フレーメンちう
2025-06-30 07:13:24
6201文字
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フライパンで一食

調理器具から直食いする事に興味を持ったドゥリーヨダナの話。行儀が悪い食べ方は既にしてそうだけど、王子となると、どこまで行儀の悪い食べ方をしてるか未知数で…!

 夜も更け、食堂は日中と違う賑やかさで溢れていた。ランチやディナータイムの様な朗らかさは無い。
 ある一画は酒を片手に豪快な笑い声を上げる者達が屯(たむろ)し、隅の席では賭けに興じ一喜一憂する者達。照明の半分程落とし、ほんの少しの薄暗さ他品行方正の者達が近寄りがたい雰囲気を演出する。
 しかし、そんな演出をしたところで、冒険譚を聞きたくなったナーサリーは時折やってくるし、夜食のデザートとして果物を剥きに来るパリスもいる。

 そんな混沌と化した食堂で、ティーチとドゥリーヨダナ、そして、空色のローブに身を包んだクーフーリンも珍しく同じテーブルを囲んでいた。
 テーブルの上にはチーズや生ハム等の軽いおつまみワインが並び、三者とも思い思いの酒とつまみを嗜む。
「そう言えば、今回のレイシフト先でワイバーン食う羽目になるとは思わなかったぜ。久しぶりとは言え慣れねぇよな、あれ」
「ご愁傷様としか言えませんなw」
「久しぶりにって……何でそんなものを食う発想になるのだ?」
 クーフーリンの話に笑うティーチを余所に、ドゥリーヨダナは怪訝な表情を浮かべる。レイシフト先へ頻繁に連れ回されるドゥリーヨダナだが、そんな変な物を食べた事が無かった。
 眉を顰め、理解に苦しむドゥリーヨダナへ口元を綻ばせると、クーフーリンは心底安堵の息を吐く。
「昔は時々あったんだ。今の環境は本当に恵まれてるからな」
「悪しき風習でしたなぁ、あれは」
 ほんの少しだけ遠い目をするクーフーリンとティーチに、ドゥリーヨダナは冷ややかな視線を向ける。
「何だ、二人ともわし様に古参である自慢をしてるのか?」
「そうじゃねぇって。マスターが食う以上、俺らも少しは食うんだよ。あの頃は『見せ食いしてるみたいで申し訳ない』って言われちまってたしな」
 クーフーリンの言葉に、ティーチは大きく頷いた。
「言われましたなぁ。拙者は無視しようとしましたが、マシュ殿にも言われてしまいましてな。生前の頃に食った物よりかはマシですからな」
 深く溜息を吐いたティーチは、当時の申し訳なさと心配が混じったマシュの表情を思い出す。今とは違う初々しさに、手にしていたビールが進んでしまい、一気に飲み干してしまう。
 ビールを呷るティーチを気にすること無く、クーフーリンは苦い思い出を呼び起こす。
「マシなのは一理ある。戦争の時に薙いだ敵兵の目玉が口に入ったアレよりは美味い」
「俺も航海中に食ったメス豚は酷い味だったな」
「お前が海の上で食ったのは、たかだかカビの生えたパンだろ」
 目を細めて笑うティーチに、クーフーリンは呆れた表情を見せる。
「何で二人で盛り上がっとる。意味が判らん」
 二人の遣り取りを聞いていたドゥリーヨダナは口をへの字に曲げた。
 ティーチの文化や宗教でも、豚肉は禁止なのか? そんな表情を見せるドゥリーヨダナの頭の上に『?』が見える。
「まぁ、黒髭の言葉は気にするな。取りあえず食っとけ美味いぞ」
ティーチのジョークに少しだけついて来られていないドゥリーヨダナを気遣うように、クーフーリンは自身の皿からまだ手を付けていないスモークサーモンとオリーブを、ドゥリーヨダナの皿へと載せた。
「そう言えば、サーヴァントとして喚ばれてからも色んな料理を食ったけど、雑な飯でも結構美味いんだよな」
 満足そうにスモークサーモンを食んでいたドゥリーヨダナは、クーフーリンの言葉を不思議そうに見つめる。
