荻谷
2025-07-03 01:52:06
7310文字
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君はどう思ってるの?

アイドルパロ峯大(オタクの峯×アイドルの大吾さん)です!長いです。グループのメンバーは自販機のメンツです



「本日のライブも最高でした。特に、「エトセトラ」のラスサビ。前回よりも格段に良くなっていて……大吾さんの努力が伝わってきて、感動しました。あと、髪も二ミリ切りましたよね?今回の髪型も、とてもお似合いです」
 周囲の喧騒をものともせず、峯の熱い視線が大吾を射抜く。明朗で淀みなく紡がれる言葉は、パーテーション越しでも聞き取りやすい。うんうんと相槌を打つたびに髪が揺れる。香水の匂いが鼻腔をくすぐり、次は香水の銘柄を聞こうと峯は決めた。
「お時間です」
 スタッフの腕が峯の前に伸ばされ、大吾との間を裂くように体を押した。
「それと、先日の雑誌の感想ですが、これもまた最高でした。あなたは何をしても一〇〇点以上の成果をあげる……素晴らしい」
 剥がしを気にすることなく話を続けていると、徐々に腕の力が強まっていく。大吾の顔をまっすぐ見据え続けていた峯だったが、ふと、周囲を見渡した。残っているのは、すでに峯と大吾と、数名のスタッフのみだった。席を立つ前に、峯は大吾の顔をまっすぐに見据え、ポケットに忍ばせていた指輪の箱を取り出す。
「大吾さん」
 峯が改まって大吾の名前を呼ぶと、首を傾げた。きらきらと輝く瞳は今日も変わらず美しい。
「結婚してください」
「ダメ♡」
 大吾は胸の前で腕を交差させ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。その表情のなんと愛らしいことか。これでは離れ難くなってしまう。この一瞬のやり取りが俺の愛を燃え上がらせるんだ。
「お時間でーす」
 スタッフの呆れた声に、峯はようやく腰を持ち上げた。
「今日もありがとうー!またな!」
「ええ、また」
 大きく手を振る大吾に小さく手を振り返す。両手いっぱいにチェキを抱え、峯はライブハウスを出た。
 そのまま、まっすぐ帰路に着こうとしていた峯だったが、足を止めた。今日は、ライブ後にバイト終わりの品田と飲む約束をしていたことを思い出す。このまま帰るか一瞬悩んでから、峯は来た道を引き返した。
 駅前にある適当な居酒屋に入り、品田を待つ。
 スーツに身を包み、疲れた顔をしたサラリーマンたちの中で、峯の存在は異質だった。
 大吾のメンバーカラーである青色の服を全身に纏い、終始浮ついた表情を浮かべている。好奇の視線を向けられることもあったが、全く気にすることなく、今日撮ったチェキを見返す。どの大吾も世界で一番素敵だ。掌に収まるほどの小さな紙はどれも何にも変えられない大切な宝物である。一枚一枚丁寧にスリーブにいれ、すでに十冊目にさしかかったチェキファイルに納めていく。
「お待たせ」
 しばらくして、峯の前にバイト終わりの品田が現れた。青一色の峯とは違い、カーゴ色の上着に白のTシャツ、履き古されたジーパンと、シンプルな出で立ちである。
「今日もすごかったね、運営の人怒ってたよ」
 席に着くなり、肩を竦めた品田が口を開いた。
「きちんと金を払っているんだから、ケチをつけられる筋合いはない。そもそも、特典会の時間が短いのが悪い。今日も大吾さんへの愛を一ミリも伝えられなかった」
 ふふん、と鼻を鳴らし、峯は得意げな表情を浮かべる。
「あー、峯くんだったらさ、すぐ堂島くんと繋がれちゃいそうだよね!なんでしないの?」
 一呼吸つき、再び話だそうとした峯の話を品田はやや強引に遮った。大吾の素晴らしさは今まで幾度となく聞かされている。もう一言一句間違いなく言えるほどに。それになにより、一度始まるととんでもなく長い。
「大吾さんと繋がる……?」
 露骨に嫌悪を浮かべると、深くため息をついた。分かっていないというように、芝居がかった仕草で首を振り、口を開いた。
「大吾さんが俺なんかと繋がるわけないだろう。人間は神様に触れられない、当然のことだ。……なにより、この距離感がいいんだ」
「ああ、そう……
 嘲笑したような峯の口ぶりに、品田はげんなりと肩を落とし、ビールを一口飲んだ。
「でも峯くんがこんなにハマるとは思ってなかったな」
 ジョッキを片手にしみじみと呟く。峯は短く同意し、同じようにジョッキを傾けた。
 自分がアイドル、しかも男に人生を捧げる勢いで熱を上げていることを数ヶ月前までの自分が知ったらさぞ驚くことだろう。
 不意に携帯が震える。通知を確認すると、大吾が所属するアイドルグループ、『Legends』の公式SNSからだった。
『Mスタ出演決定!』
 誰しも一度は聞いたことがある有名な番組名に、峯は大きく目を丸めた。
「そんな顔してどうしたの?なんかあった?」
「いや、大吾さんのMスタ出演が決まったらしい」
「良かったじゃん!また有名になっちゃうねえ」
 へらへらとした態度を取る品田とは対照的に、峯の表情は暗く沈んでいた。
 
