鳴上
2025-07-02 22:07:11
3309文字
Public ナツシン
 

3回目もやっぱり同じ味

夏生お誕生日おめでとう!という気持ちで書いた、誕生日とは一ミリも関係ないナツシンです。みんな大好きjcc在学if

 人間、理解の出来ないことに遭遇すると思考はショートしてしまうらしい。と、いうことを夏生は今身をもって実感していた。
 目の前にはあるのは、いつもよく見ていた顔だった。白眼が占める割合が大きい瞳が見開かれていて、だけどそれはぼやけている。近すぎるからだ。じゃあなんでそんな近いのって話だけど、そんなもんひとつしかない。

 ──夏生の唇が、シンの唇にくっついているから。



 どうしてこうなったのか。時間は少し前に巻き戻る。

 夏生が工房で以前作った武器やその資料を棚にしまっていると、勢いよく扉が開けられて暑い空気と眩しい光が差し込んできた。それを持ち込んだのは同じJCCに通う朝倉シンだった。工房の場所を教えたのは確かに夏生だが、こうも堂々と入ってくるとは思っていなかった。シンがここに来たのは片手で数えるほどで、それも全部夏生が荷物持ちとしてシンを引き連れてだったから、突然単身で乗り込んできたシンに驚いた。
 シンは物珍しそうにキョロキョロとあたりを見渡しながら、夏生に近づいて来る。夏生はそれを横目で見て、何でもないように作業を続けた。

「なんだよ、勝手に入ってくんなって」
「研究室行ったら先輩たちが、ナツキは工房にいるぜ〜って教えてくれたから」
「へー。んで、なんか用でもあんの?」
「ん? いや特に」
……じゃあなんで来たんだよ」
「普通に遊びに。暇だったし」

 随分と砕けた関係になったな、と思う。シンが坂本と共にJCCに編入してきて、いろいろあって、それから今度はシンだけが再度入学してきた。前と同じようにトイレで再会を果たしてしまって、お互い指差し合ったことをよく覚えている。シンと過ごしたのは時間にすればたったの数日で、その数日が他の追随を許さないほどの濃密さだった。
 そうなってしまえば旧知の仲のようにシンが振る舞うのにも納得できるし、誰にも教えていない自分のホームにシンを招くことだってきっと何ら不思議ではない。

 遊びに来た、とは本当のことのようで、シンは夏生が運んで来た箱を覗き込んでみたり、適当にファイルを手に取って中をパラパラと捲ってみたりと、思うように過ごしている。何かと騒がしくてうるさい奴だけど、こういう時は案外静かなことを知っているのでシンの好きにさせてやることにした。
 ここまでは良かった。お互い意識することなく自然体で、言ってしまえば夏生はとても集中していた。だから気がつかなかったのだ。

「うわっ!?」

 少し休憩しようと夏生は工具を置いて立ち上がった途端、ドン、と後頭部に衝撃が走った。
 どうやらシンが夏生の後ろから手元を覗き込んでいたみたいで、でもそんなこと知らない夏生は思い切りシンにぶつかった。よろけるシンがスローモーションになって後ろに倒れていく。まずい、と咄嗟に手が出たのは普段の訓練の賜物か、持って生まれた才能か。
 夏生の手をシンが掴んで、夏生は引っ張られるままにシンの上へと倒れ込んだ。派手な音が転がる。シンの骨が身体のあちこちに当たって痛い。思わず目を瞑ってしまったから、身体がジンジンと余計に痛みを訴える。

 くそ、いてえ。まじでこれ骨折れてたら慰謝料請求してやる。治療費もふんだくってやろう。くそエスパーも多分痛いだろうけど、そもそも後ろから覗き込んでたのが悪いだろ。俺が集中してたの分かってただろうし。あー、まじで痛い。なんか今まで感じたことない感触するし。なんだこれ。柔らかい。──ん? なんだ、柔らかいって。

 そこでようやく夏生は違和感を覚えた。普段なら痛いだのなんだの騒ぐであろうシンが一言も発していなくて、動く様子もない。何故だろう、そう思いながらゆっくりと目を開いて。