「わし様から見れば、ここで出される料理も雑な物があろう?」
「え? それって王族マウントでつ?」
「そうだが?」
「やだ~ノンデリ~」
 両手を口に当て、ティーチは可愛こぶりながら怯えるフリをする。そんな素振りをおちょくる様にドゥリーヨダナはウィンクをすると、グラスを掲げて飲み干した。
「何だ、お前らマジで酔ってんのか?」
 クーフーリンの心配を余所に、軽い奇行に走る二人に小さな溜息を吐くしか無い。
「酔っとらん。ジョークにはジョークで返してやっただけだ。で、何度も喚ばれているお前が食べた中でも一番雑で美味かったのは何だった?」
 まだその話が続いていたのか。クーフーリンはそう思いながらも、喚ばれた時の事を思いだす。
「そうだな……鍋のままで食う即席麺だな。具も何も入っちゃいないし、食器にも移さず食うんだ。行儀良く食う事も出来るのに、敢えて雑なままってのが楽しくてな」
「良い趣味してますな。けど解りますぞ、拙者も神本で見たときには興味をそそられましたからなぁ」
「そういうものなのか?」
 楽しそうに話す二人の感性が信じられないと言わんばかりに鼻で笑う。平民の食事ですら繊細さが足りないというのに、それよりも手を抜いた料理が旨いというのか。
 ほんの少しだけ小馬鹿にしながらも、手抜きの料理が気になってしまう。
 眉を顰めるドゥリーヨダナは、空になったグラスにワインを満たした。

* * *

……
 タマネギを刻んでいた手を止めたビーマは、一つに束ねた髪を揺らしてドアを見つめる。
 ドア越しでも響く、聞きなれた足音。ドタドタとフロアを踏みしめる音が徐々に近づき、部屋の前でピタリと止まる。
「ビーマ、お前が思う手抜き料理を作れ」
 ノックも無しに開いたと同時に、無遠慮な言葉を放つドゥリーヨダナが立っていた。
 料理人でもある俺に『手抜き料理』を注文するときたものだ。傲慢を人型にしたと言っても過言ではない、と、心底思ってしまう。
「はぁ?」
「どうせ新しい料理を作ろうとしていたのだろう?」
「わかってんじゃねぇか」
 小さなキッチンに並べられた食材にチラリと視線を向けたドゥリーヨダナは、軽く興味を向けている。だが、自身の希望が通るかどうかという事に興味を持っているのだろう。 時折、何でこんな奴に心を傾けてしまったのだろうかと自分自身でも疑問が浮かぶ。だが、そう思ってしまっているのだから仕方がない。
「何で手抜きした料理なんか食いたがってんだよ。お前、そういうのに興味ないだろ」
「キャスターのクーフーリンに聞いたのだ。調理器具から食器に移さぬまま食べるのが面白くも美味いとな。言っておくが、果物を切っただけで『出来た』というのは認めんぞ」
 得意気に話すドゥリーヨダナに、ビーマは怪訝な表情を浮かべる。また余計な知識をつけてきたな。そう思うが口に出したら面倒な事になりそうだ。
「何で俺が作らなきゃならねぇんだよ」
「真面目なお前の手抜きとやらを見てみたかったが。……まぁ、嫌ならエミヤにでも声を掛けるか。この手の料理は、彼奴の方が詳しいだろうからな」
 渋るビーマにこれ以上時間を掛けても無駄だろう。ドゥリーヨダナは食堂へ向かう廊下へ視線を向けた。
……!? いや待て、俺が作る。エミヤに迷惑をかけられねぇから、そこに座って待ってろ」
 今すぐにでも、この場を離れそうなドゥリーヨダナの言葉に、ビーマは身を強ばらせた。慌てて部屋に招き入れると椅子を引き、ドゥリーヨダナに座るようにと促す。
 ドゥリーヨダナを待たせる時間が余程惜しかったのだろうか。普段であれば敷物の上を勧める筈なのに、テーブルのある椅子へと促してきた。あまりにも必死なビーマの姿に対し、ここまで必死になるのかと少々驚きながらも椅子へと座った。