 ♢
 
 峯と大吾の出会いは半年前に遡る。
 旧友の品田に、『自分がバイトでチェキスタッフをしているアイドルグループのライブに来てほしい』、と泣きつかれ、仕方なく来てやったのが、きっかけだった。
 さぞ観客の少ない寂しいグループなのだろうと想像していたが、現実は違った。
 ショッピングモール内の特設ステージ前には、人がひしめきあい、がやがやと騒がしい。周囲は清潔感のない男でいっぱいで、正直不快だ。会場を出ようにも、見渡す限りの人混みで、外に出るのも骨が折れそうだった。
 Overtureが流れ、周囲の観客がメンバーの名をリズムに合わせ叫び始める。
 キレのあるダンス、耳に残るキャッチーな楽曲、そしてなにより、極道という一風変わったコンセプトで活動している彼らは、世代、性別問わずに人気を博しているらしい。最年少ながらリーダーで青色担当の大吾の力強い歌声、紫担当真島のビジュアルと輝くオーラ、ムードメーカーで黄色担当の一番のユーモア溢れるトークなど、多彩な才能が融合し、スター街道を駆け昇っている最中だと、インターネットの記事に書いてあった。
 果たして、どんなものなのか。腕を組み、彼らのパフォーマンスに目を向ける。平均よりも優に身長の高い峯からはステージがよく見えた。
 全員見た目も悪くないし、歌も踊りも想像していたより、ずっとクオリティが高い。来て損をしたということはなさそうだ。熱狂的なファンを尻目に、冷静にライブを鑑賞する。
 歌が一番の盛り上がりに差し掛かろうとしている時、センターに来た青い衣装の男と視線が絡む。黒髪でやや襟足の長いショートカットと抜けるように白い肌、垂れた綺麗な瞳が特徴的だ。勘違いではない。確実に視線があっている。どくん、と心臓が跳ねる。男はニッと目を細め、指を銃のような形にすると、狙いを峯に定めた。
「好きなタイプ「俺」にしちゃうぞ」
 勢いよく腕を曲げ、ばきゅん、と撃つような真似をし、ウィンクが飛んでくる。まるで実弾で撃たれたかのような衝撃が全身に走り、動けなくなった。ぽかんと開いた口もそのままに、目が勝手に彼を追いかける。ステージ上でパフォーマンスをする姿はまさに、天使そのものだった。
 三〇分ほどでライブは終わり、メンバーのいなくなったステージを呆然と見つめる。もっと、彼のことを知りたい。名残惜しい気持ちでいっぱいの峯に朗報が入った。
「このあとの特典会に参加される方はあちらにお並びください」
 特典会。そういえば品田が、終演後はメンバーと写真か何かを撮れると、言っていたような気がする。
 ずらりと伸びた購入列の最後尾に並ぶ。話すと言っても、今日初めて会った彼と何を話せばいいのか全く思い浮かばない。やはり、列から抜けようか。
 悶々と思考しているうちに、あっという間に順番が回ってきてしまった。
「何枚購入しますか?」
「えっと……
 レギュレーションに目を通す。どうやらCDを二枚買うごとに一枚チェキを撮れるようだ。
「二枚、お願いします」
「かしこまりました。特典券は誰にします?」
 机上に並べられた特典券の残り枚数は少なくなっていた。既に完売しているメンバーもいるようで、じわりと嫌な汗が背中を伝う。MCの時に聞いた彼の名前は確か。
「堂島、大吾さんのを」
「はい。ラスト一枚ですよ。良かったですね」
 後方から落胆の声が聞こえる。ギリギリ特典券を買えたことに、胸をなでおろしている自分がいて、峯は少し恥ずかしいような気持ちになった。
 二枚のCDと一枚の紙を大事に抱え、特典会の列に並ぶ。他のメンバーの特典会の様子を観察すると、友人のように親しげに話す者や、見るからに緊張している者など様々である。ただ、皆一様に心底幸せそうな表情をしていた。馬鹿馬鹿しいと、気持ちが冷めていく。
 あれだけ舞い上がっていた心が冷静になり始めた頃、峯の順番がやってきた。
 ニヤニヤと憎たらしい笑顔を浮かべるスタッフ、こと品田に特典券を手渡し、大吾の隣に設置された椅子に座る。
「ポーズどうする?」
 大吾に微笑みかけられ、先ほどまで静かだった心臓がうるさくなる。
「ハートで……
「了解」
 カメラに向けポーズを取ったと同時に、一瞬視界が白一色に染まる。続いてシャッターが切れる音がして、カメラの天面から長方形のフィルムがじわじわと排出されていった。
 峯が話し始めるよりも先に大吾が口を開く。
「来てくれてありがとう。初めてだよな」
 ステージ上では、数多の観客にクールなパフォーマンスを届けていた彼が、自分だけを見て親しげに話しかけてくれる。
 なんというか。うまく表せないが、とにかくこの特典会というものは、とてもいい。
「はい。今日、初めてライブを拝見しました」
「ふふ、緊張してるのか?」
 口元を隠し、くすくす、と笑う仕草に育ちの良さを感じる。
「す、少し……でも、大吾さんのパフォーマンスに惹かれてお話してみたくなって」
 ぱっと目を輝かせると、身を乗り出した。
「本当?今日は特にうまく歌えたんだ。そう言ってもらえて嬉しい」
「え、ええ……
 峯と大吾の間に品田の腕が伸び、軽く峯の体を押す。
「お時間です」
 チェキを受け取り、名残惜しい気持ちを引きずったまま、席を立つ。別れを告げようとした峯を大吾が引き止めた。
「名前は?」
「峯義孝です」
「峯!今日はありがとうー!次も待ってるな」
 ぶんぶんとオノマトペが見えそうなほど手を振る大吾とは反対に、控えめに手を振り返す。
 現像されたチェキの中では、仏頂面をした自分の隣に完璧な笑顔を浮かべた大吾が並んでいる。見返すたびに幸せな気持ちが蘇り、頬がだらしなく緩んだ。先ほどまでそばにいたのに、もう会いたくてたまらない。
 ああ、この気持ちは、まさしく恋だ。
 自覚してからの峯の行動は早かった。
 全てのライブの予定を洗い出し、最優先事項としてスケジュールに書き込む。都内でも地方でもどこにでも駆けつけた。特典会は毎回欠かさず買い占め、鍵開けと鍵締めをした。害悪だと叩かれることもあったが、峯の大吾への強固な愛の前には全く響かない。チェキが積み重なるたびに峯の大吾への愛も積み重なっていった。
 
