しらかば
2025-06-30 22:01:07
10386文字
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地獄を舞え雷鳴が如く 上

鷺内和希×小鳥遊玲依。和玲が任務で恋人を装いイチャイチャした後に敵とバトルする話。人を選ぶ内容につきご注意。

鷺内和希×小鳥遊玲依
「地獄を舞え雷鳴が如く」
 
注意
・和玲が恋人を装いイチャイチャする話です
・和希と玲依の絡みなのでほんのり本編第二部までのネタバレっぽいところがありますが本編未読でも読めるはずです
・後半はバトルもので胸くそ悪いかもしれません(人体実験、子供の亡霊などの要素あり)
・まさかの二部構成

※本作は相互様にいただきましたネタから許可を頂き書かせていただきました!ありがとうございます!和玲はいいぞ!

大丈夫な方のみどうぞ





 夕暮れ、幸せを割くように悲鳴が響く。
 声は届かない。
 女性は無惨な姿で横たわり、男性は愛する者を失い、そして己の命すら。
 後に残るのは、紅のみ。
【ママ、パパ、ドコニイルノ?】
 夕闇は幻影を残し、消えていく――


【地獄を舞え雷鳴が如く 上】


……これは確かに酷いね」 
 うーん、と唸りながら書類に目を落とすのは、薄茶色の髪に一筋の赤いメッシュ。いかにも軽薄そうな男は橙に近い瞳を細める。
……仲睦まじい男女一組の変死体。国はこちらに捜索及び排除を依頼した。故に大尉クラスにこの任務を発動したが隊員は無惨な姿となり無言の帰宅となる」
 男――鷺内和希は暗い声でその文章を読み上げ、添えられた写真に目を移す。
「大尉クラスを動かして交戦し、負けるとなると相当の手練だね。つまり、俺をここに呼んだのは――そういう事ですか?団長」
 和希が視線を前に移す。両手を組み口に当てた老齢の男性――望月大和は肯定するように頷く。
「被害は増え続けている。行政から早く対応しろと言われてな……大佐階級を投入する事にした。全く、対応が追いついていないから困っているのに……まあ、我々としてもこれ以上同胞を失う訳には行かない、そういう事だ」
 望月は深いため息をついた。それは失われた同胞への重く苦しい祈り。彼はいつもこうして、己の咎として背負うのだ。
「状況から察するに、敵の目的は仲睦まじい男女。つまり……付き合っているほどに仲の親しい男女か。ただの怨恨か、はたまた別の目的か」
……待って?これ、その出現条件だと俺一人じゃ無理じゃない?」
 事実、和希一人で1軍隊を鎮めるほどと言われる程にこの騎士団……否、能力者の中でも最強と謳われる実力はある。しかし、それは敵が出てくればの話だ。
「そうなんだよな……
「うーん……俺と組んで潜入するとして、まあ多少は弱くても大丈夫だけどやっぱり大尉以上の実力者でないと分断されたときが困るかな。で、俺がもし本気を出す状況になって足を引っ張らない女の子の能力者……
 二人は顔を見合わせる。 
「いや……一人しかいないじゃん、それって」
 和希の脳裏に過るのは同じ大佐階級の女性。
 後の問題は彼女が動くかどうか。戦闘に関しては一流の彼女だが、果たして囮となるとこのシチュエーションが勤まるのか。和希にはそれが不安でしかない。
「ああ……そうなるな。小鳥遊には他の任務を当てるつもりだったんだが……やむを得まい。こちらの方が緊急性が高い」
 望月は違う書類に目を通し、比べた後に再び和希の顔を見上げた。
「ちなみに、その内容は?俺がいける範囲なら兼務するけど」
……違法な研究所の摘発。それも外部からの情報で能力者の人体実験に手を出しているのではないかという情報でな。お前は敢えて外していたんだが……
 自分の過去を知った上で敢えて任務を外したのだとすぐに分かる。本当に彼は優しいな、思わず和希は笑ってしまう。
「どっちも二人で終わらせれば半分ずつの時間で終わるよ、大丈夫。俺も参加するよ」 
「ああ、ならばその方向で練るとしよう……まずは囮兼殲滅任務、か。正式に任務として出しておくよ。頼めるな?」
 やるしかないか。敵さえ現れればあの子と二人なら余裕でしょ。和希は小さく笑うと呟いた。
「任務了解。貴方の命令とあらば何なりと」
 
