AON12345
2025-06-30 22:12:39
11136文字
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すお愛され微ホラー(モブ神様あり)

完成版はpixivに載せてます

 
眠りについた町を駆ける足音がひとつ。まるで何かに追われるかのように走るその人物は、高架下でついに頽れた。

荒い呼吸を繰り返す彼の背後から黒い影が手を伸ばす。 “それ”の気配を嫌というほど感じ取っていたからこそ、捕まったら終わりだと脳が警鐘を鳴らしている。しかし体力が底をついた身体では動こうにも動けない。喉が灼けるように痛む。
真っ黒な“それ”を視界に収めてなお、逃げを打つことができない身体に焦りが募り、冷や汗がこめかみを流れる。にげろ、にげろ、と思うほど“それ”は無情にも迫ってくる。つかまる、と思った刹那“それ”が姿を消すと同時に彼の隻眼を光が貫いた。呆然としていれば段々と暗闇が取り払われていき、町が日々の日常に色付いていく。

「あさ、、、」
 
無意識に詰めていた息を吐き出せば、安堵から一気に身体の力が抜けた。先程まで少しも動かなかった身体が遅れて恐怖に震えだす。ぎりぎりで助かったはいいが、しばらくは動けそうにないなと思いながら彼ー蘇枋はしばしの安息を得た。



————————————


 
ホームルームが始まる前に級長、副級長を集めて屋上で話をしながら梅宮は蘇枋の様子を密かに伺っていた。
屋上に入ってきた時に挨拶してくれた蘇枋は一見すれば普段と変わらない様子だった。しかし桜たちには気付かれていないようだが、蘇枋より背が高い梅宮にはその隠された首元に覗く包帯が見えてしまった。横から微かに息を呑む音が聞こえたから柊も気付いたのだろう。話している時に水を運んでくれた杉下も蘇枋の横を通る時にほんの僅か驚いた顔をしていた。
しっかり巻かれていた割に手や顔には傷一つなく、他の生徒と談笑する様子も普段と代わりない。顔色が少し青白いような気がしなくもないが、気がする程度で断言はできない。話を聞こうにもきっとはぐらかされるんだろうとは思うが、可愛い弟分を心配するのは止められない。

話し合いが終わって各々が教室に戻るために動き始める中、柊と杉下に物言いたげな視線を送られた梅宮は心得ているというように頷き返す。

「悪い!蘇枋はちょっと残ってくれないか?確認しておきたいことがあるんだ」
「なんで蘇枋だけなんだよ。てか確認したいことって何だ」
「まあまあ桜くん。すぐ終わるだろうし楡井くんと一緒に先に戻っててくれていいから」
「わ、わかりました。先に戻ってますね、ほら行きましょう桜さん!」
 
案の定というか桜たちには怪しまれたが、蘇枋を引き止めることには成功したので良しとする。


「それで、俺に確認したいことって何ですか?」
 
梅宮、柊、杉下、蘇枋の四人の他に人がいなくなったタイミングで、ほんの少し警戒を強めた様子の蘇枋に直球で聞くべきどうか考える。真っ向から向かっても躱されることは目に見えているが、やはり梅宮は直球で聞くことにした。

「首の包帯が見えちまってな、どうしたのかお兄ちゃんに聞かせてくれないか?」
「あぁ、ちょっと蕁麻疹ができちゃっただけですよ。ご心配には及びません」
「本当に蕁麻疹か?困っていることがあるなら頼って欲しいんだ。力になるぞ!」
「いえいえ、本当に大丈夫ですよ。確認したいことがこれならもう戻ってもいいですか?」
 
頑ななポーカーフェイスにやはり一筋縄ではいかないかと思わず苦笑してしまう。このまま追及しても暖簾に腕押しだろうと今日のところは一旦退くことにする。
 
「分かった。引き止めて悪かったな、でもいつでも頼ってくれていいんだからな!」
「はい、ありがとうございます」


「どうするんだ?あれは確実になんかあるだろ」
「本人があの調子だからな、ひとまずは様子を見るしかないだろう」
 
蘇枋が去った屋上で柊が問いかけてくるが、梅宮とて明確な答えを見出せていない。
 
「柊は見回り中とか蘇枋のことを気にかけてやってくれ。杉下もなにか分かったことがあれば報告頼む!」
「ああ」
「はい」
 
二人の力強い返事にひとまず安心したのが数日前だった。



————————————



「え、蘇枋が来てない?」
「そうなんですっ、連絡もつかなくて、もし蘇枋さんの身に何かあったら、、、!」
「っやっぱ探しに行くぞ!こんな所で待ってられるかってんだ」
「あー待て待て、まず何があったのか詳しく話せ」
 
