No title

レガさん宅▷イヴェルナートさん

「よ。番犬くん」
「おっ。来たか」

じくじくと日差しが刺さる梅雨明け時。
まだ子どもが遊ぶ時間帯に公園の屋根付きベンチに腰掛ける二つの影が伸びる。
雑談を交わしながら雨宿りしたあの日以来、長めの耳まで隠し黒尽くめの衣服を纏う青年イヴェルナートと白尽くめのフードを被る性別不詳の人物は時々こうして鉢合わせ軽く会話をする時間があった。

「今日も暑いなあ」
「君の格好は確かに暑そうだ」
「ハハ、そうだな。今にも溶けそうだよ。そんな訳で」

高い声ではしゃぐ子ども達のかけっこを眺めていた中、イヴェルナートがガサリと袋の中をあさり始める。
そうして大きくて獣のような長い手で取り出したのは水滴の付いた氷菓の袋だった。袋にはバビコと描かれている。

「じゃーん。救世主だ」
「用意がよろしいことで。買い出しにしては袋が小さいと思ったよ」

どうやら今回買い出しの予定は無かったらしい。彼のことだから散歩ついでに購入したのだろう。
彼は上機嫌で袋を開けくっついているバビコをパキリと二つに割る。

「ほいよ」
「良いのか?」
「バビコは二人で食うもんだろ?」
そうか。じゃあ遠慮なく」

イヴェルナートの手からするりと受け取れば僅かに氷菓から伝わる冷気に暑さがほんの少し和らぐ。そして二人してキャップを取りシャリと口に含み、体内の温度で溶けゆく冷たくほろ甘いカフェオレ味を堪能する。

しばらく雑談を交わしバビコを食べ終えた頃。
男女混合の集団がベンチの前を通り過ぎようとしたところで仮面姿の存在を確認した一人の男性がぎょっとする。

「は?お前なんでこんな所にいるんだよ!?」
「何々〜?知り合い?」

目の前まで来て不気味そうに見下ろす男性の周りに集まってくる一緒につるんでいた者達。

……俺の元カノだ
「え?そうなの?もしかしてまだ付き合ってるとか?」
「そんな訳ねえだろ!こいついつまでも付き纏ってきて気持ち悪いんだよ!」
(元カノ?)

二人をそのままに話し始める集団の声にイヴェルナートは首を傾げる。仮面は確かに性別不明だが男が話す性格とはかけ離れているように感じた。
仮面は気にしない様子であのいつもの笑みを浮かべながら黙って集団を見上げている。

たまにあるんだよな)

そう。仮面と過ごしていると時々起こるこの現象。
ある時は小さないたいけな女性に、ある時は頼もしい大男に、あるときは妖精に。
仮面の容姿や噂は誰一人被る事無くバラバラな内容であり、以前聞いたもののはっきりとした答えは出なかった。イヴェルナートが今見ている姿が本来の姿かどうかは不明だが、いずれ自分と同じように見えている者も現れるのだろうか。

イヴェルナートは最初こそは仮面と同じくぼうと眺めていたが、集団の様子が喧嘩腰へと変化していくのが見え流石に止めようとしたその時。

「二度と俺の前に現れるな!!」



ドン、
…………カラン、




隣に座っていた存在が突き飛ばされる音と共に聞こえたのは身に着けていた仮面が地面へと落ちる音。
当たりどころが悪かったのだろう。普段はずれる様子もない仮面はいとも簡単に外れ落ちたのだ。
無機質に転がる白い仮面を見た後思わず視線を上へと移す。その存在は最初こそは長い横髪で隠れていたもののざあざあと靡く風により頬から上が見える。


最初に"目があった"のは二つの宝石だった。


ダイヤモンドのような透き通った存在。
その無色透明から血液が通っているようにはとても思えない構造。よく見ればイヴェルナートの漆黒の瞳を写し込み反射している。まるで黒い宝石を鏡に照らし合わせたかのような異質な存在。反射した光源は虹色の粒がチカチカと覆うようにして光り輝いている。
どう考えても頭で理解出来る眼ではなかった。イヴェルナートは目を見開き吸い込まれるようにしてしばらく凝視していた。一歩もそこから動かない。動けない。その存在はこちらを無表情で、機械のように見ている。
感情も何も伝わっては来ない。それでも今何を考えているのか思考したくなる衝動に駆られる。イヴェルナートの目がギョロリと大きくなる。一目見た影響だろうか。








「ッギャアアアアアア!!」
「!!」


絞りきった絶望する声が上がりハッとし元の瞳へと戻る。周りを見渡せば先程まで群がって騒いでいた全員が泣き叫びながら地面へ転がってバタついている。

「おい?」

流石に異様な光景に僅かに冷や汗をかいたイヴェルナートはどうしたと声を掛けるがこちらへの反応は無く、もがき苦しみ泡を吹いて気を失っていく。成人何名かが突然叫び狂い倒れた事によりさらに遠くで公園で遊ぶのを楽しんでいた子連れ親子達が悲鳴を上げる。

「なあ」
「!」
俺の言葉通じてる?」
「え?………ああ、通じてるけど
………それは良かった。俺の仮面を拾ってくれるか」

言われるままにイヴェルナートは落ちていた仮面を拾い上げ手渡す。仮面は元通りになるとパニックとなり救急隊を呼ぼうと駆け回る者達と共に地獄絵図と化した周囲を見渡しながらぽつりと話し始める。

「この人達は救急隊に任せて、今日はお開きにした方が良いだろうな」
………こいつらどうしたっていうんだ?敵襲でもあったか?」
さあ。どうだろうね。此処にいたら君が疑われる。"先に帰る"といい」
「何もしてないのに捕まるのは確かにごめんだがキミは帰らないのか?」
「俺は待ち人がいるんでね」
そうか。ならオレは騒ぎになる前に帰る事にするよ。またな」
「ああ。またいつか」

ざあざあと木の葉を揺らす風に当てられながらも笑みを崩すことのない仮面の考えは伝わらず。
待ち人と言われて首を傾げるもののあまり深入りはせず承知した。ベンチから立ち上がり軽く手を振り仮面と別れ、少し歩いたところで子どもを抱きかかえた親が不安そうな顔で倒れた人達を見守っていた。一部の人達は慌てた様子で駆け寄っているのが見える。


もう一度だけ去り際に振り返ると白く大きな翼の生えた長身の若き男が仮面を心配した様子でベンチの前に立ち、何やら会話しているようだった。

「N様!探しましたよ、お体は平気ですか?」
「大丈夫だよ」

そんな会話が、バタバタと倒れていった者達を見向きもしないで進められている。しかも周囲も何故か二人を気にしていない様子だった。
疑問は募るばかりだが今日のところは大人しく帰ろうと再び背を向ける前に男性と目が合う。
薄めのミルクティー色の髪の下から獣のような敵意で睨み付けてきた三白眼。耳が良いことがバレたのだろうか。

(それにしてもあれは天使で良いのか?この世界が終わる前に神様とやらが見守りに来たのかねえ)


次に会った時、きっと仮面の事だ。いつも通り接してくるのだろう。
ぼんやりと考えながら騒がしい公園を後にした。