【町のウワサ-プロローグ】

『安寧の灯』番外編シリーズ「町のウワサ」のプロローグ。



「鈴木くん、貼り紙の内容はそのまま書き写してはいけないよ。要点や断片的な情報だけをメモするんだ」

「さもないと、噂を広めた張本人が「真似するな」と報復しにくるからね。馬鹿げた話に聞こえるだろうけど、それで不幸に見舞われた町人は数多くいる。私のかつての友人たちもその被害者さ」


―――町の噂その5
「町の貼り紙を誰が書いて、貼っているかだって? 気になるよね。でも深追いするのはやめた方がいいよ。真っ当に長生きしたいならなおさら。短く悲惨な結末で締める人生にしたいなら別に構わないけれどね」


貼り紙というのは、好奇心旺盛な人間を惹きつけるのに打ってつけな手段だ。ぺらっぺらな紙切れ一枚に惹かれるなんて、あまりにも簡単すぎて最初は拍子抜けしたな。人間ってよく分からない。でもそんな人間たちにとってはボクらのような不可解な存在――怪異の方がもっとよく分からないみたいだけど。

怪異は全てがそうとは限らないけど、大抵人間が発する「噂話」から生まれることが多い。本来は何の根拠も無い、嘘に近い話だったのが、人から人へ伝わるにつれてどんどん尾ひれをつけて解釈が拡大していく。すると曖昧だったもやがはっきりした輪郭へ形取られていく。
そしていつの間にか不可思議な噂――怪異は現実のものになる。話を聞いて信じた人間が多いほど、周囲に与える力は強くなる。

ボクは無名の怪異だから、大した力は持っていない。そもそも何がきっかけで生まれたのか自分でも覚えていない。人間や動物のように「親」と呼べる存在がいないから、確かめようがない。



ぺたり、と紙をテープで貼りつける。

――町の噂その99
「町の役場では深夜に謎の呻き声が聞こえるんだって。役場って夕方には閉まるのにどうしてだろうね」


「これは役場の裏手に住む杠葉ゆずりはの声だな。あいつの寝言はひどくうるさいからな」

背後から平淡な男の声がした。振り向くよりも先に、貼りつけたばかりの紙がボロボロと崩れ、地に落ちるより前に跡形も残らず消えてしまった。これは噂の真相が明かされたときに起こる現象。つまり正解ということを示すのだが……

「最近噂の質が下がったんじゃないか? 子供騙しの推理みたいだぞ。いや、推理にすらなってないな」

「お前の持ってくる噂は面白いからあえて放置していたが、こうもつまらない話ばかり増やすならお前の存在価値ごと消さないといけなくなる」

「なぁ、俺のそっくりさん?」

ぬっ……と、視界の真上から男に覗き込まれる。目は三日月状に細く、口角は不気味なほど吊り上がっている。これをどういう顔か答えるなら、笑顔というしかないが、こんなおぞましい表情を笑顔と捉えていいのだろうか。口裂け女の方がもっとマシな顔をしている。

この男――安栖あずまいは、人間の見た目をしているが、本性は神様の皮を被った怪異だ。数百年前のボクはそうとは知らず、安栖の姿を真似た。人間の寿命は短いから、同じ姿で居続けてもバレないだろうと。
しかし安栖はずっとこの町にいる。顔も雰囲気も変わらない。唯一変わったとしたら、身長が伸びたことくらい。だからボクの身長と安栖の身長には差がある。

「逃げたいなら逃げてもいい。だが噂の質が低いままを維持するつもりなら、俺はまたお前を捕まえる」

安栖はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら、視界から退く。少し間を置いてからおそるおそる振り向けば、そこには誰もいなかった。