蘇枋の包帯に気付いてから柊たちと密かに蘇枋を観察して、少しずつ痩せてきているように感じていた時だった。
そろそろ改めて問いただすべきかと考えていたところに、桜と楡井が真っ青な顔で屋上に飛び込んできて、蘇枋が学校に来ていない上に連絡すら付かないというのだ。
不安に駆られる二人を柊が説明を求めながら落ち着かせた。

「桜たちは何か心当たりはあるか?最近の蘇枋の様子が変だったとか、些細なことでも何でもいい。違和感を感じていたことがあれば教えてくれ」
「・・・違和感って程でもねえが、ぼーっとしてる時がたまにあったな」
「確かに二、三度声をかけてようやく気付くってことが最近多かったっすね。お疲れだとばかり思ってたんですが、もしかして体調が悪かったんでしょうかっ?」
「あ、あと首を気にしてた気がする。あいついつも後ろで手組んでるけど、最近は首を触ってるとこを何回か見たぞ」
「確かに!俺も何度か見かけました」
 
首、という言葉に数日前に見た蘇枋の包帯が思い浮かび、思わず柊、杉下と目が合った。

「なるほどな、探すとすればまずは蘇枋の家に行くよな?家の場所は分かってるんだろ?」
「「あ」」
「知らないで探しに行こうとしてたのか、、、」
 
知っているだろうと思って梅宮が尋ねればまさかの返答に柊が頭を抱えた。

「うーん、かといって闇雲に探すのもなぁ。蘇枋がどこかで動けない状況なら早く保護するべきだしどうするか」
「だからさっさと探しに行くんだろ!どこにいるかわからねぇーっつうなら手当たり次第でも探したほうがっ、、、こんな時に誰だよ!」
 
顎に手を当て考え込む梅宮に、感情的になって噛み付く桜を唐突な着信音が遮った。
 
「っ十亀か?今立て込んでるんだ、後にしてくれ、、、梅宮?いるけど、、、は?なんで、、わーったよ。梅宮、十亀が変われって」
「梅宮“さん”だ!」
 
イライラとした様子ですぐに電話を切ろうとしていた桜だが、梅宮に代われということで渋々携帯を渡してきた。杉下は相変わらずのようだ。

「もしもし梅宮だ。何かあったのか?」
『急にごめんねぇ。お宅の蘇枋くんのことなんだけど、本人は知られたくないみたいだから桜たちには聞かれないようにしてくれる?』
 
不意の蘇枋の名に思わず携帯を持つ手に力が入るが、桜たちには気付かれていなさそうだったため、いがみ合う二人を尻目にジェスチャーで席を外す詫びをいれてから屋上を後にする。

「今は俺一人だ。蘇枋について何か知ってるんだな」
『今朝方、うちとのシマ境で倒れてるのを見つけてね。今は俺の家で寝かせてるんだけど、色々と複雑な事情があって暫く保護することにしたんだよねぇ』 
「複雑な事情、?桜たちにも知られたくないって、、、もしかして首元の包帯と何か関係があるか?」
『あれっ知ってたのぉ?なら話は早いや、多いに関係してる。それ知ってるのって梅宮だけ?』
「いや、あと二人いる。柊とうちの一年だ。蘇枋も俺たちが気付いている事は分かってる」
『ならその三人でおいでぇ。案内役を向かわせたからぁ』
 
