匣舟
2025-06-29 21:52:25
3114文字
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かわいいかわいいおいた

耳打ちが流行っているは組とそれを知った伊作の話

かわいいかわいいおいた


 伊作が保健委員会の後輩であり恋人である乱太郎が委員会の時間になっても現れないので、一年は組の教室に赴くと、委員会がない子たちが多いのかまだ教室内には半分以上のよい子たちが居た。
 いつもなら他の一年生の教室よりわいわい、がやがやとやかましいは組は、伊作がいつも目にしている教室より予想以上に静まり返っている。
 なんでなんだろう?と考えながら窓の外からは組を覗いていると、乱太郎がきり丸へとこそこそと耳打ちしている姿が見えた。
 そして逆にきり丸が乱太郎に耳打ちをして、ふたりがお互いの肩を叩き合いながら笑っている姿が伊作の目に映った。
 仲が良いなあ。と微笑ましく終えたいところではあるが、乱太郎の恋人である伊作にとっては少し蟠りがある場面であることは確かだ。乱太郎は人に好かれやすいから恋人という座を手に入れた今も伊作は気が気でないのだ。
 自分だけをあの眼鏡の奥の瞳に映して欲しいし、乱太郎の喜怒哀楽すべての表情を自分だけが知っていたいし、見つめていたいとも思っている。
 だが、こんなどろどろで、黒ずんだ感情を乱太郎に今向けても逃げられるだけだからと伊作は胸の奥にしまいつづけている。だから伊作はこうして今日もやきもきとした気持ちを抑えて笑顔で乱太郎に話し掛けるのだ。
「おーい、乱太郎。」
伊作先輩っ!」
 伊作の声にぱっと振り返った乱太郎の笑顔は向日葵のような満点の笑顔。その笑顔に伊作の心臓はとくりと跳ねて、思わず胸を抑えた。胸を抑えた伊作を心配して、大丈夫ですか!?と乱太郎が声を掛けるが伊作は気にしないで。と乱太郎に笑顔を振りまいた。
「乱太郎、今日保健委員の当番なのに来ないから心配してきちゃったよ。」
 伊作がそう告げると、乱太郎が時計を見上げてえっ!もうこんな時間!?と大きな声で言った。先程のこそこそ喋ることに似つかないほどの大きな声で言ったので、こそこそと話していたは組の良い子たちも乱太郎の大声に笑い始めた。
「乱太郎、そんなにおっきな声で喋ったらかっこよくないじゃんかよぉ〜。」
「仕方ないじゃん、びっくりしたんだもん。」
 は組の良い子たちと乱太郎の戯れをみながら、伊作はこそこそ話すことがどうやってかっこいいと結びつくのが分からなくて首を傾げるが、は組のよい子たちが乱太郎に駆け寄っていくのを、伊作はただ見ていた。
「先輩っ!お待たせしてすみません。」
「大丈夫。それじゃあ行こっか?」
「はい!」
 いつの間にか準備を終えた乱太郎に、伊作は手を差し伸べて、乱太郎はその手を取り、は組のよい子たちにまた明日ねーっ。と元気よく声を掛けて教室を後にした。
ああやって迎えに来たら手を繋ぐものなの?」
庄ちゃん、それは言わないお約束だよぉ。」
ふぅん、そうなの。」
 じゃあ、考えないでおくね。と庄左ヱ門が喜三太にこそこそ話をして、まるで当然のように繋がれた手を見ながら、は組のよい子たちはまた各自でこそこそ話を再開するのだった。
 医務室に向かう間に、ふたりきりになったところで、伊作はさっきのこそこそ話すことがどうしてかっこいいのか乱太郎に聞いてみることにした。
「乱太郎。さっきのこそこそ話がかっこいいっていうの何?」
「あー、やっぱり気になりますよねぇ。」
「うん、あれだけは組が静まり返ってるのもね。」
「ふふ、そうですよね。笑っちゃう話だと思うんですけど。」
 頬を掻きながら困ったように笑う乱太郎の口から出たのは、は組で耳打ちが流行っている。ということだった。
