ふみかぜ@壁打ち
2025-07-02 22:04:42
9525文字
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【読切にっぴき】城住みマジロと家庭菜園【web再録】

読切ョンがノコかぼの贈り物をきっかけに家庭菜園する話。おもしろ好青年の読ロやちょっぴり畏怖い読ドもいます。ョンくんお誕生日おめでとう!(遅刻)/5月スパコミで出したョン中心本の再録になります。紙の本はこちらで通販中です→https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=2959788

 日本の田舎町に存在するには異彩を放ち、住民にやたら尾ひれの付いた噂が立ったり腕の立つ退治人から殴り込みされたりするドラルク城(賃貸)。
「ヌッヌッヌーン、ヌッヌッヌーン」
 まだまだ寒い日々が続く一月下旬の夜遅く、その廊下にリュックサックを背負い鼻歌交じりに歩くアルマジロの姿があった。吸血鬼ドラルクの使い魔、ジョンである。彼は主人からの重要なミッションを果たすべく、プラスチックのお弁当箱をリュックに入れて運んでいる最中だった。
「ヌーニャヌ」
 一階と二階を繋ぐスロープを慣れた足取りで登り切り、つつがなく目的地へ到着したジョン。最近まで使われることがなかった客室の前に立ち、中身を崩さぬよう慎重に荷物を下ろした彼はくるんと丸くなると、軽い助走をつけて扉へタックルをかました。
「ヌヌヌヌヌーン!」
 ドォン、と扉を叩く音を立てた後で中へ呼びかけて数十秒後。内側からガチャリとドアが開き、中からラフなTシャツ姿の銀髪の青年が顔を覗かせる。
「あー……ジョン?」
 彼の名はロナルド。巷では有名で腕利きの吸血鬼退治人で、一言で説明できない経緯があった今ではジョンの主人とコンビを組んでいる人間だ。
 普段は夜の中でも目を引く赤い衣装に身を纏って、拳銃片手に凶暴凶悪な吸血鬼を屠っていくスペシャリストであるロナルド。しかし今の姿はよれたシャツにだるだるのスウェットパンツ、頭にほつれたヘアバンドを巻いており色々残念な有様だった。ハンサムな顔立ちも充血した目と濃厚な隈で台無しとなっている。
「悪い、ちょっと原稿があと少しでアレで……どうかしたのか?」
 ジョンと目線を合わせようとその場にしゃがみ込み、申し訳なさそうに眉を下げるロナルド。自身の吸血鬼退治の記録をエンタメ作品へ昇華する作家としての一面を持つ彼は、原稿と修羅場を繰り広げることも多い。今夜は翌日正午に〆切の原稿と闘うべく、ドラルク城の一室を占拠しカンヅメをしているのだった。尚、ジョンの主人は門前払いを試みたものの、手負いの文筆業に引きこもり吸血鬼が勝てる訳もなく、今に至るのである。
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌン!」
「お届けもの?」
 ジョンは下ろしていたリュックから自分の背丈近くある弁当箱を取り出すと、両の前足で持ち上げてロナルドへ差し出した。戸惑いながら受け取ったロナルドが蓋を開け、その中身を見て目を丸くする。
「これは……おにぎり、か」
「ヌー!」
 中に入っていたのは人間のこぶし大ほどのサイズ感があるおにぎり二つ。海苔で一巻きされた上から、素手で食べやすいように透明なラップで個包装されていた。その中身は定番の鮭と、彼が好物とする唐揚げ。作ったのは勿論この城の主たるドラルク。味の保証は折り紙付きだ。
「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌイヌヌヌッヌ」
「へぇー、あいつが。差し入れとは気が利くじゃねぇか」
 おにぎりを見下ろし、満更でもなさそうな笑みを浮かべたロナルドだったが、急にスッと真顔になって弁当箱へ鼻を近づける。
「何か一服盛られてたりしないか? 血とか薬とか魔力とか霊力とか」