案内役?と聞き返す声を見知った大きな声が遮った。

「うめちゃーーん!迎えにきたよーー!!」
『タイミングばっちりみたいだねぇ。丁子が俺の家まで案内してくれるから。待ってるよぉー。』
「あっおい!」
 
一方的に告げて電話を切った十亀に詳細を聞くことを諦めた梅宮は再び屋上に戻り、校庭にいる兎耳山に声を掛ける。

「兎耳山ー!悪いが少し待っててくれー!」
「おっけーー!!」
「で?十亀はなんの電話だったんだよ。てかあいつって獅子頭連の頭取だろ?迎えにきたって一体なんの話だよ」
 
蘇枋の捜索を足止めされて目に見えて苛ついてる桜に携帯を返しながら、先ほど考えた口上を述べる。

「ああ、なんでも獅子頭連とのシマで蘇枋を見たっていう人がいるらしい。商店街に向かって歩いていたらしいから取り敢えずは無事とみていいだろう。
蘇枋のことだし向こうでトラブルは起こしてないと思うが、念のため俺たちで話を聞きに行ってくる。桜たちはここで待っててくれ。
兎見山は蘇枋を見たっていう人の所まで案内してくれるそうだ」

ひたすらに蘇枋を心配する桜たちを騙すのは心苦しいが、事情が分からない以上深く関わらせるのも危険だし、これで俺たちが獅子頭連のシマに行ったところで違和感もないだろう。

「で、でも蘇枋さんが無事なら連絡がつかないのはおかしくないですか、?それになんで向こうのシマに一人で、」
「そうだぞ!俺たちも行く」
「だが蘇枋はこっちに向かって歩いてたって言うんだぞ?蘇枋が獅子頭連のシマにいた理由は分からんが、入れ違いになるのはよくない。
もしかしたら携帯を忘れているだけかもしれないし、取り敢えず俺たちが戻って来るまではここで待っててくれ。な?」
「・・・わかり、ました」
「ちっ」
「ありがとな!大丈夫!お兄ちゃんに任せなさない!」
 
そういって二人の頭を撫でてやれば、少しだけ肩の力を抜けたようで一安心する。

「それじゃあ、柊、杉下。行こうか」



————————————

 

ゆさゆさと身体を揺すられる感覚に意識が浮上する。ゆっくりと目を開けば心配そうな顔でこちらを覗き込む翡翠色と目が合った。

「と、がめさん、、、?」
「うん、十亀だよ。目覚めて良かったぁ、起きられる?」

だるい身体に鞭打ってなんとか起きがったものの、座っていても重心が安定しない蘇枋の身体を十亀は優しく受け止めてくれた。冷えた身体に十亀の温かな体温がじんわりと伝わって心地いい。

「すみません、、ありがとう、ござい、ます」
「気にしないでぇ。それよりもなんでこんな所に?今日は平日だし学校もあると思うけどぉ」
「・・・」
 
質問に答えない、いや答えられない蘇枋に何を思ったか十亀が予想外のことを口にした。

「ねぇ、蘇枋くんってもしかして視える人だったりする?」

なぜそれを、思わず反応してしまった身体に内心で舌を打つ。誤魔化さなくてはと口を開こうとして気付く。この状況からどうして蘇枋が視える人だという発想に至ったのか。まさかこの人も、

「実は俺、寺の息子でねぇ。ある程度は視えるんだ。直接見ない以上は詳しくは分からないけどその首、胸の所まで広がってるのかなぁ。瘴気がべったりついてるよ」

寺の息子、それなら理解が早かったのに納得がいく。なんとかしてくれるのではないかと思ってしまったらもう駄目だった。独りで抱え込み続けた蘇枋は心身共に限界だったのだ。思わず縋るように十亀を窺えば、大丈夫というように優しく頷いてくれた。

「桜にはオレから伝えておこうかぁ?その状態じゃ学校行けないだろう、し、?」

携帯を操作しようとする十亀の服を無意識に掴んでいた。驚かせてしまったのは申し訳ないが、こんなことに桜たちを巻き込みたくはないのだ。

「さくら、くん、たちには言わない、でくだ、さい。おねが、いしま、すっ」
「、、、分かったよ。でも風鈴の誰かには伝えといた方がいいと思うし、誰なら話してもよさそう?」
「、えっと、、うめみやさ、んなら」
「りょーかい。後は俺に任せてゆっくり休んでていいよぉ」
 
