mishiadd
2025-07-01 15:47:32
3915文字
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The Morgue

【現パロ】司法解剖に運び込まれてきた眠っているだけのように微笑んでいる美しい宮本伊織さんのご遺体が死体安置所から忽然と姿を消してほしい性癖の展覧会【その他】

明らかに他殺体のようなので司法解剖に回されてきたご遺体だった。

「身長175~6cm、男性、年齢10代後半から20代前半、死後硬直の状態と死斑から死後八時間程度」

ステンレス製の味気ない解剖台の上に寝かされたご遺体はまるで眠っているかのように穏やかで、うっすらと微笑みすら浮かべているように見えた。
脈のない蒼白い肌に初老の解剖医がメスを入れる中、脇に控えている若い技師がひそひそと言った。

「本当にただ眠ってるみたいっすね」
「あの左上腹部にぽっかり開いてる刺創見てそれ言えるなら進路間違ったんじゃないか、お前」

ぴしゃりと言い放った先輩のつれない言葉に、「わかってますよ、わかってるから敢えて言ったんでしょ」と不貞腐れた口答えを返す。それから、「あれ」と急に独り言のような声音で漏らした。

「なんか……あのご遺体の顔、見覚えがあるような」
「うん? 知り合いか」
「いやそんなわけないでしょ……

胸部を開いている解剖医越しにご遺体の横顔を見る。血色を失い蒼白い蝋のような肌の、まるで人形のように整った横顔だった。すっと通った高い鼻梁に、伏せられた長い睫毛。わずかに口角の上がったような唇。――栗色がかった、柔らかな癖毛。

――あ」

若い技師がぽつりと言った。

「思い出した。Youtubeで見たことあるんだ。たまにおすすめに出てくる」
「ん?」
「シンガーソングライターですよ。っていってもメジャーデビューしてなくて自分のチャンネルでやってるだけの筈ですけど。でも俺ですらちょくちょく見るくらいだからそれなりに登録者数はいたような」

オペ着のポケットから私物のスマホを取り出した若い技師に「お前ふざけんなよ」と先輩技師が声を荒らげたが、見せられた検索結果に声量ももごもごと尻つぼみになる。Youtubeに登録されたあるチャンネルのものだった。アップされた動画は全部でニ十本にも満たないが、ひとつひとつにそれなりの再生数がついている。やや手作り感のあるPVであったり、ストリートで歌っていたものを知人に撮ってもらったようなアングルの動画ばかりだった。――そのサムネイルに映っている若い男の顔を、先輩技師も確認する。今、そこに横たわっているご遺体の顔だった。

スマホの画面と解剖台の横顔を交互に見遣り、先輩技師が若い技師にひそひそと尋ねた。

――このご遺体、身元不明だって?」
「今朝、住職が見つけたんですよ。寺の敷地内で倒れてて」

消音モードになったのを確認してから、若い技師が動画のひとつを再生する。どこかの駅前で歌いながら、拍手している固定ファンらしき女性に礼を言っている。ちょうど当人の顔が大写しになったところで停止した。――やはり間違いない、と若い技師がうんうんと何度も頷いた。

「『Iori』って名前のシンガーソングライターです。どこにでもいるようなまだ駆け出しの感じだったんですけど、まあまあビジュアルもボーカルもよくて。そこそこ女性ファンついてるイメージだったんですけど、最近急にバズったんですよね」

若い技師がYoutubeを閉じ、今度はXのアプリを立ち上げる。なにやら検索したあと、「あったこれだ」と言って引っ張り出してきたポストを見せてきた。リポストが1万件、いいねが5万件以上ついている。YoutubeのURLと画像が貼られているようだった。

「このリンクはさっきのチャンネルに上がってるPVのひとつです。こっちの画像はその歌の歌詞」
「なに?」

差し出された画面に先輩技師がタップすると、スマホのメモ帳機能を使って羅列されただけの歌詞が並んでいる。そのところどころに赤や青で注釈が入っているようだった。
なんだこれは、と説明を求めて先輩技師が若い技師を見ると、画像を拡大しながら彼は言った。

「これ―― 一見普通の歌なんですよ。ラブソング……というのか、失恋ソング……というのか。いや、ちょっと違うな。――こう、『失って初めて気付いた』系のやつです。『おまえが俺のことをこんなにも想ってくれていたことを、おまえを失って初めてわかったから、どうかもう一度だけ会ってほしい』みたいな歌詞」
「へえ。ありがちだな。それが?」
「この曲が発表されてから半年経った頃、こうやってネットで考察するやつが現れましてね。よくいるでしょ、『作者そこまで考えてないよ』って感じの重箱の隅をやたら突ついてこねくり回すタイプのオタク。もともと『解読班』って名乗ってて、そうやって何の変哲もない歌の歌詞を解読しては隠されたメッセージだなんだって騒ぐ連中だったんですけど」

