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悠環 彰
2025-07-04 19:06:44
4618文字
Public
MCU:バキサム(同居アース)
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七月四日
記念日のバキサム。
※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作
二階への階段を上がってすぐ右手にある、人ひとり分に少し余るぐらいのサイズのドア。それを開けると隣家との間に埋もれるようにして、屋上へと繋がる飾り気のない鉄骨だけの無骨な階段がある。
先程ブルックリンの事務所から帰ってきたバッキーは、窮屈なスーツからシャツとジーパンというスタイルに着替えると掃除用具を片手に階段を上がって屋上へと出た。二日前の雨の名残は、昨日の晴天のおかげでだいぶなりを潜めている。以前苦労して屋上まで運んだ折りたたみ式のテーブルセットを拭って少しずつキレイにしていくバッキーの頬を、心地よい初夏の風が撫でていった。
サムと二人暮しをしているDCのこの家は、二階建ての居住空間の他に、地下のガレージと屋上があった。屋上は比較的眺めもよく出てみると気持ちがよかったが、初めは何もなく活用もされていなかった。そこへ、このテーブルセットを持ち込んだのはサムだ。それ以来、ごくたまに屋上で晩酌をしているのを知っている。忙しいのと、階段があまり広くなく危なっかしいので本当にたまにだが。
テーブルと椅子を満足行く程度に拭き終えると、僅かに滲んだ額の汗をシャツの裾で拭う。コンクリートの地面に落ちた葉っぱなどのゴミもざっと掻き集めてゴミ袋に入れ、そこで一度バッキーは階段を降りて室内へ戻った。地下まで降りて今日は置いてけぼりのサムの車を回り込みゴミ袋を脇に置くと、隅に寄せられたバーベキューコンロに炭の箱を重ねて持ち上げる。そこからまた一階へ。ダイニングテーブルに置いてあった紙袋をピックアップして、更に二階、そして屋上へ。全く、いい運動になる。
空は雲がほとんどない快晴で、日差しは強かったが風がそこそこあって快適だ。晴れてよかった。改めてそう思いながらコンロを置くと、炭をセットして火をつける。炭の積み方などは姉弟に懇切丁寧に叩き込まれたので慣れたものだ。椅子に座ってのんびりと火の世話をしていると、近くの公園から子どもたちがきゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえてきて思わず口元も緩む。やがて全体に火が回り炭が明々と光を灯していく。手を翳して網が熱を持っていることを確認し、先程持ってきた紙袋を開けた。
中身は来る前にブルックリンで買ってきたホットドッグだ。ソーセージを挟んだバンズごと網の上に乗せる。しばらく火にかけて温め直し、左手で取り上げてかぶりついた。忌々しいメタルアームだが、力仕事の時と、こういう横着をする時には役に立つ。一口、二口と噛り、口いっぱいのバンズとソーセージをもぐもぐと咀嚼する。
「お
……
そろそろか」
ふと、空気の震える音が微かに聞こえてきて顔を上げる。口の端から零れかけたソースを親指で拭って行儀悪く口に入れていると、青い空の向こうにキラリと何かが光った。
キャプテン・アメリカだ。
大きな羽根を広げ、まるで鳥のように優雅にDCの空を飛んでいくその姿を見上げ、眩しげに目を細める。先程まで公園ではしゃいでいた子どもたちの歓声が聞こえてきた。彼に少し遅れて、メリーランドから飛んできたのか空軍の飛行隊が空を駆ける。街の中でのパレードももう始まった頃だろうか。モバイルで写真を撮って、サラに弟の勇姿を送っておいた。