――鷺内和希、小鳥遊玲依両名に正式に任務を命じる。対象をおびき寄せ、殲滅せよ。

……ねえ、どういう事よこの任務?騎士団長からの命令だから断れないんだけど」
 銀髪を揺らし、小鳥遊玲依はグイグイと和希に詰め寄る。ここまで予想通りだ。玲依がすんなりと受け入れるとは思えない。
「任務でしょ、任務。それも団長命令だから俺達に拒否権は無いよ?」
「そうじゃなくて!この前提はどういう事かって聞いてるのよバ和希!どうせ団長からなんか聞いてるんでしょう、貴方は団長の右腕だものね!?」
 玲依に伝えられた任務。それが暗殺や殲滅といった戦闘行為のみならば問題はないだろう。
「わっ、私が和希と恋人を装い、その……で、デートして……敵をおびき寄せて殲滅!?なによこれ!?」
 そう、問題はこれである。
「うん、それも敵さんはかなりラブラブなカップルを装わないと出てこないらしいよ?」
「何よこのふざけた任務は!?って、どうして和希は平然としている訳!?」
「いやーだってこれ、実質休暇みたいなものじゃん?玲依ちゃんと二人でデートって。玲依ちゃんとの一日、俺が楽しみじゃないはずがないだろう?」
 顔を真っ赤にして言葉にならない叫びをあげぷるぷると手を震わせる玲依が可愛くて仕方ない。
「それとも……玲依ちゃんは任務を放棄する?」
 だから、ついいじめたくなって悪戯に笑う。これなら確実に彼女は任務を受けるだろうというキラーフレーズだ。
「やるわよ!任務放棄なんてする訳ないじゃない!……ま、まあ、別に和希となら構わないけど」
 やや怒り気味で任務を承諾する玲依だが、これでも最近は随分と感情豊かになった方だ。二人が初めて出会った頃など、殆ど表情を変えることなどなかったのだから。
 人とは出会いと別れを繰り返し、変わりゆくものである。
……ほんと、今の君の方が可愛らしいよ」
「何よチャラ男、また口説いてるつもり?」
「予行演習だよ、予行演習」

