shiroyakei
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初めて

20250614 第1回オロイフワンライ

 見慣れた天井、寝なれたベッド。ふんわりと洗剤が香るシーツは、きっと母さんが昨日干して洗ってくれていたからだと思う。
 旅は終わった。イファは、昨日までのナタの各部族の集落をめぐる旅を終えて、花翼の集いにある自宅へと戻っていた。自分が別の環境に置かれたときにでも、睡眠はよくとれていたと思ったのだが、積まれた疲労感を癒すのには住み慣れた自宅に勝るものはなかった。
「んもうこんな時間か母さん、起こしてくれてもよかったのに」
 たくさんの友達ができた。いい旅だった。しかし今日からはそんな非日常のような旅を終えて、いつもの日常を過ごさなければならないのだ。昨夜は荷物だってそのままに寝てしまったし、竜たちの世話の手伝いだってしなければ。旅の合間にも参考書程度は開いてはいたものの、勉学にも復帰しないといけない。まずは顔を洗って、診療所へと向かうか、とイファはひとつ背伸びをした。

「あら、おはようイファ。ちょうど呼びに行こうと思っていたところよ」
「母さん、起こしてくれてもよかったのにって、え」
 イファは目の前の光景を見て驚愕した。旅の最終日、謎煙の主で出会ったミステリアスな青年が目の前にいたからだ。逃走劇に巻き込まれ、一緒に黒曜石の老婆からの叱責を食らう羽目になった人物が、彼の雰囲気に似つかわしくない数本の大根を抱いてうちにいるのだから。
「こんにちは、昨日ぶりだね。」
「え、ああこんにちは? どうしたんだよいきなりていうか、なんで俺の家知っているんだ」
 うろたえるイファをそっちのけで、青年はずい、とイファの瞳を見つめる。深くかぶったパーカの隙間から除く、ルビーとターコイズのオッドアイ。
「君の魂は、見つけやすかったから」
 にこ、と微笑む青年に、イファはうろたえてしまう。
「あ~、ともかくだ、俺に用があってわざわざここまで来たんだろう? ここは診療所だ、場所を変えないか?」
「わかった。」
「母さん、少しだけ時間をくれないか? あとで手伝うからさ」
「昨日帰ってきたばかりだし、少しぐらいはいいわよ。ゆっくりお話ししてきなさい。ショコアトゥル水とクッキーが台所にあるから。」
「ありがとう、いただくよ。えっと、オロルン、だったよな? 俺の部屋でいいか? 昨日帰ってきたばかりで少し散らかっているんだが」
「かまわないよ、イファ。」
「じゃあ手伝ってくれ、その大根は俺たちにくれるものなんだろ? 台所に置くついでに、ショコアトゥル水とクッキー運ぶの手伝ってくれ」
「わかったよ、イファ。」



「んで、なんでまた急にうちにきたんだ?」
 ショコアトゥル水を口に運びながら、目の前の椅子に腰かけるオロルンにイファは問いかける。きっとすぐに会える。そうは思っていたが、まさか翌日に会えるとは思ってなかったのだ。
「君ともっと話がしてみたくて。あと。ばあちゃんにいっしょに怒られてしまったから。ごめん、」
「あー。黒曜石の老婆は俺も初めて会ったからおどろきはしたが別にいいよ、久々だったしな、追いかけっこみたいなことしたの」
「おいしいな、このクッキー。」
「そりゃどうも。」
 こいつかなりマイペースだなあ、とイファは笑った。昨日会った時はすべてが急で落ち着いていなかったから気が付かなかったが、オロルンの間は独特で、見ていて飽きない感じがする。これはイファの勘だったが。
「俺ともっと話がしたいってことは、友達になりたいってことか?」
……とも、だち」
「えっそうじゃなかったのか?」
「いや、初めての提案だよ、そんなこと。集落では僕は浮いているし、考えたこともなかった。」
「そうなのか。お前おもしろいから俺は友達になりたいけどな」
イファがクッキーを手にするのを見て、オロルンも二枚目のクッキーへと手を伸ばす。
「友達。いい響きだな。君のことが気になるから、僕は君と友達になりたい。」
「ふはは、おもしろいやつだなあ、おまえっていいぜ、友達になろう。じゃあ俺はお前の初めての友達ってことで」

 イファはひとしきり笑った後、オロルンに手を差し伸べた。オロルンは少しとまどった後、イファの手を握り返す。
「昨日は気が付かなかったが、君の手はあったかいんだな」
「そうか? 普通体温だと思うぜ、それよりお前が冷たいんだろ」
「いやそんなことはないはずだ。」
する、とオロルンの指がイファの指に絡む。イファの息をのむ音はオロルンには聞こえていたはずなのに、オロルンは無視して手のひらを自身の頬にあてた。
「君の手は、あたたかいし、やさしい。」
「あ、えっ
 すり、と続けて頬すりするオロルンに、耐えきれないイファはオロルンの頭をはたいた。
「おい、なにすんだよ!」
「僕がやりたかったからしたんだ。問題があるのか? 君も多分いやじゃないだろう?」
「何いってんだ、っ」
 イファが抗議の声を上げようとしたときだった。
「ごめんイファ、診療所へ降りてきてくれないかしら。急患がでたらしいからお留守番お願い」
「あ、ああ!! わかったすぐ行く。」
 イファはば、とオロルンの手を振りほどくと、バタバタと診療所へ行く準備を始めた。
「ああ、オロルン。お前も診療所来い。まずは初めての友達らしく、お話からしようぜ。」
「お話」
「ああ、留守番といっても最近はまだ忙しくはないほうだからさ、話相手になってくれよ。」
 そういうと、まだじんわりと熱を持ったままの手で、オロルンの手を引いた。初めての友達。
 きっとこれから、じんわりとひろがる関係。