 通い始めて、二ヶ月ほど経った頃である。特典会の最中、峯は意を決して大吾に問いかけた。
「大吾さん、指輪のサイズを教えていただけませんか」
「指輪?一六号かな」
 脳内にしっかりと数字を刻み込み、席を立つ。
「わかりました。ありがとうございます」
「こちらこそありがとう、またなー」
 不思議そうな表情のまま見送る大吾とは正反対に、峯は自信に満ち溢れていた。そのまま揚々と高級ブランドに足を踏み入れる。愛想笑いを浮かべた店員に、峯は迷うことなく声をかけた。
「婚約指輪を探しているんだが」
 次の日もまた当然のようにライブ会場に現れた峯は、大吾の特典会が始まると共にチェキを撮り、終わると同時にチェキを撮った。チェキが現像されるまでの僅かな逢瀬を楽しむ。
「今日もたくさんありがとう!」
 最初にあった頃よりも随分砕けた口調で話しかけてくる大吾に、自分への信頼を感じる。
 峯は、体ごと大吾に向き直り、徐にポケットを弄った。箱を掴んだ手が震えている。どうやら珍しく緊張しているらしい。深く息を吐き出し、気持ちを落ち着かせる。そして、峯は掌に置いた小さな箱を開き、大吾の前に差し出した。
「結婚してください」
 大吾は目を瞬かせ、指輪と峯の顔を交互に見つめる。驚いた表情も素敵だ。一生見ていられるほどに。
 しばし返答に悩んでいた大吾だったが、やがて、ニッコリと貼り付けたような笑顔を浮かべ、両の人差し指を重ねた。
「ごめんなさい」
 普段とごく変わらない声音であっさりと断られる。
「お、お時間です」
 若干引いた声で、品田が特典会の終わりを告げた。
「ありがとうございました」
 いつもなら食い下がるところだが、今日の峯は大人しく席を立った。
「ありがとう、また来いよ」
 ニコニコと手を振る大吾に一礼してから、会場を後にする。車に乗り込んだ峯は、背もたれに身を預けた。それから口元を手で覆い、大吾との会話を反芻する。
「ごめんなさい♡♡」
 語尾にハートが見えるような大吾の甘い声が繰り返し再生される。
 ファンの気持ち悪い言葉にも嫌な顔一つせず、冗談めかしながらもあざとく断る。まさにアイドルとして、完璧な対応。それでこそ俺の大吾さんだ。
 一体どれだけ俺を夢中にさせれば気が済むのか。
 峯の中での大吾への思いはますます膨れ上がり、今すぐにでも愛を叫びたくなってくる。溢れる気持ちを落ち着けるにはまた大吾に求婚するしかない。
 以降、去り際にプロポーズをするのが二人の間で定石となっていた。
 
