こゆ
2025-07-02 20:00:00
2995文字
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おかえり

転生現パロ
恋人だったけど別れたふたりが元鞘る話で、冒頭からモブ子とャチの絡みがあります(未遂)
ペンギンだから、シャチだから、だから一緒にいたってことを噛み締めて欲しいという話

ペンギン社会人一年生(※博士課程卒で27)
シャチが大学院生(26)




※AI学習無断転載禁止




おかえり


なぜかペンギンの顔が浮かんだ。
謝ることも、居直ることも出来なかった。ひたすら喉が渇いて、張り付いて、上手く言葉が出てこない。うなだれてそれでもなんとか謝罪の言葉を絞り出した。そんなおれに、彼女は明るく、何も気にしていないように、それは優しさかプライドか図りかねる声色だった。
大丈夫、って。そして、また次があったらそれでもいいし。シャチくんがしたいようにしていいから、って笑おうとした。ノリの良い同じ研究室のメンバーだった。彼女はおれに『シャチくんち行っちゃだめ?』と楽しそうに尋ねてきた。酒の席でのそういう意味のお誘い、お持ち帰りってやつで、魔が差した。いや、意地があったのかも知れない。なにかをしなければ、という得体の知れない焦り。
彼女の好意は気づいていたし、そんな重いものは断るべきだった。後悔が質量を持つ。足が、身体が、全てが重怠い。服を着なおした彼女がタクシーに乗って夜の街に消えていくのを見送って、そこから部屋に戻るだけで全部の気力を使ってしまったようだった。朝まで一緒にいる意味もない、お互いに。もしかしたら、もしかするかもしれない関係は、ものの一時間もたたないうちに終焉を迎えた。酒の抜けた頭が妙にクリアなことすら恨めしい。
柔らかい身体。他人の匂い。好きにしていいよ、という甘言。触れている間は確かに心地よくて、ああ、こんな感じなんだ、と興奮だってしていたはずなのに。
Tシャツ一枚で座り込んでいるとエアコンの風に汗が冷やされて、ぶるりと身体を震わせた。もう、無意識だった。手元のスマホを見る。
目的地までの終電があるかどうかわからない。わかっていても、このままこの部屋に一人いるのには耐えられなかった。部屋中に他人と作り上げた空気が充満していて息が苦しい。
頭に浮かんだ全ての疑問から目を逸らしたかったが、思考より何より身体が動いた。財布とキーケースを掴んで外へ出る。夜の空気に一瞬目を細めて、でも身体はもう駅の方向へと歩き出していた。
行先は、つい先月まで毎日 “帰って” いた場所。駅の名前も、階段の位置を計算した車両の位置もわかる。
席はいくつも空いていたけど、座る気になれない。ドア付近に立てば、窓ガラスに映りこんだ自身の表情にぎょっとして、慌ててサングラスをかけ直して、適当にまとめていた髪を解いた。
自嘲する余裕すらない。少し歩いたらこの迅る心臓も落ち着くかと思ったが、未だ最悪の気分のままだった。自室で二人きりになった相手への高揚感も、欲から生まれた熱もとっくに霧散している。腹の奥底に落ちているのは、ここまでしてもだめなんだ、という絶望だ。
『忘れさせてあげる』
彼女のその言葉が引き金だった。それは、無理じゃないか。そう反射で思ってしまった。
終電には間に合ってしまったのが、良いか悪いかすら判断がつかない。諦めて認めてしまえばきっと良で、足掻き続けている限り悪なのだ。
降りた駅から徒歩で十分と少し。賑やかな通りから少し入ったところを足を引きずるようにして歩く。こんなの、何の意味もない。わかっている。なのに、止められない。
引き寄せられるように一棟のマンションの前に着いて、中へ入る。目が痛いほどエントランスが明るい。唾を飲みこんで、オートロック前にあるインターホンを押した。