――――――
 
 翌日。
 恋人らしく時計塔の下で待ち合わせ、などと指定した和希は予定より30分近く早く到着。
……早すぎたかな」
 身なりは普段と異なる髪型にし、伊達メガネ。普段とは異なり黒を基調としたいわゆるイケメンといった服装。もちろん、ズボンに拳銃を仕込み、シルエットを隠せるように大きめのジャケットを忘れずに。
「あら、早いじゃないチャラ男」
 聞き慣れた声に視線を向ければ玲依は胸元が開けた白いワンピース。丈の長くゆとりを持たせたそのファッションは、確実に暗器を仕込むためか。羽織には和希の髪色に似た色のアウターを纏い、足元はヒール。完璧にいつもと異なる潜入任務の態勢だ。
……あれ、戦闘行為の時は黒じゃないの?」
「私もそのつもりだったんだけど……場に合わないって支給されたのがこれよ。武器は隠せても動きにくいわね。いつもの刀は持ち歩けないし……
 ちなみにわざとらしく問いかけたが、顔が割れている大佐二人が街を練り歩く以上、普段と大きく変えねばすぐに敵に身元が明らかになろう。それもあり、せっかくのデートだからと普段と違う衣類を支給するよう頼んだのは和希である。戦闘行為が目的である以上は玲依に「お任せで」と頼めば黒一色のいつもの改造和服で来ることは目に見えていたから。
 まさか自分の衣装が相棒……もしくは後輩の普段身に纏う色合いになるとは思ってもみなかったが。
 これでどこからどう見ても「普通のカップル」を装えていることを願うばかりだ。
「で、どうするのよこれから?」
「うーん、とりあえず被害があった場所を回ろうか。最終的に一番被害が出ているここの公園に戻れるルートで」
 とはいえ、遊園地などの人が多い場所は避けたい。万が一戦闘になった際に市民を逃しながら戦う事を考えるとすぐに動ける場所になる。
 しかし、そうなるとデートとは言い難い。
……貴方、ナンパして回ってるんだからちょっとは詳しいでしょう?一つ、行きたいところがあるの。そこから行ってもいいかしら」
 悩んでいると、玲依が口を開いた。
「行きたいところ?いいよ、最終的にこのルートを辿ればいいんだし、玲依ちゃんの行きたいところがあるならそこから行こう」
 和希の了承に玲依は小さく笑うと、その手を握り手を引くように歩き出す。
――ッ!?」
 ああ、そうか。これは仲睦まじい恋人を装う任務。彼女は自分が心配する必要のないくらいそれを遂行して――
「早くしないと間に合わないわ」
……えっ?」
 ――いる訳ではなさそうだ。
(しかし手、俺より小さいな……)
 数多もの人を屠ってきたその手はあまりにも小さくて、そして柔らかくて。目の前で手を引く彼女はやはり女の子なんだなと呆然と物思いに更けていると町外れにある小さなカフェにたどり着いた。
「いらっしゃいませー!いつもありがとうございます!」
 店員の明るい声が聞こえたところで彼女は手を離す。
「今日は二人よ。新しく出来た彼氏。付き合っているわ」
「えっそれ店員さんに言う必要ないんじゃ――
「いいから!行くわよ!」
 謎に張り切って玲依は店内に進み、案内された席に座る。差し出されたメニュー表を見て和希はようやくその答えにたどり着いた。
……午前限定カップルスイーツ、抹茶スペシャルパフェカップル仕様……?なるほど、これ目当てか……
「ち、違う!たまたまそこに抹茶パフェがあっただけ!こ、このカフェは美味しいって噂で来てみたかっただけなの!!」
「いや、明らかに常連さんのする会話だったよね……?」
 そもそも、「いつもありがとうございます」などと聞くのはそれしかないのでは?和希の抗議を無視し、玲依は早く決めろと言いたげにこちらを見ていたので軽くメニューを見る。随分と可愛らしいメニューの数々で、種類も豊富だ。
「とりあえずその抹茶スペシャルパフェ、二人分になってるから俺は飲み物だけでいいかな」
「決まったのね?じゃあ呼ぶわよ」
 ああ、売り切れる前に頼みたいのだな。慣れた手付きで注文をする。
「抹茶スペシャルパフェカップル仕様が一つ。それと抹茶ラテのグランデサイズと抹茶ケーキと抹茶パンケーキと……
「あ、俺はミルクティーでいいよ。サイズは普通ので」
「じゃあそれで。以上よ」
 抹茶パフェを食べる人の頼む量ではない気がしたのだが触れても無意味な気がしたので聞かない事にする。
……敵の気配は感じないわね」
「うん、俺はその温度差についていける自信が無いよ」
 つい数分前までの抹茶パフェはどうした。待ち時間が暇なのか?和希は無意味な独り言を堪えると辺りをざっと見回す。ここはカップル連れが多くいるようで、今後の動きの参考になりそうだ。
「仲睦まじい男女、だからもっとラブラブっぽくしないといけないのかな……
……それはあるかもしれないわね。どこからどう見ても私達ってまだ距離感あるわよね?」
「そうだね……うーん、女の子を口説き落とすのなら楽なんだけど恋人同士のデートとなるとどこまでを装うべきか難しいね」
 簡単に任務の課題を洗い出していると注文の品が運ばれてくる。ハート型のデコレーションに、スプーンが2つ、取皿も2つ。
 抹茶スイーツは全て玲依が自分の目の前に並べ、ニコニコした表情で食べ始める。
……うん、やっぱり美味しい」
 まるでお花が飛んでいるような優しい笑顔で食べる玲依が可愛らしく、普段の戦闘行為では見られないその表情に和希は思わず息を呑んだ。
……玲依ちゃん、そんなかわいい顔するんだ」
「何か言った?」
「ううん、なんでもないよ?」
 本当に自分らしくない。任務だと言うのに、小鳥遊玲依という相棒の女性らしい面ばかりを見てしまうなんて。
「和希は食べないの?」
「君が美味しそうに食べるのを見てるとお腹いっぱいだよ」
「そう言わずに食べなさいよ、せっかくのカップルメニューなんだから」
 あの玲依が抹茶スイーツを食べろと勧めるなど、珍しい事もあるものだな。和希は小さく笑うとスプーンを手に取り、そしてパフェを取ると一口。
……うん、美味しい」
「でしょう?ここのスイーツは本当にクオリティが高いのよ。それにこの時期は新茶が出回るから抹茶自体も――
 得意げに笑いながら愛する抹茶スイーツを語る玲依。本当にこの人間が普段は平然と人を殺しているなど、辿り着く人はそういないのではなかろうか。
……ふふっ」
「な、何よ?そんなにおかしい?」
「いや、今日の玲依ちゃんは楽しそうだなって思って」
 思わず、その幸せを見守りたい気持ちになる。
……べ、別に」
 顔を真っ赤にした彼女は顔を背け、抹茶ラテを口にする。すると再び頬は緩み、可愛らしい笑顔に変わる。
 本当に抹茶スイーツが好きなんだな、これで「別に抹茶スイーツが好きな訳じゃない」と言い張るのはなかなか無理があるがそこも彼女のかわいい所である。
 抹茶スイーツはみるみるうちに彼女の胃袋の中へと消えていく。
……あ、そうだ」
 そんな幸せそうな彼女を見て和希はある作戦を思いつく。
「玲依ちゃん」
「何よ」
 和希は身を乗り出し、距離はすぐ側。
「ほら、あーん」
「ばっ……!一人で食べられるわよ、子供じゃないのに」
「そうじゃなくて、任務だよ?」
 和希の手には抹茶パフェを一口分。周りのカップルがやっていたこの行為なら親しさを見せるにふさわしい。
……お、覚えてなさいよ」
 玲依は観念し、目を閉じ口を開く。
 彼女の口に抹茶パフェを入れる。
 口が閉じるので、そっとスプーンを引く。
……美味しい」
 再び雰囲気は和やかになる。
 そして玲依は同じようにパフェを掬い、和希へと突き出した。
……へ?」
「和希、貴方も口を開けなさい。私だけじゃフェアじゃないわ」
 まさかのあーん返しである。
 しかしこれを大人しくされるのは負けた気がする。
「そうだね……フェアじゃないね?」
 だから玲依の手首を掴み、自らの口に引き寄せスプーンの上のパフェを食べた。
「うん、美味しいね?玲依ちゃん」
 してやったり。
 玲依の顔は再び真っ赤になる。 
 自分も顔が熱くなり、火照る気がする。
「はい……これで俺の勝ちだね?」
……そんなに顔を赤くして勝利宣言をする奴は他にいないわよ、バカ」
 そして全てのスイーツを食べ終え、会計へ。もちろん後から団長に請求する。いや、しなければならないほどの金額である。
「お似合いのカップルですね」
 店員は何やら幸せそうにこちらを見ていた。
「でしょう、俺の自慢の彼女なんですよ。これからも宜しくお願いしますね」
 これで恋人同士のカモフラージュは上手くいっているであろう。
「行こうか」
 和希はそっと玲依の手を握ると、その手を引き店を出た。
……本当に美男美女っていいなあ」
 そんな声は聞こえないまま。

