水の死後数十年後に巡り合う話。淡々としています。この後わけあって水を成長鬼が保護するので、そのうち見た目同い年の成長鬼水のターンもある。と思いますがそこまで書くかわからない。。花屋さんやってるかもしれない鬼くん。
それがなぜだったのかは思い出せない、というかそもそも教えられてもいなかったのかもしれないが、とにかく幼い頃に一度だけ、鬼太郎は養父に連れられどこかのお屋敷に連れていかれたことがあった。夏だったような気がするが、蝉の声がしなかった気がするから夏になる前だったのかもしれない。行く途中に緑が鬱蒼と生い茂る森のような、川辺のような所があった気がする。
養父の水木が仕事で世話になった人だったのだと思う。
片目のつぶれた鬼太郎を気味悪がる人も少なくなかったが、お屋敷の主は菓子やら何やら心配りをくれた。使用人達も教育が行き届き、けして無礼な態度を取られることはなかった。
当たり障りのない挨拶のようなやり取りが主だったように思う。途中、年若い使用人が「坊ちゃん、お庭で遊びましょうか」と連れ出されたので、その間のことはわからないが。
だが、帰り道の水木にそんなに変な所はなかったし、おかしな気配も感じなかった。家付きの稲荷神も鬼太郎達を疎んじる気配を見せなかったから、本当にただ、少しの遠出に伴ってくれただけだったのかもしれない。帰りは行きと別の道を通り、そう…、花がたくさん咲いている所に寄り道した。綺麗だな、鬼太郎、抱き上げてそう話しかけてくれたのが嬉しかったことしか覚えていないけれど…。
あれはちょうど今くらいの季節だったんだろうな、と色を濃くしてきた緑を見上げ、鬼太郎は思った。
もう、うんと昔のこと。あのお屋敷だって今はもうないのではないだろうか。どこでも街は大きく様変わりしているから。
養父を見送って、半世紀まではいかないが、近いくらいの年数が経っていた。鬼太郎の体は少年のそれから青年らしいものに成長していた。目玉の父には自分よりずっと成長が早いと驚かれた。…成長を見せたかったもう一人に見てもらえなかったこが、鬼太郎はさみしい。
「…もう見つからないのではないか?」
ぼんやり遠くを見ていた息子を案じるように、頭の上から声がかかる。小さな手がつやつやの栗色の頭を撫でてくれる。
あの人もよく頭を撫でてくれたっけ、そんな風に思い、鬼太郎は微笑んだ。
「いえ。絶対に見つけ出します」
落ち着いた声だったが、絶対に翻す気はないという強い意志が漂っていた。
「そうか…」
父もそれ以上は言わなかった。愛着の強さは彼にも覚えのあるものだからかもしれない。あるいは、息子の未練を見捨てきれないか。それだけでなく、父自身が諦めたくない気持ちもあるにはあるだろう。「あの人」のことを無二の友のように思っているのは鬼太郎も知っている。
──鬼太郎は養父の葬儀の後からある物をずっと探している。
養父水木の遺骨の一部が葬儀の後盗まれ、それが欠けたまま彼は埋葬された。鬼太郎は盗人のことは百年でも千年でも許せないし、見つかるまで絶対諦めず探し抜くと誓った。その決意は未だ揺らいだことはない。
犯人も遺骨の行方も長らく不明だったが、四十年程経った頃、犯人の目星がついた。既に相手は鬼籍に入っていた。
地獄にいたならきつく問い詰めていただろう。獄卒も青くなる程の責をしていたかもしれない。だがしかし、犯人らしき人物が亡くなったことと、既に次の輪廻に送られてしまったことを知ったのは同時だった。これではさすがの鬼太郎にも手出しができない。
…何なら鬼太郎に、ひいては幽霊族に口を挟ませないために処置を急いだのではとさえ思われた。考え過ぎじゃ、とたしなめた父もいくらかは疑っていたのではないかと思う。
その、盗人の生前に縁があったらしい土地を、ここ数年鬼太郎は重点的に探している。あてのない宝探し。だが鬼太郎には時間はたっぷりあった。それだけでなく、体力と、けして諦めない執着も。
水木の一欠片だって他人には渡したくない。彼は彼自身のものだし、もし彼以外にそう主張して良いものがいるとしたら自分か、自分たち父子だけだと鬼太郎はずっと思っている。
「……?」
…とはいえ、今日はもう帰るか、と鳥の声を聞きながら踵を返しかけた時、鬼太郎は懐かしい匂いをかいだ気がした。思わず足を止めてあたりを見回す。そして完全に固まった。目を見開いて。
「鬼太郎?」
不思議そうな声が頭の上からする。鬼太郎は答えなかった。いや、答えられなかった。
少し離れた所に、道路側にはみ出る程に旺盛な緑の蔓や茎が見える。緑の中には白やピンクの花が咲いていた。バラだ。
その家の入口に今まさに誰かが入っていく。誰か…、小柄な体躯、半ズボン、今どきはかえって珍しくなった真っ黒なランドセル。小学生だ。小学生の男の子が、門扉を開けて中へ入って…、しかし少年はその途中で動きを止め、鬼太郎の方を振り向いた。視線を感じたのかもしれないが、鬼太郎の視線は人間のそれとは少し違う。鳥や虫が見つめる時のような、そんな気配だ。だから感覚の鋭い人間でなければ気づかないこともある。確かに子どもは大人より気づきやすいけれど。
立ちすくむように動きを止め、こちらを見つめる顔に鬼太郎も目玉も息を飲んだ。
幼いことをのぞけば、その顔は懐かしい男にそっくりだったのだ。
みずきさん、という鬼太郎の小さな声は頭上の父くらいにしか聞こえなかっただろう。少年は不思議そうな顔をしている。
「…お客さん?」
少年は首を傾げながら、慌てることなく淡々と問いかけてきた。さすがに変声期前の声は水木のそれとは違ったが、しかし雰囲気はあった。いずれあの声になるかもしれない。
「…いや、……バラが」
「ああ」
少年は何度か瞬きした。きらりと一瞬陽光を反射して、その瞳が青を抱いていることが知れた。
「昔は人に見せてたって。見る?」
それはさすがに警戒心に欠けるのでは、と鬼太郎は眉をひそめた。
「…おうちの人は?」
少年は肩をすくめ、一度は離していた扉に再び触れた。
「今はいない。しばらく帰ってこないって」
「しばらく…?」
鬼太郎は愕然とした。
見た目こそ小学生、だいたい三、四年生くらいだけれど、妙に達観したというか、落ち着きすぎなくらいに見える。しばらく大人がいないというのも、家庭環境が心配になる台詞だ。
戸惑う鬼太郎を少年はしばし観察していたようだったが、ふ、といたずらっぽく笑った。それもまた大人びた顔であったのだけれども──、何より、幼い鬼太郎をからかう時に水木がした表情とよく似ていて、思わず息を呑んでしまう。
「お兄さん、いい人なんだ」
「え?」
「悪いやつは、そこで困った顔はしない」
じゃあ少し見せてもらおうかな、とすんなり乗ったらどうなっていたのかと思いつつ、同時に、そんな観察が自然と身につくような体験をしてきたのか、と重苦しい気持にもなった。
さわさわと緑が風に鳴る。その中に、カチン、という門扉の金属音が混じる。
「おれも退屈だし。よかったら、何にもないけど」
どうぞ、と招き入れてくれようとする少年にもう一度息をのみ、…結局、鬼太郎は誘われるままに庭内へ足を踏み入れた。
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