郊外の倉庫で過ごした時間から既に一ヶ月が経過した。
あの日の出来事を越えたからと言って、俺とパイセンの関係は大きく変わらなかった。
何もかも今までと大きく変わらない、いつも通りの日
――のはずだった。
「おう、ライト!」
律儀なパイセンが珍しく連絡もなしに郊外へやってきた事以外は。
【拝答、愛しの岡目八目サマへ】
無言で見つめられる事は多々あれど、今回は何やら違う雰囲気を持つ黄色の視線が突き刺さる。
こう、言うなれば
……好奇心旺盛に虫でも観察しているような目つきだ。当然の如く居心地は良くない。
「
……で、何の用すか」
「お前が拾われてきた時から今の今までずーっと気になってたんだけどよ」
「だいぶ昔の話を引っ張って来ましたね
…」
相槌を打ちながらエナジーバーを齧る。
「それってどんな味なんだ?」
「しかも、藪から棒すね
…」
「いいから教えろって!」
「どんな、味
…?まぁ、甘いのと、口ん中の水分持ってかれますね」
「美味いのか?」
「いや、別に
…。普通っすけど
…」
「じゃあ、美味くもないのに何で昔っからそればっか食ってるんだ?」
「腹持ちと栄養バランスがいいんですよ。そもそも、腹に入れば一緒なんで
……」
「ほーん」
ここまで質問攻めにして来たにも関わらず、突然興味を失ったかのような空返事。
「うっし、さんきゅ!」
「え、それだけっすか?」
「おうよ!邪魔したな!」
「ライト!今、ビリの字の声が聞こえた気がしたんだが
……ってどうした?」
「台風の間違いだ
……」
「台風?」
そう言ったきり。
あの質問攻めが何だったのか分からないまま、数日が経過した。
「よっ!ライト!」
パイセンから呼び出しを受け、郊外の片隅で落ち合った。
「街じゃなく、郊外を指定するなんてどんな風の吹き回しすか」
「ちょっとな!」
「しかも昼飯を食わずに来いって書いてありましたけど
…」
「おうよ!」
自慢げに胸を張るパイセンの手元には銀色のバッグ。
保温か保冷のバッグのように見えるが、常に身軽なパイセンが鞄を手にしているなんて珍しい事もあるもんだ
――などと感心している間に何やらバッグから取り出された包みとドリンクカップ。
「じゃじゃーん!」
「
……サンドイッチ?」
「おう!鮮度が命らしいから早速食ってくれ!」
「じゃ、有難く
……」
数日前と同じ視線に晒されながら、色鮮やかなサンドにかぶりつく。
何の事はない。俺にとって食事とは、ただ顎を動かして嚥下するだけの作業だが
――俺の顔を食い入るように見て来るパイセンの視線はどうしても気になって目が泳ぐ。
作業と言っておきながら難だが、気まずさのあまり
……正直、味がしない。
味わう事に楽しみを見出していない、栄養が取れればいいと言う意味の作業なだけで、味がしないものを飲み込むタイミングが分からず、長らく咀嚼を続けて誤魔化す。
「ライト、美味いか?いつものエナジーバーと比べてどうだ?」
すると、俺の顔を覗き込むようにして笑顔のパイセンが見つめて来た。
何とか飲み込んだものの、冷や汗が噴き出し、思わず言葉に詰まる。
「まぁ
…んん、かなり美味いっす
……」
「どう美味いんだ?」
「どう
……って
…」
しかも、パイセンから食レポを求められるとは思っていなかった。
冷や汗が引っ込み、さっき飲み込んだサンドイッチだった物体がせり上がって来そうな程、喉が苦しい。
「えと
……肉は柔らかいし、野菜も新鮮で
……」
「そっかそっか!」
やっと捻り出した言葉は掠れていた。
やぶれかぶれな上に曖昧過ぎる感想だったにも関わらず、何故だかパイセンは楽しそう
――いや、嬉しそうに見える。
同時に俺の胸がじんわりと温かくなっていく。
色々な事が一度に押し寄せ、一体何がどうなっているのか分からず、サンド片手に混乱していると
――。
「やっべ!次の仕事に行かねぇと!じゃあな、ライト!」
「え」
銀のバッグを引っ掴み、逃げるように去っていってしまった。
結果、呆然とする俺だけがぽつん、とその場に残された。
「あー!ライトってばズルーい!」
「
……ん?」
混乱の渦に翻弄されていると、不意にかけられた声で我に返る。
この声は、バーニスだ。
「それ、並んでも滅多に買えないやつなんだよー?」
「そうなのか?」
「一口ちょーだい♡」
「一口だぞ」
「ありがと~!」
差し出したサンドイッチにこれでもかと大口を開けてかぶりつく。
「んん~!シャキシャキの野菜に、舌の上でとろけてなくなっちゃうローストビーフ、辛みのあるスパイシーソースが全てをまとめてる、これぞ最高って感じ!」
頬を押さえ、咀嚼しながら喋っている。
ルーシーがこの場にいれば、行儀についての説教をされていただろうが、今はお嬢はいない。むしろ、俺にとって天啓に等しい一連の言葉に思わず目を見張る。
「ねねね!ライト、もう一口だけ、ちょうだ
――」
「バーニス」
「ライト、どーしたの?なんかすっごい真面目な顔してるけど」
「一口と言わず、残り全部やるから俺に食レポを教えてくれ」
「食レポ
…?んー
