空を見上げると、闇夜を一筋の光が駆けていくところだった。1度、委員会の先輩に聞いたことがある。空を割くような火球が通る時は、なにか良くないことが起きる前触れだと。口を開いて見つめていた時、足元の木が照らされた。
その日は、いつもの6年生6人で忍務にあたっていた。
内容は普段よりも簡単なもので、潜入をかって出た文次郎が、これを6人で行う必要があったのかと言うほどである。彼が学園長の指示に文句を言うなんて珍しいと長次は思ったものの、思い返せばそうでもなかったか。など考えていた。
その時、最後尾で殿(しんがり)を務めていたろ組の2人は、バッと後ろ振り返る。何かの気配を察した小平太は皆に向けて手で合図を送り、長次は懐に手を入れて武器を構えようとする。
皆が木の上に息を潜めていた時、その木の下をどこぞの紅い装束のグラサン集団が通り過ぎて行った。上に潜む6年生に微塵も気が付かなかったのか、それどころでなく忙しかったのか。
彼らの手には嫌がり抵抗をする娘が1人2人おり、手を焼きながらも縛り上げたその方達を連れていく。
それを見ていた6年生は顔を見合わせ、伊作が頷き、留三郎が彼らの前へ降りて行った。は組に対峙して気を取られているうちに、ろ組が女性陣を解放し茂みに隠れるようにさせ、ふいをつくようにい組が参戦する。
しかし、それ自体が罠だったのだ。解放したはずの女性の1人が、背後からクナイを持って腕をまわしていたろ組の1人に飛びつき襲いかかったのだ。
縄鏢を取り出した方へももう1人が飛びついて、しきりに口に布を押し当てようとする。必死に振り払って振り切ったが、おそらく何かの薬を染み込ませた布を持っていたのだろう。その女性に縄鏢を取られてしまった。
咄嗟にストレートで長い髪を揺らしていた長次に小平太がクナイを投げ渡し、彼はそれを構える。
しかし、そのために武器を失った小平太がそのどさくさに紛れて連れ去られてしまった。
全てが明るみに出たのはい組とは組がドクタケ忍者を倒し、強敵だった女装したどこぞの忍びに長次が逃げられた後だった。ボコボコにして縛り上げたドクタケ忍者によれば、最初からドクタケ領地で怪しい動きをしていた女性に扮した別の城の忍者を捕まえ、それを連れて行こうとしたところ忍術学園の6年生に襲われたとか。
6年生たちはその正体を尋ねたが、ドクタケ忍者は出城に連れて行って拷問する予定だったから知らないと言い、なんなら喜んでドクタケ城に行こうとしてたから捉えたまま忍び隊の首領である稗田八宝菜に指示を仰いでいたところらしい。
「あいつら、なんだか分からないが、“城へ連れていけ”と暴れて大変だったんだ」
と捉えられたドクタケ忍者は言った。そこへ八宝斎の右腕である風鬼が駆けつけ、城に絶対入れるなと言う指示だったが。と。
自体が最悪の状況にったが、残された長次は1人頷き、仙蔵に言う。
「小平太は私が連れ戻す、我々も学園の任務中。急ぎ学園に戻ってくれ」
「後援は? 」
「いや、殿だ。しかと取り戻してくる。だから先に」
「分かった、そうさせてもらう。元はと言えばお前の油断が招いたことだからな」
仙蔵の冷たい言い草いに文次郎が視線を向けて今にも何か言おうと口を開くが、言葉が出る前に長次が静かに頷き背を向けてドクタケ城の方へ走り出していた。
「そんな言い方するから」
「仕方がないだろ。あれはろ組の問題だ」
「そうだろうけど……」
腕を組んで考え込むポーズをしていた仙蔵が言い淀む文次郎に畳み掛ける。
「それとも文次郎、お前が残るか? 」
地下牢まで忍び込んだ。彼はドクタケ忍者から借りてきていたサングラスを外し、牢の中を凝視する。目的の人物がいてほっと胸をなでおろした。彼が安易にやられるとは思っていないが自力で抜け出し、途中で合流することが出来なかったとなれば、怪我でもしているのではないかと、本気で心配していたからだ。
長次は、小さくため息を吐く。牢に来るまでに苦労したからではない。それどころか、ここに来るまでは、先程、彼をさらった女装忍者が出城内で暴れ回ってくれたおかけですんなり入れた。