「ヌヌッヌヌイ、ヌヌッヌヌイ」
「そうか、入ってないか……
 残念そうに肩を落とす彼を、ジョンは生温かい気持ちで見上げた。吸血鬼から提供された食事に対して安全性の保証より、何かネタになる混ぜ物を望む若者の危うさにはハラハラしてしまう。せめてちゃんとした栄養と睡眠を摂ってくれればいいのだが。
 こっそり溜め息を吐きつつ、弁当箱と一緒に持ってきていた魔法瓶の水筒も手渡す。
「ヌーン、ヌ茶」
「おう、ありがとよジョン。……一応、あいつにも礼は言っといてくれ」
「ヌー」
 しっかりと頷きながら、ジョンは心の内でゴメンヌ、とロナルドに謝罪した。
 水筒の中に入っているルイボスティーには、人間が健やかな睡眠に落ちる薬が混ざっている。毎度の如く客室を占拠する退治人に業を煮やしたドラルクが、親戚筋から取り寄せた特注の品だ。服用者をきっかり十時間眠らせる効果があるらしいので、午前一時の今飲めばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。眠っている間に出版社のカンヅメ部屋に運搬されるだろうロナルドを思うと良心が痛むが、脱稿後のハイテンションに巻き込まれて物言わぬ塵山と化すドラルクのことを考えれば平和主義者のマジロといえど心を鬼にせねばなるまい。
「あ、そうだ。ジョン、ちょっと待ってくれ」
「ヌ?」
 何かを思い出した様子のロナルドが立ち上がり、ジョンが渡した弁当と水筒を抱えて客室の中へ引っ込む。彼はものの一分で戻ってくるとジョンの前で屈み、シンプルなクラフト用紙の包みをそっと手渡した。不思議そうに受け取るアルマジロを見て、退治人は穏やかに微笑む。
「こっちに来る前、ツチノコとかぼちゃから預かってきたんだ。いつもお世話になってるジョンに、だってさ。いいもの入ってるぜ?」

「ヌヌヌヌヌヌ!」
「あぁ、おかえりジョン」
 一階のキッチンへ到着したジョンは、鼻歌交じりにまな板を拭いていた主人に出迎えられる。
「どうかね首尾は、……うん、うん、流石は私のジョンだ。これであの人間は昼までぐっすり、担当編集の異次元ホールで向こうに送られることだろう。ふっふっふっ、ロナルド君め、この私を散々舐めくさったこと、存分に後悔するがいい!」
 作業の手を止め、ジョンを腕に抱えて報告を聞いた吸血鬼ドラルクは上機嫌な笑い声を上げた。つい先日トラップ空間を荒らされた上、巻き添えで針山に刺され石壁にプレスされた鬱憤は今回の悪戯でスッキリと晴らせたらしい。ロナルドの明日の命運はさておき、嬉しそうな主人を見てジョンも嬉しくなった。
「では、デザートにアップルパイでも……おや。ジョン、これは?」
 すっかり軽くなったリュックをジョンから回収したドラルクが、中に入っていた紙袋の存在に気づく。ついさっきロナルドがくれたものと伝えると、彼は露骨に眉を寄せた。
「ロナルド君が? ……ふむ、ツチノコとかぼちゃからならば心配せずともいいか」
 テーブルの上に乗ったジョンの補足を聞いた主人は表情を和らげ、テープで封をされていた袋を開封する。曲がりなりにもコンビの人間より不思議な生き物たちを信用するのは、ドラルクが生粋の吸血鬼だからか、ロナルドの日頃の行いか。少ししょっぱい気分になるジョンである。
 さて、口が開いた紙袋を傾けると、中身がテーブルの上へ滑り出てくる。片方は透明で薄い皮のようなもの。もう片方は、ラップに包まれた種のようだった。
「まさかこの皮、ツチノコの抜け殻か……? これはこれは、ご利益ありそうだねぇジョン」
「ヌァー」
 予想以上のレアもの。財布に入れて持ち歩くのはちょっと勇気がいるので宝物入れの缶に保管しておこう。
「それでこっちは南瓜の種か。ロナルド君のかぼちゃからということは、ペポカボチャかな」
「ヌイシイヤツ」
 ドラルクがラップを剥がすと、十五粒の暗い緑色の粒が顕わになる。ヘルシーでお酒の肴にもなる素敵な種だ。
「ふむ、オリーブオイルで炒めるかゴマ油で炒めるか……ジョン、どうしたい?」