七月四日、独立記念日。アメリカ中が賑わうこの日には、各地でパレードが行われる。キャプテン・アメリカことサムは、DCでのパレードの目玉として空軍の飛行隊を引き連れていた。
「本当は辞退したかったんだけどな」
パレードに出ることになった、と先日バッキーに告げたサムは、続けて苦笑いをしながらそう言った。
「ホアキンがやたら熱心でさ。ベースも借りてるし、どうしてもって押し切られて」
「いいんじゃないか。軍の先頭とは言え、パレード自体は国のお祭りなんだから」
サムが軍や国などの「力」との距離感について神経を細やかに使っているのは分かっている。だが、彼がその日に姿を見せることは一つの明るい話題にもなるだろうとバッキーは思う。
「当日を楽しみにしてる」
「他人事だと思って」
じろりとこちらを睨みながらも、パレードなんて何年ぶりかなとどこか懐かしそうに零していた姿を思い出す。
サムの姿が遠くなりやがてバッキーの視界に映らなくなると、一度コンロの火を消して空になった紙袋を片手に屋上から降りた。腹ごしらえも済んだし、冷蔵庫の中身をチェックして、足りないものがあればガレージの車を借りてスーパーへ。
「案外忙しいな」
言葉とは裏腹に、楽しそうに笑いながらバッキーはぽんと紙袋を潰してゴミ箱に捨てた。
「よぉ、既に始めてるのか」
日が暮れて、再びコンロに火を入れつつ風に乗って流れてくる野外コンサートの音を肴にビール瓶を傾けていると、突然に空から声がかかった。
「サム」
「ただいま。花火には間に合ったな」
とん、と爪先から屋上に降りてウィングを畳む。
「その格好で帰ってきたのか? 目立つだろキャプテン」
「もうだいぶ暗いし、高いとこ飛んでたら気づかねぇよ。何より、みんなバーベキューや野球に夢中」
軽く笑って、着替えてくると階段を降りていく。その背中を見送って、バッキーは瓶の残りを飲み干すとテーブルの脇に置いてあったコンテナからパッキングされたサイドメニューを取り出した。次にじっくりと火を通しているスペアリブの隣にソーセージとバンズを並べる。ベイクドポテトもそろそろ火が通っただろうか。様子を注視しながら、ビール瓶をもう一本開けた。
「昨日仕込んどいたスペアリブ見つけた?」
カンカンと音を弾ませながらサムが戻ってきた。やはりシャツにジーパンとリラックスムードの服装で、ワインボトルとグラスを二脚を持って両手がいっぱいだ。
「今焼いてる。味は?」
「それはハニーマスタード。あとバーベキューソースと、地元のちょっと辛いやつ」
「美味そうだ。後で追加で焼こう」
バンズに挟んで食べても美味しいかもしれない。想像しただけで腹が鳴りそうだ。サムはボトルとグラスをテーブルに置くと、皿を二つ並べてビーンズとマカロニを盛り付けた。ホイルを開けてポテトの様子を確認し、声をかけて差し出された皿にポテトとスペアリブを乗せていく。
空いたところには、別のパックから新しいスペアリブを火にかけた。
「なぁ、そろそろ花火の時間じゃないか」
「急ごう。後はホットドッグだけ」
少し焦げてしまったバンズにソーセージを乗せ、オニオンたっぷりのミートソースをかける。
「今日はビールの気分か、バック?」
ホットドッグの皿と一緒に瓶を置いたのを目にして問われる。
「これ終わったらワインももらう。それ、とっておきだろ」
「そう。お前も結構ワインに詳しくなってきたな」
どこか嬉しそうに言うサムに、散々付き合わされていたらなと肩を竦める。遠出の土産についついワインを選ぶことが増えて詳しくなった、というのはなんとなく内緒にしておこう。
どん、と空に光の華が咲いた。遮るものもなく他人の邪魔も入らない特等席だ。お互いが席につき、食事に手を付け始める。二人暮しだしお互いホームパーティなんてする柄ではないので滅多にないが、たまにこうしてバーベキューをするのは楽しい。
「そう言えば見たぞ、飛行隊のパレード。様になってた」
「ん
……
俺も、お前がぽかんと口開けてこっち見上げてるの見えてた」
