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toko-honey
2025-06-30 06:27:12
6264文字
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最高のプレゼント
2025年6月30日のレオン誕のレオタクです。
誕生日にタクミを所望するレオンのお話。
将棋盤の上の勝負はレオンの不利だった。
タクミが一手を指すと、レオンは少し眉をひそめて長考し始めた。口元に寄せた手にはタクミから取った飛車が握られている。それを手の中でくるくるともて遊んでいるが、きっと無意識だ。頭の中は、この追い詰められた状況をどうにか打開する策を見つけようと、考えを巡らせているに違いなかった。
◇ ◇ ◇
好きな遊びはチェスだとレオンが言い、それは白夜でいうところの将棋だとタクミは言った。
そんなやり取りをした数日後、話しかけてきたレオンの相手をしていたら、将棋で勝負をしようという話になった。金輪際近づかないという以前の宣言は、いつの間にやら無効となったようだ。
だがいくら将棋好きのタクミでも、戦場に将棋盤やら駒やらは持参していない。「道具がないから無理だよ」と断ると、レオンは「そう」とあっさり引き下がった。
夕食後に拠点の自室に戻り、書き物をしている最中、タクミは半紙の隅に将棋の駒をいくつか書いてみた。盤と駒を紙で代用するのはどうだろうかと思い立ったのだ。とっさに断ってしまったものの、レオンが自分の好きなものに興味を持ってくれたことは嬉しかった。
紙を二枚つないで大きな正方形を書き、枡目となる直線を引いている最中に手が止まった。思い出したのはエリーゼに見せられた暗夜の遊び道具だった。艶のある象牙の駒で、凝った細工彫りがしてあった。きっとあれがチェスの駒だ。
改めて自分の書いた紙の駒を見る。左右非対称の五角形に書かれた、達筆とは言い難い文字の「王将」は、果たして彼にふさわしいのだろうか。
紙製の駒で将棋を指すレオンの姿を想像する。
タクミはむうと眉を寄せると書きかけの将棋盤に大きくバツ印を書き、駒の落書きと一緒にくしゃくしゃと丸めた。
それからたっぷり二晩悩んでから、タクミはカムイの力を借りることにした。ツリーハウスの彼の部屋を訪ねる。
「カムイ兄さん、将棋の道具って手に入らないかな」
「えっ、ショウギ!?」
用件を言うと、カムイが驚いて目を丸くした。
暗夜育ちの彼には聞きなれない単語だったのだろうか。それにしては驚きすぎのような気もするが。
「白夜の遊びで、将棋っていうのがあるんだ。暗夜のチェスみたいなもので
――
」
「ああ、違うんだ。驚いたのはそういうことじゃなくて」
カムイは棚の中から何かを取り出してテーブルに置いた。どこからどう見ても将棋盤だった。脚付きのものではないが、整ったマス目の立派な盤だ。
「えっ、これって」
「将棋盤と将棋の駒だよ」
カムイが将棋盤の上に置いた箱の蓋を開ける。中には小ぶりの駒が詰まっていた。
「将棋の道具、持ってたんだね」
カムイが実物を持っているのなら話が早い。貸してもらえないかと聞こうとしたら、彼が意外なことを言った。
「これは俺のじゃないんだ。レオンに頼まれたものなんだ」
「レオン王子に?」
驚いてカムイの顔を見る。
「二日前だったかな。『両国の相互理解を深めるために必要だ』って言われてな。スズカゼに頼んで街で買ってきてもらったんだ。もうすぐレオンの誕生日だし、このくらいのわがままは聞いてやってもいいかと思ってさ。レオンが買ってくれって言ったものをタクミも欲しがるから驚いたよ。欲しいものまで一緒だなんて、お前たちは本当によく似ているんだな」
カムイはにこにこしながらタクミに将棋道具を渡してきた。思わず受け取る。