「ヌーン……ヌッ!」
 前足を組んだままどう食べるか考えを巡らせていたジョンが、不意に耳をピンと立てた。
「ヌー、ヌヌヌヌヌヌ」
「うむ?」
 ドラルクの肩へ上り、自らの思いつきをヌヌヌと話す。ここで全部美味しく食べてしまうより、もっとわくわくするアイデアがあった。

 ドラルク城は、屋外に庭園と呼ぶべきスペースが設けられていた。
 ここ数年城主が引きこもっていた影響で昔より随分と荒れてしまっていたが、見かねた大家が雑草を刈ったり植木を剪定したりとマメな手入れをしていたお陰で、家庭菜園をすぐ始められる最低限の環境が整っていたりする。
「ヌーヌ、ヌーヌ」
 夕暮れ時、そんな庭の一角でアルマジロのジョンは元気に土を掘り返していた。本能に従った穴掘り遊び……ではなく、畑の土を耕しているのである。
 先週、種を貰ったジョンが思いついたアイデアとは、庭でペポカボチャを育てることだった。食べるのはほんの数粒に留めて、残った十二粒の種を一から栽培する。上手くいけばたっぷりの種と次のハロウィンアイテムを手に入れることができるはずだ。
 主たるドラルクもこの提案に強く賛同し、栽培方法を調べて纏めた資料を作ってくれている。彼の応援に応えるため、まずはこの土作りをしっかりこなさなくては。
……お、あそこか。おーい、ジョン!」
「ヌ?」
 そろそろ石灰を入れようかという頃、雑草を掻き分け近づいてくる足音と共に自分を呼ぶ声が聞こえてくる。ジョンが振り返って見上げれば、赤い退治人衣装を纏った青年が沈みかけた夕日を背にやって来たところだった。
「ヌヌヌヌヌン」
「よう、邪魔してるぜ。今日はこいつらも一緒だ」
 先日の原稿を切り抜け、無事復調した退治人ロナルドは気さくに笑う。右肩にツチノコを乗せ、左腕にかぼちゃを抱えて勢揃いだ。
「この間あいつから聞いたんだが……かぼちゃの種、育ててくれるんだな」
「ヌー!」
「ははっ、ありがとよ」
 ジョンの元気な返事にロナルドが嬉しそうに笑う。ツチノコはノコッと楽しげに尾を揺らし、かぼちゃも彫られた大きな単眼をニッコリと笑みの形に変えて喜びを示していた。
「今日は応援でもと思って。大したもんじゃないが……
 言いながら、彼は左肩に掛けていたビニル製の手提げ袋を地面に下ろす。ジョンが中を覗いてみれば、そこには家庭菜園向けの農薬が二種類入っていた。
「ギルドに吸血鬼退治グッズに詳しい奴がいるからさ、少し融通して貰ったんだ。吸血鬼除けになる殺虫スプレーとか、作物の下等吸血鬼化を防止する粉末とか」
「ヌヌヌヌー! ヌヌ、ヌヌヌヌヌヌ、ヌイヌーヌヌヌ?」
「ん、ドラルクは大丈夫かって? いくら弱ってようと高等吸血鬼だろ、流石にちょっと吸った程度じゃ死には……いや駄目か、煙草の残り香だけで死んでたなあの雑魚」
「ヌー……
 相談の結果、土に混ぜて使う吸血鬼化防止剤だけ貰っておくことにした。特にウリ科へ効果が高いとのことで、ありがたく使わせて頂くとしよう。
「さてと……他にも何か手伝えれば良かったんだが、そろそろあいつ起こして仕事なんだよな」
「ヌヌヌヌヌヌヌ、ヌッショ?」
「ああ、つってもリモートで記者のインタビューに答えるだけだから城から出ないけど」
 なるほど、それで今日はツチノコたちを連れて来れたのか。大方、インタビューが終わったらそのまま泊まってゲーム勝負をドラルクに挑むのだろう。
「それじゃジョン、がんばってな。俺も何かあったら力になるから、無理はすんなよ?」
「ヌヌヌヌー!」
 ジョンを労うロナルドに手を振り、城の中へ向かう退治人の姿を見送る。今日は人数が多い分、ドラルクも大きな鍋をつかった煮込み料理を作ってくれそうだ。今から楽しみで、ますます土を耕す作業に力が入るジョンなのであった。

 畑の準備から時が流れた四月の始め。外の空気はすっかり春の陽気に満ち、昼は時折汗ばんでしまうくらいの温かさとなった季節。
 おぼろ月が浮かぶ夜の下で、畑を見に来たドラルクが感心したようにしみじみと呟いた。
