九条空
2025-07-03 23:27:30
2227文字
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小話

前 10話

「なあ、くじらちゃん」
「ん?」

屯所で文書整理を手伝っていると、ジャンに声をかけられた。

なんかもうめんどくさいし、くじらでいいわ。
と言ったら、なんだかんだ、みんなそう呼ぶようになった。

私の背中にくじら座があるのは事実だしな。
私からは見えないけど。本当にくじら座なんだろうか。
てかくじら座って実在してんのか?

なぜ私が未だに屯所にいるかというと、「暗殺者ギルドに関する重要参考人」という形で身柄を拘束されているからだ。
拘束、というのは言葉だけで、縛られもせずなんか普通に……普通に過ごしている。
騎士団の人たちの考えることはよくわからない。

ジャンが口を開く。

「どうやって縄抜けしたのか、教えて欲しいんだけど」

おお、飽くなき探究心か。
縄で縛ることには自信があったと言っていたし、なんかのプライドがあるんだろうな。

いいだろう。
しかし、その対価として、縄縛りの技術、私にも教えてもらうぜ!

筆談でそう書いたら、ジャンは鼻をかいた。

「俺は一応騎士だからさ、捕縛術として縄縛り勉強するのはわかるじゃん?」

じゃん? じゃねえよ、ジャンだけにか?
そのセンス、ギルドマスターみたいで不愉快なんだけど。

「でも、くじらちゃんはもう暗殺者じゃないのに、なんで縄縛りなんて覚えたいの?」

え、そりゃ、純粋な興味?
あわよくば暗殺者ギルドマスターに出会った時、縛ってやろうとか、思ってないよ?
え、うん、全然?

「なーんか、不純な目的を感じるんだよなぁ」
「う……

ジャンはちょっと考えたようだけど、自分の縄縛り技術の向上のために、私の邪な考えは見逃すことにしたようだ。
非常にいい心がけだ。

んじゃあ、縛ってくれ。

「うん」

ぐるぐると手際よく、ジャンは縛っていく。
たまに、ここはこう、と解説をしてくれる。へえ、なるほどなるほど、ここがこうなってるから、抜けられないんだな。

「んで、どうやって抜けんの?」
「う!」

まかせとけ!
と私は関節を外して抜けようとした……のだが。

うまくいかない。

……あれ?
ちょっとまって、この縄縛り、私が暗殺者ギルドに連行された時のやつじゃない?
あんとき、私、外せる関節全部外しても抜け出せなかったんだよね。

んで、どうしたかって。
左手踏み潰して、無きものにしたんだよ。

……それやれってか?

クッ……しかし、安請け合いしてしまったのは私だ。

私は体を転がして、左手を踏みつけようと持ち上げた足を——

「ちょちょちょっと待って!?」

ジャンに止められた。

「う?」
「う、じゃねーよ! 今何しようとした!?」

何って、左手を粉砕しようとしただけだが。

「なんっで簡単に自傷しようとするかなあ!? やり方教えてくれるだけでいいんだってば!」

え、ええ? でも左手の一本や二本、なくても案外生活できたし……

「まだ左手治りかけでしょーが!」

額を叩かれた。
ええー!? やれって言ったの、そっちじゃねーか!

……左手潰さない代わりに縄緩めるから、擬似的にやってみて」
「あー」

最初っからそれでよかったやんけ!
思いつかなかった私も私か!

「ちょっと待って。ってことは、左手潰してもここをこう結んだら抜け出せないんじゃない?」
「うおー!」

ジャン、ぱねー! その発想はなかった!
でもでも、ここの関節をこう外せば、その結び目は緩められちゃうんだなぁ!

「そうきたかー!」

……やばい。楽しい。
一緒にパズルゲームをやってる気分。私の体がパズルみたいになっているんだがな。

屯所でジャンと縄で縛ったり縛られたりしていたら、バガンが帰ってきた。

即座にジャンの首を狙って剣をスイングしていたが、ジャンは見事なバク転で避けてた。

縛られてなかったら拍手してたのに。

……そういう……趣味とはな……!」
「違う違う違う」

これは私とジャンが、同じ縄縛りの技術を高めるために切磋琢磨していただけだぜ!
っと、縛られてるから筆談もできないんだった。

「うあっ」

慌てて抜け出そうとして、ちょっと失敗した。
べろん、と服がめくれ上がって、腹……はらどころじゃないな、胸くらいは見えてるわ、これ。

ってっへへー! 一応16歳くらいになるってのに、うら若き乙女が男にあられもないとこ見せちったー!

あられもないことになってるのは、関節だけどなー!
ちょっとさすがに元に戻すか。

「くじちゃんに……近づくん……じゃねえ……!」
「いやいやいや、バガン、とにかくくじらちゃんの服直してもらっていっスか。この状況をさらにキャッツにでも見られたら面倒に……
「たっだいまァ!」

タイミング神か?

意気揚々と屯所に帰ってきたキャッツが目にしたのは、剣を向け合うジャンとバガン、そして半裸で縛られてる私だ。

「その縄、ジャンのだな」

待って、キャッツさん、いつもの間延びした口調どこいったの。

「命はないと思えよ」

袖からなに取り出して、え? ナイフ?
投げナイフ、待って、その刃変に光ってるけどまさか毒塗ってあるんじゃ、キャッ、キャッツさーん!?

キャッツさんとバガンさんがジャンを殺す前に、私は自分の左腕をバキバキに折って縄から脱出して庇った。


左手、全快まで3日だったのに、3週間に伸びた……



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