「何で僕に渡すのさ。レオン王子に頼まれたんなら、直接レオン王子に渡してあげなよ」
「だって、タクミも欲しかったんだろう? ちょうどいいじゃないか」
何だか釈然としないまま、タクミはカムイの部屋を出た。将棋道具はしっかり持っていた。
レオンが二日前にこれを頼んだということは、タクミと将棋の話をしてからすぐのタイミングで依頼をしたということになる。
彼はそんなにも将棋に興味があったのだろうか。それとも自分に興味があるのだろうか。
とにかく目的を果たそうとタクミはレオンの部屋を訪ねた。彼が中にいるかどうかわからなくて変に緊張する。
いればこれを渡せばいいし、いなければ出直せばいいだけだ。
意を決して声をかけると中から返事があった。レオンが顔を出す。タクミが用件を告げると、彼が片方の口の端を上げてにやっと笑った。どういう笑いなのかを図りかねていると中に通された。レオンの部屋に入るのは初めてだ。
「持って来てくれてありがとう。今お茶を準備させるから少し待っててよ」
「う、うん」
勧められた椅子に座ってお茶を待つ。将棋道具を渡してそれで終わりでなかったことに内心ほっとした。部屋に入る前の緊張感から解放されると暗夜風の内装や調度品が物珍しく感じられ、タクミはレオンにばれないように部屋の中をきょろきょろと見回した。窓際に置かれた棚の上に花が飾ってあるのが目に入った。
「もう少しでお茶が来るよ」
レオンが小さなテーブルを挟んだ向かいの椅子に座る。テーブルの端にはタクミが運んだ将棋道具があった。レオンが依頼したものだ。
タクミが紙で将棋ができないかと考えていたとき、レオンもカムイに頼んでこれを手に入れようとしていた。方法は違えど同じ目的を持ってそれぞれ行動していたのだ。似ていると言われてしまうのも道理だ。レオンに似ていると初めて周囲から言われたときは、とんでもない侮辱だと強い怒りを感じた。だが今はそれほど嫌な評価ではない。むしろ、彼が自分と同じことをしていたことに親しみを覚えていた。
「将棋、教えて欲しいんだよな」
「チェスと似たようなゲームなんだろう。興味あるな」
「時間があるなら今説明するけど」
「もちろんそのつもりだよ」
レオンはまた片方の口の端をにっと上げた。
彼はよくこの表情を見せるが、いったいどういう笑いなのだろう。傲慢そうな、嘲笑とも取れる表情であるが、彼の行動と併せて考えると少し違う気もした。
タクミはテーブルの真ん中に将棋盤を据えた。駒をその上にパチンパチンと並べていく。
「まずは駒の種類と動きを説明するよ」
タクミが用意した自筆の説明書を見せながら駒の動きを説明している間、レオンはずっと口の端を軽く上げた表情のままだった。目は興味深そうにタクミの手元を見ており、チェスの駒と同じ動きの駒があることに関心を持ったり、後ろに下がる手段が少ないことに驚いたりした。説明の途中で運ばれたお茶にも手を付けていない。
そうして気づく。口の端を上げるレオンのこの笑い方は、彼が純粋に楽しんでいるときの表情なのだ。
傲慢で不遜に見えるのは、相手に隙を見せないようにするためだ。タクミがなかなか他人を信用せず冷たい態度を取るのと一緒で、レオンも心を許せる相手だと認識するまでは、楽しんでいるときでもこの表情を崩さないのだ。
こんなところが、自分たちが似ていると言われる所以なのだなと改めて納得する。そして、崩してみたいと思った。
堅牢な彼の心の壁を取っ払って、壁の内側にある笑顔を見てみたい。
ひょっとすると、彼もタクミに対して同じように思っているのかもしれなかった。これだけ性格が似ているのだからあり得ない話ではない。
レオンが将棋の勝負を希望して将棋道具までそろえたのは、なにがしかを期待してのことではないだろうか。要するに、タクミと仲良くなりたいと思ってくれているのではないか。
