千代彦
2025-07-03 17:49:16
1391文字
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愚図るあの子の取り扱い

トワウォ、信洛


「なぁ、俺だけ?」
 そう言い、口を尖らせ不満げな顔をする信一の長い腕が、洛軍の腰にするりとまわった。

 今日は朝から配達に買い出しにと大忙しで、いや、なんならここ最近ずっとそうである。優しく生真面目な洛軍はそれはそれは大人気で、誰も彼もがちょっとした仕事を頼むのだ。ひとつひとつは子どもでもできそうなほんの些細な用事だ。でもその些細な用事も束ねてみれば結構な量で、そりゃぁ忙しくなるわけで。ここ最近、増え続けるいろんな人からの〝おつかい〟のために、洛軍は休みが無いらしい。
 そんな、馬鹿真面目でお人好しで誰にでも〝うん〟と笑顔で返事をしてしまう出来た恋人のことを『そういうところが好き♡』と思えども、忙しいあまりなかなか構ってもらえず拗ねはじめた信一の腕が、厨房でせかせかと動きまわる洛軍の腰に伸びた。
「信一、どうした?火があるんだ危ないぞ」
「いやだから、俺だけか?って」
「なにが」
「我慢してるの」
 イチャイチャしたいのを我慢してるのは俺だけか?
 と、最近恋人に構ってもらえない不満を素直に口にし、素直に愚図ってみせたガキくさい男の手が洛軍の腰を掴んで離さない。その熱い手に押され、とんっと腰が後ろの棚へと当たってしまう狭い厨房の中で逃げ場が無い洛軍は、戸棚へと背を預けながらとりあえず小さく笑った。
「ははっ」
「なに笑ってんの」
「すまん、可愛いなぁと」
「可愛いなぁと思うんならちゃんと可愛がってよ」
「そうだな」
 拗ね方が随分と可愛らしいなぁと、笑う男の前にちろりと伸ばされる信一の赤い舌。不機嫌そうな男が伸ばすそのてらてらと光る赤い舌に誘われるままに、薄く口を開けた洛軍が目を瞑った。
 絡まる舌が熱い。久々に互いの口を貪れば、混ざる唾液にいつもの煙草を感じ、あまりの美味さについもっともっとと食べたい欲が抑えられない。まるで息継ぎの間でさえ惜しいのか、二人はここが厨房だということを忘れて夢中で口付けをした。
「は、ぁ、信一」
「なぁいつ暇になるんだよ」
「すまん、明後日には体が空くから、明日の夜はなんでも言うことを聞いてやる」
「ほんとかよ」
「ふふ、約束する」
 そう言って笑い、濡れる唇を舐めてまた笑った洛軍の手が、ぱらりと垂れる信一の前髪を掻き上げた。うざったらしい髪を耳へとかけてもらい、晴れる視界と晴れる心にわぁいと喜ぶ信一が調子に乗りはじめる。
「じゃぁ明日の夜、いやらしく腰振って」
「ははっ」
「俺がもういいって言うまで上から降りちゃダメ」
「くくっわかった」
「約束だからな」
「おい邪魔なんだよ馬鹿ども、仕事をしないなら外へ出てな」
 久々の甘い空気に酔っていた二人へ吐かれた強い言葉。厨房の出入り口から飛んできたその言葉の持ち主はこの店の従業員である燕芬で、彼女はところ構わず盛りはじめた二人の男へ早く出て行けと舌打ちをした。
「燕芬」
「洛軍、信一を甘やかすんじゃないよもっと調子に乗るわよ」
「燕芬ってばひどい」
「うるさい、ってかさっき若いのが探していたよ、さっさと行ってやんなよ〝大佬〟さん」
 さすがは幼馴染、仕事をサボってイチャつきはじめた馴染みの顔に向ける嫌悪感の鋭さといったら大層なものだ。嫌そうに頭を傾け顎で〝出て行け〟と合図する燕芬へと笑いかけ、信一はするりと通路を抜けて狭い厨房を後にした。