ねーちゃんが、家の中でほぼ下着同然な姿を見たことはある。女子生徒がリーグ部のタンクトップを着ている姿を見たことだって、一度や二度じゃない。
なのに、どうして。
アオイ、だけ。
むき出しの肩。やわっこそうな腕。なぞれそうな鎖骨のライン。見てられなくて視線をぐんと下に落とせば、健康的という言葉がとてもよく似合う太ももとふくらはぎ。
目のやり場に困った末に、まぶたをぎゅっとくっつけた。けど視覚が遮られたことによって、アオイの気配や息づかいに感覚が敏感になったようで、頭がわやになる。おまけにコーストエリアによく吹く風が、いい香りも運んでくるから余計にくらくらしてくる始末だ。
どうして。
どうしてアオイにだけ、こんなことになるんだろう。
「スグリ、顔赤くない? 大丈夫? 熱かな。それとも熱中症?」
「だっ、だだ、だいじょうぶ! だいじょうぶだから!」
上下のまぶたをくっつけたまま、一歩アオイから距離をとる。だけどすぐに、その距離を埋められてしまったのが気配でわかった。
とにもかくにも離れてほしい、その一心だけで深く考えず前に突き出した手は。
ふにゅりとやわらかくて、ちょっとあったかいなにかに、ふれた。
「っ!?」
「……?」
アオイが固まったような気配がして、恐る恐るまぶたを開く。そこに広がる光景は、ひどく信じがたいものだった。
こぼれちまうんじゃないかってほど、大きくまあるく見開かれた瞳。食べごろのりんごみてえに真っ赤になってるほっぺた。なんなら、耳とかおでこまでおんなじ色で。めんこいなって思ったのはほんの一瞬。
アオイの胸元を鷲掴みにしている、まごうことなき俺の両手を、視界にとらえてしまった。
……えっ、え?
お、俺の、手が。
アオイの、おっ……む、むね、に……!?!?
動揺した拍子か、手に力が入ってしまった。ふにゅっとした感触の中に、ほんのわずか、硬いなにか、が。え、こ、これって……!!
「ひゃぅっ!?」
「!?!? ごっ、ごごごごごごごごごめん!!!! ごめんなさい!!!!」
わ、わやじゃ!! 嫁入り前の女の子の、ア、アオイの胸さ触っちまった! え、ど、どうしよう!? せ、責任とって嫁さもらうしかねえかな!? アオイならやぶさかじゃねえけども! いや何考えてんだ俺!? 俺とアオイはただの友達で! そんなんじゃなくて!!
そんな俺をよそに。アオイはさっきよりももっと真っ赤っ赤になってて、両手で胸を隠してた。……わ、わやめんこい……ってそうじゃなくて!!
「っわ」
「!」
「わ、わたしき、着替えてくるね!?」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
そんな格好でうろつかれたくなくて、他の人の目に触れさせたくなくて思わず伸ばした手は、アオイの二の腕を掴んだ。その感触は、さっきのとすごく、すごくよく、似ていて。
「すっ、ぐり……?」
「あ、や、あ、あの! こ、これ! せ、せめてこれ、着て!」
「はっ、はい!」
俺の上着をさっとはおって、あっという間に小さくなった背中。アオイは自分のポケモンっこたちを置いていってしまったから、必ず戻ってくるのだろう。
……俺、どんな顔して待ってればいいんだろ。
頭を抱えたくても顔を覆いたくても、手に残った感触がどうしてもそれを邪魔してくる。
とりあえず。部の服は外では着ないでと、頼んでみることにしようか。
アオイを好きだと自覚するのは、その少し後のこと。
「……」
「……」
「……はあ」
「あの? スグリ? お、怒ってる?」
「いんや? 怒ってるっていうか、あきれてる」
「え、なんで……?」
外では着ないでと頼んだタンクトップ。アオイはそれを聞き入れてくれたのか、以来着ているところを見ることはなかったのだけれど。
……まさか、部屋着にしてるとは思わなかった。いや、それ自体は構わないんだけれども。
なんっでこんな時間にそのかっこで俺の部屋さ来るかなあ!? いや上着は着てきたみたいだけど! 目の前に立つ男が、一体どんな想いさきみに抱えてるのかわかんねっかなあ!?
そう怒鳴りたくなるのをぐっとおさえ、アオイの肩をそっとつかんでくるりと半回転させる。
「す、スグリ……?」
「ごめん。帰って。話なら明日でも大丈夫だべ?」
「え。でも」
「ごめん」
正直、理性を保っているだけでいっぱいいっぱいなんだ。アオイから――多分シャンプーかなにかだろう――いい香りがしてきて、くらくらする。遊びに来てくれたのは単純にうれしいし一緒にいたいけど。これ以上一緒にいたら、とんでもないなにかをしでかしそうで、怖い。
「……あと、できるならそれ、もう着ないでほしい」
「それ?」
「タンクトップ。……わがままなのは、わかってる。けど、アオイは女の子なんだし、その、えっと。あ、あんまり肌出したり、冷えそうなかっこするの、よく、ないと思う、から」
「……」
「……アオイ?」
露出が多いから気づけた。ほっぺも耳も首も肩も、なんかちょっぴり、赤く、なってる……?
「……う、ん。わかった。もう着ない」
「えっ。あ、う、うん」
それ以来、着てるのを見ることはすっかりなくなった。俺の部屋に遊びに来るときだって、薄着や露出多めの服ではなくなっていた。……なくなっていたから、油断した。
アオイに借りていたノートを返すため、部屋の扉をノックする。本当なら昨日のうちに返せればよかったんだけど、教室も部室も寮の部屋にもいなかったので、翌朝になってしまったのだ。扉の向こうから、「はあい」と気の抜けた返事が聞こえる。今さらだけど、このときに気づければよかった。
出てきたアオイは、タンクトップにショートパンツだった。そのあまりにも無防備すぎる姿に固まってしまい、ついにはうっすらとある谷間に思わず目が吸い寄せられる。おまけにその胸のあたりには、不自然なとと、と、突起、が。
「……すぐり? どーしたの?」
「えっ!? あ……そ、その。のっ、のの、ノート! ノート返しに来ただけ! あっ、ありがとな!」
「あー、うん。どういたしまし……っ!?」
その扉、そんな大きな音立てられるんだなと、どうでもいいことを考える。そんなことを考えてもなお、さっきのアオイが目に焼きついて離れない。
三つ編みのクセがついたふわふわの髪。今起きたばかりです、がはりついたぽやぽやした顔。丸っこくてすべすべしてそうな肩と腕。すらりとしてるのにやわらかそうな脚。……それと。前に事故で触れてしまったそこの感触を、じわじわと思い出してきてしまう。
あううう……やばい。頭ん中、ほのおタイプのポケモンがいるみてえにあつい。それになんか、くらくらしてきてる。
「ご、ごめんね! 昨日遅くまで起きてたからゆ、油断? してて。大変お見苦しいものを……ってスグリ!? スグリーー!?!?」
その後着替えたアオイが見たのは。
鼻血をだらりと垂らしながら倒れている俺だったそうな。
口に出しては言えないけれど。
アオイに頼みたいことがあるんだ。
もうタンクトップ着ないでなんて言わないからさ。
薄着するときも。部屋にいるときも。というか極力いつも。
ぶっ……し、下着! 下着さつけてくんねえかな!?
なおこの願い事は、現在進行中で続けている。
そう。両思いになりお付き合いをし。お互い大人になった今でも、である。
「……アオイ。俺に襲われたいの?」
「…………そうだって言ったら、どうする?」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.