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い
2025-07-02 08:27:05
2361文字
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線香花火
万理さんゆめ/煙草ネタ注意
「なんか、線香花火みたいですね」
「え? ああ
……
言われてみれば?」
万理さんが肺に煙を入れるたびに、その指で挟まれた煙草の先がちりちりと赤く灯る。街灯から少し距離のある、自販機だけがぼんやりと光る中でそれはやけに綺麗に見えた。わたしの言葉を確認するみたいに煙草を短くしていく万理さんの口から白い煙が吐き出されると、そこだけが真冬のようでもある。
この人にはからりとした夏の暑さもじめじめとした梅雨の湿度も似合わない、と改めて思う。肌を刺す冷たさと、ひび割れそうに乾いた空気。世界が停止したような静けさの中、白く吐き出される息を連想させるから煙草を吸う姿がしっくりくるのかもしれない。そんなことを考えながらじっと万理さんを見上げていると、いつの間に吸い終わったのか灰皿で火をもみ消していた。
「一本だけでいいの?」
「うん。暑いのに待たせてごめんね」
「ううん、大丈夫ですよ。火、綺麗だったし」
「喫煙者を甘やかす発言だなあ。煙草嫌がらない子って、それだけで今の時代なかなかいないんだけど」
「わたしの前でも最初吸わなかったですもんね」
「やめようかなーと思ってたんだよ。そうじゃなくても電子にしようかなって。でもいつきちゃんに携帯灰皿とライターもらったときに、ほんとに気にしないんだなってわかったし
……
せっかくなら使ってあげたかったから」
さっきまで紙の筒を持っていた指先がわたしの指に絡まった。そうだったのか、と内心で少しだけ申し訳なく感じていることなんて気付いていない顔で、わたしの手を引いて歩き出す。電子だとライターも灰皿もいらないのだろうか。気にならないだけで自分では吸わないから、知識がない。
「
……
やめてほしいって言われたりしたことありますか?」
「もちろんあるよ。吸わない人の前では俺も吸わないようにしてたけど、匂いが気になるとか、病気の心配してくれたりね」
「そうなんだ。リスクがわかってて吸うなら個人の自由だと思いますけど」
「あはは、そうだね。まあわかってて吸ってる俺はともかく、いつきちゃんのことはちょっと心配かな」
「副流煙のほうがよくないから?」
うん、と頷く万理さんの横顔を見てから、繋いだ手を少し大袈裟に振った。別々の熱を持っていたはずの手のひらは、もう同じだけの温度に混ざりあってひとつの塊のようになっている。ちょうどいいんじゃないですか、と呟くと、万理さんが耳を傾けてくれたのがわかって、そのまま言葉を紡いだ。
「日本人の平均寿命は女性より男性のほうが少し短いんです。副流煙のほうが身体に悪いなら、わたしのほうが少しだけ寿命が短くなるでしょ。そしたらわたしより歳上の万理さんと、わたしの死ぬ時期って大体同じになるんじゃないですかね。わかんないけど、多分。だから、ちょうどいいですよ」
本当はこんなの適当な言い訳でしかない。ネット上で得た、雑で半端な情報の組み合わせだ。けれど言い切ってしまうとなんだかはっきりとそうだ、という気持ちになってきて、自信が溢れた。「ほら、完璧です。でしょ?」と万理さんに同意を求めると、呆れてるのかただ面白がっているのかわからない笑いを返される。
「そんなこと考えながら喫煙所まで入ってきてたの?」
「や、それは万理さんとちょっとでも一緒にいたいからですけど。それに、わたしだけ外にいたら待たせてるって気にしちゃいそうですし。だから、うん、すみません、今考えました
……
」
「いいよ。いつきちゃんに言わせれば、完璧、みたいだし?」
肩をすくめて甘ったるく微笑む万理さんの顔を見ていられなくて、揺れる長い髪や白いシャツの襟に視線を彷徨わせた。
「煙草吸ってる万理さん見るのも好きです。かっこいい」
「そう言われるのは悪い気しないな。でも、俺も一服するのにいつきちゃんが待ってくれてるの好きだよ」
ただ待ってるだけなのに、何を以てそう言ってくれるんだろう? よくわからず少し首を傾げたけれど、わざわざ説明してくれる気はないらしい。言外に含んだ意味があったのかどうかすらわからないまま、煙のように空中に霧散する何かを見送る。
万理さんの言葉はいつもわたしには少しだけ難しく、上手くそれを掴めない自分を情けなく思う。いつだって本当はなにも完璧なんかじゃなく、そうだと信じたい自分がいるだけだ。その自覚はある。それでも。
「今度、花火しようか」
「え?」
「さっき。線香花火みたいって言ってたの聞いて、久しぶりに、したいなって。どうかな? 前にいつきちゃんも夏になったらしようって言ってたし
……
あ、まだ夏って言うには早いかな」
まるで内緒話でもするみたいな、優しく密やかな提案だった。そのたったひとつで、わたしはもう勝手に救われていて、一瞬前まで感じていたはずの惨めさは高揚に焼き消されていた。
「
……
したいです。もっと暑くなってからと、終わりにもしましょう」
「そんなに何回もするんだ」
「夏の間に一回しか花火しちゃいけないなんて決まりはないですよ」
確かに、と目が細められるのが、長い前髪の下でもはっきりと見える。
火をつけてから少しずつ勢いを増し、最後の一滴が落ちるのをじりじりと待つあの祈りのような時間がある線香花火は、アニメや映画なんかではいつだって一瞬の象徴だろう。けれどわたしはそれを許さない。その火が消されれば一本だけでいいの? と問いかけるし、惜しむ気持ちなんて情緒は無視して次の火を焚べてやる。それに、いつからか夏の風物詩のように語られている花火は、本来冬のほうが空気が澄んでいて綺麗に見えるのだ。だから夏が終わったって何ひとつ困ることはない。
楽しみだな、と漏らされた子供みたいな声が、暗い夜道で福音のように響く。
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