すい、と画面をスクロールして若い技師が言う。解剖台から「これホルマリンに漬けといて」という解剖医の声がして、かちゃかちゃと金属の鳴る音がした。

「そいつらが次にたまたま目を付けたのがこの歌だったんです。――そうしたら今回の『解読』に限ってはね。どうも馬鹿にできなくて」
――うん?」
「この歌詞。――時制とか、使われてる単語とか、隠喩とか、そういうのきちんと揃えて変換して頭から読み返すと。
『おまえが俺のことをこんなにも想ってくれていたことを、おまえを失って初めてわかったから、どうかもう一度だけ会ってほしい』。それはいいんですけどね。これが、『おまえに胸をひと突きに貫かれて殺されて、おまえが俺のことをこんなにも想ってくれていたことをようやくわかったから、どうかもう一度だけ出逢ってほしい』――になるんです」
「『おまえに』」

ふたり揃って解剖台を見る。窓から眩い日の光の降り注いでいる中に横たわる、その美しいご遺体。



下腹部までメスで開かれている、それでもまだはっきりとわかる――その明らかな死因。左胸にぽっかりと開いた鋭利な刃物による刺し傷



かちゃかちゃと金属音の響く中、殊更に先輩技師が声を潜めて言った。

――殺されたのか」
「わかりません。このご遺体が、望んだ相手に再会した末また同じ相手に殺されたのかはわかりません」

解剖台から「ご遺体閉じます、あとでCTスキャンの結果回して」という女性技師の声がする。控えの中でもより解剖室の出口付近の方までじりじりと寄ってきていたふたりが顔を見合わせる。どのみちもう終わるようで、自分たちの出番はなかった。

「とりあえず、このことは誰かに報告した方がいいだろ」

先輩技師が自信なげに言うと、若い技師がぽりぽりと頭を掻いた。

「警察だってもうわかってるとは思うんですけどね、一応伝えときます」

そう言って、一足先に解剖室を出る。







――深夜の死体安置所だった。



今朝、一通りの司法解剖を終えたご遺体は壁面に設置されている人の大きさをした引き出しのひとつに格納されていた。シフト上がりになんとなくそこに足を向けてしまったのは、ひとえに後輩技師にあの妙な話を聞かされてしまったからだった。

冷温に保たれ、必要以上の明かりも灯さずやや薄暗いくらいの死体安置所内で、壁に居並ぶ引き出しを眺める。そのすべてに、ご遺体が収まっている。あの美しいご遺体が格納されているのは、下段の左から二番目だという話だった。

そこに、どたどたと慌ただしい足音がやってきた。振り向けば、書類を手にした若い技師が安置所に入ってきたところだった。

「あ? どうした? おまえももう上がりだろ」
「CTの結果出たんです。――自殺だったんです

……は?」とワンテンポ遅れて先輩技師が呆気にとられた声を零す。はあはあと肩で息をしながら、「自殺、だったんです」と改めて若い技師が言った。

「あの刺創、逆手で持った刃物によるものだったんです。――誰かに刺されたんじゃない、自分で」



――眩い満月の浮かぶ、宵の浅草寺で。

その境内に、若い男が脇差を持って佇んでいる。

おもむろに抜刀し、その柄に手を掛け。――逆手に握って、自らの左胸に狙いを定める。



うっすらと――口許に、満足そうな笑みすら浮かべながら――



「なんでだ?」とぽろりと先輩技師の口から零れる。

「なんでだ。――待ってたんじゃ、なかったのか」
「出逢えなかったんじゃないですか」

若い技師が、無意味にぱらりと手にした書類をめくりながら言う。その目は何も見ていなかった。

出逢えなかったから、やり直しに行ったんじゃないですか」

先輩技師が若い技師を見る。思いのほか本気の目をして、彼は言った。

「そうやって、ずっと待ってるんじゃないですか。何度も何度も、繰り返し繰り返し。――また出逢えるまで

沈黙が落ちる。――ご遺体に囲まれた部屋で、生者がふたり。

ややあってから、ようやく先輩技師が口を開いた。

――だったとして――なぜ、笑ってた?」
「はい?」
「なぜ、あのご遺体は笑ってたんだ。幸せそうに。逢えなかったんだろう?」
「先輩誰かと付き合ったことないんでしたっけ」

フン、とどこか揶揄うような声音に先輩技師が若い技師を見る。かさり、と書類を手にしたまま、彼は肩を竦めた。



「逢瀬の約束って、待ってる間も楽しいでしょ」



ふたりで顔を見合わせる。そのまま、同時に壁際へと目を遣った。――下段の左から二番目の、引き出し。

がらがらとふたりがかりで引き出した。なんの重さも感じさせずあっけなくからからと引き出されたその引き出しは、






――空っぽの、もぬけの殻だった。






The Morgue・了