 この前の授業で矢羽根のことを習ったそうで、その授業の際に土井先生と山田先生が矢羽根を実践したのだそうだ。その時に、何も喋らずに意思疎通し合うふたりを見てかっこいい!すげえ!とは組が湧いたそうだ。
 そのとき、文次郎と同じ会計委員会の後輩である団蔵がこう言ったそうだ。
「先生や先輩方みたいにかっこいい矢羽根はできないけど、こそこそ話で話してみたら矢羽根みたいでかっこよくない!?」
 その団蔵の一言により瞬く間には組でこそこそ話が大流行し、何を会話するにしてもこそこそ話で会話をすることがは組でも主流になっているらしい。
 は組のよい子たちらしい単純でかわいい考え方に伊作はクスクスと笑った。
「そんなにかっこよかったかなあ。」
「だって、私たちには分からない矢羽根を使って先生方や先輩方が会話をされていてかっこよく見えたんですよ〜!」
「あはは。なるほどねえ。」
 忍者として当然の技術である矢羽根を習得することが目的であり、決してかっこいいから学ぶわけではないのだが、は組のよい子たちにはそんな矢羽根がきらきらと輝いて見えたようだ。
 きっとこれだと矢羽根を取得した時にもは組で矢羽根が流行しちゃうんだろうなあ。と未来に思いを馳せていると、握っていた乱太郎の手にぎゅっと力を込められて、伊作の視線が下へと落ちた。
乱太郎?」
 どうしたの?と伊作が乱太郎を見ながら問いかけると、先輩ちょっと屈んでくれませんか?と乱太郎が上目遣いをしながら言ってきたので、その上目遣いに心の中で胸を掴まれそうになりながら、屈んでみた。
 すると、ありがとうございます。とにこりと笑って乱太郎は伊作の耳元に唇を寄せた。
「伊作先輩、」
 すき、だーぁいすきです。伊作の耳に愛おしい乱太郎の声が不意打ちで鼓膜を震わせるものだから余計に伊作の耳の中に響いた。
 そう耳打ちされたあとで、乱太郎はいたずらが成功した子どもみたいにニヤっと笑ったかと思えば、伊作をチラッと見て少し顔を赤くしながら、先、医務室に行ってますね!と言って放心状態になりつつある伊作からするりと手を抜き去って医務室へと向かって走っていく。
 伊作は自分の顔がじわじわと赤くなっていくことに気が付きながらも、その足を止めていた。乱太郎を追いかけなければいけないと分かっているけれど、自分の真っ赤に染まった顔を見られたくがないために廊下に留まっている。
っ、あれは反則だろ……。)
 自分の心臓が暴れていることに気が付きながらも、伊作は乱太郎の言葉を頭の中で繰り返す。伊作先輩、すき、だぁーいすきです。という乱太郎の言葉をもう一度自分の中で再生するだけで心臓が飛んでいってしまうような破壊力である。
 乱太郎から掛けられた言葉を脳内で再生し続けていたら、さっきまで自分の心の中に飼っていたどろどろとした醜い心が溶けてゆくようだった。
 ああ、愛しい恋人の言葉でこんなにも心を揺さぶられるなんて。伊作には乱太郎が天使にも、悪魔にも見えてしまった。
ずるいなあ、おまえは。」
 こんなにも僕の心を揺さぶっておいて、逃げるだなんて。自分の心臓が暴れているのを隠すように胸に手を当てながら、伊作は乱太郎が待つ医務室へと足を踏み出したのであった。
乱太郎。すきだよ。」
「い、いさくせんぱい、も、もう」
だぁーいすき。」
「わっ、わかりましたからぁはなしてぇ。」
まだ、僕の気持ちを乱太郎に伝えたいからだぁめ。乱太郎。愛してるよ。」
っ、も、もぅいいですってばぁ〜!!」
 医務室に居た乱太郎に追いついた伊作は、乱太郎にお返しとばかりに耳打ちをして、利用者がいない間に、乱太郎が逃げられないように腕に閉じ込めて、どろどろに甘やかしたそうである。
 後日、は組にてもうこそこそ話は絶っ対にしないから!もう私はしないからね!と赤い顔で乱太郎が宣言し、は組のよい子たちは首を傾げたという。