東方の言葉で縁というものがある。これは奇妙なもので、人やものとは巡り合わせがあり、一度繋がればそうそう切れることはない、らしい。そう考えてみれば、一度拾ってその後もう一度拾ったラドミールは正にそうだし、一度拾った後も色々と話を聞いたり、出先でもたまに会うようになったシュガもしかりで、つまり目の前で嬉しげにブンブンと手を振るアウラもそうなのだなとアランは思う。
「アラン!!!」
呼ぶ声も大きい。青年は苦笑しながら、国際街商通りの中、大荷物を抱える大柄のアウラに近寄る。
「オルカ、またリムサに来てたんだな」
「ウン! シゴト、たのまれた! しばらく、イる!」
なるほど、とアランは頷く。どうやら何かしらの依頼を受けて、それが数日がかりになりそうなのだろう。通りでたくさん食料を買い込んでいるわけだ、と大荷物を眺める。それらはほとんどが今買ったのだろう食べ物類だった。
「買い出しか? 随分買ったんだな」
オルカはワイルドオニオンやポポト、クルザスカロット、ガーリックなどを袋に入れて引っかけるようにして下げ、紙に包まれているが、大きな肉の塊と思われるものを手に抱えている。そのサイズたるや、かなりのものだ。
「ヘヘヘ……おニク、スゴク安かったカラ…。石でヤク!」
アランは首を傾げた。肉が安い、という言葉に少し引っかかったのだ。リムサ・ロミンサの周辺では、ドードーやチョコボ、シープを育てて食肉としている。が、安定的に供給するため、大きく値下がりすることはない(疫病などで上がることはあれど)。それに、オルカが手に持つ肉のサイズは、明らかにドードーやシープなどより大きい。
「もしかしてその肉……バッファローか?」
「ウン! ソウきいた!」
青年は『ああ…』とやや渋い顔をした。何故かと言えば、おそらく外から来た人だと思われて、良いように言われ買わされたのだろうというのが窺えたからだった。
バッファローは、東ラノシア付近に生息する野生化した水牛だ。それ自体は良いのだが(まあ実際、家畜が逃げ出して野生になることは良くないことだろうが)、一年に数度起こる発情期の際、番えなかった雄牛が暴れ回るため、悪い意味で有名だ。一頭一頭のサイズもかなり大きく、好きに暴れ回った場合周囲に被害が出ることから、発情期付近になると専門の討伐部隊が組まれる。結果、出来上がるのは大量のバッファローの骨、肉、脂、革である。
ところで、この時のバッファローの雄牛はあまり食味が良くないことでも知られている。ごく若い仔牛を除けば筋張っていて堅く、鉄くさいのだ。家畜として飼われていれば、きちんと去勢され柔らかく脂肪を付けて出荷されるが、野生化したバッファローにそんなものは期待できない。討伐だから屠殺のように気を遣って殺されることもない。結果、この時期のリムサ・ロミンサの市場には、とにかく安いが旨くないバッファローの肉が出回りまくって、美食の都市の民をげんなりさせる。
「ちょっと見てもいいか?」
「ドウゾ!」
アランはオルカの許可を取り、肉を包む紙を開いた。それは予想通り、バッファローの肉だった。幸いにして腰肉のようで、ひどく薄いが若干の脂肪が見受けられる。おそらく多少柔らかくもあるだろう。肩肉や外モモ肉だと目も当てられなかったが、これならどうにかなるかもしれない。青年はふむ、と考える。今日明日は依頼もなく暇だし、これもきっと『縁』というやつだろうと。
「……オルカ、焼くよりも美味しくなる方法があるんだが、試してみないか?」
大柄のアウラは、へ?と首を傾げた。
宿屋のキッチンに、アランはオルカと共に並んでいた。サイズがヒューラン用なので、二人並ぶとやや狭いが仕方がない。
「時間が掛かる料理だから、あとでオユンも呼んで夕食にしようか」
「ハーイ!」
