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溶けかけ。
2025-07-01 23:25:57
5809文字
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ほぼ日刊
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片翼のイカロス
天使パロ。
タイトルは榊原ゆいさんの「片翼のイカロス」からお借りしました。
書き終わったときにこの歌頭に流れていたのでイメソンということで……。
良曲なので気になった方は是非聴いてみてください。
※書いてる奴は実兄が聞いていて覚えただけなので元のアニメとゲームは見たこともないです、誠に申し訳ありません。
「フリーナ。ほら、早く」
「待ってよ、フォカロルス!」
小さな少女が白い片翼をはためかせながら駆けていく。周りには同じように白い羽が生えた者たちがその様子を微笑ましげに見守っていた。
「待って、フォカロルス
……
早いよ
……
」
「フリーナは体力がないなぁ。ほら、手を貸してあげるから」
僕達は双子でいつも一緒だった。その日は月に一度の神託の日で子どもの僕らでも人間たちの世界を覗いて良いことになっていた。
目の前に小さな手が差し出される。僕は手を伸ばしてその手を掴もうとして──
「──え?」
「フリーナッ!」
最後に見たのは色違いの瞳を大きく見開き、こちらに力の限り手を伸ばそうとする僕の半身。彼女は涙交じりの顔で僕を見つめていた。僕を追って空から飛び降りようとする彼女を大人たちが必死に留めていた。
良かった──大人とフォカロルスの様子に安堵の溜息をつく。そのまま僕は緊張の糸が解けて意識を手放した。
ふっ
……
と意識が上昇する。
どうやら懐かしい夢を見ていたみたいだ。天界から落ちてきてから早いところでもう三年になる。それは、ふわふわな雲のベッドの代わりに背に伝う粗末なスプリングの感触に不快感を覚えなくなってから三年ということでもあった。
フリーナは薄汚れた天井へと手を伸ばす。三年前、あれほど近くにあった青色の空が今では手が届かないほど遠くなってしまった。
「フォカロルス
……
元気かなぁ」
羽を分けた片割れの顔が浮かぶ。やけにあの頃のことを思い出してしまうのは先ほど見たばかりの夢のせいなのだろうか。
ころん、とフリーナは小さなベッドの上で寝返りをうつ。ギシギシと軋むスプリングの音がやけに耳に障った。
「
…………
帰りたい。キミに会いたいよ
……
フォカロルス
……
」
腕で顔を覆って、溢れそうになる雫を誤魔化す。忘れろ、思い出すな、と何度も心の中で唱えた。
「フリーナ仕事の時間だ」
ノックもなく扉が開き、小太りの男が部屋へと入ってきた。フリーナは疲労で重い体を起こすとふらふらとした足取りで男の元へと向かう。
「今日は第一王子の治療だ。失敗は許されない。上手く行けば王家の覚えが良くなるかもしれないからな」
にやにやと口元をだらけさせた男の後を追いかける。ふと、窓の外の景色に目が止まり、フリーナは足を止めた。
「
……
キミはいいなぁ
……
」
フリーナの視線の先では、一羽の雀が木の上にちょこんと止まり毛繕いをしていた。「おい、フリーナ!」苛立った男の声に驚いた雀は翼を広げると空へと飛び去っていった。
「はい、ただいま」
フリーナは窓から離れると男の後を追う。
「何を見ていたんだ?」
「
……
雀を」
フリーナの返答に男は嘲るような顔をして鼻を鳴らした。
「そんなもんは良いからお前はこれからの治療のことだけを考えろ。何のためにお前を高い金を払って養ってやっていると思っている」
「
…………
はい。申し訳ありません」
フリーナの答えに満足した男は踵を返すと先を急ぐ。フリーナはもう一度だけ雀が飛び立っていった方を見てからすぐに視線を逸らせると男のいる方へと歩き去っていった。
治療を終わらせたフリーナは部屋へと帰ってきた。室内に足を踏み入れれば背後からカチャン、と鍵のかかる音がした。
「疲れた
……
」
フリーナはベッドへと飛び込むとぐったりと横になった。体は朝よりも更に重く、指の一本すら動かせそうにない。
「痛い
……
」
突き刺すような痛みが体を刺激する。体調不良が続く王子の治療。原因は長期間に渡る毒の摂取が原因だった。天使の癒しと浄化の力は万能だが、片翼しか持たないフリーナは半端な形でしか力を使えない。他の天使は触れるだけで治せるような傷や病気でもフリーナには多大な時間がかかるだけでなく、治したことによるノックバックも深刻であった。治した傷や病気の痛みや症状はフリーナの体に反映される。転写という方が近いかも知れない。故に治療後はこうして動けなくなることも少なくない。
「帰りたい
……
」
フォカロルスの顔や友人たちの顔が次々に浮かんでは消えていく。風切羽を切られたフリーナにとって天界はどこまでも遠かった。
