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傘道
2025-07-03 22:10:29
4214文字
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ビリイト
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思い出のおまじない
#billighter1w
【お題投稿〈第8回〉】
お題①: キス
お題②: 背中は預けた
から書きました。
🔫が郊外に居た頃の話があり、呼び方など違います。
背中を預ける者は居ない。
全ての責任を背負ってリングに立つ。
贖罪のために一人で戦う。
それが自分の生き方だと思っていた。
鮮血が飛び散る。
赤。
暴力の証。
ドッグタグにこびりついた赤。
フラッシュバックする記憶たち。
「あぁ
…
あぁ
…
」
眩暈を起こし、呼吸が荒くなる。
苦しい。
息を吸うのも吐くのも辛い。
ひゅうひゅうと必死に酸素を取り込もうとする。
「ライト!」
敵を蹴散らしたチャンピオンであるビリーがライトの元に駆けつける。
「大丈夫か!?」
「うぅ
…
あぁ
…
」
視界が歪む。
酸素が取り込めず、身体が強張る。
呼吸ってどうやってするんだっけ?
それすらわからなくなった。
「ライト
…
!」
理由がわからないが、呼吸がうまくいかないのだろう。
どうすればいいか?
論理コアから正解を探し出そうと記憶を遡る。
ふと緊張したシーザーを思い出した。
記憶の中のシーザーは深呼吸をして緊張をほぐしていた。
深呼吸。
機械人の自分には縁のない言葉。
しかし人間が自分を落ち着かせるのに必要な儀式であるとビリーは認識していた。
「ライト、深呼吸してくれ。」
「あぁ
…
」
言葉が届かない。
空気に触れた振動が通じない。
ならば
…
「ライト、呼吸はこうやってやるんだ。」
ビリーはライトを抱きしめた。
そして共振を使い、ライトの身体に直接振動を送り込む。
振動は落ち着いた深呼吸のリズムだ。
「ん
…
あぁ
…
」
子守唄のような振動がライトの身体を包み込む。
迷子になった小さな自分を導く優しい手に引っ張られる気分だった。
「ゆっくりでいいんだ。」
息を吸って。
息を吐いて。
何度も何度も繰り返して酸素を肺に取り込んで。
そうやって人間は生きていく。
振動によってライトは呼吸を思い出していった。
乱れていた呼吸が落ち着く。
「ビリー
…
さん。」
「落ち着いたか?」
力なく頷いてライトはビリーの肩に顔を埋めた。
「迷惑かけて、すみません。」
「これっぽっちも迷惑とは思ってないぜ。大切な後輩が無事でよかった。」
「
……………
」
呼吸は落ち着いた。
しかしフラッシュバックした記憶たちが頭から離れない。
こびついたドス黒い赤が頭から離れない。
「大丈夫か?」
「大丈夫
…
」
「ライト。」
ビリーが少しだけ強い口調で名前を呼んだ。
「すみません、まだきついです
…
」
まだ足元がふらつく。
顔は幽霊のように青白い。
鼻を鳴らす音でライトが泣いていることを知った。
「とりあえず俺の拠点まで行くぞ。あ、そうだ。」
ビリーは街で見かけた泣いている子供を宥める母親を思い出した。
母親と離れるのが嫌で駄々をこねていた子供。
そんな子供の涙をどうやって止めていたっけ?
落ち込んでいる子供を慰めるために母親がとった行動。
「ライト、ちょっと顔を上げろ。」
ライトは恐る恐る顔を上げた。
翡翠色の瞳から涙が溢れている。
「ライトはいい子だ。だから元気になるおまじないをしてやる。」
ビリーはライトの深緑色の前髪を持ち上げた。
髪を持ち上げていない手をライトの腰に回して抱きしめる。
そして露わになった額にフェイスガードを押しつけた。
「ビリー、さん?」
「おまじない。人間って元気になるおまじないで額にキスをするんだろ?」
ポカンと翡翠色の瞳がビリーを見つめる。
そしてポロポロと涙が溢れてきた。
「あれ?なんで泣くんだ?前見た子供はこれで泣き止んだのに
…
って、俺もしかしてライトのこと子供扱いしちまったか!?」
後輩は青年と言っていい歳だ。
子供扱いされるのは嫌だろう。
「違うんです
…
なんで俺泣いてるんだ
…
」
熱い液体が頬を伝う。
自分のことを気遣ってくれる先輩が嬉しくて、申し訳なくてどう受け止めていいかわからない。
「だって泣いてるってことは悲しいんだろ?人間が泣く時って悲しい時だけじゃねーのか?」
「悲しくて泣いてるわけじゃないんです。」
「人間って悲しくない理由で泣くのか?」
やっぱり人間ってよくわからない。
しょんぼりと黄色のアイライトを垂れたビリーを見て、ライトは泣きながら笑みを作った。
わからないなりに寄り添おうとしてくれた先輩。
ずっと孤独のまま戦うと思っていた。
でもそれはもう終わり。
今は陽だまりのような先輩がそばに居てくれる。
涙が止まらないのに嬉しくて仕方がなかった。
背中を預ける者は居ない。
チャンピオンの証である赤いマフラーを継承する者は居ない。
火力制圧用高知能戦術素体として、チャンピオンとして役目を果たすだけ。
それが自分の生き方だと思っていた。
落としそうになる娘たちをなんとか握りしめる。
大型エーテリアスたちの咆哮が聴覚モジュールに痛いほど響く。
囲まれたビリーに逃げ場はない。
ニコの親分と邪兎屋の従業員は抜け出せた。
だからもう大丈夫。
自分がすべきことはした。
この数のエーテリアスを倒して帰ることができるかわからない。
愛しい娘たちを家に帰したかったが叶わない夢かもしれない。
あぁ、でも
…
一人の後輩を思い出す。
呼吸が上手くできず泣いていた後輩。
優しい陽だまりの中、一緒に街を歩いた。
何度も稽古として決闘をした。
郊外を去る時に赤いマフラーを握りしめて泣いていた。
その時に告白された。
『ずっと好きだった。』
置いていかないで。
俺も連れて行って。
そんなことは言わなかった。
ビリーから受け継いだチャンピオンの証。
自分がすべきことをきちんと理解していた。
ビリーは返事を返すことができなかった。
これからライトの元を離れる。
そもそも恋なんてわからない。
泣きじゃくる後輩を置いてビリーは郊外を去った。
「なんか俺
…
アイツを泣かせてばっかりだなぁ。」
なんで今思い出したんだろう。
「ライト
…
」
ここに居ない後輩の名前を呼ぶ。
ここに居ない後輩。
居ないはずだった。
突然ビリーの後方から爆発音が聴こえた。
エーテリアスの断末魔がホロウに響く。
全てを燃やし尽くす焔。
焔を纏った人物が上空に現れる。
それはビリーの真後ろに着地した。
ビリーはまさかと思いながら後ろを振り向く。
赤いマフラー。
深緑色の髪。
郊外ファッションのジャケットとジーンズ。
金色に輝くガントレット。
「ライト
…
?」
居ないはずの後輩が立っていた。
ここは新エリー都で、郊外に居る後輩は居ないはずでは?