…いいよ~!面白そうだし!」
当然の如く俺の反応は不可解なようで、一瞬首を傾げたが、すぐに快諾してくれた。感謝してもしきれない。
まぁ、何はともあれ食レポの語彙を増やす事に決めた。パイセンの喜ぶ顔はいくらあってもいい。
同時に、この日を境に何かを謀るかのようにパイセンは俺に様々な物を食べさせ始めるのだった。
――Case1:丸いドーナツに似た菓子。
「ん
……まぁ
――ッ!?」
「なぁ、どんな味だ?美味いか?」
「いや
…っ
…歯ァ溶けるかと
……。あー
…俺でも甘い、っすね
…」
「なるほどなるほど」
――Case12:六課にいる鬼の嬢ちゃん並みに青いカレー。
「おぉう
……すげぇの持ってきましたね
…」
「食ってみろって!ほら!」
「ん、まぁ
…見た目よりかは
……」
――Case20:モックスも驚くほど赤いラーメン。
「
………まじで食うんすか」
「俺の奢りだぞー?食えないのか?」
「いや、頂きますけど
――ッゔ
…」
「味はどうだ?」
「
……イタイ」
「えっ」
――そうしたやり取りを30回ほど繰り返した、ある日。
「よう、ライト!呼び出して悪いな」
パイセンの部屋に呼び出された。映画鑑賞でもするんだろう。
あわよくば恋人らしい事を
――などと考えないようにしてはいるものの、期待を隠し切るので精一杯の状態。つまり、起こればいいな、と思っている。
「いーえ、別に。オフなんで」
とはいえ、下心だけで好きになった訳ではないので、顔に出さないようにしながらパイセンの部屋に入る。
「今日はお前にサプライズがあんだよ」
「つまり、これを付けろって事っすね?」
「おう!何があっても合図するまで取るなよ!」
「はいはい、分かってますよ
…」
もしや、と期待に胸を膨らませながらソファーに腰を下ろし、テーブルの上に置かれていたアイマスクを装着する。
俺の目の前で手を振っているようで風が鼻先を掠めていく。見えてはいないが、笑みが零れた。
「そのままだぞ!待ってろ!」
それにしても何だか騒がしい。
そして、何やらいい匂いがして来たような
――。
「よし、取っていいぞ!」
どれだけ時間が経過したかは分からないが、許可が出たので一旦アイマスクを外す。
すると、目の前には数々の料理が並んでいた。サラダ、スープ、ハンバーグにパン。
なるほど、匂いの正体はこれだったのか。
「じゃじゃーん!」
「
……これ、って
…」
改めて見るとスープやサラダに使われている野菜のサイズがまばら。
ところどころ焦げた跡が残り、焼きすぎて硬そうに見えるハンバーグ。
既製品には見えない。見紛う事なく、手料理だ。
「実は
…お前にメシってものを“美味い”って思って欲しくてよ」
恥ずかしそうに視線を逸らすパイセンの手を見ると、普段ならば付かない位置
――いや、今まで見た事のない位置に傷が付いている。
料理に視線を落とすと、サラダのキュウリもスープの人参も歪な星型に切られているではないか。
つまり、これは
――。
「いただきます」
「お、おう
……!」
まずは、一通りの料理を口にする。
「ん、どれも美味いっすよ」
「そうか、よかった
…!!」
正直な感想を口にすると、パイセンの顔に満面の笑顔が咲く。それにつられるように俺の口元も綻ぶ。
「ただ、」
「ただ!?」
「サラダのドレッシングは酸っぱいです。付け合わせの野菜もハンバーグも火が通り過ぎてますし、玉ねぎのソースなんでしょうけど
…苦味を感じます。スープは胡椒を入れ過ぎて辛いっすね」
「ゔッ
…!不味いなら不味いって言ってくれ
…!」
「いーえ、美味いっす」
改めてハンバーグを口に運ぶ。やっぱり美味い。
酷評しながらも次々に料理を平らげていく俺の顔を不安そうな顔をしている。
「つまり、えーと
…何だ、これがお前好みの味って事、か
……?嫌よ嫌よも、的な
…アレか
…?」
「パァイセン
…分かってないっすねぇ
…」
「えッ!?なら、もっと塩入れるか!いや、酸っぱいなら砂糖か
…?こういう時はどうしたらいいんだ!?」
「フフッ」
「おいッ!その顔と笑い方はぜってー分かってんだろ!」
「岡目八目っすよ、パイセン」
「オカメ
……待て、俺様はインコじゃねぇ!!」
「ふはっ!!」
きっと、人間と同等の味覚を持たないあんたに“人間の美味い”は一生分からない。
それでもいい。
あんたが俺の為に用意してくれる食事は、俺だけのもの。
そして、全ての食事を作業だと思っていた俺のためのもの。
あんたが何を思って俺に食事を用意しようと思ってくれたのかはまだ分かっていない。
だが、そのお節介で俺は食事を作業だと思えなくなってしまった。
そう、これから先ずっと。
死が二人を分かつとも、責任を取ってもらわんと割に合わん。
END?
☆スペシャルサンクス☆
チャンジャ真紀さん
https://x.com/chanjaguru
↓こちらのツイートからのインスパイアです!
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