「いやぁ、順調のようだね」
 種まきをして一ヶ月余りが過ぎ、ペポカボチャの株たちはすくすくと蔓を伸ばしながら成長を続けている。疫病を防ぐために株元へ覆いをしたり蔓の下に藁を敷いたりしていたジョンを暫し見守っていた主人は、可愛い使い魔のために持ってきたバスケットを庭に設置された古めかしい木製ベンチの上で開けた。
「ジョン、そろそろ休憩にしよう。今夜はクッキーを焼いてきたよ」
「ヌー!」
 呼びかけに元気な声で応じたジョンは、すぐに顔を上げてドラルクの元へ向かう。ベンチの上に座ってウェットシートで前足後ろ足に全身を一通り拭いてから、ドラルクお手製のアーモンドクッキーへ齧り付いた。畑仕事の後に食べるお菓子はまた格別。太陽の名残で空気が温かい夜空の下、魔法瓶の水筒から飲む冷たい紅茶がまた身に沁みるものだ。
「カボチャ、よく育ってきているじゃないか。流石は私のジョン」
「ヌン!」
 誇らしげに胸を張るジョンを、吸血鬼の長細い指が優しく撫でる。
「この調子でいけば四、五玉収穫できそうだね。どう調理してやるか今から楽しみだ」
「ヌンヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌー?」
 種を油で炒めて食べる他に、どんな風に食べればいいだろうか。ジョンに問われたドラルクは指を顎に当て、そうだなぁと思案している様子で言葉を続ける。
「いつも使っている和カボチャ洋カボチャと味が結構違って確か……ズッキーニに近いのだったかな。それならしっかり煮込んでラタトゥイユにして冷製パスタに使ったり、シンプルにバター醤油で焼くなどするのが良さそうだ」
「ヌヌー」
 聞いているだけで食欲が湧いてくる。実が成るのがいよいよ待ち遠しくなるばかりだ。
「おっと、収穫するまでは皮算用になってしまうか。これから雨の日が多くなるし、油断しないようにしなければ……一緒に頑張ろう、ジョン。必要なことがあればいつでも、どんなことでも言ってくれて良いんだぞ?」
「ヌン!」
 ドラルクの頼もしい言葉に力強く頷く。クッキーを食べて元気を充填し、もうひと頑張りするとしよう。

 早くも蒸し暑い日々が続く、五月の半ば。
「よっ……と。ジョン、こんな感じで大丈夫か?」
 畑の間に立てた支柱へビニールを括り付けたロナルドに、頭の上からジョンがオーケーと合図する。どんよりと分厚い雲が空に広がる午後の三時過ぎ、ジョンは畑の雨除け作りをロナルドに手伝って貰っていたところだった。
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌヌー」
「どういたしまして。俺らにできることはこんくらいか……天気、あんま酷いことにならなきゃ良いんだが」
 昨晩の天気予報によれば、夕方から天候が一気に崩れ、台風一歩手前の暴風雨となる可能性が高いらしい。それで、昼から起きていたジョンはカボチャの畑へ雨風をしのぐ覆いを作ろうとし、同じように天気のことを気にしていたロナルドも合流して手伝ったのである。
「ヌ?」
 ぽつん、と冷たい滴が頭の上に落ちたジョンが顔を上げた。いよいよ空からぽつ、ぽつと雨が降り始めて、それはあっという間に勢いを増していく。
「やっべ、降ってきたな。ジョン、城に入るぞ!」
「ヌー……
 早足で扉へ向かうロナルドの頭に乗ったジョンは、返事をしながら後ろを振り返る。畑を覆うビニールの上へ、透明な雨水が当たっては滑り落ちていった。

 城の窓ガラスを雨がバチバチと叩き、強い風がガタガタと揺さぶる音が響く。聞いていると床も何だか揺れ始めているような気がして、ジョンは落ち着きなく居間の中を歩き回っていた。
「ジョン、落ち着こうぜ? 気持ちは分かるけどさ」
 ソファーに座って手持ち無沙汰にスマホを弄っていたロナルドにそう言われるが、どうしてもそわそわしてしまう。駄目だと分かっていても、畑の様子を見に庭へ飛び出してしまいたくなる気持ちだった。