そういって俺の目を温かく大きな手で塞いだ十亀さんの声に引きずられるようにして、再び眠りに落ちた。



————————————



蘇枋は生まれつき霊感が強かった。
特に視る力が強く、霊の奥底まで覗いてしまった時には向こうにも気付かれて何度も命の危険に晒された。視え過ぎて視なくていいものまで視てしまえば、発狂してしまうことすらあったほど。
強い霊感を持つ者は彼らにとっては良い餌であるらしく、特化された力を持つ蘇枋は御馳走のようだった。
そんな幼い蘇枋の身の回りでは、説明の付かない不可解な現象が相次ぎ、蘇枋本人も突然何かに怯えるように逃げ出したり泣き出したりを繰り返していた。次第に両親は蘇枋を気味悪がり、遂には手放した。

ーもう嫌よっこんな疫病神みたいな子!ー

ーいい加減にしてくれよ!何がしたいんだよ?!ー

ーお前のせいで何もかもめちゃくちゃよ!ー

ーこんなやつ生まれてこなきゃよかったんだ!ー



居場所を失った蘇枋の前に現れたのが師匠だった。
同じく霊感があるらしい師匠は、蘇枋がなぜ霊に狙われるのかを教えてくれた。蘇枋に霊感があること、特に視る力が強過ぎること。今まで周りに視える人が居なかった蘇枋は、自分にそんな力があるなんて知る由もなかった。
しかし彼らへの対抗手段を持たず、あくまで視ることしかできない蘇枋に師匠がくれたのが眼帯とピアスだった。ピアスは蘇枋を霊から見つけにくくする効果を持ち、眼帯は蘇枋の視る力を抑える役割を担った。この二つを身に纏うことで霊に狙われることも、視え過ぎる視界に狂わされることもだいぶ少なくなった。

ーはじめまして隼飛くん。これから君の師匠になる者だ、よろしくねー

ーこの眼帯とピアスを肌身離さず持っていなさい。必ず君を守ってくれるからねー

ー君は“特別な力”があるだけだ。疫病神なんかじゃないー

ー君は強く優しい子だ。自分を誇りなさいー




「せんせ、い、、、」
「!蘇枋、起きたか?」

懐かしい夢から覚めれば和室のような場所で布団に寝かされていた。横には梅宮や十亀、柊に杉下という顔ぶれ。状況が理解できずにいれば梅宮の手が伸びてきて優しく目元を拭うから、自分が夢で泣いてしまっていたことに気付いた。

「取り敢えず梅宮に来てもらったよぉ、首のこと知ってるらしい二人にも。ちなみにここは俺の家ね。今来たばかりで詳しいことはまだ説明できてないから、蘇枋くんさえ良ければ今から情報を共有してもいいかなぁ?」
「はい。すみません梅宮さん、ご迷惑をおかけしてしまって。十亀さんはもちろん、柊さんに杉下くんも。」

だいぶ楽になった身体を起き上がらせて、蘇枋は申し訳なさに頭を下げる。誰にも迷惑をかけないようにと思っていたのに結局はこの有様だ。自分の無力さが悔しいのと、両親のように見限られるかもしれない恐怖とで顔を上げられずに拳を握りしめる。

「蘇枋がかけたのは迷惑じゃなくて心配だ。本当はこうなる前に頼って欲しかったけど、蘇枋は頼るのが苦手そうだし俺たちが無理にでも聞いておくべきだったな」
「梅宮の言う通りだ。お前はなんでも器用にこなすが、だからって全部を一人で抱える必要はない。頼れる奴がいる時は全力で頼れ。誰も拒んだりしねぇからよ」
「別に迷惑、とは思ってねぇし、頼りたいなら、そう、言えばいい、」
「俺としてはやるべき事をやってるだけだし、迷惑とは思わないなぁ。それに素直に頼ってくれた方が嬉しいし」