ある種、ここまで付き合ってくれた彼への礼なのかもしれない。
目隠しをされて壁に繋がれ足がつく高さで吊るされている彼への。
「……来たのか」
「2人で殿だっただろう」
クナイをくるくる回して、彼は首を傾げた。先程投げ渡されたクナイを。
「こんな所で何をしているんだ? 」
矢羽音をつかって話しかける。この矢羽音は6年生の中でも長次と小平太しか使えない6年ろ組限定のもの。文次郎が何度か挑戦したが結局、1文字も当てられなかった。
「あの忍びは復讐をすると言っていた。まぁ、大方、勘違いか……」
彼はそれ以上は口にしなかったが、うちの学園が絡んだ事件が要因だった可能性は捨てきれない。だからといってうちが悪い訳でもない。
やり場のない怒りが、彼を巻き込んだことで済まされたのなら上々と言える。
そこまで考えて、小平太は言った。矢羽音ではなく。
「長次は優しい、学園で1番」
「…………」
「だけど、優しすぎる……」
ギチッと音が鳴るほど小平太は拳を握りしめる。
と同時に彼を繋いでいた鎖も鳴った。目隠しされて、相手の表情すら見えないだろうに。
「見捨てるのか……」
「私は長男だからな、見捨てるつもりは無い」
回してたクナイを止めて、錠を壊し、檻を開き中へ入った。以前にも、出城であったが囚われたことがある。慣れた手つきで繋いであった手枷もはずした。
「ここはドクタケの城で、お前は忍術学園の生徒。忍タマだ」
「どこの誰であっても私は、長男だ」
目隠しを自ら外し、目を開いた彼は言う。
「価値観の相違だな」
2人は無言で頷き合うと武器を構えた。縄鏢を握る手から音が鳴り、クナイを握る手に力がはいる。
「どうした、落ち着かないな」
仙蔵が言う言葉も最もだが、文次郎には引っかかっていることがあった。無言で木々の間を跳びながら、文次郎は考え始める。
普段であれば、文次郎には長次の声がよほど近くでないと『もそ』としか聞こえない。しかし、彼が言っていた言葉が、確かに思い出せる。
「小平太の居ない学園に戻っても仕方ないだろ」
と。なんでそんなことを言っていったのか。その事が気になって、文次郎は胸騒ぎを覚えた。
「なんかアイツらが気になって」
それを聞いた仙蔵は「ふむ」と頷き、文次郎に。
「小平太たちが“どうなっても”良いのなら、助太刀に行くか」
「え? どうなるって言うんだ? 」
仙蔵はにやりと笑うだけだった。
空も暗く、視界が少ないはずなのに出城は各所で明かりが灯されている。捕らえたはずの忍者が暴れ回ったお陰で。
見張りのドクタケ忍者が2人組で門の方を照らし、踵を返して巡回を続ける。異常を見つけられなかった2人に何者かが近づいた。
1人が振り返ると、闇に紛れた深い緑の袖を通した腕が彼の口を塞ぐ。それと同時に首を捻られ気を失っていた。もう1人が声を上げようとした直後に背後から手刀が打ち付けられる。
地面に転がる彼らから忍び装束を剥ぎ取り、身にまとった2人組は、頷き合って走り出した。
場面変わって、出城の広場に移る。
ドクタケ忍者が取り囲む中央にどこぞの忍者が縛られていた。
忍タマを人質に乱入した忍者は、ドクタケに多数も無勢で捕らえられたらしい。
「さて、八宝斎様が来られる前に聞き出そうか」
「素直に喋ってくれよ」
優しいのかナマケモノ精神か、困った顔をするドクタケ忍者。縛り上げてたもう1人がトドメにギュッと締め上げながら言う。
「あんまり痛いことしたくないからなぁ、こっちも」
などと口々に言うドクタケ忍者隊。それでも彼は「ふんっ」とそっぽを向いて応じようとはしない。
「あ、こら。そんな態度で」
「八宝斎様来たら本当に拷問になるんだぞ」
「忍術学園の忍タマじゃないんだから手加減はしてやれないだからな」
「へぇー」
「手加減してたのか」
そう聞こえた瞬間、ドクタケ忍者の背中に小石が当てられる。何処かと探し振り向いた直後。縛られた忍者とドクタケ忍者の間に同じように臙脂色の忍び装束をまとった2人が着地した。