「
……
嘘だろ」
「嘘」
「嘘かよ」
「いやホントかも。どっちだと思う」
からかう声は楽しげだ。ワインはまだ一口二口しか飲んでいないのに。
「お前、既に飲んできてた?」
「飲んでたわけないだろ、ウィングで帰ってきたのに」
お互いそこそこの歳にはなったが、今日はバーベキューの準備やパレードで動き回ったからかホットドッグもスペアリブもどんどんと消えていく。
「珍しいよな、お前がウィングで家まで帰ってくるの」
ふと思い出すように改めて疑問を呈すると、サムは困ったように苦笑を浮かべた。
「パレードが終わった後、ホアキン筆頭に空軍部隊に囲まれて離してもらえなくて」
「おお、大人気だなキャプテン」
「からかうなよ。そのままバーベキューに連行されそうになったから、振り切って逃げてきたんだ」
明日はホアキンに恨み言を言われるかもしれない。まぁ、そんな中でもウィングを使ってまでバッキーとの夕食を優先してくれたのは喜ばしいことだ。
「これは有名なコニードッグ?」
「“風”だけどな。昔、スティーブ連れて食べに行った中で一番気に入りのやつに、似てる味」
ふぅん、と言いながらかぶりつき、口の端からあふれるミートソースを親指で押し込もうとしている。その様子を見ながら、バッキーも笑いつつホットドッグにかぶりつく。
「アイツ、なかなか一口でかぶりつけなくてさ。反対側からミートソース盛大に零して大変なことになってた」
「ふっ
……
やめろ、吹くだろ危ない」
想像してしまったのか、サムは笑いが止まらなくなったみたいで噎せている。あのビッグサイズになったスティーブなら、大口を開けて零すことなくかぶりつけるんだろうか。いや、零すかも。見てみたかったな、と少し思う。
「なぁ、もっと聞かせろよ、スティーブの話」
「じゃあ、交換条件にお前もスティーブの話しろよ」
そう言って、お互いにここにはいない共通の友人の話で盛り上がる。途中焼き上がったスペアリブの第二陣をバンズに挟んでかぶりついたり、ワイングラスを打ち合わせてとっておきの味を堪能したり。花火はいつの間にか終わり、野外コンサートの音も気づけば聞こえなくなった。
「前に、スティーブともこうして屋上で花火見ながらバーベキューした」
ぽつ、とサムが言った。
「サプライズでケーキ出してさ。なんだかすごい昔の話みたいだ」
お互いに黙り込んで、ワイングラスを傾けた。遠くに家族連れの楽しげな声が響く。
「サム」
「
……
ん?」
「デザートにアイスがある」
おもむろにそう言って、バッキーはコンテナからカップアイスを取り出してテーブルに並べた。空になったグラスを置いて、サムがテーブルに伏せるようにして興味深げに覗き込む。
「これも、スティーブとの思い出の味?」
ちら、と上目使いにこちらを伺う瞳。
「いや」
バッキーもグラスを空けてテーブルに置くと、そっとひそひそ話をするみたいに顔を寄せる。
「ウチの事務所のブルックリン育ちに、最新の人気店を教えてもらった」
「なんでだよ! そこは思い出の味だろ、スティーブはお前とアイス食べたって懐かしげに言ってたのに」
「ウチの広報筆頭お墨付きだぞ。その方が間違いないだろ」
笑いながら、どっちのアイスを取るかジャンケンをして、ちょっとした小突き合いをしつつアイスを口に運ぶ。段々と静かになる夜空を見上げながら、上機嫌に鼻歌を口ずさむサムの歌声が小さな屋上へと流れていく。知らない歌だ。後で教えてもらおう、とバッキーは思った。
「来年は、パレード辞退してデラクロワに帰るか」
ふと呟く声。
「いいな、そうしよう」
再びお互いのグラスに深い赤が注がれる。
「俺たちの共通の友人に」
「その誕生日である今日に」
カチン、と涼やかな音が響く。
そうしてゆったりと、七月四日の夜は過ぎていった。
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