 白いクロスが掛けられた一人用のテーブルはあまり使わないのだろうか。食べこぼしの染みがひとつも無い。ビーマの得意とするスパイスを使った料理であれば、多少なりとも汚れると思ったのだが。
「お前、こんな小さなテーブルで食事してるのか?」
 調理台に向かうビーマに視線を向ければ、既に並べていた食材を急いで片付け始めていた。
「ん? 今は使ってねぇな。始めは試しに作った料理をそこで食おうとしてたんだが、全然並べきれなくてな。今はブーティカやエミヤに味見をしてもらう時に使う程度だな。……で、メニューのリクエストとかあるか?」
「変なもので無ければ良い。お前に任せる」
「んー……それなら冷蔵庫にあるものだけで……食材の種類も少ない方が手抜きっぽくなるか?」
 想像していた以上に手抜き料理を作ろうとしているビーマに、ドゥリーヨダナは目を丸くした。ありあわせの材料で作るのは予想していたが、材料の数まで削るとは思わなかった。素焼きの何かを料理だと主張してきたら、投げ返してやろうか。
 手抜き料理を望んだとはいえ、ドゥリーヨダナは最悪の状況を想定してしまう。
 そんなドゥリーヨダナに気づく事無く、ビーマは調理に取り掛かっていた。
 食材を刻む軽やかな音、熱せられて油が弾ける音。ビーマの背中で手元が隠れて何をしているのか解らないが、楽しげな音が部屋に響く。生前でも、カルデアに喚ばれた後も、ドゥリーヨダナには縁の少なかった音が鼓膜を揺らす。これがビーマの日常で耳にする音なのか。と、思うと、少々感慨に耽ってしまう。
 だからといって、ドゥリーヨダナも料理をしようとは思わないが。
 食欲をそそる香りが一層強くなり、ドゥリーヨダナの鼻をくすぐる。取りあえず香りだけは良い。どこまでの出来か品定めが楽しみだ。
「出来た」
 小さく呟いたビーマは、ドゥリーヨダナの前にランチョンマットとフォークを並べた。
「鱈のバターソテーだ。熱いから気をつけろよ」
 目の前に置かれたフライパンから立ち上るバターと胡椒の香りが鼻をくすぐる。
 フライパンの縁でバターがジュワジュワと音を立て、きつね色の焼き色が付いた白身魚の縁からも小さな気泡がはじけていた。火が通り緑色が鮮やかに映えるアスパラガス、バターが染み込み色が濃くなったマッシュルーム。品数は少ないものの、彩りとしては及第点だろう。
「ふむ、悪くはないな」
 ドゥリーヨダナとしては、宮廷で働く使用人達の賄いの様な料理を想像していた。だが出てきた料理は想像を裏切り、まるで森育ちのビーマにぴったりの料理だった。スパイスすら殆ど使っていない料理に面白さを感じつつも、森育ちの経験が生きた料理に思えてしまい、緩む口元を隠せないでいた。
「何笑ってんだ」
 フォークを握ろうともせず静かに笑みを浮かべるドゥリーヨダナに、ビーマは眉間に皺を寄せる。冷やかしならば承知しないと言わんばかりの表情だ。
「いや、わし様が注文をつけたとは言え、随分と素朴だと思ってな。さて見た目も楽しんだし、味を確かめるか」
 その言葉に小さな息を漏らしたビーマは、ドゥリーヨダナの反応を見るために調理台に寄りかかりながら視線を向ける。
「さて……
 どれ程の出来になっているのだろうか。緩む口元を引き締め、澄ました顔を作る。それでも期待を膨らませるドゥリーヨダナは、用意されたフォークを手にした。
 焼き色の付いたアスパラガスを口へと運ぶ。みずみずし歯触りと共に、ほくほくとした食感から強い甘さが溢れ出てくる。バターと塩で炒めたせいだろうか、茹でた時よりも甘さ際立つ。
 メインの鱈はどうだろうか。フォークで軽く力を入れればホロホロと身がほぐれ、フォークで掬えばバターと胡椒がたっぷりと絡んでいく。口に含むとバターの風味の後から、鱈の柔らかな旨味が広がっていく。バターをたっぷり絡ませるよりも、胡椒を多めに絡めて辛さで味を締めた方が美味く食べられそうだ。
