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みすず
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創作
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ミロキサ
オムレツ。
「オムレツが食いたい」
最近は文字数の多い本を読み始めたミロが久しぶりに読んでいる絵本。これは先日、偶然発掘した本屋の古址で見つけたもので、上に報告したあとも持っていっていいと言われたものの一部だ。未来を生かすために戦っている現在、ましてや相手が宇宙からの侵略者であるために歴史は顧みられなくなっている風潮がある。懐古は個人の思い出のなかばかりだ。
「オムレツね。卵あったか?」
「ない」
「はいはい、じゃあ買いに行くとするかね」
「自転車出すか?」
心なしかわくわくした様子のミロにキサラギは自由にさせたく思いつつも、今回ばかりはと首を振る。
「お前、まだ転ぶだろ」
「
……
もうそんなに転んでない」
むっとするミロは最近、自転車に乗ることを覚えたばかりだ。単車が故障してしまったので工場へ持っていったら、一時的な代替品として支給されたのである。
自転車でどうやって侵略者と戦いに行くんだよと思ったが、そのときは戦車に乗って行けばよろしい。キサラギは不思議なものを見る顔になっていたミロに、とりあえずは乗り方を教えようと後ろを支えたのだった。
結果としてはミロの見かけが随分とわんぱく坊やになってしまったし、太腿には湿布を貼ることになった。だが、これも良い経験だろうとキサラギは思うのだ。
とはいえ、それはそれ、これはこれ。
「安定してねえだろうが。卵割れるぞ」
ぴん、とミロの鼻先を指で弾けば彼は顔を一瞬ぎゅっと歪めたが、ひとまずは納得したように黙り込む。納得はしても乗ってみたかったのだろう。顔に不満は残っているけれど。
「なにもずっと乗っていかねえわけじゃねえよ。今回は卵だから念のためってだけだ」
「ほんとうか
……
?」
「嘘言ってどうすんだよ」
「
…………
キサラギはよく嘘を吐くだろう」
「さーて、買い物行こうぜ!!」
話の向きが都合の悪いほうへ向かいそうになったので、キサラギはくるりとミロへ背を向ける。ミロは「おい」と納得のいっていない顔でキサラギの肩へ手を伸ばしたが、キサラギが先んじてその手をぎゅ! と握れば驚きに目をまあるくした。
「ほら、行こうぜ」
にこっと笑ってミロの手を引けば、数秒黙ったミロは僅かに口角を上げる。まだまだ表情豊かではないからほんのりとしか浮かんでいない笑みだけれど、それが逆にとても優しい雰囲気に見せていることを彼は自覚しているだろうか。きっとしていないだろう。
もったいないこと、と思いながらキサラギは兵舎を出てもしばらくミロの手を引いたまま歩き、市場が近くなって人通りが増えた辺りで手を放した
……
のだが、すぐにミロがぎゅっと繋ぎ返してくる。
「なんで放すんだ。逸れるだろう」
「
……
お前可愛いな」
キサラギもミロも当然一人で出歩けるし、道に迷ったりなどしない。逸れても各々帰る場所は分かっている。だから、逸れてもそこまで困ったりはしない。手を繋いでいるほうが歩き難くすらあるだろう。
それを分かっていて言っているのか、分かっていないのか。どちらでもキサラギはミロが可愛いと感じたのだ。
「よしよし、じゃあ売り場行こうな。野菜もあればいいんだが」
「甘いにんじんのやつが食いたい」
「グラッセな。お前どうした。今日食いたいもんやたらと洒落てるな」
「洒落てるかは分からないが
……
本に載ってたばあさんは随分と楽しそうだった」
ぽつぽつと話してくれる絵本の内容に感想。キサラギは一つひとつに頷きながら、ミロが言葉に詰まると「それで?」と先を促す。キサラギはミロが自分自身のことを話すのが好きであったし、その機会を多く設けたいと思っている。勝ち取った未来でミロが豊かに生きていけるように。
ミロの話を聴きながら買った卵ににんじん。他の野菜や偶然見つけたあまり硬くないパン。いつもは砂場に転がっても叩いて食べられるようなパンが多かったので、意図せず今日は豪勢な食事になりそうであった。
いつもよりもほんの少し緩やかな歩調で進みながら帰ってきた兵舎、簡単な調理場にキサラギは立つ。
「テーブル片付けといてくれ」
「分かった。そのあとは?」
「時間ちょっとかかるから絵本の続き読んでな。感想また聴かせてくれ」
「うん」
頷いたミロが少しばかり雑な手つきでテーブルを片づけ出すのを見てから、キサラギは洗ったにんじんを俎板へ転がす。見るものが見れば神経質に同じ大きさで切り、塩を入れた鍋で茹でる。にんじんはどうしたって茹でるのに時間がかかる。
バターと砂糖が甘やかに漂い始めた頃、キサラギは順調にボウルを出して卵をかん、と軽く叩いた。力加減を間違えるとすぐに割れてしまう脆い卵にミロが苦戦していたのを思い出しながら忍び笑いをしたけれど、ミロは絵本に夢中になっているようで幸いにも聞こえなかったようだった。
ふんふんと鼻歌のひとつも歌っていれば牛乳を少し混ぜた卵がふわふわと半月の形に焼ける。これを崩さないように皿へ盛ると、キサラギはミロが二軒も三軒も隣にいるかのような大声で彼を呼んだ。
「ミローッ、飯ー!!」
「分かった
……
聞こえてる」
なんだってそんな大声でとばかりの顔をするミロに、キサラギはフォークに刺したにんじんを差し出す。味見だ。
「どうだ?」
「ん
……
美味い」
「よしよし、そいつは結構なことだな」
機嫌を良くしたミロが皿を運ぶのを追いかけたキサラギだが、彼が向かいに腰掛けても何故かミロはフォークを取らなかった。
「
……
どうした?」
「
……
オムレツには名前やメッセージを書くものらしい」
「
……
おお、絵本に書いてあったのか」
「うん」
テーブルの真ん中にはケチャップが置いてある。ミロはこれを使ってなにを書くのか悩んでいるようだった。
「冷めちまうぞ」
「む
……
じゃあ、キサラギがなにか書いてくれ。俺じゃかけすぎそうだし
……
」
器用に文字を書く自分を想像できなかったらしいミロに、それでもまずは経験と促すのも考えたキサラギであるが、今日はちょっとばかし豪勢な食事なのだ。とろとろのオムレツに甘いにんじんのグラッセ。パンはふわふわで、食卓は暖かい空気に満ちている。
ならば、そこでもしミロががっかりするようなことが起きたのならば悲しいことである。キサラギはよろしいと頷いてケチャップを手に取った。
「あんまかけすぎても良くねえからな。定番でいくか」
「定番があるのか?」
「らしいぞ。よ
……
っと」
黄色のお月様に走るケチャップの軌跡。描かれたのは「ミロ」という簡素で、だけれど大事な名前。
「
……
なんでハートを入れるんだ?」
名前に続いた「♡」のマーク。これを不思議とミロの幼い目が言っている。
「お前が好きだから」
「
……
そうか」
頷いて、ミロは躊躇いがちにフォークを取る。取ったはいいけれど、ケチャップを避けるような動きをするのでにんじんのグラッセばかりが減っていく。
せっかくとろとろのオムレツが冷めていきそうな様子であったけれど、キサラギは今度は「冷めるぞ」とは言わなかった。
自分の名前と込められた気持ち。それをミロがどう扱うのかも大切な経験だと思ったので。
ふふ、と零した笑い声は今度こそミロに聞こえてしまったかしら。
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