 二時間ほど前から降り始めた雨はどんどん強くなっていき、今では風も吹き付けてくるようになっている。ニュース番組の天気予報によればこれから先、地域一帯の雨風は激しくなる一方で、気象予報士やキャスターが口々に不要不急の外出を控えるようにと言っていた。翌朝には天気が回復するらしいが、逆に言えば雨は一晩中降り続ける予報ということになる。
 カボチャ畑は大丈夫だろうか。支柱が地面から抜け、ビニールの覆いが風で吹き飛ばされてはいやしないか。折角、実が成って大きくなり始めたところなのに。暴風雨で全て台無しになってしまうのではないだろうか……
「ヌー、ヌー」
「あっこら、ダメだってジョン」
 思わず外へ走りだそうとするジョンを、ソファから立ち上がったロナルドが素早く捕まえる。持ち上げられたまま四つ足をばたばたさせるアルマジロに、退治人は困ったように笑った。
「うーん……ここで俺が何言っても不安なままだよな」
「ヌヌン……
「謝ることないって。さてと……今は十七時か」
 言いながら、ロナルドはジョンを抱えた状態で居間を出る。そのまま足をドラルク城の更なる奥、吸血鬼の棺桶が安置されていそうな場所へ歩を進めた。
「とりあえずドラルクを起こしに行こうぜ。主人の顔を見ればジョンも少しは安心するだろ」
「ヌー……
 嬉しい申し出だが、ロナルドは確かドラルクの棺桶の場所を知らないはずだ。吸血鬼にとってセンシティブな情報を、このままジョンのせいでバレてしまうのは使い魔として耐えがたい。
 そんなアルマジロの懸念を察してか、ロナルドが優しげな笑みを浮かべる。
「心配すんな。無理に場所を聞き出したりしねぇし、適当なところで下ろしてやるよ。吸血鬼の棺桶暴きなんて美味しいネタ、ここで使うのは勿体ない」
「ヌ、ヌヌヌヌー?」
 喜んでいいのか微妙な言動だが、ひとまず主人のプライバシーは当面守られるようなのでお礼を言っておく。それなら、と廊下の曲がり角で下ろすように頼むと、彼はジョンをそっと床の上へ放してくれた。ちょっとだけ待って欲しいと念押しして、退治人が付いて来ないことを何度も確認し(ロナルドのことはよき友人だと思っているが、一応の用心)、迂回した先にある階段を登っていく。
 はやる気持ちを抑えて一段、一段と上がっていき、ちょっとした踊り場に到着した時だ。
「ヌヌ……?」
 ぐん、と一瞬エレベータに乗ったかのように身体が上に引っ張られる感じがしたかと思えば、急にジョンの周囲がしーんと静かになる。窓の向こうで庭を荒らす雨風の音も、今は何故か全く聞こえない。
 何が起きているのだろうと内心首を捻りつつ、階段を登り切ったジョンは無事二階へ到着する。さて主人を呼びに行こうと使い魔専用通路の隠し扉を押し開けようとしたところで、
「ジョン?」
 一八〇年と聞き続けた吸血鬼の声が背後から聞こえ、ジョンは扉に突っ込んでいた頭をすっと引っ込めて勢いよく振り返った。
「ヌヌヌヌヌヌ!」
「おはようジョン、もう起きていたんだね」
 いつの間にか廊下の奥から来ていたドラルクが、ジョンを両手で抱き上げて優しく笑う。
「私も雨音のせいで随分と早くに目を覚ましてしまったよ。……けれど、もう大丈夫」
「ヌ?」
 ジョンを肩に乗せたドラルクが近くにある窓へ歩み寄り、ガラス窓の向こうを指した。暗闇へ目を凝らしたジョンは、その先にある景色にぽかんと口を開け、すぐ傍にある主人の楽しげな顔を見遣る。
「ご覧、静かなものだよ。今日は穏やかで良い夜になりそうだ」
 静まりかえった城の外、空は月も星も覆い尽くす分厚い雲に覆われているものの。
 今まで散々騒いでいた雨も風も、ぴたりと止んでしまっているのだった。

――それで? 一体何をしたか言ってみろ吸血鬼」
「怖い怖い怖い! 銃を下ろしたまえよ物騒な退治人め!」
 一階の廊下で合流するや否や銃を上に構えたロナルドに(銃口を直接向けなかったのは優しさなのかもしれない)、ドラルクがジョンを抱き締めながら後ずさりする。展開に追いつけてないアルマジロは、ただ両者を交互に見るばかりだった。