 ♢
 
 そして、今に至るというわけだった。
 どんどん活動の規模を広げていくのは嬉しい反面、遠く離れていってしまいそうで寂しい。売れたからといって今までのファンを蔑ろにするようなことは絶対に有り得ない。大吾の義理堅い性格は自分が一番良く知っていた。それでも不安な心はどうしようもないのである。
 鬱屈とした峯の脳内に、一つの天啓がふと舞い降りた。
 
 次のライブの日。
 自身の特典会の列に峯の姿を見つけた大吾はパッと顔を輝かせた。
「峯!待ってたぜ」
 前に対応していたファンよりも明るく、楽しげな様子で峯を出迎える。
「今日はピンでお願いします」
「了解、ポーズは?」
「お任せで」
 いつものごとく、ほとんど連続でシャッターが切られる。全ての枚数を撮り終えると、峯は大吾の隣に腰掛け、いつになく真剣な眼差しを向けた。
「大吾さん、今日はあなたに聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
「あなたの中での俺のイメージを教えてください」
 峯の質問に大吾は、うぅん、と腕を組みながら首を傾げた。
 どんな回答が返ってくるのかと、次に大吾が口を開くのを今か今かと待ち続ける。
 大吾さんは俺のことをどう思っているのだろうか。『いつも来てくれる人!』だとか、『俺のことが大好きな人♡』といった返事が来たら、もう俺は、この場で死んでしまうかもしれない。
 満を持して、大吾からの返事が返ってきた。
「早口言葉上手そう!」
 予想外の返事に、驚きのあまり開いた口が塞がらない。
 きっと特典会のほんの数十秒の間に、大吾への気持ちをぶつけているからだろう。普段の自分の行動を悔やむ。しかし、大吾さんに直接伝えないなんて、俺にはできない。
 大吾はショックを受けている峯の顔を覗き込み、遠慮がちに口を開いた。
「俺も峯に聞きたいことあんだけど、いい?」
「ええ、もちろん」
「峯は俺の」
 考えるまでもなく、答えは全てだ。だが、大吾が求めているのはもっと具体的な回答であることはわかっている。他人よりもはるかに出来のいい脳みそをフル回転させ、今まで大吾から受けたファンサの数々を思い出した。
……撃ち抜くポーズですかね。特にウインクも飛んできた時は、もう、本当に最高です」
「分かった。明日のテレビ、絶対見ろよ!」
 大吾が峯に向かって小指を突き出す。峯も同じように小指を突き出し、パーテーション越しに指先を合わせた。
「約束」
 照れたようにはにかむ姿に、また一つ好きが増える。
 例え明日ビルの上から転落しようと、家が破壊されようと、なにがなんでもオンタイムで視聴しよう。そう峯は大吾に誓いを立てた。
 
 翌日の午後八時。
 峯は、大吾のグッズで埋め尽くされた広い部屋でテレビに齧り付いていた。大吾がワイプに抜かれる度に一喜一憂し、トークを振られた時は言葉一つ一つを脳内に刻み込む。番組も終盤に差し掛かったところで、ようやくその時は来た。
「次は、Legendsです。どうぞ」
 アナウンサーがグループ名を読み上げ、カメラがぱっと切り替わる。
 映し出されたシルエットに期待が高まる。のめり込む勢いでテレビに夢中になる峯の鼓膜を揺らしたのは、あの日峯が大吾に撃ち抜かれた最も思い出深い歌のイントロだった。
 大画面に映し出される大吾は、いつになく輝いているように見える。しかし、大吾さんだけを見続けることが出来ないのがテレビの悪いところだ。大吾さん以外に興味はない。
 メロディーが転調し、それまでの明るい曲調から一転し、静かなリズムが流れる。センターに移動した大吾は、指先をカメラに向けた。瞬間、世界がスローモーションになる。
「好きなタイプ「俺」にしちゃうぞ」
 レンズに照準を合わせ、ウィンクと共にカメラ越しの峯を撃ち抜いた。指先が本当に心臓を撃ち抜いたかのように痛いほどに高鳴る。
 感情を処理しきれない頭がグラグラと揺れ、仰向けに倒れ込んだ。天井を眺めながら、初めて大吾に出会った日のことが走馬灯のように、鮮明に脳裏を駆け巡る。パンクしそうな頭は火が噴き出そうなほど熱く、目の前が揺れた。だらり、と人中を生ぬるい液体が伝う。
……一生着いていきます」