 
「うーん、それらしき気配も無いね」
「そうね……困ったわね」
 二人は被害のあったとされる道を手を繋いだまま辿り、時々カフェ休憩(と言う名の玲依の抹茶スイーツ巡り)を挟みながらデートと呼ばれる行動を行い続けていた。
「やっぱり遊園地とか水族館とか、そういう人が多い所の方がいいのかしら」
「でもそれだと万が一出た時に被害を少なく抑えられると思えないんだよね。ただでさえ玲依ちゃんは普段と違う武器、俺も拳銃は忍ばせてるけど隠す都合で一丁のみ。普段と違うコンディションで大尉クラスを倒した敵との交戦となるとツーマンセルでもリスクが大きい」
……貴方、戦闘になるとほんと頭回るわよね」
「お褒めに預かり光栄ですよ、お嬢様?」
 時刻は夕暮れになろうとしていた。
 予定通りに公園に辿り着き、ふとベンチに隣同士で腰掛ける。
「ディナーでいいんだよね?一応、予約はしておいたけど」
「ええ、貴方に任せるわ」
 ふう、とため息を一つ。
「疲れてない、玲依ちゃん?まあ、抹茶スイーツ食べてばかりだけど」
「あれは貴方が疲れてないか不安だから寄っただけよ!」
 いつもどおりの言い争いをし、いつもと違うのは「恋人」という設定のみ。それでも嫌な気はしない。
……どうしようか、任務続行でも俺は悪くないなって思ってるけど」
……そうね。まあ、被害が増え続けるのはよくないけども」
 このまま現れなければデートは続くのかな、それもいいかな。そんな事を考えたのはどちらだったか。
「「……」」
 どちらからともなく向かい合い、沈黙する。
……和希、その」
 そして、玲依は立ち上がると座る和希の両肩を掴み、意を決したように頷き、頬に触れるだけの口付けを落とす。
――ッ、れ、玲依、ちゃん!?」
 それはほんの僅かな一時。
……朝のお返し。負けたままは嫌だから」
 頬が熱を帯びる。
 温かい、僅かに感じた人の温もり。
 目の前の彼女は見せたことのない表情で小さく笑う。
 だから、その可憐な花を見た瞬間に、彼女が再び座る前に、思わず身体が動いた。
――玲依」
 彼女の身体が僅かに硬直する。その刹那、和希は玲依の身体を抱き寄せた。
「俺も……負けたままは、嫌だよ」
 温かい。
 本当に華奢で、それでいて戦闘員ならではの引き締まった身体で。小鳥遊玲依という女性をただ抱きしめていた。
……和希って、やっぱり男なのね」
「当然だろ」
 玲依も同じように、普段感じない鷺内和希という男性に驚き、そして抵抗もなく受け入れていた。それは自分にとっては答えのわからない、暖かな感情で。
……これでおあいこだね」
 玲依の顔を見つめる。目と目が合い、和希は優しく微笑む。
 そして玲依はゆっくりと目を閉じる。
 和希もそれに応じるようにゆっくりと顔を近づけ――