「君が天使か。名は何という?」
「
……
フリーナ」
翌朝。
目が覚めたら世界が一変していた、なんて、小説や舞台でしか使われないようなフレーズが我が身に降りかかるなんて誰が思うだろうか。
フリーナは目の前の銀髪の男性を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えた。いつもより騒々しい朝だった。使用人たちの慌ただしい足音や館の主の怒声、そして王族直属の騎士団の統率の取れた靴音に目を覚ましたかと思えば、あれよあれよと言う間に館の主は捕縛、使用人たちも騎士団によって何処かへと連れ出され、フリーナもこうして見知らぬ男に尋問を受けている。
「天使の誘拐、監禁、同意のない権能の悪用
……
これらの行為について君は違法であるという認識はあったか?」
男性が一枚の紙を取り出しフリーナの前に置いた。一番上には館の主の名前が書かれ、下にはフリーナにも覚えのある項目が幾つか並んでいた。
フリーナは男性の言葉に首を左右に振る。そもそも、そんな法律があることすらフリーナは知らなかったのだから。
「そうか
……
。今日から君は自由だ。天界に帰るといい」
男性(ヌヴィレットというらしい)は足を組むとフリーナに言い放った。さて、困ったことになった──フリーナは内心で頭を抱える。
帰れ、と言われて、はい、そうですか、と言えればどんなに良かったことか。そもそも片翼で飛ぶだけでも大変なことなのに風切羽を切られているフリーナは天界まで帰ることすら難しいのだ。だからといって、人間界に留まれば第二第三の飼い主が現れることは想像に難くない。そうしたらどうなるか──きっともう二度と天界に足を踏み入れることは出来なくなるだろう。人間の世界は悪意に満ちていて、天使にとっては存在しているだけで受動喫煙と同じ効果を齎す。たった三年とはいえ、浄化と治癒の力を行使し続けてきたフリーナの羽は既に白とは呼べないほどに澄んだ色を失っている。保ってあと数回が良いところだろう。
「風切羽がないんだ。帰ろうと思っても帰れない」
フリーナは一か八かの賭けに出ることにした。館の主にも告げなかった羽の話をヌヴィレットに告げる。天使にとって人間界は毒であること、権能を使えば使うほど羽が黒ずみ最後には堕天使だとして天界から追い出されることまで──自身のことは洗いざらい全て。
「ふむ。なるほど
……
」
フリーナの話を聞いたヌヴィレットは考え込む。信用に値する者に彼女を任せ、翼が生え揃うまで世話を焼いてもらうことは可能だ。頭の中には既に何人かの候補も浮かんでいる。
「私の家で暮らすのはどうだろうか?」
「え?」
飛び出した言葉にフリーナだけでなく発言者のヌヴィレットも瞠目する。誰かに彼女のことを任せる、と頭では考えていたはずだったのに。
「君の風切羽が生え揃うまでくらいの世話は焼けると思うのだが」
彼女を誰かに任せて問題が起きるよりは自らの手元に置いておいた方がトラブルの芽を摘むことが出来るのではないか──ヌヴィレットは自らをそう納得させることにした。
フリーナは暫し考え込んだ後、頷くとヌヴィレットに向き直る。
「キミがそういうなら
……
お世話になってもいいかな?」
「構わない。部屋だけはあるのでね」
そんなこんなで僕はヌヴィレットの家に転がり込んだ。
あれから数カ月経ち、風切羽だけでなく他の羽も生え揃い始めている。最近は換羽期でよく羽が抜けるので片付けが大変だ。
「ふぅ。掃除はこれくらいかな」
抜けた羽を拾い集め、袋に入れる。天使の羽は軽いが大きいから掃除も一苦労だ。
「処理は
……
うーん。燃やした方が早いかなぁ」
ヌヴィレットは綺麗だと言ってくれるが大きい分、嵩張るのだ。ふわふわで軽い布団や珍しい布の材料にもなるらしいが天使の羽なんて後々遺恨を残しかねないものはこの世から消してしまう方が良いだろう。
「勿体ないな。君の羽はこんなに綺麗だというのに」
……
ほらね。
「でも、僕が天界に帰っても羽が残り続けるのは良くないよ。僕を監禁してた人みたいに今度は天界に攻め入ろう、なんて考える人が現れるかもしれないし」
ヌヴィレットは同意を示した後、フリーナの横に腰掛けて灰色に染まった羽に触れた。
「擽ったいよ」
「
……
勿体ない」
「こんな灰色の羽、綺麗なんて言うのキミくらいだよ。僕の姉さん
……
フォカロルスや他の天使は真っ白でもっと美しいんだ。キミも機会があったら見てみると良い。きっと僕の羽のことなんかすぐに忘れてしまうはずさ」
「
……
私は君の羽が好きだ」
意固地なヌヴィレットにフリーナは苦笑する。何度、他の天使の羽の素晴らしさを説こうとも、彼は僕の羽が一番美しいのだと言って憚らない。それが少しだけ嬉しいのは内緒だが。
「
……
もうすぐ帰ってしまうのか?」
ヌヴィレットの問いかけにフリーナは曖昧に笑った。帰る──その心は今も変わっていない。年々空が恋しく感じるのはきっと天使としてどうしようもない習性のようなものなのだろう。けれど、どうしてか彼の隣にいられなくなることがこんなにも寂しい。