四人の嘘偽りのない真っ直ぐな言葉に、止まったはずの涙が再び溢れそうになるのを唇を噛んで堪える。助けて欲しいと願っていたのは自分でも気付いていた。しかし霊に狙われているなんて非現実的な話をする勇気も無く、そんな弱い自分から目を逸らしていた。
それが常だった。自分でなんとかするのが当たり前で、周りに悟らせないように。自分を押し込めることで「普通の人」と同じでいられる気がしていたのだ。だからそんな今までとは逆のことをしろと言われても、何から話し、どこまで話せばいいのか戸惑ってしまう。

「説明するには難しい内容だし、俺が先に話してもいいかなぁ?後から蘇枋くんが引き継ぐ形でさ」
「え、あ、、、すみません。お願いしてもいいですか?」
「うん。まずはさっき言った通り今回のは人為的なものじゃなくて、謂わゆる霊によるものっていう前提で聞いてねぇ」
「あぁ、分かった。頼む」

思い悩む蘇枋に助け舟をくれたのは十亀だった。確かに寺の息子と言っていたし、視えない人への説明は十亀が適任かもしれない。既に蘇枋が霊に狙われていることは話してくれていたらしいので、有り難く頼らせて貰うことにした。

「一概に霊と言っても害の有る者と無い者がいるし、神格を持つ者、すなわち神様が関わってくる場合もある。現状じゃあ判断できないけどねぇ」
「神様が個人を襲うのか?怒って災いを齎すとかは聞いたことあるけど、基本的に神様っていいイメージしかないが、、、」
「神様にも邪神とか堕ちた神とかいるんだよぉ。邪神はその名の通り災いを齎す神で、神社とかで祀られてる神様とは対極な存在だねぇ。堕ちた神は信仰とかを失って力を無くした神が、消滅したくないがために穢れた存在になったもののことだよ」
「信仰を、失う、、、?」
「過疎とか色々理由はあるけど、参拝客が居なくなったり忘れ去られたりすると神様は力を失っちゃうんだ」
「神って言っても色々あるんだな」

梅宮は自身の神のイメージと異なる内容に疑問を抱いたようだが、より詳しい説明に他二人と揃って納得したようだ。

「で、蘇枋くんの首からは服越しでも分かるほどの濃い瘴気を感じる。瘴気っていうのは穢れみたいなもので、悪き存在が身に纏ってるっていう認識でいいよぉ。それがベッタリついてるからマーキングされてるってこと」
「なるほどな。それで首を隠してたのか」
「前置きはこのくらいかなぁ。蘇枋くん、あとはお願いしてもいい?」

柊の推量を肯定し、十亀に礼を言う。そして蘇枋にも不明な点は多いことを前置きしてから口を開く。

「俺は生まれつき霊感が強くて、中でも視る力が強いらしく霊に狙われやすいんです。なので眼帯とピアスで力を抑えて、狙われにくくしてるんですよ。といっても完全ではないので、勘のいい者とかには気付かれてしまうんですが。
二週間ほど前の夜、ぼろぼろの袴を着た大柄な霊が突然目の前に現れて、凄い力で首を掴まれたんです。本当に直ぐ目の前にいて、直前まで気付きませんでした。首に灼きつくような痛みを感じた時にはその霊は消えていて、首にこれが、、、」

学ランは脱がせてくれていたらしいのでシャツのボタンから外していく。現れていく上半身を覆う程の包帯に驚いているを感じながら、その包帯も取り払っていく。

「っ、」
「、、、これは、」
「嘘、だろ」
「まさかここまでとはねぇ、、、」

晒された真白い肌は、花と細い蔦の形をした痣のようなもので埋め尽くされていた。特に目を惹くのは、それらの大元となっている喉元だろう。細い首を際立たせるような大きな真黒い手形。予想だにしない惨状に言葉を失くす四人を見て、蘇枋は徐にシャツを着直す。

「最初は手形だけだったんです。でも、日が経つに連れて蔦が伸びてきて、仕舞いには花まで、、、」
「おそらく蘇枋くんの生気を吸って成長しているんだろうね。そしてそれが蘇枋くんの居場所を指し示している、ってところかなぁ。痛くはないの?」
「たまに灼けつくような痛みはありますが、それ以外は特に」
「それはそれで問題だと思うが、この花みてぇなのも気になるな、、、」