もしそうなら、こちらからも歩み寄るべきだと思った。レオンとの距離を縮める何かいいきっかけはないだろうかと考えたとき、カムイから聞いた情報がふとよぎった。
成り駒の説明をしている最中だった。
「あ、あのさっ、誕生日っ」
「へっ?」
唐突に出た場違いな単語にレオンがきょとんとする。タクミの指は飛車の裏の龍王の文字をなぞっていた。
「誕生日? それってどんなルール?」
「いや、あの
…
、将棋の話じゃなくって
……
」
かああっと体温が上がった。脇の下に汗がにじむ。
もっと気軽に聞けるような間柄になってから聞けばよかったとか、少なくとも将棋の説明が全部終わってからにすればよかったとか、諸々の反省点が浮かんだが、口に出してしまったものはもう引っ込められなかった。
「その、あんたの誕生日って
……
、いつなのかなって」
「えっ?」
「近いんだろう? 誕生日。だから、いつかなって
…
思って
…
」
カムイが言った「もうすぐレオンの誕生日」という言葉をタクミは思い出していた。誕生日に彼の喜ぶ何かを贈れたら、きっと距離が縮まるに違いない。そう思いついたまではよかったが、思いついたことを衝動的に言ってしまったのはまずかった。恥ずかしさで体温がますます上がる。
レオンの目元がふっと和らいだ。
「今日だよ」
「えっ、今日?」
「そう、今日」
レオンがうなずく。
「あのっ、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
今日が誕生日当日だったことにびっくりしつつ、タクミはとにかく祝いの言葉を贈った。そう言われれば、窓際に飾られた花は、戦争の拠点にはそぐわない華やかさがある気がした。
「それでさ、何か欲しいものって、ある?」
「欲しいものか
……
」
レオンが困った顔で軽く首を傾げる。これといった希望はなかなか出てこない。
「特に欲しいものがないなら、僕の方で考えるよ。白夜の何か
……
、例えば本はどうかな、新しく出た哲学書とか」
多少は予想していたことだった。レオンは王子の立場だし、おそらく大抵の欲しいものはすでに手に入れていることだろう。白夜の本もいくらかは持っているかもしれない。
レオンがタクミの顔を見つめ、そしてふっと微笑んだ。今まで見たことのないような優しげな笑みだった。どきりとする。
「大丈夫、君からはもうもらったから」
「えっ、何のこと? 僕、何かした?」
心当たりがなくてタクミはぱちぱちと瞬きをする。
「哲学書も嬉しいけれど、僕が本当に欲しいものは形のないものなんだ」
「形がない?」
隠しても仕方がないから言うけれど、とレオンは前置きをした。
「対等な立場の友達っていうものにあこがれていたんだ。血の繋がりとか、上下関係とか、そういったものに縛られない友達だ」
レオンがすっと視線をそらした。頬がやや赤い。
レオンの言った言葉の意味がわかるにつれ、タクミは顔が熱くなるのを感じた。
つまり、レオンはすでにタクミのことを友達だと思ってくれているのだ。血の繋がりはもちろんないし、王子同士なら上下関係もない。年齢が近いから変な遠慮もなくて、本当に対等な立場の友達だ。
「僕
……
、僕、レオン王子の友達かな」
「一緒に将棋をしようって部屋に遊びに来てくれるのは、友達と考えていいんじゃないかな」
「ちょっと待って。将棋をしようって言い出したのはあんただし、道具を準備したのもあんただよな」
「どっちが準備したとかは関係ないよ。タクミ王子はそれに同意したんだから」
「なんだかはめられた気がする」
「考えすぎだよ。さあ、将棋の続きをしよう」
タクミの説明書を見ながらレオンが駒を並べ始めた。成り駒の説明が途中だったことを思い出したが、まあいいかとタクミも駒を並べる。
レオンに将棋の基礎を教えつつ、友達という言葉の意味を噛みしめて、タクミはくすぐったい気持ちになった。
◇ ◇ ◇
それがちょうど二年前だ。