正面に顔を戻そうとしたドクタケ忍者の頬面に裏拳が打ち込まれる。
「あ、悪ぃ。手が当たっちまった」
「小平太」
ボソリと呟く男は自身の前にいたドクタケ忍者の首に腕を回してグキっと音を鳴らした。手馴れた手つきでサングラスを奪い取り、気を失った相手を床へ安置する。
奪ったサングラスをかけながら、男は縄鏢を構えた。
「な、なんでお前がっ」
牢にいたはずの忍タマと、森に残してきた忍タマがここにいることに驚きながら残りのドクタケ忍者は後ろへ後ずさる。
同じようにサングラスを奪ってかけた男がクナイを構えて人差し指を口の前に立てた。
「まだ、実習中だから……先生には内緒な」
にかっと笑ってウィンクすると、すぐさま2人は目配せもなく動き出し、見事な連携でドクタケ忍者たちを蹴散らした。
「さ、今のうち」
クナイを構えていた男はしゃがみこんで忍者を捉えていた縄を外す。もう1人は雄叫びのように笑い声を高らかにあげていた。
縄を外してくれた彼は、クイッと顎を動かして裏口の方へ促した。こくんっと頷いた彼は懐から鳥の子を取り出し、投げ捨てる。それに合わせて合図もなかったが、3人は四方に散り、その場から姿を消した。
森で待機していた文次郎は顔を上げる。彼が見上げた方向から臙脂色の影がこちらへ向かってきていた。
「ありゃ、ろ組か? 」
「だろうな」
仙蔵は仮眠をとっていたは組を揺さぶり起こす。
走ってきた長次と小平太はかけていたサングラスを外した。
すると、何を思ったのか小平太は長次に飛びついた。背中にしがみついた小平太は、よろける長次の顎を手で持ち上げて笑いかける。
嬉しそうな自然な笑みに、文次郎は見覚えがあった。遥か遠い記憶であったが確かに見た光景に間違いない。
腰に手を当てて大袈裟にため息を吐く。
「で、なんで2人は入れ替わっていたんだ」
「なんだ、気がついていたのか」
長次はそう言って、頬を擦って傷跡の化粧を落とした。同じように背中から降りた小平太も頬を擦って傷を表す。2人とも互いに同室へ変装をしていたのであった。
「なんか大人しいから変だと思った」
そう声が聞こえて見上げると、伊作と留三郎が木の上に立っていて、その木の影からは仙蔵が姿を見せる。
「大事な忍務だぞ?! 」
「ま、ろ組だからな」
驚く留三郎と謎の理由で納得する仙蔵が木の上から帰宅を促した。長次と顔を見合せたろ組と文次郎は頷き木の上へ登る。
「帰るか」
「おう」
六人は揃って朝日が登り始めて白んできた空を駆けるように、学園への帰路を進んだ。
「どうしてバレたんだ? 」
疑問を素直に口にする小平太に長次は言う。
「私はお前が跳んできてもよろけない」
「なははは、そうだったな」
全く、こいつは。そう言いたげな顔をして長次は小さく息を吐いた。
[完]
木の上に立っていたドクタケ忍者は困ったようにため息をこぼした。その顔は何処か清々しいものであった。
「全くあの二人は……」
頬に打たれた傷のあったドクタケ忍者だ。その隣には捉えられていたはずの忍者の姿もある。2人は帰っていく忍タマたちの背中を見つめていた。
「随分と加減されましたな」
ため息をこぼしていた臙脂色の忍びは懐から出した手ぬぐいで頬を拭く。あっさりと打たれた跡が魔法のように消えた。無傷そのものだ。
「それでも気がついたのはサングラスを奪った時ですよ」
「あらー、まだまだじゃないのー」と囚われてた忍者は呆れた顔を見せる。だが、臙脂色の忍び装束を脱ぎ捨てた男は笑った。
「どうします? 」
「まぁ、良いにしましょう。忍びと言えど時には忍務より優先するもんもある」
そう優しい声で断言する男性も木の上に立って変装を解いた。
「卒業試験が楽しみですな」
「そうですね」
ドクタケ忍者に変装していた土井先生と捕らえられた忍者の変装を解いた山田先生は、晴れ晴れしい顔をして言う。
「6年ろ組、中在家長次」
「同じく、七松小平太」
「「変装の実習試験、合格! 」」
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