――玲依!!」

 玲依のその身体が地に付いた瞬間。
 彼女が目を開いた瞬間。

――和、希?」

 ベンチごと粉々に粉砕され、彼は黒い鞭に身体を絡め取られていた。


――――――
 玲依が目を閉じる。
 和希は応じるようにその唇に口づけようとした時。
 足元が不自然に揺らめき、殺気を感じた。
――玲依!!」
 だから、彼女を突き飛ばした。
――和、希?」
 その困惑の表情は想定外だな。身体の自由を奪われ、どう動こうかと頭を回す。恐らく何かに身体を絡め取られている。
【ヤットツカマエタ】
 高く、幼い声が響く。 
「全く……今いいとこだったんだけど?」
 雷鳴がバチバチと響き、四方に散る。
 身体は開放され、地につく。
「さてと、漸く現れたね?」
 自身の身体を確認する。細かい傷のみで異常無し。
「ごめんなさい、気を緩めていたわ。でも今度は油断しない――殺すわ」
 玲依は両手にナイフを握るとヒールを脱ぎ捨て、構えを取る。
「問題無いよ、この程度。さっさと終わらせてディナーと行こうか?」
 和希も拳銃を抜くと軽く回し、敵に突きつける。
 黒い形は人間を象り、おおよそ普通の人間と変わらない見た目へと変わる。
……どう思う?」
「能力者の線かしら」
「多分ね」
 ああ、やっぱりこうなるか。二人は顔を見合わせると諦めたように笑い、同時に地を蹴る。
 敵は手を突きだすと足元の影は無数の腕となり襲いかかる。
「このくらい妨害にもならないよ?」
 二人は平然と避けると接近。正面から玲依がナイフを横一閃に振り抜くと敵はそれを軽い身なりで避ける。
 避けた所めがけ間髪を入れず銃弾が放たれる。
 敵はそれを避けることも無く急接近、玲依の身体を貫く。
……やっぱり動きにくいわ、これ。武器も間合いが取りにくい」
 それは幻のように消え、距離を取った玲依はスカートを破り右足を顕にした。
「これは俺も気合入れないとまずいかな?」
 玲依の隣に立ち、敵を観察。確実に撃ち抜いたはずの銃弾は跡形もなく溶け、敵は無傷。
……ちょっと試していい?」
「いいわよ、合わせる」
「了解、じゃあ宜しく」
 和希は玲依に手渡されたナイフを持つと左手に持ち、真っ直ぐに距離を詰める。
 敵は同じように腕を伸ばすと、玲依はそれを切り裂いていく。
 開けた道、足に雷を纏うと文字通り光の速さで真っ直ぐにその胸へとナイフを突き刺す。そしてひらりと元の位置へ。
 傷口は元に戻り、からん、と音を立てナイフは地に落ちた。
「なるほど……やっぱりね」
 物理攻撃は通じない。予想は当たりということか。
「物理攻撃は無効って事ね。相性最悪じゃない、私」
……うーん、よく分からないけどこれ……能力じゃない気がしない?」
「じゃあ何よ、魔術とでも言うの?」
「分からない。けど……なんか嫌な予感がする」
 大尉クラスを沈めたのは、この物理攻撃無効化が大きいか。しかし、攻撃方法はワンパターン。対応できないとは思えないが。
【アハハハ!モットアソンデヨ、パパ?】
 敵が甲高い声を上げた瞬間、和希の身体がふらついた。
「和希」
「ごめん、ありがとう」
 玲依はすぐにその身体を支える。目眩が酷い、まるで身体の中から突然自由を奪われたように。
……なるほど、毒もあるんだ」
 おそらく最初の攻撃か。
……ねえ、今の声って」
……うん。子供の声だね。それも複数人の」
 もっと遊んで、という声。
【ネエドコ二イルノ?パパ、ママ】
 それと違う、親を探す声。
【タスケテ、モウダレモタベタクナイ】
 そして、助けを求める声。
……人間ではない、能力者でもない。多分……人が造ったんだ、この悲劇をね」
 それも――複数の、能力者の子供の。
……和希、無理を言っていいかしら。ディナーは無しになるけれど」
 あの、感情に疎い玲依が――怒りを押し殺した、冷めた瞳をしていた。
「いいよ、俺も付き合うよ――地獄で踊ろうぜ、玲依?」
 和希はニイ、と大きく笑うと拳銃を収め、ゆっくりと目を閉じる。
「あら、奇遇ね。私も誘おうと思ってたの――地獄で踊りましょう、和希?」
 彼女の声に、目を開く。
 冷酷なその2つの瞳は敵を射抜いた。
……すぐに楽にしてあげる、だからもう少しだけ我慢して頂戴ね」
 玲依はナイフを握り直し、駆け出す。
 敵は再び同じように攻撃。彼女の姿型が同じ存在は四方を囲み、同じように攻撃を繰り出す。
 その黒い鞭を振るうように回転、全て薙ぎ払われ幻影と消える。
 すると頭上から雷が落ちる。それを前進する事で避ければ、すぐ目の前にナイフを振るう玲依。
 前進した以上、それを避けるには一度足を下げる。
――後は宜しく、雷霆さん?」
 そしてその足が地に降りた瞬間。バチン!と大きな音が響きその動きが止まる。
「任務了解――穿て、雷槍」
 和希が掌を横に凪いだと同時に横一文字に放たれたのは、雷。
 稲妻は無数の槍のように敵を射抜き、何度も放たれていく。
 がくり、とその身体が地に落ちる刹那、彼は目の前に瞬時に現れるとその手には雷で象る刀。
……せめて、安らかな眠りがあらん事を」
 彼は僅かに悲しそうに笑い、その刃を振り抜いた。