「
…………
うん。帰らないとね」
沈黙が訪れる。
郷愁か哀愁か。答えが出ることはない。
ただ今は彼の体温を感じていたかった。
「今日はやけに積極的なのだな」
体を預けたフリーナにヌヴィレットは苦笑する。
「少しノスタルジックな気分なんだ」
フリーナがそう言えば、ヌヴィレットの手が頭に降りてくる。大きな手はフリーナの柔らかな髪を梳るように頭を撫でた。
翌日の昼近く。朝寝坊をしたフリーナは人々の緊迫した声で目を覚ました。
「なんだろう
……
」
嫌な予感が胸をかき乱す。フリーナはネグリジェの上からカーディガンを羽織ると部屋を飛び出し、階段を転げるように駆け下りた。
「ヌヴィレット!」
エントランスへと下りたフリーナは人々に囲まれたヌヴィレットを見つけて悲鳴を上げた。ヌヴィレットの胸に深々と突き刺さったナイフ。それもただのナイフではないのは一目瞭然だった。ただのナイフであったならヌヴィレットがやられるはずもないからだ。
フリーナはヌヴィレットに刺さったナイフを見つめる。柄の部分が見えなくなるほど絡みついた黒黒としたヘドロのようなもの。それはナイフの刀身を伝ってヌヴィレットの傷口から中へ中へと潜り込んでいっていた。
これは呪いだ──フリーナの肌がぞわりと粟立つ。
このままでは死んでしまうと天使の直感が告げていた。浄化と治癒。天使の力を使えばヌヴィレットを救うことは可能だ。だが、龍であるヌヴィレットをここまで弱らせる呪いを浄化して無事では済まないことはフリーナが一番理解していた。
(ヌヴィレットか天界か
……
迷う必要なんてないじゃないか)
フリーナの脳裏を優しい姉の姿が掠めた。堕天してしまえば、二度と天界には戻れない。それはつまり、フォカロルスにも二度と会えないということだ。
「ごめん。フォカロルス。僕──
……
ヌヴィレットを助けたい」
姉の姿を振り払い、ヌヴィレットの手を握る。どうせ、堕天してしまえば使えなくなるのなら最後くらい華々しく終わらせるのも悪くない。
「大丈夫だよ、ヌヴィレット。僕が絶対にキミを助けてみせるから」
ヌヴィレットの手を両手で包み込み、ありったけの力を流し込む。眩いほどの光の奔流が二人を包みこんだ。
ヌヴィレットが目を覚ましたとき、フリーナは既にこの家にはいなかった。枕元には「さようなら」と書かれた手紙が置かれ、貸していた部屋には一枚の黒い羽が落ちているだけであった。ヌヴィレットはベッドから起き上がると周囲の反対も聞かずに外へと飛び出て馬を走らせた。力を使い切ったフリーナはヌヴィレットの目覚める少し前に目覚め、出ていったのだと聞いたからだ。
目の前が見えなくなるほどの雨の中、見知った後ろ姿を見つけたヌヴィレットは雨にも負けない声量で少女の名前を叫んだ。
「フリーナ!」
レインコートのフードを目深く被った少女が振り返る。フリーナは青い色違いの瞳を溢れんばかりに大きく見開いて「なんでここに」と口にしたあと、唇を引き結んでヌヴィレットに背を向けて走り出した。
ヌヴィレットはフリーナの前に回り込むと馬から飛び降りる。退路を塞がれて狼狽えるフリーナを力の限り抱きしめた。
「ヌヴィレット
……
なんで
……
」
呆然とした声と表情でフリーナが呟く。華奢な体は雨に濡れてレインコート越しにも分かるほど冷たくなっていた。
「君がいなくなるからだ」
非難するようにそう言ったヌヴィレットは白い首筋に顔を埋めた。
「だって
……
僕はもう
……
」
天使の力を失い、天界にも帰れなくなった。翼こそ残ってはいるが黒く染まった翼では空を駆けることも叶わず。ヌヴィレットとの約束は天界に帰るまで。天界に帰れなくなった僕は当然、出ていかなくてはならない。そう思っていたはずなのに。
「行かないでくれ。帰るところがないと言うのなら、ずっと私のそばにいて欲しい」
良いのだろうか。
今の僕には彼が綺麗だと言ってくれた灰色の羽すらないというのに。
「でも、僕はキミが綺麗だと言ってくれた羽すらないんだよ。傷を癒す力も呪いを跳ね除ける力だって
……
」
「それで良い。君がそばにいてくれるのならば」
「〜〜っ! キミって時々すごく大胆だよね!」
「君を絆すことが出来るのならば、大胆だろうと何だろうと手を尽くそう。
……
それで返事は?」
フリーナの腕がヌヴィレットの腰に回る。つま先立ちになったフリーナはヌヴィレットの耳元に口を寄せた。
「僕は────」
あるところに一匹の龍がいた。
いつも一人ぼっちだった龍は小さな天使を拾った。
ひょんなことから、天使は天へと帰れなくなってしまった。
一人ぼっちの龍と力を失った天使は夫婦となり、二人は子宝に恵まれて生まれて幸せに暮らしたとさ。
めでたし、めでたし。
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