鬼:吸血鬼っぽい何かのイメージ。血を分け与えることで増える。人を食うほぼ不死で不老の化け物。無惨様方式ではないので、普通の鬼でも人間を鬼にすることができる。共食いはしないが、上位→下位へは補強/補給として血液を分けることができる。
スレイン:大昔に姫様に鬼にしてもらった。人間と友好的な関係を築きたい姫様の言いつけをずっと守っている
伊奈帆:なんで鬼になったんだっけ。長いこと生きすぎていて、昔のことは色々忘れている
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「あれ、君……鬼だったの」
弱すぎて気づかなかった、と頭の上から降るとぼけた声。その一音一音すべてがはらわたを煮る石炭のように、体の内側を熱くしていく。スレインが守っている城に侵入してきたその男は、神経を逆撫でするのがうまかった。相性が悪いというのはこういうことなのだろう。
けれど怒りに任せて全身の力を振り絞ってみても、指の先一つも動かせそうになかった。つい先程、目の前の黒髪の青年によって地面に強かに叩きつけられたせいもあるがなによりも、スレインは長いこと食事を口にしていなかった。
髪に隠れた視界の中で見上げた男の目は、闇夜の中でギラギラと妖しい光を放っている。その視線が体の上辺をひとなでしただけで、すべてを見透かされているような恐怖が走る。自分よりも遥かに強い存在と対峙するのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
「鬼にしては弱すぎるね。どのくらい食べてないの?」
「……さあ、知りません。忘れました」
鬼は人を食らう。それ以外の食物は一切受け付けない体になっているのだ。人を食わないと酷い飢餓感に襲われて、正気ではいられなくなる。人を食わない鬼は力も弱くなり、衰弱し、そのうちに死んでも死にきれない地獄に落ちる。
鬼ならば本能的に、皆が理解していることだった。
けれどスレインはもう何十年も――もしかしたら何百年かもしれない――人を食っていなかった。何か理由があったはずだが、それすらももう鬼の力と共に抜け落ちて定かではない。けれど誰かが、そう望んだから。叶えるためにこの身を尽くそうと誓って始めたことだった。
「君のこのペンダント。随分昔の、鬼の有名な一族の紋章が彫られている」
地面に無様に這いつくばるスレインの首からお守りを奪い取って、男が語る。返せと吠えても、きらきらと月光を反射するそれを観察するその男の耳には届かない。
そのペンダントは、スレインにとって命よりも大切なものだ。あの方の――もう顔も名前も思い出せない方の、形見なのだ。
「君、名前は?」
「教える義理はありません」
ろくに動かない体のかわりに、精一杯の敵意を込めて睨みつけてやる。鬼は鬼を食えないし、殺すにしても陽光で焼くのは手間がかかる。しばらく好きに嬲らせてやれば、碌な反応も返せないスレインに飽きて興味を失うだろう。大切なこの城に長いこと居座らせる理由はない。
殴るなり犯すなり四肢をばらすなり、好きにするといい。そしてさっさといなくなってしまえ。弱りきった身体すべてから剥き出しにした敵意を、さして興味もなさそうに受け流して男はスレインを見下ろす。名前を教えなかったことに対しても、機嫌を損ねたような様子は微塵もない。
「そう。まあ、好きに呼ぶよ」
「貴方に名を呼ばれる機会など、ッ、ぇ゛、かは、っ?!」
突然、胸が締め付けられる。心臓が、肺が、それだけではないありとあらゆる内臓が内側から押しつぶされてひっくり返り、全身から汗がふきだす。何が起きたかわからない。痛い、熱い、痛い!
「っぎ、ああぁあ゛ァ! なに、が、ぁ゛」
全身の血管に熱湯を流されている。耐え難い痛みと熱に襲われて地面をのたうち回っても、過ぎた感覚はほんの少しも引いてくれない。硬くひび割れた地面を強く引っ掻いた爪が剥がれて、めくれ落ちたそれが霧散する間に次の爪が生えている。
人を食わず力を失ってからずっと、スレインの肉体の再生はひどく遅かった。こんな風にすぐに爪が生えることなどあり得ない。地面に打ち付けたはずみに頭が割れて裂けた血管が、瞬きする間に塞がっていく。痛みで焼ききれそうな脳裏にひとつの可能性が浮かぶ。こいつ。この男、まさか。
「こんな薄暗い廃墟でコウモリみたいにこそこそ暮らして、飢えもわからなくなってしまった君を助けてあげる」
「いらな、ぁ、あ゛っ、ッんぐ、ううゔ!」
ぎくんぎくんと、ぜんまいの壊れた玩具のように身体が跳ねる。自分のものではない、彼女のものではない血だ。それが全身に、毒のようにまわる。注がれている。この男に。
弱りきったスレインの身体が受け入れるにはあまりに強くて甘い、鬼の血液だ。
嫌だやめろと訴えても、強大な鬼はその気まぐれを止めてはくれなかった。体内を走る血が、スレインの体を作り変えていく。持ち主の意思など見向きもされずに、肉体だけがこの男の支配を受け入れていく。
がらんどうの城内に、絶叫だけが響き渡る。かつては繁栄していたはずの、スレインたちの家だ。今はもう誰もいない。スレインだけを置いて、皆いつしかいなくなっていた。ひとりぼっちだった。
「やだ、や、ぁぎ、い゛っ、ぁ、あああ……?!」
虚しいだけの絶叫で裂けた喉が何度も塞がって、苦痛の感覚も麻痺してきた頃。焼けるような痛みを伴う熱とは異なる熱が、男の血に食い散らかされた腹の内側に灯る。ぞわりぞわりと、背中を何かが這い上がる。カクンと震えた体は、もう痛みを訴えてはいない。じゃあ何が。なんで僕の体はこんなにおかしくなっている?
感覚を追って遠い昔の記憶を引っ張り出して、それが快感だと理解した瞬間、頭の中がスパークした。バチバチと弾けて、何十年も夜闇ばかりを見つめ続けた視界が白く飛ぶ。苦痛を叫んでいたはずの喉から、信じられないような甘ったるい声が漏れる。
「……ああ、馴染んできたかな」
「なに、こ、ぇあ、アッあ?、んぅ、う、ッ」
腹の内側が気持ちいい。変な感覚で気持ち悪い。ここ何年も感じることのなかった、動物的な感覚だった。痛みに耐えることで保っていたはずの思考が、ほろほろと崩れていく。
なんとか起き上がろうとその身を捩るが、四肢のちからはだらりと抜けて言うことを全く聞いてくれない。冷たい床に擦れただけで心地よくて、途切れ途切れの呼吸がヒュウヒュウと喉を鳴らす。
「痛いだけだと可哀想だと思って。でも君は嫌だろうから、あとでたっぷり恨まれてあげるよ。幸い僕らに時間はたくさんあるからね」
声につられてかろうじて持ち上げた視界は、何かで濡れてまともに像を結ばない。手が伸ばされる。とろけきった頭が何か反応を返すよりも早く、その手はスレインのアッシュブロンドを梳くように撫でた。そのままするりと頬を撫でられて、腰のあたりに重いものが蓄積する。
「これからよろしくね、僕のコウモリ」
暗闇で輝く赤い瞳と視線が交わる。たったそれだけで目玉がぐるりと回ってしまって、スレインはあっさりと意識を手放した。
・最後、「痛そうな描写だけだとえっちじゃないかな……」と日和りました。
・「血を注ぐ」行為は接触無しで不思議パワーで遠隔注入してるイメージです 体内に急に別人の血が湧いて出てそれに支配される。えっちだね
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