「こんなに急に雨も風も止む訳ねーだろ。現に近くの天気を調べてみりゃ暴風雨が続いてるって話だぜ」
「あれっ、ネット通じてるの? 古い術だったからかなぁ」
「語るに落ちたな吸血鬼」
「しまった!」
「素直に吐いた方が身のためだぜ? ネタになりそうだったら見逃してやるよ」
 心なしか浮ついた声音で言うロナルドに、ドラルクはジョンを抱える腕の力を緩めながら深く息を吐いた。「ネタになるような面白みはないと思うがね」と前置きして、周囲の雨がぴたりと止んだ現象の種明かしを始める。
「簡単な話、雨除けの結界を張ったんだよ」
「結界? お前、そんな芸当できんのか」
「無論、できるはずがない」
「おい」
「ヌー……
 堂々と胸を張るドラルクの肩に乗ったジョンは、哀愁の声で鳴いた。引きこもり生活を送る前の、全盛期の姿は遥か彼方である。
「今回使ったのは城に元々あった仕掛けだよ。君も知っている通り、吸血鬼は流水に弱い。台風などから身を守る術を昔から備えてあった訳だ。あ、言っておくが防御機能しかない結界だから催眠とか毒とか物騒な効果は全くないからな! これでいきなり退治リスト入りとか本当に勘弁してくれたまえよ⁈」
……なるほどね」
 半泣きで釈明するドラルクを真顔で暫し眺めていたロナルドだったが、やがて得心したように軽く頷いて拳銃を下ろした。気持ち雰囲気が和らいだ退治人に、ジョンも主人と揃って安堵の息を吐く。
「ジョンの手前だ、今回はそういうことにしてやるよ。……もしも面白い効果が隠されていたら、そん時は覚悟しとけ」
「無いから、ほんっとーーーに無いから。今夜ばかりは穏便に頼むよロナルド君……!」
「あ? いつになく下手に出てくるなお前。やっぱり何か」
……君の期待に応えるものでは断じてないぞ。いや、逆に聞かせてテンション下がるなら都合が良いか」
 軽く肩を竦めて、ドラルクが言葉を続けた。
「結界の起動で霊力というか魔力というか、まぁそういう感じのものを限界ギリギリまで持ってかれてね。今の私が死んだらもれなく五時間コースだ」
「ヌァッ⁈」
「バカじゃねぇの?」
 ロナルドが心底呆れた声を上げる横で、ジョンは愕然としていた。まさか、ドラルクが自分の知らないところでそんな無理をしていたとは。
 じんわりと込み上げるものがあって彼の痩けた頬に頭を寄せると、骨張った優しい手の平が頭から甲羅、尾まで繰り返し撫でてくれる。「ヌヌヌヌー」と言うより先に、ジョンの想いは主人へ伝わったに違いない。
 主従の睦まじい様子を見て、ホルスターへ銃を仕舞った退治人が何とも言えない表情で溜め息を吐いた。
……全く、クソ雑魚の癖によくもまぁ身体張ったもんだな」
 口の悪さに反して穏やかな調子で言ったロナルドに、ジョンと一緒に振り返ったドラルクは心の底から可笑しそうに笑った。
「当然じゃないか。ジョンのためだもの」

 梅雨が終わる間近、雲間から差し込む昼の日差しが空気を蒸し暑くしていった日の夕暮れ時。
「ヌヌヌー!」
 庭の畑で立派に実った何個ものペポカボチャを前にして、アルマジロのジョンは歓声を上げた。かぼちゃとツチノコを連れて応援に来てくれたロナルドの手を借りて収穫した後は、涼しい城の中で調理の準備をしているドラルクが待っている。出回り始めた夏野菜と組み合わせた料理で、今夜からペポカボチャを味わい尽くすのが楽しみだ。
 一個、二個はそのままにして、ハロウィンが来るまで保存する予定。どんな飾りになるだろうかと、今から十月が待ち遠しい。
 変わらないドラルクとのお城での穏やかな生活と、唐突にやって来るロナルドがもたらす新鮮な驚き。丸ごと楽しみ、慈しむことができるジョンはきっと、この世界で最も幸せなアルマジロに違いない。
 こんな日々がずっと続けばいいなと、夏の土の匂いを噛み締めながら宵の中で一際明るく輝く星にそっと祈るのである。