十亀の解釈は蘇枋も考えていたことだった。実際“アレ”はどこに隠れようがまるで蘇枋の居場所を分かっているかのように、そして嘲笑うように追ってくるのだ。そうとしか考えられない。痛みもずっとある訳ではないし、耐えられないほどでもない上に解決策も浮かばないなら、考えるだけ時間の無駄だろうと今は置いておくことにする。

「どう思う梅宮?ってどうしたお前、」
「いやー、この花どっかで見たことあるんだよな。なんだったっけなぁー」
「テッセンじゃないですか?」
「それだ!」

柊が意見を聞こうとした梅宮は眉を寄せて、蘇枋に刻まれた花を見たことがあると言う。それに答えを示したのは当人の蘇枋。花にも造詣が深い蘇枋は、既にこの花の正体に行き着いていたのだ。

「なぁに?そのテッセンって」
「クレマチスという花の一種で、中国原産の花です。蔦が細くて硬く、まるで鉄線のようなことからそう呼ばれてるんです。全草に有毒成分があって危険なものなんですけどね」
「確か近種の日本原産の花もあったよな?」
「、、、カザグルマ」
「そうそう、カザグルマだ!花弁が風車に似てるんだよな。俺が持ってる図鑑に載ってたんだが、よく覚えてたな杉下!」

柊と十亀に説明している側で、梅宮がまたも何かを思い出そうと頭を悩ましていれば、杉下が先に答えを導き出したらしい。以前、梅宮に貸して貰った図鑑に載っていたのを覚えていたそうだが、尊敬する梅宮に褒められ照れているのか、普段から猫背な背を更に丸めていた。

「でも何でガザグルマだったんだろうな?」
「、、、花言葉だと思いますよ。テッセンの方には“縛り付ける”っていう花言葉があるんです。今の俺にはおあつらえ向きな言葉ですね」

梅宮の最もらしい疑問に、意図せず皮肉げに返してしまう。この花がテッセンだと気づいた時の、その花言葉に思い至った時の、心の中に吹き荒んだ感情には今後も相応しい言葉を当て嵌めることはできないだろう。
強張った空気には、と我に帰る。俺のために来て貰ったのに他でもない俺が空気を悪くしてどうする。謝らなければ、と口を開こうとするのを緩く間延びした声に遮られた。

「いい感じに情報が揃ったし、分かってることを一旦整理しようよ。そしたら解決策も見つかるかもしれないしねぇ」

発生源である十亀を見れば、にこりと微笑まれる。十亀には助けられてばかりだ。二つしか変わらない彼が大きく見えるのは、何も体格だけではないことはこの短い時間でも十二分に理解できた。

「そ、そうだな!蘇枋の居場所がバレてるなら、その痣?をどうにかするのが先か?」
「一時的に瘴気を祓うことはできるけど、根本的な解決には印を付けた本体をどうにかするしかないんだよねぇ」
「迎え打つのか?」
「それには色々と準備がいるし、相手を知らなきゃいけないから難しんだよねぇ」

十亀に乗って梅宮が軌道修正を図り、今後の計画を決めようとするが、分からないことばかりで作戦らしい作戦も思い付かない。

「、、、相手を知るってどういうことだ、っですか?」
「何が効くのかとか、対話は可能かとか。ウチは寺、即ち仏教だからね。仏教は厄が来ないよう結界を張るとか、身に付いた穢れを祓うのが主だから、実際に霊と対峙するには分が悪くてねぇ。それをカバーするためにも、相手を知って対策することが大切なんだよ」
「へぇ、そんな訳があるのか。といっても分かってることなんて袴姿って事ぐらいじゃないか?」
「ボロい袴って言ってたし、結構長いこと生きてる霊かもねぇ。あとは相当強い力を持ってるはずだよ」
「花についても知ってた、、、」
「賢い可能性もあるわけか。蘇枋は何か思い出せるか?」

蘇枋は記憶を掘り起こしてみるが、アレが襲ってくる時は決まって夜だ。光源が少ない上に蘇枋も夢中で走っているから、アレの姿を捉えることなど不可能に近い。しかし本当に何も無かったか。アレは確か、