早速リンクシェルで連絡しているのを横目に見つつ、青年は調理に取りかかった。とはいえ、手が掛かるのは最初だけ。むしろ掛かるのは時間で、逆に言えばそれだけやれば美味しくなる。これがこの料理の良いところだ。
バッファローの肉は大ぶりに切る。量が多くて大変なのでオルカと半分ずつにして、とにかく切る。その間にオリーヴオイルを大鍋に多めに敷き、よく洗った皮ごとのガーリックを放り込む。香りが出てきたら、切った肉を重ならないように綺麗に並べ、軽く焦げ目が付くまで放置する。肉の焼ける良い匂いが漂い、大柄のアウラがそわそわと尻尾を揺らす。
「オイシソ……」
「まだだめだ、我慢我慢」
片面が焼けたら、上から軽く塩を振る。ひっくり返してまた放置。オルカがあまりにそわそわしているので、アランはすり鉢でブラックペッパーを潰すように頼んだ。香辛料多めがこの料理のポイントだ。
鍋底の汁が透明になったら潰したブラックペッパーをたっぷり掛け、ポモドーロソース、ローレル数枚を加えて軽く炒める。ポモドーロソースはアランが作り置きしておいたものだが、別にこれは湯むきしたルビートマトでも構わない。今日のオルカの購入リストにはなかったので、こちらからの持ち出しになるがおまけだ。
「う、おニク、焼いただけでタベナい?」
「そう、これは煮込み料理なんだ。この肉はちょっと…硬いからね」
実際ちょっとどころではない。さらに、おそらくこれだけ匂い消しをしても血の臭いがするだろう。笑うたび見える立派なオルカの歯なら噛み切れるかもしれないが、何せ美味しいものではないのだ、このバッファローの肉というのは。だからとにかく匂い消しをして煮込んでホロホロにするのがリムサ・ロミンサの民の工夫である。
最後にクッキングワインを注ぎ入れ、沸いた後灰汁を取ったら、あとは蓋をして弱火でひたすら放置だ。
この時期のとにかく硬くて旨くないバッファローの肉を食べるための工夫そのもの、というわけではないが、元はラノシアの辺境、畜産を中心とする村々で、売り物にならない肉をどうにか食べるために作られた料理らしい。だから香辛料もたっぷり使うし、硬い肉を使うので時間もかかるが、ゆっくり煮込んで柔らかくなったそれの味は折り紙付きだ。
「これだけだとあんまりだし、ポポトとカロットはしばらく後に茹でるか焼いて、付け合わせにしようか」
「あ! オレ、する! トクイ!」
じゃあ頼むよ、とお願いする。
肉とワイン、香辛料が渾然一体となって良い香りを漂わせ始める頃、オルカは大きな身体を縮め、手慣れた様子で野菜を切りはじめた。きっと料理自体はそう苦手というわけではなくて、おそらく新鮮な野菜や肉を使ったそれには慣れているのだろう。素材が良ければ焼くだけでも美味しいのは道理だから、こういう持って回った工夫を知らないのだろうな、とアランは思う。
とはいえ、冒険者として旅をするなら、あまり状態の良くない食べ物を食べなければならない時は多い。今回のことが入り口になるといいな、とらしくもなく思ってしまったのは、きっとこの大柄のアウラの人徳なのだろう。
連絡を受けたオユンが来る頃には、きっと美味しく出来上がっているだろう煮込みを見て、アランは微笑んだ。
その後夕食で食べた煮込みの味は勿論言うまでもなく、二人の若く健康なアウラたちによって、大鍋いっぱいのそれと買い置きのパンは全て綺麗に無くなったのだった。
□おまけ
バッファローの赤ワインと黒胡椒の煮込み
材料
・バッファローのサーロイン(他の部位でも可、たっぷり)
・オリーヴオイル
・ガーリック
・食塩
・ブラックペッパー
・ローレル
・ポモドーロソース(ルビートマトの剥き身でも可)
・クッキングワイン(たっぷり)
・ポポト(つけあわせ1)
・クルザスカロット(つけあわせ2)
・パン(パンが進むのでとにかくたっぷり!)
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