクオーンはムッとしたように眉を寄せた。
 だが、ワグナスに何を言っても無駄と察したのか、ノエルへと向き直り、作戦会議に自分が呼ばれなかった不満を口にし始めた。
 ノエルは必死に弁明する。
 問われるので答えはするが、自分を経由しないで直接ワグナスとやり取りをしてほしい。声を掛けなかったのはワグナスの方だ。ノエルは全く関与していない。
 しかし当のワグナスはまるで風のない水面のような、凪いだ表情をしている。
 少しは慌ててくれないか。ノエルが説得を諦めたら、二人の関係はそこで終わるかもしれないのだぞ、と言いたい。
 ボクオーンは納得してくれたのかどうかは定かではないが、ワグナスの策についての批評を始めた。
 話がそれたことに胸を撫で下ろしながら、ノエルは受け答えをする。
 すると、スービエが動いた。胸ぐらを掴まんばかりの勢いでボクオーンに詰め寄る。
「口を慎め。ワグナスへの侮辱は許さない」
 ああ、そうだろうとも。ただの知人が突然作戦会議に押しかけてきて、口を出せばそうなる。ワグナスの説明不足だ。全部彼が悪い。
 それにはワグナスも少し慌てた様子で、スービエを制止する。
 ワグナスがボクオーンの話を聞く姿勢になったことで、スービエは渋々と引き下がった。顔には不満がありありと浮かんでいる。
 ボクオーンとワグナスのやり取りを聞きながら、ノエルは気が気ではなかった。
 だが議論が進むにつれ、ボクオーンの知略は皆に認められていった。
 ノエルは胸を撫で下ろした。
 これで彼への不信感も多少はマシになるだろう。
 ただし、明らかに挙動がおかしいワグナスに対しては――
 ワグナスは目に見えて分かるほどに、ボクオーンに壁を作っていた。ボクオーンと対話こそしているが、始終しかめっ面で、どこかぎこちない。
 自分たちの関係を隠しておきたいのだろう。しかしその思惑はどうみても失敗をしている。
 ――お前は隠し事が下手くそすぎないか、ワグナスよ。それで色々と大丈夫なのか。
 そこまで露骨であれば、ボクオーンもワグナスの思惑に気付いたようだ。時折堪えきない笑みが口元に浮かぶが、適度な距離を保って、そつなく対応している。
 だがやはり、問題は何も知らないスービエとダンターグであって――
 二人はワグナスとボクオーンの関係に疑いの目を向けていた。しかしワグナスは色々とダメであるし、ボクオーンはかわすのがうまい。
 その結果、事情を知ってそうなノエルへ説明を求める視線が向けられた。
 ノエルは必死で気付かないふりをした。
 ――頼む勘弁してくれ。俺だって何も知らないのだ。
 心の中で、そう叫んだ。
 
 ノエルの祈りを受けながら進んだ作戦会議は、無事に終わりを迎えた。
 作戦はまとまり、ボクオーンも役割を与えられて参戦することになった。
 皆で盃を交わし、一杯を飲んだ後は解散となった。
 酒場には酔っ払い達の陽気な笑い声が響いている。まだまだ宵の口だ。宴の本番はこれからだろう。
 作戦を立てることに夢中でろくに食事もしていなかったので、何か食べようと考えた。隣ではスービエとダンターグも注文の相談をしている。
 そんな中、ワグナスがすっと席を立った。
 そして意味ありげな視線をボクオーンに向ける。
 ボクオーンは大きく瞬きをしたが、すぐにワグナスの意図を理解したようだ。その目が細まり、機嫌よく口元を緩めた。
「私は先に休むことにする。皆はゆっくりしていってくれ」
 白い長衣を翻して去っていくワグナス。
「それでは、私も失礼します」
 丁寧に頭を下げて、ボクオーンはワグナスのあとを追っていった。
 ――お前達、露骨すぎるだろう!
 ノエルは頭を抱えた。比喩ではない、文字通りの意味でだ。
 そんなノエルに、訝しげな二対の瞳が向けられる。
 
 そうしてノエルの苦悩は、まだまだ続いていくのだった。