久々知先輩は目が悪いらしい。らしい、というのは、先輩の車の助手席に座るようになるまで全く知らなかったからだ。本人に言ったら「日常生活に困らないくらいには見えるよ」と言っていた。
そんなわけで、先輩は運転席に座る時に眼鏡を掛ける。これがまた、びっくりする程似合わない。「こだわりがないからいちばん安いのにした」という眼鏡は絵本に出てくるおばあちゃんみたいな形のフレームで、初めて見た時には「今時こんなダサい眼鏡が存在するんだ」と感心したくらいだ。顔もスタイルもいいから大抵のものは似合う先輩がこんなに似合わないのだから、この眼鏡が似合う人はきっと希少価値が高い。似合うのはそれこそおばあちゃんくらいだろう。
「ちょっと見過ぎじゃない? 流石に照れるんだけど」
運転している先輩の見慣れない横顔をじーっと眺めていると、赤信号でブレーキを踏んだ先輩が苦言を呈した。照れる、なんて言うくせに表情は全く変わらない。
「いやぁ、だって、いつ見ても似合わないなぁと思って」
「そう思うなら見ないでよ。恥ずかしいな」
先輩は真正面をじっと睨みつけている。まだ目の前の横断歩道を大勢が渡っているところだから、そんなに睨みつけなくても信号が変わるのは先だ。ほんとに照れてるんだな、と思うと可愛くて仕方がない。
「それは無理でしょう。僕、先輩のこと好きなので」
本音半分、揶揄い半分。僕だってこんなこと言うのはちょっと恥ずかしかったけど、これは事実だ。あとここで適当なことを言って、今後見られなくなってしまっては堪ったものではない。いつもこれを楽しみに助手席に座っているのだ。
どんな反応をするだろうとにこにこ待っていたのに、先輩は真正面を睨みつけたままぴくりとも動かない。
「えっと、なにか言ってください。僕も恥ずかしいんですけど」
「……」
「信号変わりましたよ」
「運転中に動揺するようなこと言わないで。事故ったらどうするの」
先輩は相変わらず真顔で前を見据えたまま、ゆっくりと車が発進する。付き合い立てじゃあるまいし、これくらいでそんなに動揺するなんて先輩はやっぱり可愛いなと思いながら、僕も小さく「はい」と答えることしかできなかった。
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