「大きな羽衣のようなものを身に纏っていた気がします、、、」
「羽衣?羽衣って言ったら、昔話とかで天女とか神様とかが着けてる、あのヒラヒラしたやつのことか?」
「だったら相手は高貴な存在ってことにならないか?」
「神、、、?」
「もし神だとすれば、ボロい袴と合わせて考えると堕ちた神の可能性が高いねぇ」

相手が神となると一気に厳しさが増したように思えた。十亀の説明の通りなら、力を欲しがってるであろうし、簡単に諦めることはないだろう。印からも蘇枋への執着の深さが滲み出ているのは明白だ。霞がかった“アレ”の輪郭が少しずつ浮かび上がっていくのとは対照的に、蘇枋の心は黒い靄が支配していく。無意識に生唾を飲み込む音が大きく響いた気がした。

「もともと信仰されていた神なら、うちの蔵の書に何かしら載ってるかもしれない。俺ちょっと見てくるよ」
「なら、俺らも手伝うぞ」
「うーん、じゃ柊だけ来て貰おうかなぁ。梅宮と杉下くんだっけ?二人は蘇枋くんの傍に着いててあげて」
「?まぁ、分かった」

そうして十亀と柊は部屋を出て行った。



—————————



「何で俺だけだったんだ?」
「ん?」

柊と共に蔵の書物を慎重に読み漁っていれば、唐突に尋ねられた内容に首を傾げる。

「杉下もこっちを手伝おうとしてたの止めたろ。何か理由があると思ったんだが違ったか?」
「あぁ、実は君らって全員“守る力”が強いんだよねぇ、特に梅宮は。柊と杉下くんは“寄せ付けない”っていう意味合いが大きいかなぁ。
で、杉下くんは梅宮みたいなタイプが近くにいれば、より力を発揮する質なんだよ。だから二人には蘇枋くんの傍に残って貰ったんだ」
「そうなのか?俺はもちろん梅宮も杉下もそうだと思うが、幽霊なんて見たことねぇぞ。本当にそんな力があるのか?てかお前はなんでそれが分かるんだ?」
「視えなくても祓う力がある人とかいるよぉ。本人が見えないから祓ってる自覚もないし、霊も寄ってこないから知る機会が無いってだけ。俺は視るだけでその人の大体の力が分かるし、あとは名前かなぁ」

柊も梅宮たちも“視る力”は持ち合わせていない。今まで霊とは無縁の生活を送っていたのも、霊自体を認識出来ていないうえに寄せ付けない体質故だろう。十亀は本人に自覚がない場合でも、その人のおおよその霊感や力を推し量ることができる。

「名前?」
「名は体を表すって言うでしょう。簡単な例を上げるなら“柊”は魔除けの意味があるみたいにね」
「あぁ、なるほど。梅宮たちはどうなんだ?」

ぱらぱらと書物を捲りながら、頭の中から古い知識を引っ張り出す。

「えぇと、梅の花言葉は忍耐、強い生命力。宮っていうのは神聖な場所とか、エネルギーが集まる場所っていう意味がある。だから並大抵な霊は梅宮に近づけないし、梅宮自身にも広範囲で強い結界が張られてるんだ。
杉は堅固や浄化の花言葉を持っていて、神聖な場所を守る結界の役割を果たす。神社とかで杉の木が多いのはそういう理由。だから杉下くんは、“神聖な場所”である梅宮の側で力を増すんだよ」
「名前だけでそこまで分かるんだな。お前の知識量も凄いわ」
「まぁねぇ。納得できたなら良かったよ」
「、、、なぁ。もしかして、蘇枋が狙わやすいのも名前が関わってたりするのか?」

ぴたり、と紙を捲る十亀の手が止まる。柊の問いの答えとしては是だ。実際、十亀は蘇枋の名前を聞いた時、思わず憐れんでしまった。あぁ、この子は一生を霊に縛られて生きていくのかと。

「蘇枋は、、、昔から血の色に似てるとされているし、蘇は一度死んだものが再び目を覚ますとか、蘇る(黄泉がえる)、すなわち黄泉から帰ってくるって意味がある。死者である霊にとって、死に近いところにいる蘇枋くんは心惹かれてやまない存在だろうねぇ」
「、そうか」