「なんでここに
…
」
「お使いで新エリー都に来たら、ピンクの髪の女性がアンタの名前を呼びながら助けを求めていた。」
ライトはビリーの方を振り返ることなく答えた。
ピンクの髪の女性。
すぐにニコの親分のことだと分かった。
「それでキャロットを拝借して
…
ここに来た。」
「お前、親分から聞いてないのか!?こんだけエーテリアスが居るんだぞ!?」
「アンタに死なれたら困るんだ
…
だって俺は
…
」
パイセンのことが好きだから。
そう呟いた後にようやくライトはビリーを見た。
サングラス越しに見えた翡翠色の瞳。
もう泣き虫な後輩は居なかった。
赤いマフラーが頼もしく風に揺れる。
チャンピオンの証を託した後輩。
もう守られてばかりの後輩ではない。
ビリーの背中を任せられる大切な存在だ。
「二人でこの量やれるか?」
「やれるっすよ、パイセンとなら
…
でも
…
」
「でも?」
エーテリアスたちが二人へ距離を詰める。
二人は背中合わせに密着するように近づく。
「おまじない欲しいっすね。」
おまじない。
それは泣いている後輩にあげたビリーの親愛の証だった。
子供扱いかもしれないのに、泣いている後輩はそれで落ち着くことができた。
「いいぜ。二人でこいつら蹴散らして
…
帰ろうな。」
ビリーは振り向いたライトの前髪をあげて、額にキスをした。
二人に大きな隙が生まれる。
エーテリアスがそれを逃すはずがなかった。
容赦なく襲いかかる。
しかしこれはおまじない。
勝利へのおまじないだった。
銃弾がエーテリアスを貫く。
それを合図に二人は離れた。
焔が、銃弾が、エーテリアスを殲滅する。
後ろは気にしなくていい。
絶対負けることのない存在が居る。
自分の背中を任せられる安心できる存在が居る。
だから目の前の敵だけ倒せばいい。
守るべき者と背中を預けられる者。
両方を兼ね備える存在のおかげで二人は強くなれた。
絶望的な状況ではなくなった。
華麗に戦うチャンピオンたちにエーテリアスが敵うはずもなかった。
最後のエーテリアスが結晶になる。
「やっぱりパイセンのおまじない効きますね。」
「ライト
…
助かった。」
背中合わせだった二人が向き合う。
『パイセンのことが好きだから。』
共闘前のライトの言葉を思い出す。
「ライト、あの時の返事をしていいか?」
「あの時?」
「恋なんてわからなかった。好きって気持ちもわからなかった。」
郊外に居た時は人間なんてよくわからなかった。
「でも郊外を去って色んなものを見て、好きって上手く言葉にできない感情だって気づいた。」
上手く言葉にできない感情。
スターライト・ナイトやモニカ様を初めて見た時の衝撃は忘れられない。
邪兎屋のみんなに出会って騒がしい日常が愛しいと思った。
「死ぬかもしれない時にお前を思い出した。泣いてないか不安になった。笑顔を見たくなった。会いたくなった。上手く言えないけど、他の好きとは違うんだ。」
ビリーはライトに手を握る。
そしてあの時みたいに共振する。
しかし子守唄のような旋律ではなかった。
早鐘を打つ心臓のような鼓動がライトに伝わる。
「多分、ライトと同じ好きだと思うんだ。だから
…
俺もライトのことが好きだ。今も大切な存在だと思っているけど、もっと大切な存在になって欲しい。」
「パイセン
…
」
翡翠色の瞳から涙が溢れる。
「ずっと片想いで終わると思っていたのに
…
アンタに告白されるなんて思わなかった。」
「ライト
…
今悲しいか?」
「悲しいわけないでしょ。」
「そっか。ようやく分かった。人間って嬉しい時も泣くんだな。」
ビリーはライトの前髪をあげて額にキスをした。
機械人は人間を知った。
恋を知った。
祝福と愛情を込めて。
泣いている貴方が笑ってくれるように。
泣いている貴方が前に進めるように。
おまじないを贈ろう。
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