【アリガトウ】

 小さな子供の声が、聞こえた気がした。

……任務、完了」
 黒が形を崩していく。
 くるりと背を向け玲依へと歩み寄る和希に、思わず声をかける事が出来なかった。まるでそこに誰もいないかのように彼は端末を取り出すと、表情を変えず操作する。
 その顔は、玲依ですら見たことのない程に冷めていた。
――こちら鷺内。任務完了。それと今すぐに例の任務の位置情報を送れ、大佐命令だ。団長には後から俺が伝えておく。このまま任務を行う、突入準備をしろ。以上」
 端末の通話を閉じたところで、漸く時が動いたように彼は玲依を見た。
「和希」
 その男はまるで人を殺すかのように表情を失っていた。
「ここから先は本当に地獄だけど――どうする?」
「行くに決まっているでしょう?地獄で踊りましょうって言ったじゃない」
 それに、このまま彼を一人にしてはいけない。そんな気がする。この感情の答えは分からないが。
……多分、お前は苦しむ事になるよ」
「和希だって毒で苦しんでるくせに。おあいこよ」
「そうじゃないよ。俺も……冷静じゃいられないくらい、吐きそうなくらい怒りでどうにかなりそうなんだ」
 この男は頭が回る。
 与えられた情報から、たやすく答えを予測できる程に。
  
「違法な研究、人体実験……それも、俺達と同じ親との縁が切れた能力者の子供をね」

 風がまた凪いだ。
……ああ、これが怒りなのね?」
 過去が頭を過る。そして、身体が熱くなり、じっとしていたら気が狂いそうなほどの衝動が押し寄せる。
 これを抱えて、目の前の男は――殺したくなる衝動を押し殺して私に対峙しているのだと。
「それでも貴方を一人では行かせないわよ、和希――私には殺す事しか出来ないけどね」
 答えを変えるつもりはない。
 ならば、この怒りをぶつけるべきはこの任務を遂行する事。
……そう。なら行こうか、相棒」
 フッ、と笑うと彼はいつもの笑みで手を差し伸べる。
「デートの続きだ。地獄まで付き合ってくれよ、戦乙女さん?」
「勿論よ、雷霆さん?貴方の響かせる雷鳴で私は舞ってあげるわ」
 その手を拒む理由などない。
 二人は手を取ると、任務を再開するように柔らかく笑った。
  
続