 目の前に広がる光景に、夏生の思考は思わずショートしてしまったのだ。

 ぼやけるほど近くにある瞳が大きく見開かれ、金髪は派手に床に散らばっている。同じ目線にある瞳に、じゃあ今自分の唇に触れている柔らかいものって、なんだ。
 止まっていた時は、自分より少し早く覚醒したシンによって動き出し始める。ハッとした様子のシンが夏生の肩を叩き、退けと言わんばかりの眼光で睨みつけてくる。その視線の鋭さに、どこかぼんやりとしていた脳みそが急速に回転し始めたのが分かった。

「おい、早く退けよ」
……あ、悪い」

 言われるがままシンの上から退き、そのまま腰を下ろす。シンも起き上がり胡座をかいて座り直す。
 おい、今俺くそエスパーとキスしたのか?
 そう自覚した瞬間、ぐわっと全身の血が沸騰した気がした。思わず唇を右手で押さえる。いつもと変わらないカサついたそこは、今はなぜか湿っていて動揺してしまう。え、キスした?

 唇って意外と柔らかいんだな、と思ってしまった自分を殴りたい。何を感じてるんだ、男の、しかもくそエスパーの唇に対して。

 沈黙のうちに、嫌な気持ちはなかったなーとか、柔らかかったなーとか、あいつの身体汗ばんでたなーとか、なんの匂いだろうなーとか、そんなことばかり考えてしまう。なんとなく気まずくなりシンの方を見れなくて、ひたすら自分の唇をムニムニと摘んでいると、シンが「あー」と覇気のない声を出した。

「わり、事故った。忘れて」
「え」
「え?」

 思っても見なかった言葉に驚いて顔を上げる。それから夏生は、自分の心臓が先程からうるさいほどに悲鳴をあげている理由を、なんとなく察してしまった。だって、今、自分は満更でもなかった。事故とはいえ、シンとキスしてしまったことにドキドキしてしまっているのだ。そしてそれはシンも同じだということは、顔を見れば分かったから。見たことないくらいに赤く染まった頬も耳も首筋も、多分きっと、そうだ。

……本当にいーの? 忘れて」
……そう言ってんだろ」

 シンの方を見れなかった先程までの自分を棚に上げて、目を逸らし続けるシンの腕を掴む。弾けるように顔を上げたシンの目尻に涙が滲んでいて、ああ、こいつかわいいな、と思ってしまった。

「そうは見えないけど。自分がどんな顔してるか、分かってる?」
……っ」
「なあくそエスパー、教えて。ほんとに忘れていーの」
「せばっ」

 そんな意識してますって顔して、忘れてほしいなんて通らない。夏生はシンににじり寄って、顔を逸らそうとするシンを覗き込んだ。

「俺、ファーストキスなんだけど。責任とってよ」

 腕を掴まれているシンは逃げられない。だけどもう逃げようとはしないだろうという確信があった。
 自覚していなかった気持ちを自覚した途端、驚くほど世界が明るく鮮明に見えた。誰にも教えていない自分のホームに招き入れるほどに心を開いていたことも、二人でいると落ち着くところも、顔を赤く染めて夏生を見上げるその仕草も、全部全部最初からひとつの結論だけを導き出していた。

……やっぱ、忘れんな」
「うん」

 シンの金髪が揺れた。気がつけば吸い込まれるように唇が重なっていた。今度は不慮の事故ではなくて、お互い同意の上での行動だった。二度目の感触はやっぱり柔らかくて、クセになりそうで怖い。それでも離すことは憚られて、うん、責任はしっかりとってもらおう。自分もちゃんととるから、と頭の中で言い訳をする。それを読み取ったのか、シンが微かに笑う気配がして、夏生はそっと唇を離した。ただ重ねただけなのに、熱が籠って仕方がなかった。

 至近距離で見つめあって、それからふと思ったことを口にした。

……もしかして昼、JCC丼食った?」
……食った」

 よくファーストキスはレモンの味だっていうけれど、夏生の場合ファーストキスもセカンドキスもJCC丼の味なんだから、通説って当てにならないな、と思う。

 まあ、でもこれも自分たちらしいか。


 このあと数度唇を重ね、調子に乗って唇の隙間に舌を差し込んでシンに殴られることになるのだが、照れ臭そうに髪を弄るシンを見ることに夢中な夏生が、そのことに気がつくことはなかった。