――⋯⋯」
部屋番号を押してすぐに相手が出た。けれど無言でぶつりと応答が途絶える。代わりにオートロックのドアが開いた。アポ無しの訪問、深夜、それなのに開けたのだ。あいつが。
エレベーターは三階。おれより一年先に卒業して、あいつが就職と共に引っ越したマンション。階段使うか迷う微妙な階数だよなァ。そう言いながらおれの前を歩いていた男の幻影を追うように、記憶を辿っていく。
部屋の前に立った瞬間、鍵が開く音がした。向こう側からドアが押し開けられて、ぶつかる、と思って半歩後ずさった腕を掴まれた。問答無用で引きずり込まれた室内で、閉まったドアに途端に背が押し付けられる。
上から食われるような、噛みつかれるようなキスが降ってきた。手首と後頭部におれを逃がさんばかりにまわった腕がある。ガン、と押し付けられた扉と頭の間にまわされた手のひら。痣になりそうなほど握られて手首も。遠慮なく押し付けられた体重も、足の間に入れられた膝も。身動きひとつとれないおれを十分に堪能してから、ようやく、この部屋に残されていた家主がぷは、と唇を離した。
「もうここには来ないんじゃなかったのか?シャチ」
深夜の来訪にも関わらず、目の前の男は楽しそうだった。
一個上の幼馴染、前世も含めればもう何年一緒にいたかもわからない、おれの一番。そして、元恋人のペンギンの目がおれを捕らえて、その瞳に閉じ込めて、眦を下げる。
「次にここ来たら何されてもしょうがないって、言ったよな、おれ」
言った。聞いていた。わかっていた、もうここには来ないって出て行ったのはおれ。この部屋に帰る生活が、その甘やかな行為が、おれは怖かった。この部屋と決別しなきゃと思った。それでも、来ずにはいられなかった。足から力が抜けそうになっている。
酸素をとりこもうと荒い呼吸をしながら、ぐるぐると、数時間前の出来事を思いだそうとしている。
もうここには来ない、ペンギンと別れたときにそう決めた。本当に。いつかまた友達として笑い合える日が来ても、この部屋にだけは来たらだめだって思った。
この部屋に、おれがいる限りだめだと思った。
ペンギンが就職する年齢になって、初めて思い知らされた。ペンギンには普通に幸せになって欲しいと思った。この世界で、おれがペンギンの選択肢を奪ったらだめだから、おれしか見えてないペンギンが怖いとさえ思ったから。だから、この部屋から、ペンギンから、自分の気持ちから、逃げ出したはずだったのに。何で来たんだろ。
いや、わかっている。
本当は全部。認めたくないだけで、ずっとわかっていた。あの頃だって、ペンギンはちゃんとおれを選んでいたことを。惰性で生涯を共にしたわけではないことを。
ペンギンしか、じゃなくて、ペンギンだから。
それでも。
何も言わないおれに焦れたように、ペンギンの目が細められた。
シャチ、と名を呼ばれる。目が合う。それだけでうなじがぞわりとして、冷え切っていた体の芯に熱が灯るようだった。
――⋯⋯出来なかった」
震える唇が事実を告げる。ペンギンの眉がぐっと寄せらて、怪訝そうな顔を作る。
「勃たな、かった。ぜんぜんダメで、おれ」
直前で。まさか、と思った。プライドが打ち砕かれた。
恐怖すら覚えた。彼女でもない相手だったけど、シてもいいと思った。確かにその直前まではきちんと興奮できてた筈なのに。
だって。ペンギンとシてた時は、あんなに。
最後まで言わなくとも、ペンギンは理解してしまったらしい。
あぁ、と吐息混じりの相槌をこぼして、にんまりと笑みを浮かべる。キスしたばかりの唇を舌で舐める仕草をした。目が離せない。息が苦しい。もう、身体が自分では止められないほどに。
ペンギンが欲しくて。
その欲が溶けだして全部出てしまっている。
それはそれは心底嬉しそうに、おれの元恋人は笑って言った。



 
――おかえり、シャチ」