 色々と食べ方を試す前にと、もうひとつの付け合わせであるマッシュルームを一つ刺して、鱈の余韻が残る口へと運んだ。
「んっ」
 目を丸くし、思わず声を漏らしたドゥリーヨダナはマッシュルームを噛みしめる。鱈やアスパラガスよりも一番味が濃い。舌を覆い尽くすようなマッシュルームの旨味が溢れ出る。チャパティや薄切りのバゲットに載せて食べれば、生地に味が染みて美味さが増しそうだ。
 表情をころころと変えながら食べ進めるドゥリーヨダナの様子にビーマは楽しそうに目を細めた。
「美味いか?」
「まぁ、これはこれで悪くないな。ただ旨味の濃さにムラがあるのがな」
「ふぅん、流石ドゥリーヨダナだな。食べ合わせたら美味いかと思ったが……改善の余地があったな」
 味の濃さで遊びが出来たら、と思っていたが、裏目に出てしまった様だ。味の濃さを変えるのは、余程バランスを整えない限り難しいのだろう。現に味が強い付け合わせを思い出しても、薬味しか思い付かなかった。
 腕を組み、眉間に皺を寄せて悩むビーマの様子に、ドゥリーヨダナは小さな溜息を吐く。
「わし様が希望をだした料理だったからな。別に構わん」
「ん、そうか。いつものスパイスを使わないで、塩コショウとバターだけの味付けにして手を抜いたし、フライパンだけで作ったから、雑な料理と言えるだろ?」
「お前にしては、かなーーり手を抜いた料理だったな」
 そう言いながらも、ドゥリーヨダナはしっかりと味わいながら食べ進めていた。
 ふと、ドアをノックする音が響いた。誰かと約束をしていただろうか。
「ビーマ、今良いかな? レイシフト先について相談があるんだけど」
 ドア越しに聞こえたのはマスターの声だった。ビーマは不思議に思いながらドアを開ける。片手に端末を持ったマスターは、ビーマが居たことに胸を撫で下ろした。
「待たせたな。テーブルは使ってるからベッドに座ってもらっても良いか?」
 ビーマの言葉にマスターは頷くと部屋へと入った。ふと、テーブルを使っていたドゥリーヨダナの姿に驚きを見せる。ドゥリーヨダナ自身も、マスターへ向き直ると食んでいた鱈を飲み込んだ。
「ドゥリーヨダナがここでご飯食べてるの珍しいね」
「ビーマの作る雑な料理を食いに来たのだ。まぁ、ビーマ以外の奴が作った物でも良かったがな」
「他の奴に迷惑かけられねぇだろ。お前は無茶言うからな」
 何気に仲がいいな。そう思うが、できる限り顔に出さないようにと口元を締める。そんな事を思っているのをドゥリーヨダナに気付かれたら大変な事になってしまうだろう。
 しかし、スペシャルランチも手掛けるビーマが作る雑な料理が気になって仕方がない。
「どんな料理か見て良い?」
「構わねぇよ。フライパンひとつで作ったズボラ飯だから、なにも面白いものではないと思うが……
 少しだけ気恥ずかしそうな表情を見せるビーマに無邪気な笑みを向けると、机の上を覗き込んだ。
 食べかけとはいえ、フライパンの中には少しずつ減った野菜と白身魚のソテー。フライパンひとつで作ったと言っていたため、野菜炒めのように混ざっているのかと思っていたが、綺麗に分けられている。
 言葉も無く、ただただ料理を見つめているマスターに、ドゥリーヨダナはフン、と鼻を鳴らした。
「わし様が食事をしているというのに、無作法なマスターだな」
「あ、ごめん。けど、これは……世間一般は、これをズボラ飯とは言わない気がするなぁ」
 フライパンで完結させる手抜き料理で思い付く料理と言えば、玉うどんに醤油と鰹節をかけただけの焼きうどん。精々頑張ったとしても具材入りの素で作ったチャーハンが限度だろう。
 そんな思い出の中、目の前にある料理をズボラ飯と言うには些か傲慢と思うほか無かった。