あれからハイドラを倒し、戦争は終わった。自国の復旧と両国の関係の改善に奔走する間、タクミはレオンとの個人的な交流を欠かさなかった。手紙を頻繁にやり取りし、拠点の宿舎で行っていた将棋の対局を、互いの城の自室へと場所を替えて続けていた。将棋だけでなくチェスも、今ではすっかり二人の共通の趣味だ。
この二年間、タクミは親友としてレオンと共にあった。きっとレオンも同様だ。
だがこの二年間で少しずつ、タクミの中で育っていった感情があった。レオンに対するタクミの想いは、大事に温めているうちに友達の枠を大きく超えるものになっていた。
レオンの誕生日に暗夜王国を訪れ、クラーケンシュタイン城の彼の部屋で将棋を指す。
この対局に勝ったら、タクミはレオンに想いを打ち明けるつもりだった。彼の方では迷惑かもしれないが、そうなれば想いを断ち切る覚悟もあった。
告白がかかった大事な対局だ。タクミはレオンに本気で勝ちに行った。
不利な局面をどうにかしようと、レオンが長考の末に手に持った飛車を指した。タクミが予想していた中でも最善の手だった。だがそれは一時しのぎに過ぎず、別方向から攻められてとうとうレオンは有効な指し手がなくなってしまった。
「誕生日なんだから僕に勝ちを譲ってくれてもよくないか?」
レオンが敗北の宣言の代わりにぶちぶちと不平を言う。
「『手加減なんて気に入らない、いつでも真剣勝負だ』って言っていたのは誰だっけ? 誕生日に勝ちが欲しいなら、事前にそう言いなよ」
タクミが言い返すとレオンが黙った。タクミはくすくすと笑いながら駒を片づける。もう夜も遅い。
対局に勝ったから、予定通りレオンに自分の想いを伝えようと思った。どう切り出すかタイミングを図りながら駒を集める。彼に誕生日を聞いたときのような失敗は一度で十分だった。
駒を箱に収め、蓋をしたその手にレオンの手が重なる。偶然触れたわけではないようで、軽く握られた。タクミは驚いて彼の顔を見た。
「本当は勝ったら言うつもりだったんだけど、今日は僕の誕生日だからいいことにするよ」
「えっ
…
、なに? どうしたの?」
「タクミ王子
……
。いや、タクミ」
両手をレオンの手に包まれる。触れ合った手は熱くて、レオンの眼差しはそれに負けないくらい熱っぽかった。真剣そのものな瞳にまっすぐ見つめられ、心臓がドキドキと忙しくなる。
「僕が欲しいものはいつだって形のないものなんだ、君との関係みたいにね。この二年間、君の存在にどれだけ助けられたかわからないよ。僕と友達になってくれたこと、本当に感謝しているんだ。まさに最高の誕生日プレゼントだったよね」
レオンの頬がじんわりと赤く染まった。
「僕はこれからも、ずっと君と一緒にいたいと思ってる。だから、今度も誕生日の日に言うよ。タクミ
……
、君が好きだ。僕との結婚を考えてくれないか?」
タクミは大きく目を見開いた。自分が言うはずだった台詞がレオンの口から出てきたことに驚きすぎて言葉が出ない。まさかここでも彼が同じように思ってくれていたなんて。心臓はドキドキしすぎてそろそろ限界だ。顔はもう真っ赤に違いなかった。
「僕で
……
いいのかな」
か細い声でかろうじて出たのは返事ともいえない返事だった。本当なら跳び上がって喜びたいところだが、心臓が止まってしまう危険を考えるとこれが精一杯だ。
頼りない返事だったがそれだけでレオンには通じたようだった。
「君がいいんだ」
タクミの好きな満面の笑みと共にぎゅっと抱き締められ、そう耳元で囁かれる。
耳に入ってくる彼の声はぞくっとするほど美しく、鼻に入ってくる彼の香りたまらなくいい匂いだった。この声も匂いもこれからは自分のものになるのだと思ったら、タクミの心臓はいよいよ限界を迎えそうになった。
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